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PARTNER  作者: 橘。
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第16話 手を伸ばす 3.兄貴(2)

 次の日の学校帰り。巽はあれからずっと移動動物園と子ザルのことを考えていた。いくら子供の自分が頼んだところであのサルを譲ってくれる訳がない。どう見ても客引きの為の目玉だったし、譲って貰った所で母親が家で飼うことを許す筈がないのだ。

 こっそり忍び込んで、サルを連れ出す。その後はどこか見つからない場所で世話をする。今の自分に出来ることはそれしかない。

 徹のお下がりのランドセルを振り回しながら考え込んでいると、後ろから名前を呼ばれた。


「旭川巽君。」


 振り返って自分を呼んだ相手を見上げる。二十代前半ぐらいの長髪の男。茶髪にピアス。服装もチャラい。どっからどう見ても怪しいとしか言いようがない。


「誰や自分。」


 そっけなく言うと、彼は苦笑した。


「初めまして。木登渚と言います。」


 手を差し伸べられたが、小学生相手にそんな丁寧な態度が更に怪しく見える。巽はその手を無視して渚を睨みつけた。


「オレを誘拐してもウチはビンボーやから身代金なんか出ぇへんで。」


 そう言って再び歩き出す。すると、渚は巽に並んで歩きだした。


「やだなぁ。怪しいもんじゃないよ。」

「チャラい東京弁が怪しくない訳ないやんか。」

「あはははっ。ひどいなぁ。僕ね、今徹くんのお墓参りに行ってきた帰りなんだ。」


 その言葉に巽は足を止めて渚を見上げる。


「・・兄貴の知り合いなんか?」

「そ。今日もお母さん仕事だろ?ちょっと話しない?」


 にっこりと渚が笑う。巽はいぶかしみながらも、渚と共に近くの公園に移動した。






 巽は渚から缶ジュースを受け取った。ベンチ近くの自動販売機で渚が買ってくれたそれはコーラだった。渚は巽の隣に座ると、徹くんに君が好きだって聞いたんだ、と言って笑った。


「僕と徹くんはね、一ヶ月前に知り合ったんだ。」

「一ヶ月前?」

「そ。結構最近だろ?君が覚醒したのもその頃なんじゃない?」


 覚醒、という聞き慣れない言葉に巽は首を傾げた。


「巽君、左目の色が緑色になるんだって?」

「!!?」


 巽はベンチから立ち上がって渚を睨む。けれど、渚は驚いた様子を見せなかった。


「君は隠してたみたいだけど、徹くんは気づいてたんだよ。」

「兄ちゃんが・・・?」


 初めて知らされた事実に唖然とした。徹は知っていた。それでも巽への態度をなんら変えることはなかった。


「座って。」


 巽は出そうになる涙をまだ未開封の缶を握って我慢した。俯いたまま座る巽に渚は話を続ける。


「僕はね。君のように左目に異常が現れる人向けに、相談窓口のホームページを開設しているんだ。そこに君のお兄さん、徹くんが連絡を取りたいとメールを送ってきた。実際にその一週間後に僕達は直接会って話をしたよ。」

「・・・・。」

「徹くんの相談内容は君のことだった。自分の弟の左目の色が緑色になるのを見たことがあるって。」


 徹は巽の様子がおかしいのはそのせいだと気づいていたのだ。巽のことを心配して、目の病気のことなど自分で調べていたらしい。だが原因も対処法も分からず、インターネットで調べていた時に渚のホームページに行き着いたのだった。


「本当なら、今週の日曜日に三人で会う約束をしてたんだ。けど、徹くんが亡くなったのをニュースで見てね。」

「・・・・。」


 渚は少し乱暴に巽の頭を撫でた。


「本題に入ろうか。顔上げて。」


 巽は渚の顔を見る。彼はにっこりと笑うと一度目を閉じた。再び瞼を開いた時、彼の左目は黄色に変化していた。


「それ・・!!」

「君と同じだよ。巽くん。」

「・・・それ、何なん?病気とちゃうんか?」

「違うよ。」


 そして渚は巽にパートナーのことを説明してくれた。巽は渚の言葉を聞くうちに、ある顔が思い浮かぶ。


「知ってる・・・。」

「え?」

「オレ、パートナー知っとる!移動動物園におんねん!」

「動物園?」


 そして、今度は巽が渚にあの子ザルのことを説明した。パートナーである子ザルを一人で動物園から連れ出そうとしていたことも。

 全てを説明し終えると、渚は腕を組んで難しい顔をした。


「連れ出すって言ってもなぁ・・。」

「なんや、怖じ気付いとるんか、オッサン。」

「おっさんって、僕まだ23だよ?お兄さんって言ってほしいなぁ。」

「どうでもええわ。ほっといたらまたアイツはどっか行ってしまうんや。やるしかないねん。」


 さっきまで泣きそうな顔をしていた少年が、あっと言う間に男の顔に変わる。こうして見ると徹くんそっくりだな、と渚は思った。思わず口元が緩む。


「分かった。仲間の為だもんな。協力するよ。ただし、条件がある。」


 渚は巽の顔の前で人差し指を立てた。






 その日の夜中、巽は家から出ると渚の車で移動物園のテントがある場所まで移動した。母親が夜の仕事をしているので問題なく家を抜け出せる。時刻は3時。渚の話ではその頃が人間の集中力が最も弱くなる時間なのだという。

 彼が出した協力するための条件とは、巽が車の中から出ないことだった。「じゃ、行ってくるね」と渚が車から出るのを見送ると、巽は助手席に座って目を閉じた。

 深呼吸をして左目に集中する。するとすぐに探していた温もりを見つけた。


「寝とんのか?」


 小さく呟くと、すぐに返事が聞こえた。


『おきてる。』

「そうか。今居る所から出られるか?」


 だが子ザルにはその答えが分からないようだった。


『みて』

「あ?見てって・・・、お!」


 目を閉じたまま、巽は驚きの声を上げた。真っ暗だった空間に、ぱっと光が射す。すると目の前には見たことのない部屋の中の風景が広がっていた。


「な、なんやこれ・・・。」


 驚いていると、その風景が横に動く。そこには数匹のニホンザルが身を寄せあい、固まって眠っていた。よく見るとテントの中のようで、少し離れた場所にはウサギの檻がある。


「もしかして、お前が見てる風景なんか?」

『そう』

「・・はぁ。まあ、驚いとる場合やないわ。」


 巽は何度もテントの中を見渡す。やはり子サルも檻の中に入れられていた。もし子ザルの力だけで外に出れそうなら、巽が指示を出して、テントを出た所で渚が迎えに行くと打ち合わせをしていたのだ。だがそれも難しい。

 巽は渚から預かっていた携帯電話を取り出し、もう一つ持っている渚の携帯にかけた。今渚が持っているのは仕事用、巽のはプライベート用らしい。その証拠に、渚の携帯の待ち受け画面は彼の子供だという双子の写メが使われていた。

 二回のコール音ですぐに渚が出る。今の状況を説明すると「了解~」とだけ返事をして電話を切ってしまった。


(大丈夫なんか?)


 あまりに軽い返事に不安になるが巽は待っているしかない。すると5分後、すぐに反応があった。


『きた。』

「ん?」

『なかま。』


 どうやら渚がテントの中に入ったらしい。どうやったのかは分からないが、その後10分ほどで渚は車に戻ってきた。持っていたリュックを巽に渡し、すぐに車を発進させる。

 巽は車が走り出したところで、そっと受け取ったリュックのファスナーを開けた。するとそこからひょこっと顔が飛び出す。間違いなくそれは巽のパートナーだった。

 優しく頭を撫でてやる。すると、嬉しそうに子ザルが目を細めた。その表情に、巽の胸には喜びの感情が溢れだす。自然とその目からは涙がこぼれ落ちた。






 一ヶ月後。巽は渚とそして蛍と共に徹の墓参りに来ていた。巽が蛍のことを報告したいと渚にお願いしたのだ。

 あの後、蛍が移動動物園から居なくなったことはニュースにもなったが、巽たちの事がバレることはなかった。蛍は家に連れていくわけにも行かないので渚に預かって貰っている。渚の家は東京だ。巽自身、蛍に会うのは久しぶりだった。

 巽は蛍を徹に紹介し、渚と連絡を取ってくれていたこと、自分のことをずっと心配してくれたことに感謝の言葉を述べた。

 そして、


「オレな、東京の中学に入ることにしたわ。」


 初めて聞かされる巽の進路に、渚も目を丸くする。


「え?そうなの?」

「あぁ。全寮制の中学があってな。寮に入ることにしたんや。」

「そう。」


 腕の中の蛍が巽の頬に触れる。そして甘えるようにぐりぐりと頭を巽の胸にすり寄せた。


「おお。なんやなんや。」

「ふふっ。嬉しいんじゃない?巽くんが東京に来てくれたら、沢山会えるもんね。」

「・・せやな。」


 蛍の背を優しく撫でる。巽は蛍に会えたのは徹のおかげだと思っている。徹の墓参りの帰り、偶然来ていた動物園で蛍と会えた。それはきっと徹が引き合わせてくれたに違いない。だからこそ、彼に蛍を見せたかったのだ。

 巽は墓前に缶ジュースを供え、手を合わせた。それを見て渚が首を傾げる。


「巽くん、それって・・。」

「あぁ、これな。オレの好物やないねん。」

「え?」

「兄貴がよう飲んどったから、真似しとっただけや。」

「そうだったんだ・・。」


 渚も巽の隣に立って手を合わせる。徹の墓前には赤いコーラの缶が供えられていた。

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