第9話 笑みが集う 3.クリスマス・イブ
「おいしい!」
初めて口にするパーティーの食事に思わず口元が綻ぶ。それまで緊張していたのが嘘のように岬はリラックスしていた。同じテーブルには大、夕、聖、梓とクリスも加わっている。
梓は赤いドレスを身にまっとっていた。体のラインが出るスレンダーなドレスは彼女の魅力を最大限に引き出している。同じ女性なのにドキッとしてしまう程だ。そしていつ来ていたのか、巽もいた。かたっ苦しい格好は嫌だと言って、ジャケット脱いで椅子の背もたれにかけられ、ノーネクタイで首もとは緩められている。
今、渚は席を外していた。今回のクライアントである両親に連絡を入れて、小柳響子に接触している筈だ。
「聖も岬もお疲れ様だったね。」
そう言って、クリスが二人にグラスを掲げた。クリスと梓のグラスにはノンアルコールのシャンパンが注がれている。クリスはこの後車に乗って帰るのでアルコールは飲めないらしい。梓はそれにつき合ってのことだ。巽がビールを飲もうとグラスに手を伸ばすが、それをクリスが見逃さずに注意する。やっぱり皆が揃うと賑やかだ。岬の隣では大がデザートのケーキをおいしそうに頬張っていた。
「ねぇねぇ。みさきは、サンタさんに何をお願いしたの?」
「え?」
突然の質問に岬は戸惑った。当然、サンタクロースには何もお願いしていない。それをどう説明しようか迷ったあげく、「大くんは?」と質問を返した。
「おれはねー、ガウレンジャーの合体ロボ!!!」
嬉しそうに答える大の笑顔につられて、岬も笑顔になる。
「そっか。サンタさんが届けてくれるといいね。」
「うん!ねぇねぇ、サンタさんって煙突がない家には、どうやって入るの?」
「えぇ?」
それを聞いて、梓とクリスがクスクスと笑っているのが目に入る。どう答えようか悩んでいると、大の質問に返答したのは巽だった。
「サンタはなぁ、窓から入ってくんねん。」
「でも窓にはカギかかってるじゃん!」
「ええか。鍵なんかどうにでもなるんや。例えばな、鍵の側にこう、丸く穴を開けて・・」
「こら!巽!!」
空き巣の手口を説明しだした巽を再びクリスが諫める。すると懲りていないのか、余裕の表情で巽はクリスに質問を投げ返した。
「ほな、説明してぇな。サンタはどうやって家に入ってくんねん。」
「それは・・・。」
クリスが大を見ると、じっとまん丸い目をクリスに向けてその答えを待っている。言葉を詰まらせるクリスに巽が勝ち誇った顔をすると、大の右隣に座っていた夕が口を開いた。
「サンタさんはね、家の鍵を持ってるのよ。」
「え?そうなの?」
「そうよ。どんな家の鍵でも開けることが出来る魔法の鍵を持っているの。カードキーでも指紋認証でもそれで一発よ。」
「へぇ~!すっげー!!おれもほしー。」
クリスは納得した大を目の前にほっと胸をなで下ろした。一方夕の説明を聞いた岬達は、指紋認証なんて言葉に苦笑する。
一通り食事を終えると、クルージングの終了時間も迫っていた。梓の提案で、皆でデッキに出る。そこには聖と共に見たのと同じ、美しい夜景が広がっていた。
「さっぶ!」
慌ててジャケットを着る巽の隣で岬が笑う。するとそれ見逃さずに巽がジロリと睨んだ。
「何わろとんねん。」
「あ、ごめん。」
巽と目を合わせると、彼はフイッとそっぽを向いてしまう。
「巽君?」
名前を呼ぶと、巽はその顔を少し岬の方へ向けた。
「そのかっこ・・・。」
「ん?」
「ええんちゃう・・。」
呟くような照れた声に、岬の心が温かくなる。
「うん。ありがとう。」
すると、それを見ていた梓が「あらあら」と言った。
「なぁに?良いわねぇ、青春って。」
「あぁ?何言うとんねん。ババァか。」
「ちょっと、聞き捨てならないわね。」
巽の暴言に梓は素早く反応すると、巽の耳をつねり上げる。
「ってぇ!何すんねん!!」
「レディに向かってババァなんて言うからよ。言っときますけど、まだ20代なんですからね。」
「20言うてももう27やろ。三十路と変わらへんやんか。」
「なんですって・・・。」
再び目をつり上げる梓を見て、巽が船内へ逃げ込む。それを岬達は笑いながら見ていた。
仲間達と迎える初めてのクリスマス・イブ。実を言うとこっそり雪にはクリスマスプレゼントも用意してある。巽やクリス達も今夜はホームに泊まって、明日こそは雪達も含め全員でクリスマスを祝う予定だ。
(楽しみだね。雪。)
心の内でそっと語りかける。すると小さなパートナーからすぐに肯定の返事が届く。
穏やかな気持ちで、岬は小さな星達が瞬く聖夜の夜空を仰いだ。