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PARTNER  作者: 橘。
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第12話 動き始める 3.東川朋恵(1)

 新学期は始まったばかりだが、バレーボール部は早々に活動を始めていた。体育館の隅では数人の新入生達が部活の見学に来ている。

 二年生を中心とした部員達は、それぞれペアになってストレッチをしていた。


「春で三年生も引退かぁ。」


 朋恵とペアの早見玲が腕を伸ばしながらそう呟いた。


「高校なんてまだ入ったばっかりな気がするのに、あっと言う間だよね。」


 入口近くで集まっている新入生達を見ながら朋恵が苦笑する。すると彼らに話しかけているジャージ姿の男子生徒が目に入った。楽しそうに女子生徒達と話しているが、アップをさぼっているのが見つかり、三年の先輩に怒られている。


「こら!桐生サボるな!!」

「せんぱーい!!新入生にバレー部のことを教えてるだけっスよ。」


 その姿を見て、部員達だけではなく新入生達もクスクス笑っている。

 怒られているのは同じ学年の男子バレー部、桐生圭吾。呆れ顔で彼を注意しているのは、三年生の草薙武先輩。昨年度のキャプテンだ。今は二年生がキャプテンを引き継いでいて、女子部のキャプテンは朋恵、副キャプテンは隣にいる玲になった。注意しながらも、いつの間にか草薙は彼らに混じって談笑している。

 草薙の周りはいつもそうだ。いつの間にか彼の周りには人が集まっていて、その中心で草薙は笑顔を見せる。上も下も、性別も関係ない。彼の傍にいると知らず知らずの内に彼のペースに巻き込まれているのだ。


「あんたも行ってくれば?」

「練習はどうするのよ。」


 玲の言葉に朋恵はそこから目を逸らす。


「新入部員の勧誘も立派な部長の仕事だと思うけど?あいつらに任せてたら、女子の入部希望者が男バレのマネージャーになっちゃうわよ。」

「・・それなら、木村先輩が行ったから大丈夫よ。」

「え?」


 玲が再び彼らの方に目を向けると、彼らの輪の中に三年の木村愛子が混じっていた。


(木村先輩じゃ役に立たないでしょうよ。)


 彼女の目的は明らかに新入部員ではなく草薙だ。二人は幼なじみで、部活中も木村は草薙にべったりだった。つき合っているという事実こそないものの、すっかりバレー部公認のカップルとなっている。

 それにはっきりとは言わないが、朋恵が草薙に片思いをしていることも玲は知っていた。だからこそ行って来いと言ったのだが、彼女は自分から草薙に近づこうとはしない。それは木村の存在があるからだ。


(ったく、もうすぐ先輩たちは引退だって言うのに、このまま何もしない気なのかしらねぇ。)


 朋恵は責任感も強く、周りの信頼も厚い。キャプテンには文句ない人物だが、どうも自分の恋愛には消極的だ。玲はずっと傍でそれを見てきた。彼女から言わせればじれったいのだが、他人の恋愛に口を出すのは野暮だとも分かっている。

 彼女に気づかれないよう溜息をついて、玲はストレッチを続けた。






「お疲れ様でしたー。」


 着替えて部室を出ると、すっかり空は夕焼けを迎えていた。朋恵は玲達と校門に向かって歩いていると、前方では男バレの部員達が何やら集まっている。挨拶をしてその横を通り過ぎようとした時、呼び止められた。


「あ、東川!」

「草薙先輩。お疲れさまです。」


 跳ねる胸に気づかれないよう会釈する。顔全体で笑う草薙の表情につられて、朋恵の表情も緩んだ。


「俺らこれからなんか食いに行こうかって言ってんだけど、女子も来るか?」


 すると、近くで喋っていた桐生が声を上げる。


「先輩が奢ってくれるってー!」

「ばーか!そんなこと言ってねぇだろ!!」

「えぇ!先輩バイトしてんだからいいじゃん!」

「俺もう受験だぞ!バイトなんか辞めたっつーの!」


 二人のやりとりに皆が笑う。数人の女子が行きたいと名乗りを上げたが、朋恵は「すいません」と言って断った。


「そうか。じゃ、また今度な!」

「はい。お疲れさまでした。」


 再び頭を下げて、朋恵は草薙達よりも先に学校を出た。玲も「ダイエットしてるから」と断って、朋恵と並んで歩いている。


「木村先輩が居たから断ったの?」

「違うよ。」


 玲は思ったことをハッキリと口に出す。草薙への想いも自分から話した訳ではなったが、いつの間にか話せる唯一の相手になっていた。


「もう諦めてるわけ?」

「・・・・。」


 諦めているのかもしれない。そう朋恵は思った。自分からこの恋を実らせる為に行動を起こす気にはなれない。木村先輩に敵うとも思えない。成就させる気はないのに、それでもこの想いは消えてなくならない。諦めたくても諦められない、と言うのが一番正しい表現なのだろう。

 何も言わない朋恵に、玲は嘆息した。


「あんたって、自分のことになるとダメダメよね。」

「ダメダメって・・。」

「他人のことばっかで、ホント損な性格。」


 玲の言葉に朋恵が苦笑する。玲からすれば、言い返す位のことをして欲しい所だ。だが彼女が怒ったり、喚いたりした所など見たことがない。


「後悔だけはしないようにしなさいよ。」

「・・うん。ありがとう。」


 友達としては容赦ないが、今の朋恵にはありがたい言葉だった。






 朋恵と別れ、玲は一人で住宅街の細い道を歩いていた。頭の中は朋恵の事が占めている。自分はそれほどお節介ではないと思う。けれど、どうにもあの二人は口を出したくなってしまうのだ。

 部活後、朋恵に声をかけた草薙。


(あんだけ女子が居て、朋恵の名前だけを呼んだのよ?しかも断ったら、またなって言ってた。それをどういう意味だと思ってんのかしら。)


 他人の事はよく見ているくせに、自分のことには盲目だ。多分木村の存在が、二人への思い込みがそうさせているのだろう。

 うじうじしている朋恵にも腹が立つが、玲は草薙のはっきりしない態度へも苛立ちを感じていた。

 木村の態度は顕著だ。それはバレー部員なら全員が気づく程、いつも草薙にべったりで周りに女子を近づけようとしない。誰とでも仲良くなってしまう草薙相手では苦労するだろうが、女子達も木村が草薙を好きだと分かっているので、彼女の前では気を使っている。

 いくら玲が朋恵の友人だと言っても、行動を起こさない朋恵とあから様でも自分からアピールしようとしている木村なら、木村の方が潔い気がしてしまう。

 それに皆が気づく程なのだから、草薙が木村の気持ちに気づいていない筈がない。幼なじみという長い時間を過ごしているのにこれまで何もないのであれば、それは草薙が木村に興味を持っていない何よりの証拠だ。ならば、はっきりすればいい。ずっと木村がひっついているのでは、草薙だって自分の恋愛が出来ないに違いないのだから。


(どっちもお人好しなのよね。要は。)


 玲は茜色の空に向かって、一人溜息をついた。





  * * *


 岬は聖と共に教室へ入る。新学期が始まって一週間経ったが、未だ新しいクラスに入ると新鮮な気がする。

 友人達と挨拶しながら窓側の席に着くと、男子生徒に笑顔で声をかけられた。


「おはよう、葉陰さん。」

「あ、桐生くん。おはよう。」


 一緒のクラスになってから、桐生はよく岬に声をかけてくれるようになった。水族館で会った時に話していた通り、バイト先にもちょこちょこ顔を見せている。


「葉陰さんは、昨日の抜き打ちテストできた?」

「うーん。あんまり自信はないけど、全部埋めたよ。」

「マジで!俺時間無くて最後の方全然書けなかった!!」


 そんな事を話している内に、担任の先生が教室に入ってくる。桐生が席に戻ると、岬も椅子に座ってバッグを片づけた。


 数学の時間になると、早速やったばかりのテストが返ってくる。皆思い思いの反応を見せるが、教師の都合で後半は自習になり、出来なかった問題を再度解いて提出することになった。相談しても良いと言われ、教師が教室から居なくなると生徒達は友人同士で相談を始める。

 岬はひとまず自分で解いてから、答え合わせをしようとペンを走らせた。


「葉陰さん。」


 頭上から声がかけられて、岬は顔を上げる。そこに居たのは桐生だった。


「あれ?どうしたの?」


 桐生は笑ってピラピラとテストの答案を見せた。


「分かんない問題があるんだけど、訊いても良いかな?」

「うん。私で良ければ・・。」

「良かった。」


 満面の笑みを見せると、移動して空いた岬の前の席に座る。桐生がかしこまって「よろしくお願いします」と頭を下げるので、おかしくなって岬も笑った。

 自分に向けられた笑みに、桐生が息を飲む。


「どうしたの?」

「あ、ううん。それで、ここなんだけどさ・・。」



 机を挟んで二人が問題を解く様子を見ながら、朋恵は眉根を寄せた。いくら桐生が人懐っこい性格でも、始まったばかりのクラスは出席番号順に並んでいる。桐生と葉陰では教室の端と端なのだ。それなのにわざわざ岬の所に行くのはわざとらし過ぎじゃないだろうか。


(しかも、同じ教室に彼氏がいるのに・・・)


 ちらりと聖の様子を窺う。だが、彼の様子はいつもと変わりない。


(表情に出ないだけに、何考えてるのか分からないのよね。)


 普段と変わりないなら気にしていないのかもしれないが、腹の内は分からない。


(まぁ、嫉妬とか束縛とかするタイプには見えないし。あの二人はあれくらいで喧嘩したりしないだろうけど。)


 桐生が岬に好意を持っていると分かっているだけに、どうしても気になってしまう。


(相手がいるって分かってても、頑張れるものかしら・・・)


 思わず、自分と重ねてしまう。

 動くことを放棄している自分。頑張ったって手が届かないって分かっているのに。行き場のない気持ちだけが少しずつ蓄積して重くなっていく。草薙の隣で笑う木村の表情が頭から離れない。


(重傷よね・・・)


 自分の答案に目を落とす。もうとっくに解き終わっている問題を朋恵はずっと眺めていた。

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