第10話 想い伝う 2.バレンタインデー(2)
* * *
「大くん!」
振り向くと、同じ幼稚園のえりちゃんがピンクの箱を持って立っていた。えりちゃんの元へ行くと、その箱をずいっと自分の方へ差し出してくる。
「はい!これあげる。」
「ありがとう。」
嬉しくって笑ってそれを受け取ると、次々に女の子達が集まってきた。
「あっずるーい!」
「大くん私も!」
「これも貰ってー。」
「私も~。」
あっという間に手の中には色とりどりのプレゼント。そこからは甘いチョコの匂いがする。
どうして女の子達がプレゼントをくれるのか、ちゃんと知ってる。今日はバレンタインだからだ。女の子が、男の子にチョコをくれる日なんだ。
「わーい!いっぱい貰った!!」
それを幼稚園の先生達に見せると、「よかったねぇ、大くん」と笑ってくれた。先生に紙袋を貰って、そこにチョコを入れる。すると、渚がお迎えに来た。夕と一緒に渚の所へ行って、紙袋の中身を見せる。すると渚兄は「流石俺の子!!」と誉めてくれた。
皆がチョコをくれたことは嬉しかったけど、おれはホームに帰る間中、他のことが気になってしょうがなかった。
(みさきは、チョコくれるのかなぁ・・・・)
家に戻ると夕がチョコをくれた。昨日渚兄と作ったらしい。オレンジ色の包装紙を取ると、箱の中にはまん丸のチョコが入っていた。カラフルなつぶつぶが上にかかっていて、とっても可愛い。
「ありがとう!!」
夕が作ってくれたチョコを一番最初に食べた。渚兄が紅茶を煎れてくれた。他のチョコはお腹いっぱいになっちゃうから明日食べることにする。
「ただいま。」
聖の声がして、イーグルと一緒に玄関へ行くと聖一人だけだった。
「みさきは?」
「今日はバイトだろ?」
ドキドキしながら待ってたのに、がっかり。
「ただいまー。」
夕飯近くになって、やっと岬が帰ってきた。もう一回、イーグルと一緒にお出迎えする。
「お、おかえり・・。」
再び胸がどきどきする。けど、もう一度「ただいま」を言って、岬はそのまま部屋へ行ってしまった。
皆で夕飯を食べる。するとその後、一度部屋に戻った岬が再びリビングに顔を出すと、いくつかの紙袋を持っていた。それを見るとまた胸のどきどきが始まる。
「お口に合うかは分からないんですけど・・」
そう言って、岬がオレンジ色のリボンのついた袋をおれの前に差し出した。
「大くん。」
「え!」
「どーぞ。」
パッと顔を上げると、岬がそれを渡してくれた。甘い匂いがする。チョコレートだ。
「やった!」
ふふっ、と岬が笑う。その後夕や渚兄、聖にも渡していたけど、おれのが一番大きい。急いでラッピングを開けると、中に入っていたのはカップケーキだった。中にチョコレートチップがいっぱい入っている。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
「へへへっ。」
岬が笑う。おれも笑う。今日はいい日だ。
渚と共に夕食後の食器を片づけながら、岬はバレンタインの話をしていた。すると昨日の出来事を聞いて、渚が驚きの声を上げる。
「え!巽君にも渡したの?」
「はい。友達の弟さんが巽君と同じ学校に通ってて。訊いたら偶然知り合いだったんです。」
「へぇ。世の中って狭いねぇ。」
「ふふっ、そうですね。」
全ての食器を拭き終わると、岬は渚に御願いしようと思っていたことを口にした。
「あ、渚さん。ご相談があるんですけど。」
「ん?何?」
渚はエプロンを外しながら、岬の方を振り向いた。
「実はあのカップケーキ、クリスさんと梓さんの分もあるんです。お二人のご自宅って遠いんですか?」
「いや。都内だよ。明日仕事で二人の家の近く通るから、ついでに届けてあげようか?」
「え!いいんですか?」
「うん。僕家の合い鍵持ってるからいつでも入れるし。」
「でも、お仕事中に二カ所も回るのは大変じゃ・・」
「あぁ、知らなかったっけ?クリスと梓は一緒に住んでるんだよ。」
「え!?」
初めて聞く事実に岬は目を丸くする。
「もしかして、二人が恋人だってことも知らなかった?」
「あ、はい・・・。」
クリスと梓にはそれぞれ数回会っているが、二人揃って会ったのはクリスマスの時だけだ。それに、あの日は渚の仕事の手伝いで他のことに目を向けてる余裕などなかった。
「あはははっ。そっかそっか。まぁ、改めて言うことでもないしね。まぁ、そういう訳だから僕に預けてくれればいいよ。」
「はい。ありがとうございます。あの、お二人はご結婚されてる訳じゃないんですよね?」
「うん。まだだねー。高校からのつき合いだから、もう十年以上になる筈だけど。」
「え!十年!?」
「まぁ、留学期間が終わってクリスがアメリカに帰ったりしてたから、別れてた期間もあるんだったかな?」
「そうだったんですか。」
岬から見た二人はどちらも尊敬できる大人の人だ。その二人が恋人同士なんて、とても素敵な事実だった。
「二人とも仕事が忙しいから、改まってバレンタインなんてやらないだろうし、岬ちゃんから貰えればきっと喜ぶよ。」
「はい。」
岬はまだ学生だ。大人の二人の役に立つにはまだまだ足りない所が沢山ある。それでもこんなことで二人が喜んでくれるのだったら、それはとても嬉しいことだった。
岬が二人分の紙袋を渡して「お願いします」と頭を下げると、渚は「喜んで」と受け取ってくれた。
聖は自室に戻ると岬に貰った包みを開けた。青いリボンをほどいて中を覗くと、そこには小ぶりのカップケーキが二つ入っている。袋から出すと、その生地は緑色をしていた。抹茶味のスポンジの中には小豆がちりばめられている。
一口食べてみると、思ったよりも甘くなく食べ易かった。どう見たって手作りだ。ホームの台所は昨日使ってなかったはずなのに、いつの間に作ったのだろう。
大が嬉しそうに見せびらかせていたカップケーキにはチョコチップが入っていた。わざわざチョコが好きじゃない自分の為に、抹茶味を作ってくれたのかもしれない。
「・・・・・。」
聖は今日の出来事を思い出して溜息をついた。岬はこんなに気を使ってくれているのに、自分はチョコを持った女子生徒から逃げるために彼女にまで迷惑をかけてしまった。しかもそのせいで、ますます聖と岬の噂は広まってしまっている。それを思うともう一度口から溜息が出た。
* * *
春彦から受け取った包みを開けると、中にはカップケーキが二つ入っていた。余計な奴等がたかりに来ない内にと、寮に帰ると早速口を付ける。中にはチョコチップが沢山入っていて、チョコレートの味が口に広がる。きっと岬のことだから自分だけではなく仲間全員に作っているに違いない。そう自分に言い聞かせるが、わざわざ春彦に頼んでまで届けてくれた事が嬉しかった。思わず口元が緩むと、部屋に修が入ってきた。
「あれ、食べてるんだ。」
「・・・・。なんやねん。悪いんか。」
「そんなこと言ってないだろ?」
修は自分の机に荷物を置くと、着替えを始める。
「それで?ミサキさんってどこの人?」
突然の質問に、思わずごほっとむせ返る。八代ならともかく修にまでつっこまれるとは思わなかったのだ。すると、修がお茶の入ったペットボトルを差し出した。
「飲む?」
巽は苦しそうな顔でそれに手を伸ばす。だがその手は空を切った。ペットボトルを掴む直前で修がそれを持ち上げたのだ。
「!?」
「で?誰なのかな?」
「・・・・・。」
こうなった修は容赦がない。おまけに咳き込んだ喉が苦しくて我慢が出来そうにない。
修がただ面白がっているのは分かっているし素直にしゃべるのは癪だったが、仕方なく巽は修の手からペットボトルをひったくると、その後洗いざらいしゃべる羽目になってしまった。