第12話 動き始める 1.始業式
気が付けばすっかり桜の季節は過ぎていて、春休み明けの今日岬は始業式を迎えていた。
聖とつき合うフリを始めてから約2週間。朝は二人で一緒に登校している。初めは色々騒がれもしたが、すぐにそれも落ち着いた。最初からそういう噂があったことで、生徒達の間にそれほどの困惑は見られなかった。聖の考え通り、彼の周りには女子生徒達がまとわりつかなくなっている。おまけにそれは岬にも影響を与えていた。聖のことで岬に色々言ってくる生徒達も居なくなったのだ。やはり『橘聖に近い女子』と『彼女』とでは全く違うらしい。
ここまで聖は考えていたのだろうか。そう思ったが、それを確かめることはしなかった。きっと聖に聞いても「別に」という身も蓋もない返事しか得られないだろうと分かっていたからだ。
当然友人達は驚いていたが、岬が困るだろうと分かっているのか、朋恵が色々助けてくれるお陰で根ほり葉ほり質問されるような事態も避けられている。すぐに春休みに入ったのも幸いだった。
未だ彼女と言われる事に慣れてはいないが、聖と一緒に過ごす時間は落ち着いている。普段ホームで過ごしているのと同じ感覚なので、それほど困ることもなかった。
朝、岬は聖と一緒に学校の門を通る。すると玄関口ではクラス編成が書かれた用紙が配られていた。岬がそれを手に取ると横から聖が覗き込む。すぐに自分の名前を見つけると、岬は声を上げた。
「あ、5組だ。」
「俺も。」
「え、あ、本当だ。」
岬は2年5組の名簿の中に聖の名前を見つけて顔を上げた。
「一緒だったね。」
「あぁ。」
二人はクラスの靴箱の所へ行き、自分の出席番号の所に靴を入れる。すると横から声がかかった。
「二人とも。おはよ。」
「朋!おはよう。」
「あぁ。」
「朋も5組だったね。」
「うん。知らない人だらけじゃなくて良かった。真紀達はクラス離れちゃったけど。」
「うん。名簿見たけど、二人とも2組だったね。」
三人で二年のクラスへ向かって階段を上がる。教室に入ると、また知っている顔を見つけた。
「あれ、桐生。」
隣で朋恵がその男子の名前を呼んだ。それに気づいた桐生は岬達の元へやってくる。だが、聖だけはさっさと自分の席についてしまった。
「おはよっ。葉陰さんも。」
「おはよう。」
満面の笑みで挨拶する桐生に、朋恵は素っ気なく言い放つ。
「同じクラスだったんだ。」
「ひっでぇなぁ。名簿見て気づかなかったのかよ。」
「全然。」
「うわ、出たよ。鬼キャプテン。」
「ちょっと、それ関係ないじゃない。」
突然出た情報に岬は朋恵の顔を見ながら首を傾げた。
「え?朋キャプテンなの?」
「春で三年生が引退するからね。毎年二年がキャプテンなの。」
バレー部の話をしている内に、担任の先生が入ってきてそれぞれ席に着いた。
(キャプテンなんてすごいな・・)
朋恵が一年生ながらに試合に出ていたことは聞いていたが、実際見に行ったことはなかった。朋恵がキャプテンなら一度くらい試合の応援に行こうかな、と考えている間も担任の話は進んでいく。
その後体育館での始業式が始まり、無事にそれが終わると解散の流れになった。
「橘!」
席から立ち上がった聖に、同じクラスになった梶原が声をかけた。
「どうした?」
「クラスの奴らと昼メシ食いに行こうって言ってんだけど、お前も来る?」
そう言って梶原が指した方を見ると、数人の男子が教室の入口で談笑している。その中には桐生もいた。
「・・・。」
「あ、もしかして葉陰と一緒に帰るのか?」
「あぁ。」
「なんだよ。いいじゃん。どうせいっつも一緒に帰ってんだろ?たまにはつき合えよ。」
「・・・・。」
「体育の授業サボる時協力してやってんだろ?」
「・・分かった。」
脅しのような文句に聖は溜息ついた。まだ席にいた岬の所まで行くと、くすっと岬が微笑んだ。
「大丈夫。聞こえてた。」
聞こえてた、というのは恐らく体育の授業のことも含まれているのだろう。岬の表情を見ればそれは明らかだ。
「ん。悪い。」
すると後ろから梶原の腕が聖の首に回される。
「葉陰、悪いね!今日は借りてくから。」
「ううん。じゃあ、先帰るね。」
「あぁ。」
「おう!明日な!」
「バイバイ。」
聖は朋恵と一緒に教室を出る岬の姿を見送る。すると梶原がニヤニヤとした笑みを浮かべて聖の顔を覗き込んだ。
「いや~。理解のある彼女で羨ましいね。」
「・・・・。」
「ほら、俺らも行くぞ!」
バンッと背中を叩かれて、梶原と共に教室を出る。梶原は聖が高校入学したての頃からのつき合いだ。あまり周りの噂も気にならないのか、こうやって気軽に話しかけてくる。
それに最近岬とつき合うフリを始めてから、何故が周囲の男子達が友好的な気がしてならない。特に元々葉陰のことを知っている男子達にその傾向は強い。『葉陰岬の彼氏』になると、どうも男子達からはつき合いやすい対象になるらしい。岬の持っている人柄のせいなのだろうか、と時々思う。
ちらちらと前を歩く桐生が聖のことを気にしているのが目に入る。はっきりと言われたわけではないが、恐らく桐生は岬に好意を持っている。それは水族館で岬に話しかけたあの顔を見れば誰でも分かる。
聖は自分の隣で話をしていた時の二人の姿は今でも覚えている。何故か、あの時のことがずっと頭の隅に引っかかっていた。
(よりによって同じクラス・・・)
聖は自分でも分からない苛立ちを感じていた。