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PARTNER  作者: 橘。
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第15話 傍に寄り添う 3.瑠璃

(お!いた!)


 馴染みの本屋の自動ドアをくぐり、すぐにレジカウンターの中に目的の人物を見つけて顔が緩む。いつも通りスポーツ雑誌のコーナーへ足を向け、桐生は適当に雑誌を手に取ってページをパラパラと捲った。

 時折ちらりとレジに目を向ける。目的の人物、葉陰岬はお客さんの会計をしながら笑って挨拶をしていた。その笑顔に再び口元が緩む。

 昨日は部活の友人達とカラオケでオールしてしまい、家に帰って昼過ぎまでぐっすりと寝ていた。流石にそれから遊びに行く気にはならなかったが、せっかくの連休の最終日にじっとしているのも性に合わない。風呂に入って着替え、適当に街をブラブラしながら夕方になってこの本屋に立ち寄った。今日彼女がバイトに入っているかは賭だったが、見事その勘は当たっていた。

 声を掛けようか迷っていると「お疲れさまでしたー」という声が聞こえてくる。レジを見れば岬がスタッフルームへ入っていく所だった。慌てて腕時計を見ると夕方17時。どうやら彼女のバイトが終わる時間だったようだ。

 結局声をかけられなかった事に肩を落としたが、しばらくすると裏口から出て本屋の前を通る岬が見える。桐生は思わず笑顔になり、本屋を出た。


「葉陰さん!」


 その声に岬はすぐに気付いてこちらを振り返る。


「今バイト終わり?」

「うん。桐生くんは、買い物?」

「そう。今丁度本屋出たトコなんだ。」


 お疲れさま、と言いながら桐生は岬の隣に並ぶ。


「今日はもう家に帰るの?」

「うん。そう。」

「そっか。もしこの後時間あったらご飯でも食べに行かない?」

「え・・」


 なるべく下心を感じられないよう明るく言ったつもりだったのだが、岬は一瞬戸惑った表情を見せた。


「ごめんね。今の時間だと、もう家で夕飯の準備しちゃってると思うから。」

「あ、そうだよね。」


(まぁ、彼氏がいるのに男と二人でご飯とか、普通行かないよなぁ・・)


 内心がっかりしつつも、あくまで明るく笑ってみせる。気を使わせたりして距離を感じるのは嫌だった。今はとにかく彼女と仲良くなりたかった。


(気兼ね無く彼氏の話とか出来たら、警戒されないのかも・・)


「なぁ、橘って葉陰さんの前ではどんな感じなの?」

「え?どんな、って?」

「あ、ホラ。学校じゃ、なんて言うか、あんまり愛想ない感じじゃん?」

「あぁ。うん。」


 岬はふと、ホームに居る時の聖を思い浮かべる。学校にいる時ほど纏う空気は堅くないものの、基本的に態度は変わらない気がする。


「そんなに、変わらないと思うけど・・。」

「え?そうなの?彼女の前でもあんななの?」


 彼女、という言葉に動揺する。今まで岬には恋人がいたことがないし、恋人を前にした聖も見たことがない。先ほどの自分の回答は彼女としては間違っていたのかも、と思って慌てて口を開いた。


「あ、でも、優しいよ?」

「あ、はははっ。そりゃそうだよなぁ~。」


 岬の言葉に桐生の声が少し低くなる。自分で訊いておいてヘコむなんて、まだまだ修行が足りない証拠だ。それでも会話を続けようと桐生は何とか口を開いた。


「デートとかって、どこ行くの?」

「え、えーっと、この前は映画観に行ったよ。」


 どうにかこうにか二人で出かけたことを思い起こす。実際にはデートと呼べるものではないのかもしれないが、渚の手伝いを除けば二人で出かけた事など数えるほどしかない。


「そう言えば、俺水族館で二人に会ったよね。」

「あぁ。そうだったね。」

「あれは、どっちの趣味?」

「趣味って言うか、誘ってくれたのは橘くんだったけど。」

「へー。あいつ動物とか興味あるのかなぁ。」

「あ、うん。動物は好きだと思うよ。」


 ホームにいる皆を思い出す。彼らが特別なのだとしても、聖は動物達にとても優しい。


「葉陰さんはさぁ・・・。その・・」


 口にしてから突然言葉を濁す桐生に岬は首を傾げる。彼の顔を見ると、少し岬から目線を逸らした。


「橘のどこが良かったの?」

「え・・・。」


 さっきまでとは違い桐生の表情に笑顔はない。突然の問いに岬の口は動かなかった。

 本物の恋人同士ならきっとすぐに出る答えなのだろう。けれど、岬は聖のことが好きで付き合っている訳ではない。

 大切な仲間だけど、好きな人じゃない。改めて、自分は偽物なのだと実感する。


「葉陰さん?」

「あ、ごめん。ちょっと、それは恥ずかしいから・・・。」

「そうだよね。変なこと訊いてごめん。」

「ううん。」


 しばらく学校の話をしながら歩いて、別れ道に差し掛かって桐生と別れた。笑顔で大きく手を振る桐生の姿に、岬は自然と笑顔になる。

 一人になると、先程の桐生の問いに上手く答えられなかったことが気になって、何度も自分の中で同じ質問をリピートしてしまう。聖の良い所は沢山あると思う。けれどそれを言葉にするのは難しかった。






 岬と別れると、桐生の口からは知らず知らずの内に溜息が漏れた。

 はっきり言って、彼氏がいると分かっていても岬の事を好きな気持ちは変わらない。二人が学校でもベタベタした姿を見せないせいか、諦めの気持ちは起こらなかった。けれど、それでもやっぱり二人は付き合っているのだ。

 今まで桐生は相手が居る人を好きになったことはない。友達に相談すればきっと面白がるだけで、まともな意見は返ってこないだろう。岬との共通の友人である朋恵からも、彼女を困らせるなと釘を刺されている。


(まぁ、俺が迫ったら、きっと困るよなぁ。)


 岬は穏やかな性格をしているだけに、こっちから一方的にガンガン攻めてもそっけない態度を取ったり、きっぱりと跳ね返すことは出来ないに違いない。

 それでも諦められない。彼氏が居るって分かっていても、好きで好きでしょうがない。こんな恋をしたのは初めてなんだ。





 * * *


 夕食を終え皆で食後のお茶を飲んでいると、渚がデジタルカメラとケーブルを持ってリビングに戻ってきた。それをリビングの液晶テレビに繋いでいく。リモコンで外部接続の画面に切り替えると、そこには先日の旅行の写真が映し出された。


「すごい!テレビで見られるんですね。」

「うん。最近大体のデジカメはそうだよ。」


 渚が画面の切り替えをスライドショーに設定すると、一定時間ごとに次々と写真が映し出されていく。

 お昼ご飯を食べている皆、ボートの上でオールを握る大、聖の横でピースをする夕、車の中で蛍を抱いている巽。


「あ・・・。」


 岬はサービスエリアで大と一緒にアイスクリームを食べている写真を見て、思わず声を漏らした。頬にアイスをつけた大の隣で自分が笑っている。


(私、こんな風に笑うんだ・・・)


 学校行事以外で、今まで旅行なんて行ったことなかった。増してやこんな風に誰かが自分の写真を撮ってくれたこともない。初めて見る仲間達と共に居る自分の顔に、岬は小さな喜びを噛みしめていた。


 皆であれこれ言いながら写真を見ていると、あっと言う間に写真は最終日になる。牧場近くのレストランで食事をして、牛の乳搾りを体験した写真。その後は車に乗って東京への帰路に着いた。するといつの間に撮ったのか、車の中の写真が映し出される。後部座席に座っている皆は疲れの為か、ぐっすり眠ってしまっていた。

 真ん中に座った巽のお腹には蛍が、その左右からは大と夕が寄りかかって眠っている。そしてその後ろの座席、聖は腕を組んだ姿勢まま眠っていた。隣では岬の膝の上で雪が丸くなり、岬はその頭を聖の肩にもたれている。

 それを見て、岬の顔が熱くなった。


「な、渚さん・・・、これ・・。」

「皆が起きないから撮っちゃった。いいでしょ?」

「恥ずかしいから消して下さい・・。」

「だーめ。データもうパソコンに移しちゃったし、永久保存しておくから。」

「え、永久保存、ですか・・・」

「うん。だって梓クリスも写真見たがっているし。本当は一緒に行きたかったみたいだけどねぇ。」


 満面の笑みでそう言われて、嫌とは言えずに岬は肩を落とした。意識がない時の事とは言え、恥ずかしいし申し訳ないので、ソファの隣に座っていた聖に声を掛ける。


「橘くん、ごめんね。」

「別に。」


 感情の見えない声でそれだけ言うと、聖は席を立って自分の部屋へ戻ってしまった。


「岬ちゃん。」

「はい。」

「また皆でどっか行こうね。」


 次がある。そう思っただけで嬉しくなる。


「はい。」


 渚の言葉に、岬は笑顔で頷いた。

 テレビ画面には、最後に全員で撮った笑顔の集合写真が映し出されていた。






「なんだか久しぶりな感じがするね。」


 夜のベランダ。岬は柵に留まっている瑠璃にそう話しかけた。初めてここで共に時間を過ごして以来、時折こうして瑠璃に話しかけるのが習慣になっていた。大抵12時を過ぎればリビングには誰も居なくなる。岬が何気なくベランダに出ると、約束したわけでもないのにこうして隣に来てくれるのだ。

 瑠璃は聖のパートナーだ。話しかけても雪の様に岬に言葉を返してくれるわけではない。それでもまるで瑠璃が自分の話を聞いてくれているような気がして、こうして声に出して話しかけている。


「星、綺麗だったね。」


 そう岬が言うと、瑠璃は少し体を揺らした。反応があったことに岬は自然と微笑む。そして、ベランダから見える夜空に目を移した。東京の空ではあの夜ほど沢山の星を見ることは出来ない。ポツポツと輝く星を眺めながら、岬は隣に居てくれる瑠璃の存在を感じていた。


「旅行もいいけど、ここで瑠璃と星を見るのも悪くないよね。」


 すると、瑠璃が少し足を移動させる。岬との距離が近くなって、柵に寄りかかりながら瑠璃を見つめた。


「瑠璃みたいに、空を飛べたらいいだろうなぁ。」


 子供のような空想も、瑠璃の前なら素直に口に出来た。それは瑠璃が自分の言葉を理解できないからなのかしれないし、それほど瑠璃に心を許しているからなのかもしれない。

 いつでも瑠璃は優しい瞳で岬の言葉を聞いてくれる。お互い触れることはなくても、心地の良い二人の夜の時間。これからもこの時間を大切にしよう。そう岬は心に誓った。






(あぁ、またか・・・。)


 胸に流れ込んでくる緩やかな感情に、聖は目を閉じた。聖だけが感じることの出来る瑠璃の心。喜びと大切な者を想う瑠璃の心が聖の胸を占めていく。夜中に瑠璃のこんな感情が自分に伝わってくる時は、岬と共にいる時だと知っていた。

 瑠璃は元々人間嫌いだった。カラスという生き物として生まれてから、人間は決して瑠璃に対して友好的な態度を見せる生物ではなかった。大きい、汚い、怖い。様々な負の感情が向けられる。例え瑠璃が生まれてから一度もゴミをあさったりしなくても、カラスという姿に生まれた限りはそれが変わることはない。瑠璃にとって人間は天敵も同じだった。

 だからお互いに覚醒し、パートナーとして出会ったあの日、聖よりも瑠璃の方が戸惑いは大きかった。日頃自分に対して敵意を持つ人間。それが唯一無二のパートナーだと、瑠璃は認められなかったのだ。しかしだからこそ、聖は瑠璃を受け入れることが出来た。あの頃の聖にとって、瑠璃は自分とよく似た存在だった。孤独な自分。周りは敵ばかりで、気が休まる時などなかった。

 いつしか感情を上手く共有できるようになって、瑠璃も聖も心を開いた。お互いが何よりも大切な存在になって、お互いを支えてきた。


 聖は自分の胸に手を当てる。彼は岬と出会った日のことを思い出していた。

 今でもはっきりと覚えている瑠璃の心の奔流。学校の屋上でパートナーの話をした日。瑠璃を見た岬は、彼が飛ぶ姿を見てはっきりと『綺麗』と呟いた。お世辞でもなんでもない、心に沸き上がった文字を素直に口にしたその言葉。それは聖の心を揺さぶった。

 聖から伝わった岬の言葉の意味を理解して、更に瑠璃は激しい感情を放った。戸惑い。そして段々と喜びに変化していく感情の流れ。聖が一瞬自分を見失ってしまいそうになる程のそれはその後の瑠璃を変えた。パートナーではない人物からの言葉だからこそ、瑠璃はそれほどの喜びを得ることができた。

 以来、瑠璃は岬のことを気に入ってしまったらしく、密かに彼女の様子を見に学校やバイト帰り道に行っていることを聖は知っていた。仲間とはいえ、パートナー以外の人物にこれほど瑠璃が執着しているのを見るのは初めてだった。

 瑠璃にとって岬はとても大切な存在になっている。それは疑いようのない事実だ。そして、今夜のように岬自身も瑠璃のことを大切にしてくれているのが分かると、聖も安心感と共に幸福感が沸き起こる。

 だからだろう。岬に付き合うフリなんて頼むことが出来たのは。今考えても岬以外にそんなことを頼もうと思える相手なんて思い浮かばない。

 仲間だから。瑠璃を大切にしてくれるから。


(そうに決まってる・・・)


 時折、自分の中に沸き上がる苛立ちには目を伏せた。それが何なのか、考えたくもなかった。 

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