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PARTNER  作者: 橘。
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第19話 愛しさに迷う 2.合宿

 

 合宿出発日当日。玄関で靴を履いていた岬の前で、大ががっくりと肩を落とした。


「えー!みさきいないのぉ・・・」


 今日は渚が双子を動物園に連れていく約束をしていたのだが、あいにくバレー部の合宿と日程が重なってしまったのだ。


「だーい。岬ちゃんはもう出かけるんだから、ちゃんと送り出してあげなきゃダメだろ。」

「うー・・・。」

「ごめんね、大くん。また今度行く時は一緒に行こうね。」

「うん。約束。」


 大の小さな手が差し出される。岬は小指同士を絡ませると、大が指切りをした。それが終わると手を離し、2泊分の荷物が入ったバッグを持ち上げる。

じゃあ、行ってきますと渚達に笑顔を向けて、岬は玄関のドアを開けた。


「いってらっしゃ~い。」


 渚達が手を振って送り出してくれる。そんな些細なことに喜びを感じながら、岬はホームを後にした。






 聖は自室の窓から岬の後ろ姿を見送っていた。どうやら遠出するのが心配なようで、その後に付いていく瑠璃の姿も見える。


(あいつまさか山梨まで付いて行かないよな・・)


 ぼーっと窓の外を見ながらそんなことを考えていると、不意に見たくもない顔が頭をよぎった。同じクラスの桐生圭吾。男子バレーボール部に所属しているその生徒は当然、今回の合宿にも参加している筈だ。


「・・・・。」


 岬に好意を持っている男。しかも、以前と違って岬はフリーだ。桐生と何かあっても不思議ではない。


(別に、俺には関係ないけど・・)


 今や岬は聖にとってなんでも話せる相手になっている。自分の実家のことを話してから、聖は彼女に気を許していると実感していた。人付き合いの広くない聖にとっては貴重な相手だ。

 それがもし他の男とつき合うことになったら、自分はどうなるのだろう。これまでのように岬との時間を持つことなど出来なくなってしまうのだろうか。でも、自分とは違って桐生は明るいし、友達も多い。女性にとっては桐生と一緒にいる方が楽しいに違いない。

 思わず溜息が漏れる。岬から合宿に行くことを聞いて以来、そんなことばかりが頭の中を占めていた。

 一人が嫌だなんて今まで思ったことはない。それはこれからも同じだと思う。けど、


(俺は、何がしたいんだ・・・・)


 窓から天井に視線を移して、もう一度聖は溜息を付いた。





 * * *

 

 学校に着くとすでにバスが校門前に待機していた。グラウンドにはバレー部の部員達が集まっていて、朋恵達の姿も見える。挨拶しようと近づくと、それより先に声がかかった。


「葉陰さん!おはよう!!」

「わっ、おはよう・・。」


 突然桐生が目の前に現れて、岬は驚きのあまり固まってしまう。それを見て桐生が「あ、びっくりさせちゃった?」と言って笑った。つられて笑うと、先日のミーティングには居なかった生徒達の姿が目に入る。

 そちらに顔を向けると、桐生が説明してくれた。


「あぁ。あの人達は三年の先輩。春で引退したんだけど、毎年合宿には顔出す人もいるんだよ。」

「そうなんだ。練習に参加するの?」

「うん。練習手伝ってくれるんだよ。まぁ、受験勉強の息抜きみたいなかんじ。」

「ふふっ。来年は桐生君も参加してそうだよね。」

「モチロン!最初からそのつもり。」


 二人で話していると朋恵が気づいておはようと声をかけてくれた。段々と部員達が集まってきて、出発時間十分前にバスに乗り込む。それぞれの部長が点呼をとってバスは出発した。



 二時間程でバスが目的地に到着する。荷物を下ろしてそれぞれの部屋に移動すると、その一時間後にはさっそく練習が開始された。ネットやボールの準備などは部員達が行い、岬達は野島と一緒にタオルやジャグタンクの準備をする。東京よりも気温が低いものの、夏に運動をしている選手達は大量の水分を補給する。数個のジャグタンクに用意したスポーツドンクや麦茶は休憩中にあっと言う間になくなり、その度に作り直さなければ間に合わなかった。

 岬は手が空いた時に体育館にちらばったボールを拾った。バスの中では明るくしゃべっていた部員達もコートの中では真剣な表情で体を動かしている。流石に厳しくて有名な部だけあって、監督や三年の先輩達の檄が飛んでいた。特に今年40歳になる監督の声には岬も思わず身がすくんでしまう。

 それでも今まで部活に参加しなかった岬には憧れの気持ちがあった。仲間達と一緒に練習する。何かを目指す姿はとても魅力的に見える。

 飛んでくるボールを次々と拾っていると、不意にありがとうと声がかけられた。ボールをかごに戻して顔を上げると、三年生の先輩が岬に笑いかけてくれている。背が高く、体格の良い短髪の男性。バスの中で桐生と話をしていた人だから覚えている。たしか草薙という昨年まで部長を務めていた先輩だ。


「いえ。バレー部の練習って初めて見ましたけど、すごいですね。息付く暇もないというか・・。」

「あはははっ。俺達にとってはこれが当たり前になっちゃってるからね。でも、ヘタに空いた時間を作らない方がスタミナを養うにはいいんだよ。マネージャー達は休憩時間中も動いているから大変だと思うけど、時間見つけて適当に休憩とってね。」

「はい。ありがとうございます。」


 草薙の笑顔に岬も応えると、軽く会釈してその場を離れた。草薙はとても話しやすい人柄で、初めて会った岬にも部長に選ばれた理由が分かる。

 再びボール拾いを開始する。すると後ろから腕を掴まれた。


「え?」


 思わず声に出して振り向くと、腕を掴んでいるのは女性の先輩だった。部員の中では珍しくメイクをしている。長い髪を高い位置でお団子にしてまとめていて、少し不機嫌な顔をしていた。あまり覚えのない顔なので、恐らくは三年の先輩だろう。


「あの・・。」

「ねぇ、武と何話してたの?」

「武・・、さん、ですか?」


 その言葉が責めるような響きを持っていて、岬は戸惑った。武、という名前にも覚えはない。すると彼女はめんどくさそうに溜息をついた。


「あぁ。下の名前じゃ分からないか。三年の草薙よ。」

「あ、草薙先輩からは適当な時間見つけてちゃんと休憩とるようにって、言われました・・。」

「ふーん。そう。ま、いいけど。お手伝いでも合宿に参加してる以上は、無駄なおしゃべりは控えてよね。」

「あ、はい。すいませんでした。」


 岬が頭を下げると、その先輩はすぐにコートに戻っていった。それ程長くしゃべっていたつもりはないのだが、周囲の部員達の真剣な練習風景を見ていると、あれくらいのおしゃべりでも気に障ってしまったのかと反省する。

 岬は気落ちしてしまった心を誤魔化すように足下に転がってきたボールを拾い上げた。



 体育館内に陽が入ってきたので添田と一緒にカーテンを閉めて回る。すると、ちょこちょこ彼女の目線が動くのに気付いて、岬もそちらを見た。最初は分からなかったが、何度かその目線に注意しているとそれが一人の部員に向けられていることが分かる。


(・・もしかして、桐生くん?)


 ちらっと彼女の横顔を見ると目が合った。その瞬間、添田が顔を真っ赤にする。


(あ・・、やっぱり。)


 けれど、それを本人に言うことは出来なくて、曖昧に笑うと岬は最後のカーテンを閉めた。

 再び休憩に入り、部員達がドリンクの置いてある長机の周りに集まってくる。岬がプラスチックカップを配っていると、桐生が受け取りにきた。


「はい。」

「ありがとー。どう、手伝いって大変?」

「ううん。部員の皆に比べたら全然だよ。桐生君もすごい汗だね。」

「あ、ごめん!俺汗くさかったよね!?」


 パタパタとTシャツで扇いでいた桐生が慌てて後ろに下がる。


「そんなの気にならないよ。それだけ頑張ってるってことでしょ?」

「あ、へへへ・・。」


 岬の言葉を受けて、桐生が照れくさそうに笑う。すると、後ろから高島が「圭吾ジャマ」と肩を押した。


「うわー。出たよ。部長の職権乱用!」

「どこがだ。外走らせるぞ。」

「それが職権乱用だってーの!」


 喚く桐生に皆が笑う。ふと隣を見ると、新しいジャグタンクを持ってきた添田が桐生を見て笑っていた。その顔は周囲とは明らかに違う。彼女の目は桐生だけを映していた。



 練習が終わると部員達は軽いストレッチを始める。その間に岬達はコートの片づけを手伝った。学校よりも広い体育館では設置されているコートの数も多い。けれど、ネットやポールの片づけ方を教わりながらの作業は楽しかった。

 全員で体育館を出て、各自の部屋に戻る。汗だくの部員達は夕食前にお風呂に入るようだった。たが、岬達にはジャグタンクやコップを洗う仕事が残っている。岬は野島と共に宿泊所の水道で洗い物をしていた。


「部員も多いし、マネージャーが一人だけだと大変そうだね。」


 岬がコップを拭きながら話しかけると、野島は手際よく作業をしながら口を開いた。


「まぁね~。今年の一年生は皆選手希望だったから。仕方ないよ。」

「野島さんはどうしてマネージャーやろうと思ったの?」

「・・・。」


 何気なく口にした質問だったが、野島は表情を硬くした。その変化に岬も気づく。何か話題を変えようかと思ったが、先に野島が口を開いた。


「私、元々選手だったんだ。」

「え?」

「練習についてけなくて、マネージャーに移ったの。」

「あ・・。」


 岬が口を開きかけた所で、二年生の部員の子が二人を呼びにきてくれた。お風呂は学年ごとに順番に使うことになっているのだが、二年生の時間になってしまったらしい。

 それ以上は話が出来なくて、二人はコップの入った籠やジャグタンクを抱えて宿舎に戻った。



 朋恵達とお風呂に移動していると、黙っている岬に気付いて朋恵が顔を覗き込む。


「なんか元気ないね?疲れちゃった?」

「あ、ううん。その・・・。」


 その時、三年の先輩に注意されたことが頭に浮かぶ。気になって朋恵を見返した、


「もしかして、私、あんまり手伝いできてなかったかな?」

「え?」


 その言葉に皆が顔を見合わせる。首を傾げて朋恵が言葉を返した。


「そんなことないと思うよ。むしろ私達の間ではよく動いてくれてるって褒めてたぐらいだし。」

「そっか・・。なら良いんだけど。」


 すっきりしない思いのまま岬は笑顔を見せる。だが、その理由が気になったようで玲が言葉を続けた。


「何?なんか言われた?」

「あ、あんまり無駄なおしゃべりしないようにって注意されちゃって。」

「そうは見えなかったけど・・。」


 他の二年もそう言って、頷いてくれた。それだけで岬としては満足だったが、玲が更に追及してくる。


「それって誰に言われたの?三年の先輩?」

「・・うん。」

「他になんか言われた?」

「えーと、草薙先輩と何話してたのか訊かれたけど・・。」


 その答えを聞いて、玲が呆れた顔を見せた。


「あぁ。誰か分かった。木村先輩でしょ。茶髪でお団子頭にしてた人。」


 岬が頷くと、他の二年生も玲と同様の反応を見せる。


「気にしなくていいよ。どうせ嫉妬だから。」


 ねぇ、と玲が朋恵に声をかけると、彼女は曖昧に笑った。


「まぁ、多分そうだと思うけど。」


 嫉妬。ならば木村は草薙の事が好きなのだろう。男子目当てで手伝いに参加しようとする人もいるって話だったし、それならあまり他の女子と話をして欲しくないという気持ちも分かる。


「草薙先輩って木村先輩の彼氏だったんだね。」


 だが、玲は手を振ってその言葉を否定した。


「あぁ。違う違う。ただの片思い。」


 するとそこで三年の先輩達が浴場から出て来るのが見えて、岬達は口を閉じた。その中には先ほどまで話をしていた木村の姿もある。すれ違いざまに「お疲れさまです」と声をかけて、自分達も浴場に入った。

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