第10話 想い伝う 1.チョコレート(2)
* * *
バレンタインが三日後に迫ってくると、女子達の気合いも違ってくる。クラスの女子の中には手編みのものを作っている子達が数人いて、時間が無いと焦っていた。
岬も作るお菓子は決まったものの、どこで作るか、と言う問題に未だ解決策が見つからない。
化学室への移動のために朋恵と共に廊下を歩きながら、岬はその事を口にした。
「朋恵は、バレンタインは手作り?」
「うん。そのつもり。岬は?下宿先の人にあげるんでしょ?」
「そう思ってたんだけど・・。キッチン共用だから、そこで作ったら見つかっちゃうんだよね。」
「あぁ。そっか。」
すると朋恵が提案をしてくれた。
「じゃあさ、うちで一緒に作る?」
「え!?いいの。」
「いいよ。そんなに広いキッチンじゃないけど13日はバイト無いんでしょ?」
「うん。」
「前日は学校終わったらそのまま材料買いに行って、うちで一緒に作ろうよ。」
朋恵の言葉に岬は顔を綻ばせる。これでキッチンの問題は解決するし、朋恵は料理が上手いから一緒にいてくれるのなら力強い。
「朋、ありがとう。」
お礼を言うと、早速明日の買い物の事を話し合った。
「おじゃましまーす。」
住宅街の中の一軒家。白い壁に青い屋根の二階建ての家が、朋恵の自宅だった。初めて訪れる親友の家にかしこまっていると、朋恵が「気を使わなくていいよ」と笑った。
「うち共働きで、親は夜まで帰ってこないから。」
「そうなんだ。」
朋恵の家族の話をしながら、二人でお菓子作りに取りかかる。朋恵は生チョコ、岬はカップケーキを作る予定だ。
やはり聖はチョコレートが得意ではないことと、常温に置いても溶けないものがいいと思ってカップケーキを選んだ。せっかくのバレンタインだから、皆のカップケーキにはチョコチップをトッピングしようと材料を買ってきてある。
おしゃべりしながらも、二時間ほどでそれぞれのお菓子が完成した。用意したラッピングに包んでいると、玄関のドアが開く音と共に「ただいま~」という声が入ってくる。
夕方5時を回っていたが、朋恵の両親が帰って来るにはまだ早い時間だ。そちらに顔を向けると、ダイニングに入ってきたのは学ランを着た年下の青年だった。
「あれ?お客さん?」
朋恵と同じ真っ黒な髪を少し長めに伸ばしている。幼いが目鼻立ちのハッキリした爽やかな顔立ちは岡崎達が好みそうなものだった。
岬は慌てて立ち上がると頭を下げる。
「あ、おじゃましてます。」
「ども。学校の友達?」
すると朋恵がそれに答える。
「そう。ごめん、もうちょっとこの辺使ってるから。」
「あぁ。分かった。」
背を向けてリビングを出ていこうとする後ろ姿を見て、岬は以前朋恵に弟が居ると聞いたことを思い出す。
(そう言えば、弟さんは慶徳って・・)
そう思って彼の制服を見れば、確かに見たことのあるものだった。
「あ、あの!」
岬が声をかけると、学ランの上着を脱ぎながら彼が振り向いた。
「はい?」
「学校は慶徳大学の付属中学・・?」
「そうですけど。」
朋恵は弟と顔を見合わせる。岬は思い切って訊いてみることにした。
「あの、旭川くんって人知らないかな?」
彼は首を傾げたが、すぐに思い当たったようで、「あぁ」と言って頷いた。
「巽さんのこと?」
「あ、そう!」
「巽さんと知り合いなんスか?」
「うん。ちょっとお世話になってて。」
岬はラッピングした袋を手に取る。
「もし、明日巽くんに会う機会がありそうだったら、これ、渡してもらえないかな?」
「へ?」と気の抜けた声を出すと、彼は岬と可愛くラッピングされた袋を見る。次にリビングの壁にかけられたカレンダーを確認すると顔色を変えた。
「もしかして・・・、これってバレンタインの・・?」
「うん。」
恐る恐る尋ねる彼の言葉に、岬は躊躇無く頷く。すると彼は驚きの声を上げた。
「えぇ!マジで!!巽さんに!?」
驚きで固まる弟の姿に、朋恵は呆れた顔で溜息をつく。
「春彦。結局どうなの?明日会えそうなの?」
「え、あぁ。会うよ。」
「じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「あ、はい・・・。」
戸惑いながらもそれを受け取ると、春彦はまじまじと岬の顔を見る。
「ごめんね。面倒なこと頼んじゃって。お願いします。」
「はい。確かに渡しますんで。」
巽との関係を色々聞きたかったが頭を下げる岬にそれも出来ず、春彦は袋を受け取り自室のある二階への階段を上った。
仲間全員分を作ったのはいいが普段ホームにいない人達にはどうやって渡そうか迷っていた所だったので、岬にとって春彦の存在はありがたかった。クリスや梓の分は渚に住所を教えて貰って送ろうと思っていたのだが、寮生活の巽ではそうはいかない。
「ごめんね。弟さんに頼んじゃって。」
「いいよいいよ。春彦も、その巽くん?って人に会うって言ってたし。でも、岬が中学生と知り合いだったなんて意外。」
「巽君も私の下宿先に顔出す人なの。」
「そうなんだ。」
ふと朋恵の手元を見ると、プレゼント用のラッピングバッグは3つ用意されている。父親と弟にあげると言っていたのは覚えているが、もう一つには心当たりがない。
「朋恵は・・、お父さんと弟さんにあげるんだっけ?」
「うん。」
「他の人にはあげないの?」
「え・・・?」
岬がラッピングを指さすと、「あぁ」と朋恵は少し声を落とした。
「なんとなく、買っちゃったんだけど・・。」
「迷ってる人がいるんだ?」
すると朋恵は困ったように小さく笑った。
「うん。・・バレー部の先輩。気にはなってるけど、妙と同じ。関係を崩したくないんだよね。それに、いつも幼なじみに女の先輩と一緒だし。多分、あげても意味ないと思う。」
「・・そっか。」
そんな風に、朋恵にも悩む相手がいるなんて知らなかった。いつも皆の話を聞いてくれていたけど、朋恵の悩みは聞いたことがない。
朋恵の為に役に立ちたいけれど、まともな恋愛経験など無い岬には何も言うことができなかった。