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PARTNER  作者: 橘。
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第17話 頬を濡らす 2.別れ(2)

 

 その日の放課後。岬は聖と一緒に下校していた。彼の少し後ろを歩いている岬の目線は、じっとその後背中に注がれている。けれどなかなか口を開くことが出来なかった。

 しばらくして人気のない道の途中で聖が振り返り、二人の目が合う。その視線に心臓が跳ねた。


「なにかあったのか?」

「え・・・。」


 聖は気まずそうに視線をさまよわせる。


「あんたがそんな顔してるのは、気になる。」

「あ、ごめん。」


 聖から見ても元気がないのは分かるのだろう。気を使わせてしまったことに気づいて笑顔を作るが、いつものようにはいかなかった。岬は決意して、聖を見る。


「ちょっと、いいかな?」


 二人は近くの公園まで移動して、時計台の近くに備え付けられたベンチに腰を下ろした。平日のこの時間は人がまばらで、遠くで数人の子供達の声が聞こえる程度だ。

 隣に聖が座ると、岬は聞こえないよう小さく深呼吸した。膝の上でそっと手を握る。


「あのね、・・付き合ってるフリ、やめてもいいかな?」


 その言葉に一瞬聖の表情が強ばった。だが前を見たままの岬はそれには気づかない。


「・・好きな奴、できたのか?」

「ち・・、あ・・・。」


 反射的に岬は聖の顔を見た。余りに真剣なその目に、苦しげな表情に胸が締め付けられる。だがそれ以上に『違う』と言おうとした自分自身に驚いていた。否定すれば、当然燕の話をしなければいけなくなる。好きな人が出来た、と言うのが一番自然な言い訳だった筈だ。

 嘘をつく事への罪悪感で岬は謝ることしかできなかった。


「・・ごめん。」

「いや。謝らなくていい。最初からそういう約束だったんだ。」


 下を向いてしまった岬の横顔を見ながら、聖は自分に言い聞かせた。


(そうだ。そういう約束だったんだから・・)


 引き留める理由なんて自分にはない。岬の言葉をただ受け入れればいい。それしか自分には出来ないのだから。

 この動揺は突然で驚いただけだ。じゃあ、今彼女の手を取りたいと思っている自分は?自分の方を向いて欲しいと思っているのは何故?


(そんな訳ない・・・。)


 頭の中に次々と浮かぶ欲望を聖は打ち消した。自分が誰かに縋りたくなるような、そんな情けない姿は考えたくもなかった。

 聖は彼女の顔を見ないままベンチから立ち上がる。


「帰ろう。」

「うん・・。」


 岬は再び聖の背中を見ながら歩きだした。


(いいんだよね。これで・・。)


 燕の言う通りこの事が、聖が帰るきっかけになるとは思っていない。けれどそうせざるをえなかった。もしかしたら二人の関係から目を逸らしたかったのかもしれない。聖と関わりを絶つことで、家族という問題から背を向けたかったのかもしれない。

 聖の為じゃない。自分の為。

 情けないけれどこれが岬に出来る精一杯だった。もう、独りの自分が惨めになるような思いはしたくなかった。






 翌日。岬が教室に入るとクラスメイトの目線が集まる。今日は一人で登校していた。それが理由だとすぐに分かったので、岬は何も言わずに席に着く。

 まだ聖は登校していないようだ。これまでも二人は学校内であまりベタベタした姿を見せていなかったが、それでも登下校は一緒だった。不自然さに気づくのは当然かもしれない。

 岬がクラスメイト達といつものように挨拶を交わしていると、当然聖のことを訊かれた。すると丁度そこに聖が教室に入ってくる。だが、彼は誰とも挨拶せずに席に着いた。その様子に気まずい空気を察したのか、それから詳しく追求しようとする生徒は居なかった。

 教室に担任の先生が入ってきて、岬は顔をそちらに向ける。早く授業が始まって欲しいと思うなんて初めてのことだった。



 体育の授業後、岬は朋恵と一緒に自販機にジュースを買いに来ていた。今日の授業は長距離走だった為、生徒達は自販機に殺到している。二人はその混雑を避けてグラウンドから離れた人気の少ない場所まで買いに来ていた。

 先に買った朋恵が、何にしようか迷っている岬の横顔を窺っている。それに岬も気づいた。


「岬、あのさ・・。あんまり他人が口出すことじゃないとは思うんだけど・・」


 遠慮がちに言った朋恵に、岬は自販機を見たまま先に口を開く。


「橘くんのこと?」

「うん。」

「別れたよ。」

「・・そう。」


 朋恵から見ても、周りのカップルに比べて二人は淡泊なつき合いだったと思う。普段話を聞いていても、のろけ話が出てくる訳でもない。けれど、言葉少ない二人の間に流れる空気はとても優しいものだった。本人の口から聞いても別れたなんて信じがたい。でもそれ以上の事を朋恵は訊くことが出来なかった。岬は笑って見せたが、その笑顔はあまりにも痛々しかったから。

 二人が教室に戻ろうとした時岬の名前が呼ばれた。二人が同時に振り返れば、そこにいたのは小谷菫。彼女は「聞きたいことがあるんだけど」と言って朋恵を一瞥した。しかし不穏な空気を感じた朋恵はそこから動こうとはしない。

 それでも構わないと思ったのか、小谷は口を開いた。


「別れたって本当?」


 予想通りの言葉に岬は頷いた。彼女が自分に話しかけるなら、聖の事だと分かっていた。


「・・本当だよ。」

「そう。それだけ聞きたかったの。それじゃ。」


 にこりともせずに、小谷は踵を返した。溜息をつくと、岬も朋恵を促して教室に戻る。

 本当に付き合ってた訳じゃなかった。それなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。

 岬は大切なものを失ってしまったような気がしてならなかった。例えフリをやめたとしても、聖はかけがえのない仲間だ。そのことに変わりはない筈なのに。


(小谷さんは告白するのかな・・・)


 胸の奥に違和感を覚える。聖がモテるのは重々承知している。そんなことを気にしていたらキリがないのに。

 こんな事がこれからしばらく続くのかと思うと、逃げ出したい気分だった。






 体育後手早く制服に着替え終え、聖は男子更衣室を出た。他の生徒達はしゃべりながら着替えている為まだ中に残っている。一人廊下を歩いていると後ろから走ってくる足音が聞こえて、その肩を捕まれた。


「橘!」

「・・・。」


 あまり今は見たくない顔がそこにある。睨まれるように聖に見返され、桐生は足を止めた。


「葉陰さんと別れたって本当か!?」

「・・あぁ。」

「お前!なんで・・」

「桐生にとってはその方が好都合だろ?」

「なっ!!?」


 聖に自分の気持ちを知られていたことよりも、桐生はその投げやりな言い方に驚きを覚えた。彼の表情はいつにも増して感情が窺えない。


「そうかもしんねぇけど、でも・・・。」


 自分の方を見ようとしない聖を、桐生は真っ直ぐに睨みつける。


「お前は、もっと葉陰さんのこと大事にすると思ってた。」


 それだけ言うと、桐生は走って行ってしまった。その言葉に、聖は奥歯を噛みしめる。


(うるせぇんだよ。どいつもこいつも・・・)


 昨日の桐生と岬の姿が浮かぶ。桐生は自分とは全然違う。明るく、岬をよく気遣っているし、何より桐生と話をしている時の岬は笑っている。時間が経てば、その内二人はつき合い出すのかもしれない。


(放っておけばいいんだ。俺のことなんか・・)


 そう思えば思うほど桐生に負けている気がして、今の自分から目を逸らすことしか出来なかった。






 その日の日本史の授業もやはり聖は出席しなかった。燕も気にしているようで出欠を取る際、ちらりと空いた席を見たのが岬にも分かった。居心地の悪さを感じながら、岬は教壇に立つ燕を見ないように目線をずらす。目は黒板とノートをひたすら往復しながら、日本史の授業を終えた。


「じゃあ、誰か教材片づけるの手伝って貰えるかな?」


 燕はそう言いながら岬を見る。話があるのだろうと分かって、岬は自分から名乗りを上げた。何の話なのかも分かっていた。

 社会科準備室まで二人で移動すると、教材を片づけながら燕は穏やかに口を開いた。


「皆噂してたよ。あいつと別れたって本当?」

「・・本当です。」


 燕は吟味するように岬の顔を見る。


「賛成できないじゃなかったの?」


 手を動かしながら、岬は堅い声で答えた。


「・・その問題に答えを出すのは私じゃありませんから。」


 その言葉に満足したのか、燕は笑顔を見せた。


「成る程。君が理解のある生徒で嬉しいよ。」

「・・もう良いですか?」

「勿論。」


 片づけを終え、岬は振り返らずに準備室を出た。その姿は最初に彼女を見た時とは大分違っている。


(ただの大人しい生徒かと思ってたけど・・。)


 なかなかどうして、強い意志を持っている。女子高生には不釣り合いな強さにも見えた。


(・・俺には関係ないけどな。)


 今は弟の事だけ考えていればいい。そう自分の中で結論づけ、燕も準備室を出て鍵を閉めた。

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