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PARTNER  作者: 橘。
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第9話 笑みが集う 2.任務

 

「はいこれ。」


 信号が赤になった所で、渚が聖と岬にそれぞれ一枚の写真と書類を渡した。

 写真には同い年位の女子生徒の写真。おそらく私立高校であろう制服に見覚えはない。目鼻立ちのはっきりとしたその女子生徒は胸のあたりまで伸ばした髪に緩いパーマをかけている。一緒に渡された書類には彼女の名前、年齢、学校名など詳しいプロフィールが載っていた。読み進めていくと家族構成や趣味まで書いてある。


「これは?」


 岬が顔を上げると、再び動き出した車のハンドルを握りながら渚が鏡ごしに微笑んだ。


「直前の説明になって申し訳ないんだけど、実はその子を探してるんだ。」

「え?」


 するとその言葉に聖が納得したように呟いた。


「仕事か。」

「ご名答。これから僕たちが行くクルージングは4階建ての客船になっていて、そこの3階を私立明宝学園のテニスサークルが貸し切ってる。明宝学園っていうのは政治家なんかの子供が通う、いわゆるお金持ち学校でね。写真の小柳響子はそこに通う二年生なんだ。」


 岬は再び書類に目を落とす。彼女はスポーツ用品メーカーを経営する社長の一人娘だった。


「彼女が家出したのが一ヶ月前。」

「家出!?」

「そう。お金持ちの子供だと家出はそう珍しくないんだよ。けど警察沙汰には出来ないからって、一週間

前に僕の事務所に捜索の依頼がきたんだ。彼女学校にも行ってなくってね。で、彼女が所属するテニスサークルが今日クリスマスパーティーをすることを知ったんだ。」


 最初はホームパーティーと言っていたのに、急遽クルージングになったのはそういうわけがあったのだ。納得して岬は頷いた。


「彼女がそこに現れるってことですか?」

「僕はそう踏んでる。家出する理由って親や学校から自由になりたいからだろ?なら面白おかしく毎日を過ごしたい筈だ。クリスマス・イブなんて街中浮かれている日に、じっと家出先にこもっているなんてあり得ない。」


 断言する渚の持論に聖が溜息をつきながら口を挟む。


「そういうもんか?」

「そういうものなんだよ。僕の調べた限りでは小柳響子に彼氏はいない。と、なれば友達と一緒に遊ぶだろ?現にパーティーの招待者リストにも彼女の名前があったんだ。高確率で、彼女はパーティーに現れる筈だよ。」


 岬は目の前で交わされる会話に目を白黒させながら黙って聞いていた。すると聖が不機嫌そうな声を出す。


「で?俺達に何をしろって?」

「はははっ。流石、聖君は話が早いね。高校生のパーティーに僕が紛れ込んだら目立つだろ?だから、聖くんと岬ちゃんには代わりにパーティーに参加して貰いたいんだ。」

「え!!私達が、ですか?」

「そう。彼女を見つけたら僕に連絡して欲しい。上の4階は一般客のパーティースペースになってるから、僕は皆とそこに待機しているよ。連絡さえくれれば後は僕が全部やるから。」


 そう言って器用に片手でハンドルを握ると、渚は空いた右手でタキシードの内ポケットから招待状を二枚差し出した。それはテニスサークルの招待状で、それが無ければ中へは入れないと言う。岬と聖にとってはなんとも強引な提案に思えるが、仕事が入ってしまったけれど皆でクリスマス・イブを過ごしたいと思った渚が考え抜いた結果なのだろう。

 手渡された招待状を眺めながら、聖は再び溜息をついた。


「今年はクルージングとか言うから、何かと思ったけど。こういうことか。」

「あはははっ。ごめんね。せっかくのイブなのに。でも彼女が見つかれば聖君達もすぐに上のパーティーに参加していいからさ。まぁ、イーグル達は今回お留守番になちゃった分、明日お祝いしようよ。」


 その声を聞きながら、岬は急に不安を覚えていた。突然の家出人捜しの依頼。知らない人だらけのパーティー。上手くやれる自信なんて全くない。

 黙り込んでしまった岬に気づいたのか、渚が気を使って声をかける。


「岬ちゃん、大丈夫?」

「え、あ、はい。すいません。なんかびっくりしちゃって。」

「あはははっ。だよねぇ。でもそんなに力入れなくていいから。それに聖くんが一緒だから大丈夫。」


「ね?」と渚が聖に声をかけると、聖は呆れたように「お前なぁ」と呟いた。


 港に着くまでの間、岬は隣で無邪気にクルージングを楽しみにしている大の様子を羨ましい、と思いながら眺めていた。




 * * *


 目の前では予想していたよりも遙かに多くの人々がひしめき合っていた。船の中とは思えないほど広々としたホールには30程の真っ白なテーブルクロスがかけられた丸テーブルが備え付けられていて、その周りでグラスを持った男女が楽しそうに談笑している。テーブルの上にはこの日の為に飾られた花々と沢山の料理の数々が並んでいた。

 入口で招待状を見せ中に入ると、それらの光景に岬は息を飲んだ。そこは自分とは違う世界のようで、場違いな所に来てしまったと緊張で身を堅くする。

 すると前を歩いていた聖が後ろを振り向いた。


「大丈夫か?」

「あ、うん・・。」


 相変わらずの無表情だが、かけられた言葉の優しさに少しほっとする。渚の言う通りだ。一人では無いのだから、それほど気負う必要はないのかもしれない。

 近づいてきたウェイターからオレンジジュースを受け取ると、食事には手を付けずにゆっくりとホールを歩いた。

 すると、すれ違う女性達の目が次々と聖に向けられる。


(やっぱり、かっこいいんだなぁ。)


 そう思って岬は聖の背中を見た。女性達がひきつけられる外見もさることながら、聖の意志の強さは男女共に憧れる対象であることを岬はよく知っている。初めは無愛想だと思ったその性格も、彼のことを知れば知るほど誤解だと分かる。


(あっと、いけない。)


 渚から頼まれた家出人捜しのことを思い出すと、岬は慌ててその目を周りに向けた。華やかなドレスを身にまとった女性達。自分と同い年とは思えないほどセクシーな人もいる。けれど写真の人物を捜すのは困難だった。人が多いこともその理由だが、何よりここにいる女性達は皆ドレスアップしている。女性は化粧をするだけその印象がガラリと変わる。制服姿の写真だけしか知らない二人ではそれを見極めるのは難しかった。


 一時間程経った所で「少し休憩しよう」という聖の提案に頷いて、二人はホールから外のデッキに出た。12月の冷たい風が肌を撫でる。ドレスだけの格好では少し寒いが、ホールの熱気で熱くなった体には心地いい。


「寒くないか?」

「ううん。大丈夫。」


 聖の言葉に首を振ると、岬は真っ暗な海に目を向けた。夜景が美しく広がり、少し遠くにはレインボーブリッジが見える。しばらく夜景を眺めていると聖の視線に気がついてそちらを振り返った。すると彼は岬の方をじっと見ている。


「どうしたの?」

「・・それ。」

「え?あ、変かな?」


 自分のドレスのことを言っているのだと気づくと、岬は急に恥ずかしくなった。ホールで見かけた女性たちは見事にドレスを着こなしていたが、自分では馬子にも衣装だろう。

 だが、聖は「いや。」と小さく口にした。


「・・似合ってる。」


 その時、岬の胸がドキンと大きく跳ねた。渚や梓が褒めてくれるのとは違う。普段お世辞や嘘を言わない聖の言葉は直球で岬の心に響く。


「あ、・・ありがとう。」


 聖のタキシードも似合う、と言いたがったが、上手く言葉に出来なかった。

 その時、ふと最初の疑問が頭をよぎる。訊いて良いものか迷ったが、岬はその疑問を口にした。


「橘君は、今日予定があったんじゃないの?」


 だが、聖は岬の言葉の意味を分かっていないようだった。


「いや。何で?」

「彼女は、一緒じゃなくて良かったの?」


 一瞬岬の言葉に眉根を寄せる。だが思い当たるフシがあって、聖は「あぁ」と呟いた。


「それ、嘘。」

「え?嘘?」

「彼女が居るかしつこく訊かれたから。」

「あぁ。成る程。」


 クリスマス・イブを前に、周りの女子達から沢山アプローチされたのだろう。納得して岬が頷くと、「そろそろ行くか」と聖が歩き出す。


「あ、うん。」


 二人は並んでホールへ戻った。






 岬は今、一人でパーティー会場を歩いていた。あまりにも会場が広いのと人が多いのとで、二手に分かれようと自分から提案したのだ。一時間聖と一緒に会場にいたことで少しは慣れたし、携帯で連絡を取れるから大丈夫、と聖を説得した。

 パーティーは三時間。後二時間で小柳響子を見つけなくてはならない。多少の焦りを感じながら、怪しまれない程度に周りを見渡す。すると、肩を叩かれた。


(橘くん?)


 振り返ると、そこにいたのは知らない男性だった。黒の短髪に黒のタキシード。穏やかに笑う彼の笑顔はいかにも爽やかな青年然としている。

 彼はにこりと微笑むと、周りを見ながら口を開いた。


「誰か捜してるの?」

「え・・。」


 その言葉に、いけないことがバレてしまったような気持ちになる。けれど、ここで動揺してはいけない。そう思って、岬も彼に笑顔を返した。


「はい。一緒に来た友達とはぐれてしまって。」

「そうなんだ。良ければ一緒に捜そうか?」

「いえ。大丈夫です。ここにいるのは間違いないし、その内見つかると思います。」

「そう。じゃ、ちょっと俺につき合ってくれない?」


 そう言うと、彼は岬を空いたテーブルまで連れていき、ジュースの入ったグラスを手渡した。


「見ない顔だけど、一年生?」

「あ、はい。そうです。」

「そう。まぁ、俺も三年だし、今はあんまりサークルに顔出してないなからなぁ。こんな可愛い子がいるなんて知らなかったよ。」

「はぁ・・。あの先輩は・・」

「あ、俺は瀧田。瀧田亮。よろしくね。君は?」


 一瞬岬は本名を名乗っていいのか逡巡した。その時、書類にあった名前を思い出す。


「私は、小柳です。」


 とっさについた嘘だったが、それが思わぬ結果を招いた。


「小柳?あぁ、響子ちゃんと同じ名字だね。」

「!?」


(この人、小柳響子のこと知ってるんだ!)


「あの、その響子さんって方は・・」

「あぁ。会ったこと無い?まぁ、うちのサークル人数多いし、皆真面目に顔出して練習するような集まりじゃないからね。響子ちゃんは二年だから、君の先輩だな。ほら、あの子だよ。」


 瀧田が指を指した先には、数人の男女が談笑している。その中の黒いドレスを来た女性。髪はアップにされており、メイクでその印象は大分違うが、確かに写真の人物。小柳響子だった。

 慌てて携帯で連絡を取ろうとバッグに手を伸ばすと、その肩が大きな手で抱かれる。突然自分に触れた熱い手に岬は顔を上げた。


「え・・」

「そう言えば、君の下の名前は?」

「あ、岬です。」

「そう。岬ちゃんは、今彼氏とかいるの?」

「え、いえ・・。」

「そう。じゃあさ、良かったらこの後二人で抜け出さない?」


 そう言うと、瀧田がぐっと岬を抱く腕に力を込めた。一気に彼の顔が近くなり、その目が真剣な色を帯びる。岬はとっさに両腕で彼の胸を押し返した。


「いえ。すいません。友達が一緒なので。」

「いいじゃん。今日はイブなんだし、お友達も許してくれると思うけど。」


 なんとか彼の腕から抜け出そうと試みるが、その力は強く抗う事が出来ない。


(こわい・・・)


 彼の穏やかな笑顔も今の岬には恐怖の対象でしかない。けれどここで声を上げて騒ぎになったら、すぐそこにいる小柳響子を逃がしてしまうかもしれない。噛みしめた唇が震える。

 その時、唐突に岬の体が瀧田の腕から解放された。


「・・・君、誰?」


 その声に顔を上げると、そこにいたのは聖だった。彼は黙って瀧田を睨み付けると、岬の腕をとって歩き出す。突然の事に混乱する岬に、後ろから「やっぱ彼氏いるんじゃん」と呟く瀧田の声が届いていた。






「橘くん!どこまで行くの?」


 人の波を抜けると、いつの間にか二人は再びホールを抜け出しデッキに出ていた。痛いほど握られた腕が熱い。岬が声をかけると、そこで初めて聖がその足を止めた。そしてその手を離す。


「・・ごめん。」

「ううん。私こそ、迷惑かけてごめんね。ありがとう。」

「・・・。あんたが・・」

「え?」


 聞き返したが、それ以上聖は何も言わなかった。すると小柳響子の事を思い出して、岬は慌てて口を開く。


「あ、橘くん!!いたんだよ!小柳さん!」

「本当か?」

「うん。早く戻らないと、また移動しちゃうかも。」

「分かった。戻ろう。」


 すると聖はその腕を差し出した。


「え?」


 岬が目を丸くすると、無表情のまま岬の手を取って、自分の腕にかけさせる。


「手、離すなよ。」

「あ、うん。」


 初めて男性にエスコートされて歩く。ぎこちなく組まれた腕に緊張しながらホールへと戻ると、岬は小柳響子を見た場所まで聖を案内した。するとそこから少し移動した場所で、友人達に囲まれながら小柳響子は食事をしていた。


「窓側に立ってる黒のドレスの人。あの人だよ。」


 そっと聖に耳打ちする。二人は彼女の姿を見失わないように見つめながら壁際へ移動する。周りに人がいないことを確認すると、聖が渚に電話を入れた。

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