第14話 恋が交わる 2.映画(1)
巽と合流した春彦は、ふと横手の建物を見て足を止めた。建物の壁には大きな映画のポスターがいくつも飾られている。上を見るとそこには映画館の看板があった。観たい映画あったっけ?と思いながら顔を前に戻すと、女性の顔が目に入る。年上のその女性は以前自宅で会った姉の友人だった。
「あ、岬さん。」
その言葉に巽もそちらを見る。すると確かに映画館の中に入っていく岬の姿が見えた。友人と来ているのかと思ったが、その隣にいるのは男だ。よく見れば知った顔。聖だった。
「あれ?デートですかね?」
岬は巽の知り合いだ。それを知っていたので巽に声をかけたのだが、隣を見ると巽は不機嫌そうな顔をしていた。
「巽さん?」
「・・行くぞ。」
「あ、はい。」
春彦の言葉には応えずに、巽はさっさと歩きだしてしまう。
(・・もしかして・・。)
もう一度岬の後ろ姿を見る。一緒に来ている男性と共に館内を移動している所だった。
以前彼女は春彦に頼んで巽にバレンタインのプレゼントをしている。だが、それは家で用意していたものの一つで、あくまで義理だと春彦も知っていた。
(巽さんの好きな人って・・)
そうこうしている内に、あっと言う間に巽の姿が小さくなっている。春彦は急いでその後を追いかけた。
聖は岬と共に映画館に入ると、エントランスに設置されている椅子に腰掛けた。今日が休日なのと最新作の映画ということで満席に近い客の入りだったが、前売りを持っていたおかげで目的の回の席を取ることが出来たのだ。だが、まだ上映開始までは20分ほどある。二人はそこで開始時間まで休憩することにした。
「良かったのか?」
「ん?」
「映画。このシリーズ知らないんだろ?」
「あ、うん。けど・・。」
少し言い辛そうな様子が気になりながら、聖は言葉の続きを待った。岬は少し恥ずかしそうに聖を見る。
「実は、映画館に来るのも初めてなの。」
「・・・・。」
だから来てみたかったんだ、と照れながら言うその表情に聖の口元が緩む。
「そうか。」
「うん。」
すると聖は席を立って、そこが他の客に取られないよう自分の携帯をそこに置いた。
「待ってて。」
「うん。」
数分後、聖が席に戻ってくると、その手には今回見る映画のパンフレットを持っていた。それをパラパラと捲り、パンフレットの中程に載っている登場人物達の紹介ページを開く。何作にも渡って続いているだけに沢山の登場人物がいて、組織の名前などの説明もあった。
すると聖はそのページを岬に見せながら、これまでの話を説明してくれた。二人は一つのパンフレットを見ながら、上映開始まで映画の話をして過ごした。
席に着くと5分程で予告が始まった。映画館が真っ暗になるとドキドキしてくる。スクリーンではまだ本編が始まっていないのに、様々な映画の断片を観ているだけでもその迫力や別れのシーンに心が動かされる。
気づけばいつの間にか予告も終わり、スクリーン両脇の幕が開けられスクリーンの幅が大きくなると、ついに映画が始まった。岬はCGの作り出す美しい宇宙の映像と目の前を通り過ぎていくような迫力ある宇宙船に釘付けになる。
映画が始まって一時間。主人公達が戦いに巻き込まれ、その中で大切な人達と離ればなれになっていく。ふと、聖は隣に座る岬を見た。スクリーンから目を離さずに一喜一憂しているのが聖から見てもよく分かる。くるくると変わるその表情に、思わず笑みが零れた。その瞬間、自分で自分が笑ったことに驚きながら、聖は口元を押さえてスクリーンに目を戻す。横目で岬の様子を伺うが、彼女は映画に夢中でそんな聖の様子には気づいていなかった。胸を撫で下ろして背もたれに体重を預ける。
いつもなら隣に誰が居ても映画に集中しているから気にならない。それなのに、
(初めて来たとか言うから・・・。)
彼女が楽しめているかどうか、気になったに違いない。
不意に隣の空気が動いた気がして目を向ける。すると岬が目を細めてスクリーンを見つめていた。穏やかなその表情を見ていると、なんだか落ち着かない。けれど嫌ではない。
スクリーンでは主人公が離ればなれになった仲間達と合流し、再会を喜んでいるシーンだった。その中に居た筈の思いを寄せるヒロインの姿がないことに気づくと、主人公は仲間と共に彼女を救い出す決意をする。
再び聖も映画にのめり込んでいった。
* * *
「面白かった!」
映画館を出ると、岬は聖に満面の笑みを向けた。
「そうか。」
「うん。」
二人で映画関連グッズのショップを見ると、時間は昼の2時になろうとしていた。映画の上映時間が丁度昼時だったので、遅い昼食をとろうと映画館を出る。ファーストフードで済まそうと店を覗くが、どこも満席でなかなか店が見つからない。
「やっぱり休日は混んでるね。」
「あぁ。」
適当に買って帰ってホームで食べようか、と話していた所で岬は足を止めた。
「あ。」
聖もそちらを見る。すると、デニム専門店から出てきた巽の姿を見つけた。
「巽くん!」
岬が声をかけると、巽と隣にいた青年も振り向いた。憮然とした顔を向ける巽とは違い、その青年は笑顔で岬に手を振ってくれる。その青年に引っ張られる形で、巽も岬達の前に来た。
「えっと、春彦くん、だよね?」
「はい。お久しぶりです。」
巽と一緒に居たのは朋恵の弟、春彦だった。以前朋恵の家におじゃました際に岬は一度顔を合わせている。
「この前はありがとう。」
「いえ。ちゃんと渡しときましたから。」
そう言うと、春彦は肘で巽の脇を突っつく。すると巽は苦い顔をする。以前春彦を通して岬からバレンタインのプレゼントを貰ったのだが、巽はホワイトデーに何もお返しをしていなかったのだ。ちらりと岬の顔を窺うが、本人にそれを気にした様子はない。
「・・旨かったわ。おおきに。」
「うん。良かった。二人は買い物?」
「はい。お二人はこれからどっか行くんスか?」
春彦は岬の隣に立っている聖の顔を見る。愛想は無いが男から見てもイケメンだ。
(こりゃ、巽さんダメかもな・・。)
「お昼食べる所探してたんだけど、どこも満席で・・」
「あ、そうなんスか?ちょっとここから歩いた所に俺が良く行くバーガー屋があるんですけど、案内しましょうか?」
「え?」
「人目に付かない場所にあって、多分席は空いてますよ。旨いし、オススメです。」
ニカッと春彦が笑う。初対面に近い岬に対しても、春彦は遠慮がない。人なつっこい感じだ。
彼の提案にどうしようかと聖を見ると、「いいんじゃないか」と素っ気なく言われた。
(そう言えば、あんまり巽君と仲良くないんだっけ?でも良いって言ってるし・・。)
「あ、じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「はい。じゃ、行きましょ。」
「うん。」
岬は春彦と並んで歩き出す。
「えーと、春彦くんは」
「あ、春でいいっスよ。皆そう呼ぶんで。」
「じゃあ、春くん。」
「はい。」
笑顔で返事をする春彦につられるように、岬も笑顔になる。
「ふふっ。巽君の後輩なんだっけ?」
「はい。一年です。」
「休日も一緒に出かけるなんて、仲良いんだね。」
「まぁ。俺が無理矢理ついてってる感じっスけど。」
「そうなんだ。」
「はい。巽さん、あんまり人と居るの好きじゃないみたいで。」
ふと、後ろを歩く巽を見る。不機嫌そうな顔をしていても、聖と話しながら並んで歩いていた。ホームにいる時もそうだ。言葉や態度が悪くても、パートナーや仲間を大切に思っている。
「・・本当に嫌だったら、巽くんはそう言うよ。」
「え?」
「きっと、嫌だなんて思って無いと思う。」
「そうっスかね・・。」
「うん。」
「へへっ。」
照れくさそうに春彦が笑う。朋恵とはあまり似ていないが、隣の居心地が良いところは一緒だな、岬はと思った。
「こないな所で何しとったんや。」
映画館に入っていくのを見たが、それには触れずに巽はそう言った。
「・・映画観てた。」
「ほー。お前が女と行くなんて珍しいこともあるもんやなぁ?」
嫌みったらしく言ってみるが、聖は表情を変えない。こういうスカした態度が巽は気に入らないのだ。
「渚からチケット貰っただけだ。」
(だけ、ねぇ・・。)
だけ、という言葉がやけに引っかかる。わざわざ言う必要のないその言葉を言うのは、他意がある気がしてならない。
「アレ。」
「あ?」
「東川の弟だって?」
「あぁ、お前ら春の姉ちゃんと同じ高校やったっけ。姉ちゃん美人やって有名やぞ。ホンマなんか?」
「あぁ。そうかもな。」
「興味ないんか。」
「ない。」
「・・・逆にきしょい。」
「・・・・。」
巽は前を見る。それほど仲が良い訳ではない筈だが、岬は春彦と楽しそうに話をしながら歩いている。久しぶりに見た彼女の笑顔に惹きつけられる。だからこそ、聖が気に入らない。
「どないな女やったら興味あんねん。」
聖の顔を見る。聖は少し眉根を寄せて自分を見た。
「・・・さぁな。」
「あ、テメ!」
すると慌てた様子で、岬が二人に声をかけた。
「ね、ねぇ。着いたよ?」
「あ?」
見ると春彦は店の入口で待っている。二人が喧嘩を始めると思ったようで、オロオロとした様子で岬は
二人の顔色を窺っていた。
「席空いてるみたいだから、入ろ?」
「あぁ。」
聖は巽を気にした様子もなく岬と共に店に入る。巽は聖の背中を睨みつけると、最後に店に入った。
60年代のアメリカを意識した店内はロックテイストだが落ち着く内装だった。あまり広くないお店で、裏路地にある為教えて貰わなければ見つけるのは難しい。
四人席は空いていなかったので、巽と春彦はカウンター席、岬と聖は巽達のすぐ後ろにある窓際の二人席に座った。メニューを見るとバーガー中心だが、岬はその種類の多さに目を見張る。
「すごい沢山種類があるんだね。」
聖にメニューを見せながらそう言うと、聖もそれをのぞき込んで頷いた。すると、春彦が振り向いて笑った。
「俺のオススメはエビとアボガドのヤツですよ。」
「へぇ。美味しそう。」
「でしょ?」
「じゃ、それにしようかな。橘くん、決まった?」
「あぁ。」
すると呼ばなくても店員さんが来てくれた。二十代の男性で、伸ばした顎髭がおしゃれな人だ。
「ご注文お窺いします。」
すると聖がメニューを手に取って、岬の分も注文してくれた。
「ベーコンエッグとアボカドバーガー。後、ホットコーヒー。葉陰、飲み物は?」
「あ、アイスティー。」
「じゃ、それで。」
「かしこまりました。」
店員がカウンターの中に入ると、岬は聖の顔を見た。
「ありがとう。」
「ん?」
「あの、注文。」
聖は少し驚いた顔をした後、少し下を向いて小さく笑う。
「別に。そんなことで礼とか要らないから。」
「あ、うん。ありがとう。」
「だから、いいって。」
「あ、そっか。」
お互いに微笑み合う。窓側の席は日が当たって暖かい。そのお陰なのか、いつもより聖の表情は穏やかに見える。二人は映画の話をしながら、料理が運ばれるのを待った。