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PARTNER  作者: 橘。
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第20話 過去が近づく 1.依頼人


 午前の練習が始まり、岬は野島と共に昨日の練習時に使用されたタオルや練習着の洗濯をしていた。全員で約50人いる部員達の分となるとかなりの量がある。宿舎に設置されている有料の洗濯機を3台使用して、次を洗っている間に脱水が終わったものを干していく。

 今日も洗濯物がすぐに乾きそうないい天気だった。大きな物干し竿に野島と並んでタオルを干していく。手際よく洗濯物を干しながらも、ちゃんと体育館の様子を気にしながら作業する野島に気付いて岬は微笑んだ。


「好きなんだね。バレーボール。」

「え?」


 パンッという小気味いい音が響く。岬は手元のタオルを広げて洗濯場バサミで吊すと、目を丸くしている野島の顔を見た。


「じゃなきゃ、普通は辞めちゃうでしょ?マネージャーとしてでも残りたいと思うほど、野島さんはバレーボールが好きなんだよね。」


 岬にはそんな風に夢中になれるものがなかった。施設にいる頃は他の子供達の面倒に追われていたし、一人暮らしを始めてからは生活のことばかりで余裕がなかった。

 野島への言葉は慰めではない。羨ましいというのが本音だった。


「・・・うん。そうかも。」


 岬が向けてくれた笑顔に、野島も自然と頷いていた。

 高校からバレーボールを始めて、練習についていけない自分がコンプレックスだった。マネージャーに移って先輩達にバカにされたこともある。それでも部に残ったのは、自分はまだバレーボールが好きだから。それにマネージャーになっても同期の部員達は自分に対して態度を変えることはなかった。一時は笑いかけてくる彼らが嫌になったこともあったけど、それは自分がひねくれていたせいだと今なら認めることができる。自分がこの部に居続けることができたのは、皆のおかげもあるんだろう。

 岬がバレーボール部とは関係ない人間だからなのか。不思議と彼女の言葉は素直に受け入れることが出来た。


「葉陰さん。」

「はい。」

「ありがとう。」


 控えめに声で言う野島に微笑み返すと、岬も体育館に目を向けた。そこからは踏み込むシューズの音やボールが床を跳ねる音、そして皆の声が聞こえてくる。


「私も見てたらやりたくなっちゃった。バレーボール。」

「え?」


 視線を野島に戻してにこりと笑う。


「空いた時間にでも、教えて欲しいな。」

「・・。うん。」


 ちょっと驚いた顔をした後に野島も笑ってくれた。夏の日差しに照らされた彼女の笑顔はとても眩しく見えた。






 昼食後の休憩時間。岬は添田を誘って野島と共に体育館にいた。三人で輪になりボールトスを続ける。最初はなかなか続かなかったものの、野島が腕の使い方などを教えてくれるお陰で少しずつパスの続く回数が多くなる。

 楽しくなって騒ぎながら体を動かしていると、様子を見に来た桐生と草薙がそれに加わった。


「いーれーてー!」


 笑って輪に入ってきた桐生を見て添田の表情が驚きに変わる。緊張してしまったのか、先程よりも表情が硬い。


(可愛いなぁ・・)


 微笑ましく思いながら見ていると、そこに朋恵と玲も顔を出した。


「何やってんの?」

「食後の運動だよ。お前等も入れ!」


 首を傾げる朋恵達を見て草薙が手招きする。二人は顔を見合わせると、シューズを履き変えて輪に加わった。

 流石バレー部員だけあって、岬や添田がおかしな方向にボールを飛ばしてしまっても皆それを上手く拾い上げる。二人が慣れてくると、桐生の提案でトスを上げながらの山手線ゲームが始まり一層賑やかになった。

 練習開始時間が迫ってくれば続々と部員達が集まってくる。遊んでいる岬達を見て、高島が「あいつら元気だなぁ」と笑った。


「部長。それジジくさい。」

「イッコ違いでジジィとか言うな。それよりあらたは仲間に入りたいんじゃねぇの?」


 隣に立っている一年生に、高島は岬達を指さして言った。それに対して坂井新は頬を膨らましてそっぽを向く。背の低い、中学生にも見えそうな童顔の部員だ。


「余計なお世話ですよ。」

「お、生意気~。」


 高島がそう言ったのには訳がある。坂井は朋恵を慕っていた。それが恋心かどうかは自身も自覚をしていないが、朋恵に憧れているのは確かだった。

 休憩時間が終わり、遊んでいたメンバーは解散する。名残惜しそうに桐生は「えーっ。もう?」と口を尖らせたが、草薙が笑いながら桐生を引っ張って行った。





 * * *


 渚は事務所のパソコンに向かっていた。カタカタとキーボートをタイプする音が響く。クーラーをつけるのはあまり好きではないけれど、お客さんが来た時の為に弱めの冷房を効かせていた。

 今はメールで寄せられた依頼者からの相談に応じている。最近は直接事務所に来る前にメールで依頼の内容や見積を頼む顧客が多い。

 しばらく無心で手を動かしていると、カランとドアベルの音が鳴った。顔を上げれば事務所のドアが開いてそこにスーツを着たサラリーマン立っているのが見えた。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」


 デスクを立ってお客さんを案内する。来客用のソファへ誘導し、簡易キッチンでアイスコーヒーを用意する。

 事前に連絡のなかった人物だ。渚と同い年くらいに見える。探偵業と言っても依頼内容は浮気調査などの夫婦間のトラブルが多いから、今回のような若いお客は珍しい。


「どうぞ。」

「あ、すいません。」


 グラスに入った氷が涼しげな音を立てる。渚も向かいの席に座り、改めてお客を眺めた。


(俺より若いかもな・・。)


 色々思うことはあるが、営業スマイルの裏に隠して渚は口を開いた。


「本日はご依頼ですか?それともご相談に?」

「あの、・・人を捜しているんです。」


 グラスから口を離すと彼は視線を彷徨わせた。自信なさ気に発せられる言葉は、こちらの反応を伺っている様にも見える。

 渚は書類を一枚手に取ると、それをペンと共に彼の前に差し出した。


「それではこちらに必要事項を記入して下さい。」

「はい。」


 彼の持ったペンは止まることなくサラサラと書類の上を滑っていく。


(偽名とかは、使ってないみたいだな・・・)


 依頼人には本名や住所を隠したがる人間が多い。渚の目の前で依頼内容などを記す書類を書かせるのは筆跡を残す為と、そういった事を確認する為でもあった。

 書き終わった書類を手渡され、渚はそれにざっと目を通す。


「山科峡さん。23歳。現住所は京都とありますが、今日はどうしてわざわざ東京に?」

「あ、今は仕事で東京に出張中なんです。」

「仕事と言うと、この旅行代理店のお仕事で?」

「えぇ。」

「依頼内容は人捜しという事でしたが、相手の方は東京にいるとお考えなんですか?」

「多分・・・。可能性としてはそれが一番高いと思います。」

「もっと具体的に捜している方のことを伺っても宜しいですか?」

「はい。」


 次に彼の口から出たのは捜している相手の名前。それを聞いて、渚は言葉を失った。



 山科から一通り話を聞き終えると、再度連絡する旨を伝えて渚は彼を送り出した。依頼を受けるかどうかはまだ決めていない。

 通常人捜しとなると、多くの費用がかかることが多い。しかも目的の人物を捜し出せなかったとしても、その費用は当然依頼人が支払う事になる。必要になる費用をざっと説明し、彼がまだ社会人になって間もないことを理由に一先ず依頼を受けるかどうかは保留にさせてもらったのだ。だが、それは建前だった。依頼をすぐに受けなかったのはもっと別の理由がある。

 山科を見送りデスクに戻ると、深い溜息をついてデスクチェアに腰掛けた。背もたれに体重を預ければギシッと音がする。そのまま天井を見上げ目を閉じた。


(どうする?)


 自分に問いかける。だが、渚一人で答えの出る問題ではない。

 目を開け、デスクの上の書類に手を伸ばす。先程の依頼人が書いたものだ。そこには男性にしては整った字で彼のこと、そして依頼のことが記されている。思わず眉間に皺が寄る。

 渚はカレンダーを見た。その表情は硬いままだった。

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