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PARTNER  作者: 橘。
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第1話 君と出会う 4.屋上(2)

 何か問題が一つ解決したかのように岬は嬉しそうに瑠璃を見た。真正面から見つめられ、瑠璃は思わず身じろぎする。そして、助けを求めるように聖の方を見た。


『ヒジリ・・・。』

「・・・・。よく分かったな、こいつだって。普通、カラスの見分けなんてつかないだろ。」


 言われた岬はきょとっとした顔で、初めてそのことに気付いたように困った顔で答える。


「そうかもしれないけど・・・・なんでだろ。なんとなく、としか・・・」

「あんたは、もしかしたら感覚が強いのかもしれないな。瑠璃もそうだ。こいつみたいに感覚が強いやつは、仲間の存在を感じ取ることが出来る。」


(俺はそれが出来なくて、今回苦労したんだけどな。)


 密かに、瑠璃にも聞こえないぐらいの大きさで聖は心の中で不満を漏らす。確かに瑠璃が同じ学校だと突きとめてくれなければ聖の苦労はさらに大きなものとなっただろう。同じ学年で、しかも隣のクラスだったことはかなりの幸運といえる。


「じゃあこの子は、私がそうだって分かっていて昨日私の前に現れたの?」

「まぁな。実を言うとこいつはあんたが仲間だと確かめる為に、まぁ、言い方は悪いがあんたを尾けてたんだ。」

「そうなの?」


 そう言って岬は瑠璃の方を見る。


「瑠璃にはあんたの言葉は分からないぜ。」

「えっ、でも・・・。」

「仲間と言ってもそれはパートナーを持つもの同士って意味なんだ。心を理解し会えるのは自分のパートナーだけ。だからあんたは瑠璃の言葉は分からないし、逆に俺や瑠璃もあんたや、あんたのパートナーの心を理解することは出来ない。」

「あたしの・・・パートナー・・・・。」


 そこで何を思ったのか、岬は急に視線を落とした。その行動に聖は不思議に思ったが、気にせず続ける。


「恐らく、すぐにあんたの傍に現れる筈だ。あっちはあんた存在に気付いているからこそ、向こうからアプローチしてきたんだろうからな。あんたが聞いた名前を呼んだ声は、あんたのパートナーのものだよ。」

「・・・・。」


 岬は今日聞いた声を思い出していた。少し高く、細い声。途切れ途切れだったせいであまり印象は強くないが、それでも思い出すことは出来た。


「橘君は、私のパートナーのことを知ってるの?」

「・・・・いや。こっちではまだ確認してない。あんたのことは瑠璃が見つけてくれたんだが、あんたのパートナーは瑠璃も見つけていない。ただ、恐らく人ではないってこいつが言ってたな。」


 そう言いながら、聖は瑠璃の方を見た。瑠璃からの返答はない。


「そっか・・・。私は、どうしたらいいのかな・・・。」

「ん?」


 岬の質問の意味が分からず、聖は岬を見返した。聖から見た岬の表情は何か不安に感じているように見える。


「もし、その・・・パートナーが現れたら、私はどうしたらいいの?」

「・・・・・。別に、しなくちゃいけないことなんて何も無い。今まで通り、普通に生活すればいい。あんたは特別なことを考えているようだけど、そうだな、知り合いが一人増えたと思っときゃいいさ。あんた達の関係はあんた達が作るもんだしな。」

「・・・そうなの?」


 聖の意外な返事に、岬は戸惑いを覚える。そういうものだろうか。それとも岬は何か、期待していたのだろうか。名前も知らない、自分のパートナーという存在に。


「橘君は、何か変わった?」

「俺か?俺は・・・・・。」


 この質問は予知出来なかったのか、今度は聖が言葉を詰まらせる。ゆっくりと瑠璃の方を見ながら聖は話し始めた。


「そうだな・・・。俺がこいつに会ったのは中学3年の時だったんだけど、突然こいつが家の周りに来るようになって、毎日俺の側に居ることに気付いたんだ。その内俺は覚醒して・・・。あんたはまだ覚醒しきってないから分からないだろうけど、覚醒すると、理屈抜きにこいつは自分のパートナーなんだってことが受け入れられるんだ。人間じゃないのに言ってることが分かることも当然のことになっていった。変わった所・・・と言ったら多分沢山ある。俺にとってはいい方向にだけどな。」


 そう言って、聖は岬の反応を伺った。岬は真剣に聖の話を聞いている。完全とは言えないが、彼の話を聞いて岬に不安は無くなったようだった。


(突然訳の分からん話を聞かされて、不安になるなと言う方が無理か。)


 だが正直言って岬の不安は聖には分からない。分かってやれるのは、岬のパートナーだけなのだ。早く現れれば良い。そう聖と瑠璃は思っていた。


(仲間が増えるのはいい事だしな・・。)


 そう思うと、同時にある心配も浮かび上がる。


(こいつの事を知ったら、どうなるのか。いや・・・・・・。)


 気付いたら、岬は瑠璃の方に近寄っていた。瑠璃の様子を伺っているようだ。パートナーというものに関心が出てきたのだろう。


『瑠璃。大丈夫か?』


 聖は声に出さずにパートナー特有の力で瑠璃に話しかける。その声はもちろん岬には聞こえない。


『・・・・・・。』


 返事は返ってこない。どうやら緊張しているらしい。それが聖にも伝わってくる。


『おい。無理すんなよ。』


 そんな聖の心配を余所に、岬は瑠璃を覗き込む。単純に岬の中にあるのは興味だ。


(やっぱりこの子は他のカラスとは違ったんだ。あの時そう思ったのは間違ってなかったんだなぁ。)


 そんなこと考えている間も岬は視線を外さない。それに耐えられなくなったのか、瑠璃が突然羽ばたきだした。


「わっ・・・・・。」


 突然の瑠璃の行動に岬は思わず後ずさりする。聖もそれには驚いたようだ。


「おい!瑠璃!?」


 瑠璃は無駄な動きを一切せずに、手すりからふわりと浮かぶ。そのまま岬の頭上を通り過ぎ、聖の腕に留まった。それを見て、思わず岬が感嘆の声を漏らした。


「・・・・きれい。」


 艶やかで全く汚れのない黒い羽、その羽根に夕暮れの光が反射して光る。力強く羽ばたくその動きとどこまでも深い青の瞳。その全てが岬の心に広がった。

 その声を聞いて真っ先に反応したのは聖だ。無防備に感情を吐き出した為に、それが直接瑠璃に伝わる。その感情はただ一つ、驚きだ。


(こいつ・・・・・。)


 呆然としていた聖に、止めどなく溢れてくるような感情が流れ込んでくる。それはパートナーである瑠璃からだ。だがすぐにはそうだと分からない位、今まで感じた事のない激しさだった。それは、喜びの感情。自分の心の中にあったものが全て瑠璃の感情に埋め尽くされてしまいそうになるくらい、その感情は留まることを知らない。橘はそれに身を任せたい欲望を抑えようとするが、初めての経験に戸惑いは隠せない。

 そして、戸惑っているのは岬も同じだった。意識せずに発した一言で、こんなにも聖が反応していることに不安すら覚える。


(なんか・・・悪いこと言ちゃったかな?)


 段々と落ち着きを取り戻した聖は瑠璃の方を見た。だが、こちらはまだ落ち着きそうに無い。


「悪い。瑠璃が落ち着かないんだ。」

「えっ・・・あたしのせい?」


 それを聞いて聖の顔が緩んだ。なぜ、そんな反応をするのか岬には分からない。それは確かに岬のせいなのだが、それが悪い結果を招いたのではないからだった。それを知らず、不安の表情を見せる岬がおかしかったのかもしれない。

 だが岬の不安は溶けないままだ。一体どうしたらいいのか、思案しているようだった。


「そうなんだが・・・・。悪い意味じゃない。大丈夫だ。」


 こんな風に聖が人に気を使っている所を見れば、橘のことを知っている人たちはきっと驚くだろう。それほど橘の岬への態度は他の人間への態度とは違った。


(瑠璃がこんなに喜ぶなんてな・・・)


 それはパートナーを持つ者しか味わうことのできない感情。隠すことも、誇張する事も、偽ることもなく、そして言葉に変換され他人のフィルターを通すことなく純粋な感情だけが直接自分の中に響く心地よさ。そして、心を共有できる喜び。

 瑠璃の喜びは聖の喜び。今聖の心は喜びで満たされているのだ。それは瑠璃が感じた喜びであり、聖の中に流れ込んできた、瑠璃と共有した時点で聖のものになるのだった。

 その時、下校時刻を告げるチャイムが鳴り出した。18時を告げるチャイムだ。この学校は18時30分が最終下校時刻で、特別に許可を取っていなければ、それ以上学校に残ることを許されていない。


「・・帰るか。」


 そう言って、聖は寄りかかっていた手すりから身を起こす。すると瑠璃は彼の手から離れ、再び空に舞い上がった。岬は気付いていなかったが、瑠璃は彼女の方を一瞥してからどこかへ飛び立って行く。

 聖は屋上のドアを開け、岬が中に入るのを待ってから扉を閉める。それから屋上の鍵を閉めた。


「そういえば、何で屋上の鍵持ってるの?生徒は借りられないでしょ?」


 ガチャっと鍵がかかる音がして、聖は一度ノブを回し、鍵がかかっていることを確認してから質問に答えた。


「合鍵。」

「へっ・・・合鍵があるの?」

「作った。」

「つくっ・・・どうやって。」

「鍵屋に頼んで。」


 聖は、なに当然のこと聞いているんだ、と言わんばかりに不遜な態度で答える。その言葉に、岬は絶句した。


「いや、そうじゃなくって・・・。」


 説明を求めるように聖に視線を送るが、彼はそれに気付かない。


(どうやって、マスターキーを手に入れたか知りたかったんだけど・・・・。)


 何だかそれを聞くのも恐い気がして、諦めたように岬は階段を下り始めた。

 少し、弾んだ心には気付かずに。

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