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PARTNER  作者: 橘。
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第10話 想い伝う 2.バレンタインデー(1)

 

 バレンタイン当日。朝校舎に入ると、なんとなく生徒達の落ち着かない空気が漂っている。今までバレンタインとは無縁だった岬も渡す相手がいると思うと今日は特別な日に思えた。昨日朋恵の家で作ったカップケーキはホームに帰ってから渡そうと思って自室に置いて来ている。

 教室に入って朋恵の姿を見つけると昨日のお礼を言って席に着いた。その日は授業間の休憩時間も岡崎の恋愛相談に費やされる。迷ったあげく、彼女はチョコレートを用意したらしい。岡崎は今日バイトが無いのだが相手の男性は夕方バイトが入っているらしく、待ち伏せしようか悩んでいた。


 学校から帰ってからプレゼントを渡す岬にとってはいつもと同じ学校生活の筈だったが、異変は昼休みに起きた。

 朋恵達とお昼を食べようと渚が作ってくれたお弁当を持って席を移動しようとした時、突然クラスがざわついた。岬がそちらに目を向けると、何故か聖が機嫌の悪さを隠さずに4組の教室へ入って来たのだ。そして岬の姿を見つけるや否や、黙ってお弁当を持った彼女の腕をとった。


「橘くん!?」


 驚いて名前を呼ぶが、聖は何も言わずにどんどん岬をひっぱっていってしまう。唖然とする朋恵達に見送られながら、岬は聖と共に教室を出ていく羽目になってしまったのだった。

 





「どこに行くの?」


 しばらく黙ってついて行ったが、止まる様子がないので岬は声を掛けた。すると聖はそこで足を止めた。

 岬達が今居る4階はほとんど人通りがない。実習室や特別教室が並ぶこの階は、生徒達のクラスはないからだ。聖は適当な空き教室に入って、教壇の横にあるストーブをつけた。

 岬も続いて中に入る。よく見ると彼の手にもお弁当があった。


「悪い。昼飯つきあってくれ。」

「あ、うん。」


 やっと口を開いた聖に勧められ、ストーブの近くの席に腰を下ろして二人は並んでお弁当を開いた。だがその後も聖は黙々と食事を進めていて、何故ここまで来たのか話そうとはしない。けれど岬の教室に入ってきた時から彼の機嫌の悪さだけははっきりと分かる。


「何かあったの?」


 迷った末に岬がそう訊くと、聖はちらりと廊下を見た。つられてそちらに目を向けると、そこにはちらほら人影が見える。この教室に入った時は周りに誰もいなかった筈なのに、いつの間に集まってきたのだろう。教室の中の様子を伺っているのは全て女子生徒だった。その手には様々な色の紙袋やラッピングされた箱が握られている。


(もしかして・・・、バレンタインのチョコ?)


 ちらりと聖の横顔を見ると、うんざりとした様子で溜息をついていた。

 恐らく朝から女子の対応に追われていたのだろう。彼の性格上受け取るとは思えないが、その対応自体が面倒になったに違いない。一人になれば彼女達が迫ってくるから、岬と共にここに逃げ込んできたのだ。女子と一緒にいれば、彼女達が邪魔しに来られないと思ったのだろう。


(モテるっていうのも大変なんだな・・)


 彼女達には悪いという思いもあったが、すっかり疲れきっている聖を見ていると協力してあげたいという気持ちも沸き上がってくる。岬はなるべく彼女達の存在を気にしないように努めながらお弁当に箸を伸ばした。





 * * *


 昼休み。巽は学校の購買で弁当を買っていた。購買はいつも列を作って並ぶので手分けして巽が弁当、修がジュースを買いに行っている。弁当を買い終わって修を廊下で待っていると、そこで「巽さん!」と声をかけられた。


「おう。」


 短く返事をすると、そこには後輩の春彦が立っている。隣には彼の友人の緑川泰人も一緒だった。


「弁当っスか?」

「あぁ。・・なんや、それ?」


 笑顔で声をかけてきた春彦の手元を見ると、何やら可愛らしいラッピングの袋を持っている、グリーンのリボンがかけられた袋からは甘い匂いがした。


「やだなぁ、巽さん。今日はバレンタインですよ。という訳で、これどうぞ。」


 にこにこと笑顔で春彦がそれを巽に手渡そうとする。だが、そこで巽が顔を歪めた。同時に巽の後ろからボソリと声がする。


「うわっ、いくらなんでもそれは引くわ・・。」


 そこには嫌そうな顔をした八代が立っていた。隣にはパックジュースを持った修もいる。

 巽と八代の様子に気がついていないのか、春彦は笑顔で挨拶をした。


「八代さん、修さんも。ちわっス。」


 すると修が「楽しそうなことしてるね」と声をかける。


「え?」


 袋を持ったまま春彦が首を傾げると、隣でその様子を見ていた泰人が溜息をつきながら彼の肩を叩いた。


「春・・。多分言葉が足りてない。誤解されてるぞ。」

「へ?」


 春彦は自分の手元と後ずさりしている巽を見ると「あぁ!」と声を上げた。


「これっスか?これは預かったんですよ。巽さんに渡して欲しいって。」


 するとそれを聞いた八代が巽よりも先に口を開いた。


「マジで!女の子!?可愛かった??」


 詰め寄る八代を前に、春彦は昨日会った姉の友人を思い出す。


「可愛かったですよ。こう、ほんわかした感じの、癒し系で。」

「マジかぁ~!!タメ?年下?」

「いや、うちの姉ちゃんの友達だから、年上だと思いますけど。」

「年上!!うらやましい~~~!春の姉ちゃんの友達なら女子高生じゃねぇか!!女子高生・・、なんてエロい響き・・・」


 暴走始める八代を、修は「はいはい」と宥める。だが、巽はその袋を受け取ろうとはしない。


「巽さん?いらないんですか?」

「知らん奴からなんか受け取れへん。」

「え?でも、いつもお世話になってるって言ってましたよ?」

「あぁ?」


 巽に女性の知り合いなんていないに等しい。しかも自分にバレンタインのプレゼントをするような相手なら皆無だ。何度考えても思い当たる相手などおらず、巽は首を傾げた。


「名前とか、聞いてへんのか?」

「あ、えーと。確か姉ちゃんが岬さんって・・・。」

「!?」


 岬の名前を聞くと同時に、巽は春彦の手からその袋をひったくる。それを見て、八代が楽しそうな顔で巽の肩に手を回した。


「へぇ~、巽~。お前いつから可愛い女子高生とお知り合いになったわけ?」

「やかましい!お前には関係あらへん!」

「いや!あるだろ!!お前次第では女子高生と合コンが可能に!」

「あぁ!?そないなことさせるか!死ね!!」


 男子校に通う生徒達にとってそれは魅力的な言葉だったのだろう。女子高生と合コン、という言葉に反応して、にわかに周りがざわつき始める。

 巽は八代を振り切ると、二人分の弁当を持ったまま走り出してしまった。


「いや~、まさか巽みたいなやんちゃ坊主にねぇ。」


 一通り巽をからかって満足したのか、八代はその後ろ姿を微笑みながら見送る。その隣で不機嫌そうな顔をした修が「僕の鮭弁・・」と呟いた。

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