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PARTNER  作者: 橘。
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第11話 自分が揺れる 2.ホワイトデー(1)

 

 その日、聖は朝から次々と自分の所に現れる女子生徒達に、今日が一体何の日であるのか思い出させられる事となった。彼女達はバレンタインの返事を聞きに、聖の前に現れたのだ。

 聖にチョコを渡しに来た生徒達には当日の内に直接断りを入れたのだが、靴箱や机の中にチョコを入れていった分はそうもいかなかった。当然捨てる訳にもいかず持ち帰ったのだが、それらは大達にあげてしまったのでどれが誰の分かも分からない。まさかバレンタインデーが過ぎてもこんな苦労をするとは思わず、仕方なく一人一人言葉短に断った。

 HRが始まるギリギリにようやく教室に入って席に着く。黒板に書かれた日付をみれば、やはり今日は3月14日。ホワイトデーだ。


(しまった・・・。)


 誰かも分からない女子生徒達ならともかく、夕や岬はそうはいかない。忘れていたとはいえ、何かしらお返しを用意しなければならないだろう。


(去年はどうしたんだ・・・)


 記憶は定かでないが、何かお菓子を買って夕にあげた気もする。だが、今年のバレンタインは自分のせいで岬に大分迷惑をかけてしまった。適当なお菓子で誤魔化す気にはならない。


 聖は今まで誰かとつき合ったこともないし、つき合いたいと思ったこともない。モテるモテると言われていても、恋愛の経験は皆無だ。そんな聖がどうしたら女性が喜んでくれるかなんて分かる筈もない。

 その時、女性の扱いに長けた渚の顔がふと頭をよぎった。だがこんなことを渚に相談すれば、散々からかわれるのは目に見えている。

 珍しく答えの出ない悩みに頭を抱えながら、聖は授業を受ける羽目になった。






 結局ホワイトデーの良案など出ないまま、その日の授業が終わりを迎える。帰りのHRが終了すると共に、聖は憂鬱な気分で席を立った。

 その時、制服のポケットに入れていた携帯が振動する。ディスプレイを見ると渚からの電話だ。こんな時間に電話をかけてくるなんて珍しい。急ぎの用事かと思い、廊下に出ると通話ボタンを押す。すると、電話の向こうから聞こえてきたのは随分と機嫌良さそうな渚の声だった。


『もしもし、聖くん?今日も一日お疲れ様~。』

「・・・なんか用か?」

『うん。今日この後予定ないよね?』

「あぁ。」

『じゃあさ、制服のままでいいから、岬ちゃんと一緒に駅前で待っててくれる?迎えに行くから。』

「どこか行くのか?」

『それは後のお楽しみ!』

「・・・・・。」


 気にはなったが、とりあえず了承して電話を切ろうとする。だが、それを渚の声が遮った。


『あ、待って!このこと岬ちゃんは知らないから、ちゃんと一緒に駅まで行くんだよ?』

「なんで?」

『どうせ、ホワイトデー何も用意してないんでしょ?』

「・・・・。」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。何の関係があるんだと思いつつも、図星を突かれて否定することも出来ない。


『なら、せめてちゃんと女の子をエスコートしてあげなきゃね。』

「・・・分かった。」


 溜息を我慢して、それだけ言うと電話を切る。仕方なく聖は隣のクラスへと向かった。






 HRが終わって岬は朋恵と一緒に廊下へ出る。すると教室の前に聖が立っているのが目に入った。


「あれ、橘くん。」


 岬の姿を見つけると、聖は寄りかかっていた廊下の壁から体を起こす。ちらりと隣の朋恵を見た後に口を開いた。


「渚が駅まで来いって。」

「え?私も?」


 すると朋恵が「じゃ、私部活だから先行くね」と言って歩きだした。恐らく気を使ってくれたのだろう。岬は「うん。バイバイ」と言って、朋恵に手を振った。彼女を見送って二人も歩き始める。


「行くか?」

「うん。」


 岬は聖の背中を見ながら、彼の少し後ろを歩いて靴箱へと向かった。






 校門を過ぎれば生徒達の姿もまばらになる。岬はそこで聖の隣に並ぶと、後ろから「あの、橘くん」と控えめな声がかかった。

 立ち止まって聖と共に岬も振り向く。


(うわっ、顔ちっちゃい。)


 そこに居たのは同い年くらいの背の低い女子生徒だった。ストレートの黒髪を胸まで伸ばしていて、真っ白な肌が彼女に儚い印象を与えている。美人と言うよりは、美少女という言葉がぴったりだった。

 どこかで見たことがあるような気もするが思い出せない。


(こんな可愛い子、なかなか忘れないと思うんだけど・・)


 思わず岬が見惚れていると、ちらりと彼女が岬の顔を見る。少し間が空いた後、彼女は聖にとって今日何度目か分からない言葉を口にした。


「あの、小谷と言います。私、バレンタインの返事を聞きに、来たんですけど・・・。」


 段々と小さくなる声を聞いて岬は我に返った。


(あ、私、邪魔だよね・・)


 ぼーっと見ている場合じゃなかったと思い、先に駅へ向かおうと踵を返す。だが、それは出来なかった。岬の手首を隣の聖が握ったからだ。


(え・・・)


 

 その手を見ながら小谷は聖の顔を見上げた。だが、聖は表情一つ変えずに言い放つ。


「悪いけど、興味ないから。」


 それだけ言うと、聖は岬の手を引いて歩きだした。


(あ・・・)


 最後に振り返った岬が見た小谷の目には涙が浮かんでいた。






 駅前の大通りに差し掛かると聖はその手を離した。岬は手首に残った温度を感じながら、声をかけられずに黙って隣を歩き続ける。すると先に口を開いたのは聖だった。


「ああいうの・・」

「え?」

「・・あんたが気使う必要ないから。」

「あ・・・、うん・・。」


 冷たい表情に、冷たい言葉。岬はそれをどう捉えたらいいのか戸惑っていた。聖は一様にああいった子達に冷たい態度を取る。


(聖くんにとっては、そうかもしれないけど・・・)


 けれど、彼女達は真剣なのだ。その想いが分かるのに、関係ないからと無視する事なんて岬には出来ない。

 冷たい聖も、ホームで見る優しい聖も、どちらも本当の橘聖だと分かっている。変に気を使ったり、優しくしたりしないのも聖なのだと知っている。それでも聖の態度に不安を感じてしまうのは何故なんだろう。

 岬は落ち着かない胸を押さえたまま、彼の隣を歩いていた。


 二人が駅に着いて5分程で黒のバンが大通りに現れた。サイドウィンドウが開いて大が顔を覗かせる。


「みさきー!ひじりー!」


 懸命に手を振る大に、岬は先程までのもやもやした気持ちを忘れることが出来た。二人で待っている間気まずかった空気まで吹き飛ばしてしまうほど大の笑顔は強力だったのだ。思わず笑みを零すと、岬は聖と共に車へ向かった。

 聖は助手席、岬は後部座席で大の隣に座る。シートベルトを締めると、運転席の渚はゆっくりとアクセルを踏んだ。


「二人ともお疲れ様~。」

「今日はどうしたんですか?」


 岬が訊くと、渚は前を見たまま笑った。


「うん。ちょっとねぇ。皆を連れていきたい場所があって。」

「どこ行くんですか?」

「それは着いてからのお楽しみ~。」


 鼻歌を歌いながら、渚はハンドルを握る。機嫌が良さそうなので、岬も楽しみにとっておこうとそれ以上は聞かなかった。






 駅を出てから20分程経つと東京湾が姿を見せる。大型ショッピングモールや高層マンションがちらほら見えた。埋め立て地に建設されたこの街は建設途中の建物も多く、まるで作成途中のジオラマのようだ。

 しばらくして車は40階建て高層マンションの地下駐車場へと入っていく。


(うわっ、すごいマンション・・・)


 渚は迷うことなく来客用の駐車スペースに車を停め、皆をエレベーターまで案内した。渚がボタンを押すと、エレベーターはほとんど振動もなく上昇していく。渚が押したのは33階のボタン。するとエレベーターはすぐに地下から地上へ上がる。まぶしさを感じて後ろを振り返ると、ガラス張りのそこには東京湾を一望する景色が広がっていた。


「すげー!!」


 大がその景色に釘付けになっている。ガラス張りのエレベーターが上昇するにつれて、段々と視界が空と海だけになる。岬も目を奪われていると、あっと言う間に目的の階に着いてしまった。

 渚について行った先は一番奥のドアの前だった。表札に入居者の名前は無いが、彼は迷わずインターホンのボタンを押す。

 すると一分もしない内にドアが開いて、そこから女性が顔を出した。

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