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PARTNER  作者: 橘。
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第16話 手を伸ばす 2.喧嘩

 その日は放課後にバイトもなくて、岬は制服のまま買い物に来ていた。プラプラと何気なくショップを見て回る。子供服の専門店を見つけ、ついつい自分のものではないのにその可愛さに足が止まる。大や夕に似合うかもと思って手に取っていると、あっと言う間に時間が経ってしまった。

 そろそろ帰らなきゃと思い来た道を戻った時、横切ったビルの隙間から人の話し声が聞こえてきた。


「?」


 何気なしにそちらを見ると、ガラの悪い男子高校生二人が一回り体の小さい中学生らしき男子生徒を壁際に追い込んでいる。狭いビルとビルの間。人目に付きにくく、光もあまり入らないジメジメした場所だ。


(もしかして、カツアゲ?)


 岬がそちらに一歩踏み込もうとした時、路地の反対側から学ランを着た男子生徒が中に入って来た。その生徒が二言三言高校生達と言葉を交わすと、突然鈍い音が岬の元まで届く。学ランの生徒が高校生の顔面を殴りつけたのだ。


「!?」


 驚きのあまり声が出せないでいる間にその場は乱闘になる。カツアゲされていた男子は怖くて動けないようで、ずるずると壁に寄り添うようにしゃがみこんでしまった。

 岬は人を呼ぼうとしてその動きを止めた。高校生二人を相手に喧嘩をしている学ランの学生。それは巽だったのだ。そこで騒ぎに気づいた通行人のサラリーマンが携帯で警察に通報しているのが目に入った。岬は慌てて路地に飛び込んだ。すると高校生達は路地から逃げ出す所だった。

 ほっとして巽に声をかけようと近寄る。すると巽はしゃがみ込んでいた中学生に向き直った。中学生はお礼を言おうと涙目になっている顔を巽に向ける。だが、その表情が一変した。彼がおびえた目で巽を見上げると、巽はその足を中学生に向けて振り下ろしたのだ。


「待って!!」


 巽の意図が分かってとっさに岬は二人の間に割って入って巽の腕を掴む。すると、巽は自分の腕にしがみつく岬を見下ろした。


「!!」


 その目は今まで見たことがないくらい冷たく、憎しみが込められていた。その時初めて岬の存在に気づいた巽は眉根を寄せる。


「あ、・・・お前・・。」

「いいから、行こ!」


 ぐずぐずしていると警察が来てしまう。岬はそのまま巽の腕を引っ張ってその場を離れた。






 岬はずっと巽の腕を引いたままホームへ二人で帰った。その間、岬も巽も一言も口をきくことはなかった。カツアゲを止めようとしたのは分かる。けれど何故被害者の中学生にまで手を出そうとしたか、岬にはその理由を訊く事が出来なかったのだ。

 玄関でイーグルに迎えられ、リビングに入るがそこには誰も居なかった。渚は保育園のお迎えに行っているのかもしれない。岬は巽をソファに座らせると、奥の棚から救急箱を取り出しおしぼりを用意した。高校生相手に一人で喧嘩をした巽の額と右拳からは血が滲んでいたのだ。


「ええわ、そんなん。」

「駄目。」


 巽の抵抗に、岬ははっきりと短い言葉で否定する。救急箱をローテーブルに置き、ソファに座る巽の正面で床に膝をついて巽の手に触れる。

 二人とも今日は声が硬かった。止めに入って睨まれた時のような殺伐とした空気はないものの、巽は気まずいのか口数も少ない。おしぼりで汚れを拭き、傷口を消毒して大きめの絆創膏を貼る。その間岬も無言だった。いつもの笑顔も今日は一度も見せていない。その空気を先に破ったのは巽だった。


「・・怒っとんのか?」


 岬は手を止めて巽を見た。彼は岬から目逸らす。


「心配、したよ。」


 手当を再開すると、巽がぼそっと呟いた。


「・・スマン。」

「うん。」


 手当を終えて救急箱を閉じる。岬が立ち上がろうとすると、巽の声がそれを止めた。


「・・何も訊かへんのか。」


 ここに連れてこられた以上、喧嘩の訳を問われてお説教の一つや二つは覚悟していた。

それなのに、岬は何も訊かずに手当てをしてくれただけだった。


「・・・。」


 岬は救急箱を置いて再び床に膝をついた。そして手当された巽の手にそっと自分の手を重ねる。


「私ね。」

「・・・。」

「昔、男の子になりたいって思ってた。」


 自分よりも大きな巽の手。年下だけど指も太いし、日に焼けている。


「男の子になればきっと強くなれるって。」


 一人でも平気なくらい強く。そう岬が掠れるような声で呟くと、巽は岬の頭を抱えるように抱きしめた。


「・・巽くん?」

「黙っとけ。」


 岬が孤児であることは岬本人から聞いていたので知っている。先ほどの言葉は、孤独に耐えられなかった幼い頃を物語っていた。寂しさを感じるのは自分が弱いからだと思っていたに違いない。だからこそ、岬は強くなりたかったのだ。寂しさを感じない為に。

 その思いには巽も覚えがあった。巽自身、幼い頃から強くなりたいと願い続けていたのだから。


「オレも、・・強うなりたかった。」


 耳元で囁かれる巽の言葉は柔らかい。それとは反対に岬を抱きしめる腕には力が籠もった。自嘲気味に巽がフッと息を吐いて笑う。


「オレは小6ん時に覚醒したんや。」


 初めて聞く巽の話に、岬は黙って耳を澄ませた。


「幸い周りの奴らに目の色変わった所を見られることはなかったんやけど、自分でも不気味でなぁ。段々人と目を合わせられんくなった。せやけど、急にそないな態度になったら周りはおかしい、思うやんか。」


 最初は反抗期かと思われたらしい。けれどいくら問われた所で説明などできないし、いつまた目の色が変わるかと思うと、やはり顔を上げられなかった。

 丁度その頃巽の両親が離婚した直後で、子供は母親に引き取られた。母親も精神的に不安定な時期で、徐々に巽との間に溝が出来てしまったのだという。


「けど、兄貴だけはオレの味方やった。」


 巽の態度を周りの大人達がいぶかしむ中、年の離れたたった一人の兄だけがそれまでと変わらぬ態度で接してくれた。それどころか周りから守ろうとしてくれたのだ。本当のことを話すことが出来ないことを申し訳ないと思いながら、巽は兄の優しさに感謝していたし、誰よりも尊敬していた。


「兄貴のお陰でオレはなんとかやってこれたんや。せやけど、その年の夏に兄貴が死んだ。」


 巽の腕の中で岬の肩が一瞬震える。淡々と語られる巽の言葉は、岬の胸に刺さるようだった。


「二人で夜、飯を食いに繁華街に出たんや。したら、オレが酔っぱらいに絡まれてな。兄貴が間に入って喧嘩になった。そんでその酔っぱらいがビールの空瓶で兄貴の頭を殴ったんや。」


 岬の目から涙が滲む。握った両手に力を込めた。巽が泣いていないのに、自分が泣いたら駄目だと言い聞かせる。

 巽は岬の頭によりかかるようにその頬を寄せた。


「結局、兄貴はそのまんまダメやった。そん時何度も思ったわ。オレが強かったら兄貴は死なんかったって。」

「た、つみくん・・・。」

「せやからイライラすんねん。弱っちい奴がおると、あん時のアホな自分見てるみたいや。」


 だからあの時、被害者の少年に巽は足を振り下ろしたのだ。何も出来なかった、兄を助けられなかった自分と重ねて、その苛立ちをぶつけようとした。過去の自分が許せないから。

 我慢できずに岬の目からは涙が零れ落ちる。

 巽に自分を責めて欲しくなかった。だって、今の巽はちゃんと大切なものを守ってる。その両腕で大事にできている。巽の持つ優しさで、救われている人がいる。自分だってその中の一人なのだから。


「巽、く・・・。」


 なんとか声を絞り出して巽の名前を呼ぶ。巽は岬の頭を抱いていた腕を緩めると、顔を上げた岬と目を合わせた。


「も・・、責め、ないで・・。」

「・・・。」

「自分のこと、嫌いに、ならないで・・。」


 次々と岬の目から溢れる涙を、巽はそっと手のひらで拭う。


「皆、巽、くんが、いてくれなきゃ、・・ダメ、だよ・・。」

「岬。」


 濡れたままの手で岬の頬を包み込む。巽は自分の顔を近づけると、岬の目尻から涙を吸うようにそっと口づけた。驚いて目を閉じる岬に、巽は小さく笑う。


「はよ泣き止めや。しょっぱい。」

「な・・」


 驚きと恥ずかしさで、岬の顔がみるみる内に真っ赤になる。それを見てプッと吹き出し、巽は再び岬を抱きしめた。


「おおきに。」


 大きな手が岬の頭を優しく撫でる。巽の手から与えられる優しさに、岬は胸が温かくなるのを感じていた。






 その日、巽はそのままホームで夕食を食べることになった。あの後渚達が帰ってきて、巽が居ることに驚いていたが、岬が偶然帰りに会ったことを告げると、渚が「なら、夕飯食べていきなよ」と提案したのだ。

 岬と巽がリビングでの話を終えた後から、ずっと蛍は巽にべったりとくっついている。二人が話をしていた時はリビングには入って来なかった。どうやら気を使ってくれていたようだ。

 食後にお茶を飲みながら、岬は皆とソファでテレビを見ていた。流れているのは映画の再放送。日本で実際にあった犬と飼い主の話を映画化したもので、ストーリーも終盤に差し掛かると、突然の飼い主の死によって犬はひとりぼっちになってしまう。それでも飼い主が自分の元へ帰ってくると信じて待ち続けるその姿に、思わず岬の目に涙が滲んだ。すると、岬の隣で巽の腰に抱きついていた蛍がその腕を離した。するすると岬の体に移動し、長い両腕を岬の首に回す。そして岬の左目尻を涙ごとベロンと舐めた。その瞬間、数時間前の巽との出来事が頭の中にフラッシュバックして、岬の顔が再び真っ赤になる。それを見た渚は、そんなことも知らずに「あはははっ」と笑った。


「蛍が岬ちゃんにベタベタするなんて珍しいねぇ。」


 すると岬の隣に座っていた巽の異変に気づいて、渚は巽の顔をのぞき込んだ。


「・・で、なんで巽君まで顔赤いの?」

「!!?」


 指摘されて、慌てて巽はその顔を両腕で隠す。


「あ、赤ない!!」


 蛍のその行動は自分を真似たものに違いない。そう思うとますます耳が熱くなるのを感じて、巽は席を立った。


「もう帰るわ!渚!車出せ!」

「はいは〜い。ったく、もっと可愛くお願い出来ないの?」

「そんなもんいらん!はよせい!」


 挨拶もせずに、バタバタと巽はホームを出ていってしまう。唖然とそれを見送る岬の腕の中では、のんびりと蛍が岬の腕に巻き付いていた。

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