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PARTNER  作者: 橘。
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第13話 前へ踏み出す 3.親子

 

 寒くて下を見て歩いていた顔を何気なく上げた。子供達の声がしたからだ。

 道路から柵で区切られ覆われた土地に、十人程の子供達が遊んでいる。砂場で遊ぶ子、ボールで遊ぶ子、ブランコで遊ぶ子。それぞれの遊びでそれぞれのグループに分かれて遊んでいる。だからこそ、その二人がすぐに視界に入った。

 柵の近くに立つ、お互いの手を繋いだ二人の幼い子供。背丈、髪の色、顔付き。髪型以外がそっくりな男の子と女の子が渚を見ていた。声をあげることも無く、じっと動かずに渚を見ているのだ。

 二人を見た瞬間、渚は眩暈がするような衝撃を受けていた。ゆっくりと、一歩一歩道路を踏みしめながら近づいていく。冷たい柵に手を掛け、体を乗り出して二人を見る。やはり見間違いではない。二人の目が、左目だけが橙色へと変化している。最初に目があった時は普通だった。それが、お互いが“そうだ”と感じた瞬間変化したのだ。

 渚は横に首を巡らし、柵の先にある門を見た。そこには古い看板が取り付けてあり、『緑風院』と書かれている。

 弾かれた様に握り締めていた柵から手を離すとレンガ造りの門を通り、子供達の遊んでいる小さな庭を横切って施設の中に入った。施設というよりは少し大きな一軒家に近いその建物の玄関に立ち、大きな声で「ごめんください」と呼びかれる。するとすぐに女性の声が返ってきた。


「はい。」


 奥から軽いスリッパの音をさせながらエプロン姿の女性が現れる。渚は彼女に一礼した。


「何か御用ですか?」


 渚の姿を見て彼女は小さく驚いた表情を見せる。それもそうだろう。茶髪にピアス、ダメージジーンズにカーキのダウンを着込んだ姿はどう見ても孤児院に用があるようには思えない。しかし、次の渚の言葉に更に驚くことになる。


「あの、双子の男の子と女の子は、ここでお世話になっているんですか?」

「双子・・あぁ、大くんと夕ちゃんね。そうですけど。それが?」

「引き取りたいんです。」

「え?」


 あからさまに怪訝な顔をした施設の女性に、渚は怯まず食いついた。


「お願いします。」


 90度に近い角度で頭を下げる。その姿勢に本気だと言うことが伝わったようだが、口調は厳しいままで彼女は渚を中に招き入れた。






「座ってください。」

「あ、はい。」


 通されたのは小さな個室だった。仕事部屋のようで、旧型のデスクトップパソコンがデスクに置いてある。アルミ製の無機質な棚には沢山のファイルが並んでいた。

 低い木製のテーブルの上に湯気を立てた煎茶が2つ置かれる。


「私はここの院長をしております山内です。失礼ですがお名前は?」

「木登渚。と言います。」

「そう。では木登さん。御年、いえ、ご職業をお伺いしてもいいかしら?」

「・・アルバイトです。」

「今どなたかの扶養を受けていらっしゃるの?」

「いえ。一人暮らしです。」

「それで、どうやって子供を育てていくのです?それに子供達は私の子供ではありません。国から保護を受けている子供達なのです。簡単にお預かりしているお子さんを差し上げるという訳にはいかないのですよ。」


 渚は膝の上で両拳を握った。


「・・軽はずみな発言だったことは認めます。俺はどうすればいいんでしょうか?」

「孤児を引き取る為には都への申請が必要です。その為に、あなたがしっかりとした身元であることを証明する事と、子供を育てるためのある程度の収入があることが必要となります。」

「はい。」

「それと、彼らの預かり人である私の承認が必要です。そして今、あなたにはそのどれもがありません。」

「・・・はい。」


 足元に目を落す。悔しかった。目の前に仲間が居るのに今の自分では手を差し伸べる事も出来ない。


「一つ聞いてもよろしいですか?」

「はい。」

「何故、あの子達なのですか?」

「・・・・。」

「あの二人は他人の拒絶が他の子達よりも大きく、二人だけの世界にこもりがちです。しかもあなたは二人とも引き取ろうとしていらっしゃる。それは何故なのです。」

「二人とも引き取ることに関して言えば、あの二人は一緒に居ることが自然だからです。そして何故あの子達なのかは、・・・あの二人を・・。」


 渚はその先をどう答えるべきか迷いをみせた。だが、拳に力を篭めて院長を見る。


「いえ、止めておきます。それは俺があの二人を引き取るのに相応しい人間になってからにします。」

「そうですか。」

「院長先生。」

「はい。」

「俺みたいな奴に、真剣に話をしていただいてありがとうございました。」


 頭を下げる。本心だった。本来なら門前払いでも可笑しくない。けれど、院長先生は今の渚に足りないものを全て教えてくれた。


「それは、あなたが真剣だったからです。どんなにお金持ちでも、私はここの子供達を幸せにできない人にはお預けすることはできないと思っています。」


 それまで厳しい表情だった院長先生が、初めて渚に微笑んだ。その笑顔はまるで母親のようだった。


「あなたは確かに若いし、その服装や髪形を見ても軽薄そうにしか見えませんけど。それでも真剣にあの子達と一緒に暮らしたいという気持ちは伝わってきました。どんな事情があるにせよ、またあなたがここを訪れる気がおありなら、私もあの子達もここであなたをお待ちしていますよ。」

「はい。必ずあの子達を迎えに来ます。ありがとうございました。」


 立ち上がって再び深く頭を下げる。必ず力を手に入れると決意をして。






 施設を出ると、ぎゅっと手を握り合ったまま二人が玄関のすぐ目の前に立っていた。何も言わずにこちらを見上げている。渚は無力さに申し訳なく思いながら、しゃがんで二人と目線を合わせた。すでに目は元通りになっていて、間近で見ると似ているのがよく分かる。


「ごめんな。今の俺じゃ駄目だった。でも、必ず迎えに来るからな。」


 二人を抱きしめ、自分より少し高い体温を感じる。頭を撫でてやると、二人は震えていた。お互いの手を握り合っているのとは反対の手で、渚の服を握る。


「ごめん。約束するから。次に会う時は一緒に暮らす時だ。な?」


 抱いていた手を離して二人に向き直ると、泣いているのかと思っていた顔は泣いてはいなかった。けど、震えている手にそれを我慢していることが分かる。

 名残惜しかったけれど、二人を放して渚は施設を出た。






 その後渚は事務所を借り、探偵事務所を立ち上げ2年間休み無しで働いた。その間、院長に聞いた二人の誕生日、子供の日、クリスマスには必ずプレゼントを贈った。でも直接会いに行くことをしなかった。次に会う時は一緒に暮らすときだと約束したからだ。

 仕事が軌道に乗り、収入が安定した所で都に申請を出した。その為に髪を短く切り、何年かぶりに黒髪に染めた。その写真がなんだか自分らしくなくて可笑しかった。

 都からの承認には半年程かかった。研修制度や家庭環境の調査などがあり、渚が未婚である事や職業が探偵である事、やはり年齢が若いことが問題のようだった。やりたくは無かったが、そこはシンの力を借りた。自分の力でなんとかしたかったが、プライドなんて二人の為ならどうでも良かった。


 春に書類が事務所に届くと、書類を片手に渚はすぐに孤児院に向かった。

 息を切らせて孤児院に着いた時にはすでに夕方で、子供達は皆施設の中にいるようだ。渚は院長先生に会い、書類を見せる。先生はまるでテストで良い点をとった子供を褒めるように「良く頑張ったわね。」と言ってくれた。初めて母親に褒められたような気分になり、渚はこんな親になろうと思った。

 すると、話声が聞こえたのか、大と夕が渚の居る院長先生の部屋に来た。二人はおそろいのトレーナーを着ている。それは去年の誕生日に送ったものだった。

 渚は書類を二人に見せて、ちゃんと認められたこと、二人と一緒に暮らせることを簡単に説明した。


「いっぱい待たせてごめんな。」


 そう言って二人を、二年前のあの日のように抱きしめると今度は二人とも声をあげて泣いた。その涙が悲しみではないことに安堵し、渚も涙が溢れた。

 時間も遅いし、さすがにそのまま二人を連れて帰るわけにはいかない。二人は渚から離れようとはしなかったが、明日また迎えに来ること、そして施設のお友達と別れを告げるように言い残し、事務所に戻った。

 戻るとすぐに事務所と二人の為に用意していた部屋を掃除した。夕飯を食べ、風呂に入り、次の朝起きて二人の布団を干す。迎える準備を整えて、夕べ残した仕事を軽く片付けると再び施設に向かった。






 施設に到着すると、二人は玄関先に座って渚を待っていた。渚が姿を見せると真っ先に飛び込んでくる。二人に「おはよう」と挨拶をして顔を上げると、院長先生と施設の子供達が出てきた。二人は子供たちから手作りのプレゼントを昨夜貰ったようで、折り紙で作った花が荷物の一番上にしまわれていた。

 渚は院長先生から二人の荷物と必要書類の類を受け取り、先生と子供たちにお礼を言って頭を下げた。すると両脇の二人も一緒に頭を下げた。院長先生からよろしくお願いします、と頭を下げられ、俺は頷いて彼女と握手した。

 子供達の内の一人が「バイバイ」と言うと、皆が別れを告げてバイバイの合唱で渚達は施設を出た。渚は先生の姿が見える度、何度も頭を下げた。

 二人の荷物を車に乗せ、俺は運転席に乗り込む。二人はまだ固い表情だった。そして車の中では何も口にはしなかった。


 事務所に着いて家の中を二人に案内した。玄関、廊下、リビング、キッチン、トイレ、そして二人の部屋。二人は自分達の部屋を見ると、信じられないという顔をして喜んでくれた。それがとても嬉しかった。

 2階で昼寝をしていたイーグルが目を覚ましたようで、カタカタと小さな足音を立てて階段を降りてくる。尻尾を振り、二人を見る前から喜んでいたその様子から、仲間が居ることが分かっていたのだろう。それとも渚の喜びの感情を感じていたのだろうか。とても嬉しそうに鳴き、大に飛び掛ると押し倒してその顔を嘗め回した。イーグルは二人よりも大きな体をしていたが、二人もイーグルには感じるものがあったのだろう。少しもイーグルを怖がることは無かった。


 その日、渚と大と夕とイーグルは一日中離れることはなかった。昼ご飯を一緒に食べて、渚が仕事をしている時も、夕食を作っている時も離れようとはしなかった。そんな二人を安心させるかのように、イーグルも二人の後を付いて回った。

 夜、二人をベッドに寝かしつけ、渚も自分のベッドに入った。その日は喜びと興奮で中々寝付けそうにはなかった。するとイーグルが前足で部屋のドアを開けて入ってくる。その後ろには枕を持った大と夕が居た。


「慣れない場所だから寝れなかった?」


 渚が訊くと、大が口を開いた。


「一緒に、寝ていい?」


 イーグルは床の上にクッションを銜えてきてその上に寝床を作り、二人は渚の両脇に枕を置いて眠った。感じた小さな重みと体温が心地よく、渚は二人の寝息を聞きながら眠りに落ちた。

 二人が慣れるまで、しばらくこうして渚達は一緒に寝るようになったのだった。


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