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PARTNER  作者: 橘。
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第10話 想い伝う 1.チョコレート(1)

 

 2月に入ると街はお正月からバレンタインの様相へとあっと言う間に変化する。月島高校も例外ではなく、最近の女子の話題はそれで持ちきりだ。女子達が教室で広げている雑誌にもバレンタインの特集が組まれていて、岬達はそれを見ながら休憩時間を過ごしていた。


「あ、これ美味しそう。」


 岡崎が指差したのは銀座にある有名パティシエのチョコレートケーキ。予約が必要な限定スイーツはそれに見合うだけの値段を示していた。


「うわ、高っ!こんなちっちゃいケーキで3000円だって。人にあげるくらいなら、絶対自分で食べるよね。」

「確かに・・・。」


 村田の言いようがおかしかったが、岬もその意見に頷いた。高級カカオをふんだんに使ったそのケーキはそれだけで岬の4時間分のバイト代が飛んでしまう。


「真紀は?彼氏に何あげるの?」


 朋恵が訊くと4人の中で唯一の彼氏持ち、村田はうーんと腕を組んだ。


「どうしようか迷ってるんだよねぇ。手作りチョコと、あと何かプレゼントしようかと思ってるんだけど。」

「え!チョコだけじゃないの?」

「うん。それだけじゃ寂しくない?」


 それを聞いて、岡崎が「流石彼氏持ちは違うわぁ・・」と呟いている。


「朋と岬は?誰かにあげるの?」


 村田の質問に朋恵は即答した。


「お父さんと弟ぐらいかな。」

「えー!そうなの?岬は?」


 そこで岬は言葉を詰まらせた。これまで誰かにバレンタインのチョコレートを渡したことなどない。けれど今回は訊かれて初めて渡したい相手の顔が浮かんだから。


「・・・・お世話になってる人に、義理チョコをあげたいと思ってるんだけど。」

「ふーん。二人とも義理だけかぁ。」


 すると岡崎が岬の顔をじっと見る。それの視線に気付いた岬は目を丸くした。


「な・・なに?」

「岬はさぁ、やっぱり橘くんにはあげないの?」

「え?」


 その質問に岬は一瞬思考を停止させた。先ほど岬が言ったお世話になっている人には当然聖も含まれている。だが岡崎が言っているのは本命チョコとしての意味だろう。ここで渡す、と言えば誤解を招くのは明らか。嘘をつくには抵抗があったが岬は首を横に振った。


「あげないよ。」

「そっか。なぁんだ。」


 つまらなそうに岡崎が唇をとがらせる。するとそれを見ていた村田が岡崎を見た。


「妙は?バイトの人にあげるの?」


 話をふられた岡崎は一瞬うろたえ、顔を赤くした。最近カフェでのアルバイトを始めた彼女は同じバイトの先輩が気になっているらしい。けれどチョコをあげて気まずくなるのもイヤだと、そこから恋愛相談が始まった。

 その話を聞きながら、岬はホームの人達の顔を思い浮かべていた。


(やっぱりいつもお世話になってるんだし、お菓子くらいプレゼントしたいよね。)


 どんなチョコレートがいいかと色々悩みながら、岬は休憩時間を過ごしていた。






 その日の夜、お客さんに貰ったからと渚が食後のデザートにチョコレートを出してくれた。有名店のチョコレートは一粒一粒が全て違う味になっていて、どれに手を伸ばそうか迷ってしまう。渚が淹れてくれた紅茶が皆の前に並べられると、さっそく大がホワイトチョコレート、夕がアーモンドチョコレートに手を伸ばした。


「あまーい。」


 美味しそうに頬張る二人に様子に、岬の口元に笑みが零れる。


「岬ちゃんも食べて。無くなっちゃうよ。」

「はい。いただきます。」


 皆が思い思いにチョコに舌鼓を打っていると、紅茶だけ飲んで聖は席を立ってしまった。


「食べないの?」

「あぁ、俺はいい。」


 飲み終えたティーカップを片づけ、聖はリビングを出ていってしまう。その背中を見送っていると、渚が「聖君はチョコがあんまり好きじゃないんだよ」と言った。


「そうなんですか。良く小豆のアイス食べてるの見ますけど、甘いものが嫌いな訳ではないんですよね?」

「うん。小豆とか和スイーツは好きみたい。」


 そこで、はっとした。


(バレンタイン・・・。)


 友達の雑誌を見て、すっかりチョコレートを手作りするつもりだった岬は顔を曇らせた。チョコが好きじゃないのにあげるわけにはいかない。感謝の気持ちを表したいのに、無理に食べて貰うなんて意味のないことだ。

 それに手作りする、というのが無茶なことに今更気が付いた。岬が手作りする為にはホームの台所を借りなくてはならない。そうなれば、あげる本人達にバレバレになってしまう。


(どうしよう・・。)


 早速躓いてしまったバレンタインの計画に、岬は頭を悩ませる事になってしまった。






 深夜、岬は喉の渇きを感じて眠りから目を覚ました。目覚ましになっている置き時計を見れば夜中の3時。ベッドの上で体を起こすと寒さを感じたが、水が飲みたくなって布団から抜け出した。足下で眠っている雪を起こさないよう気をつけながら、上着を着て部屋を出る。

 そっとリビングのドアを開け、キッチンの食器棚からコップを出すと冷蔵庫の中のミネラルウォーターを注いだ。電気は全て消されているが、窓から入ってくる街灯の明かりがコップの水に反射する。それを一気に飲み干すと、体の中に冷たいものが通る感覚でなんとなく目が冴えてしまった。

 そのままベッドに戻る気になれず窓のカーテンを開ける。すると以前巽がバルコニーに居たことを思い出し、岬も出てみようと窓を開けた。

 冬の冷気が体を包む。羽織ったパーカーのファスナーをしっかり閉めると、岬は夜空を見上げた。冬の夜空は空気が透き通っていて星がよく見える、と聞いたことがある。名前の分からない星を眺めていると、バルコニーの手すりに黒い影が留まった。


「瑠璃・・。」


 名前を呼ぶと、瑠璃は少し離れた所から2・3回小さくジャンプして岬の方へ寄る。岬は嬉しくなって瑠璃に微笑みかけた。

 瑠璃はカラスだ。雪やイーグル達のように体を撫でられるのが好きなわけじゃない。触れたくなる手を押さえながら、岬はじっと瑠璃を見つめる。

 こうして一緒に居るだけでも、良いのかもしれない。雪のように頭をすり寄せなくても、イーグルのようにしっぽを振らなくても、蛍のようにしがみついてこなくても。自分の傍から逃げないでいてくれることが信頼の証なのかもしれないと思う。

 瑠璃はホームの中へ入ってくることはないが、時折こうして姿を見せていた。岬がバイトで夜遅く帰ってくる時など、傍を飛んでいたり、電線に留まっている瑠璃を見かけたことがしょっちゅうある。そのお陰で一人の夜道も怖くない。


「いつもありがとうね。」


 手すりに寄りかかり、瑠璃に微笑む。岬の言葉はパートナーではない瑠璃には伝わらない筈なのに、瑠璃は頷くようにその体を揺らした。






(瑠璃・・?)


 自分の中で存在を示すパートナーの感情の動きを感じて、聖は浅い眠りから目を覚ました。か細いが温かい感情の流れ。それが確かに聖の元へも届いている。それはほんのり温かくて、胸の奥がむずむずするような喜びの感情。時計を見ると夜中の3時。こんな時間に一体何があったのだろう。

 疑問が浮かぶが、力を使って今瑠璃が何をしているのか確かめる気にはならなかった。聖はパートナーだとしても、何もかも知る必要は無いと思っている。ただこうして感情を共有するだけでいい。それに今力を使えば、喜びを感じている瑠璃の邪魔をしてしまう気がした。

 目を閉じる。温かい感情は次第にその量を増していく。これが川だとするのなら、小さな水の流れが段々と水嵩を増して幅の広い川へと成長していくようだ。

 以前にも瑠璃のこんな感情の奔走を感じたことがある。それは学校の屋上で初めて岬と話をしたあの日。


(もしかして、今葉陰といるのか?)


 そっと気配を探れば瑠璃の存在を近くに感じる。ホームにいても不思議じゃない。そのまま寝入る事が出来なくて、聖は部屋を出た。






 ガラッと窓の開く音がして岬は後ろを振り返った。すると眠そうな顔をした聖が立っている。聖は岬の姿を見ると、静かな声で「風邪引くぞ」と言った。


「ごめん。うるさかった?」


 聖もバルコニーへと入ってくると、傍にいた瑠璃に目を留める。瑠璃は軽い動きで羽ばたき、すっと聖の腕に留まった。


「いや、たまたまだ。」

「そっか・・。」


 不意に聖の手が岬の頬に延びる。岬よりも大きな手が頬をかすめるように触れると、聖は眉根を寄せた。


「冷たい・・。」

「え、あぁ・・。瑠璃と一緒だったから、ついつい長居しちゃった。」


 そう言って岬が笑っても、聖は表情を動かさない。だが囁くような彼の言葉が岬の心を揺らした。


「・・ありがとな。」

「・・・・。」


 暖かいものが胸を満たすのを感じて、岬は首を横に振る。


「ううん。お礼を言わなきゃいけないのは私の方。瑠璃にありがとうって伝えて欲しいな。」

「分かった。お前はもう部屋に戻れ。」

「うん。二人ともおやすみなさい。」

「あぁ。」


 岬はバルコニーを後にして、部屋に戻る。


(チョコがダメでも、やっぱり橘くんにも何かあげたいよね。)


 そんな事を考えながら自室のドアを開けると、ベッドの上では雪がすやすやと小さな寝息を立てていた。

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