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PARTNER  作者: 橘。
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第1話 君と出会う 2.葉陰岬

 

(本当に居るのか?)


 たちばなひじりは学校に来てからずっとその事を考えていた。


(いくら人間は動物よりも感覚が鈍いって言っても、同じ学校で気付かないもんか?)


 何気なく自分の周りにいる生徒達を見渡してみる。だが、そうだと感じる人物はいない。


(まぁ、同じ学校ったって1000人以上はいるしなぁ。)


 ふと、窓から校庭を見下ろした。そこでは今体育の授業をしている40人ほどの生徒達がごちゃごちゃと動いている。あれの何倍いるのかと思うとうんざりしてきた。


(あいつが勘違いしてるんじゃないだろうな・・)


 半分諦めかけたその時、聖のその考えに抗議してくる者がいた。


『絶対ココ、いる。』

「!!・・・・」


 思わず驚いて座っていた椅子をガタッと鳴らしてしまった。

 今、彼のクラスももちろん授業中。席は丁度窓側なので、さっきはそこから校庭を見下していたのだ。

 何人かはその音を聞いてこちらを振り向く。しかしすぐにまたそれぞれ授業に戻った。生徒達は大体が授業に集中している。あと2週間ほどで期末テストが始まるからだ。本当は聖も授業に集中していなければならない立場なのだが、今は授業を妨害してくる者がいる。

 聖はさりげなく両目を軽く閉じた。人間が持っている五感の内、人はその90%近くを視覚に頼っているという。彼はその視覚を遮ることで、彼に話しかけている感覚をよりはっきりと感じる事が出来た。


『ココ入った。間違いナイ。』

『分かったよ。男か女か分かるか?』

『・・・・ヒジリと違う、服。』

『制服の事か。まぁ、女だって事だけでもかなり絞れるよな。』

『今、トナリの部屋、いる。』

『!!まさか隣のクラスか?あ~と・・・』


 聖はまた校庭を見渡す。しかし今度はグラウンドではなく、校庭の周りの木や電線の辺りだ。案の定、聖の話し相手は校庭の入口近くの桜の木の上にいた。桜と言っても今は10月下旬。桜の木の葉もだんだん茶色くなり始めている。その木の葉の中に紛れて彼はいた。


『そこから見て右か、左か?』

『・・・・ミギ。』

『・・・・4組か。分かった。』


 聖は閉じていた瞼を開いた。

 彼にはどこか人を寄せ付けないような雰囲気がある。橘聖はこの学校ではかなり有名で、ある意味特別な人間といえる。それは彼の容姿と性格のせいであった。






 キーンコーンカーンコーン、キーン・・・・・


 聞きなれたチャイムが鳴り、授業が終わると聖はすぐに教室を出て隣のクラス、4組の前に行ってみた。いきなり他所の教室に入っていくのもおかしいので、さりげなく中を覗いてみる。しかし目的の人物を判断することは出来ない。


(・・・俺じゃ分からないのかもな。)


 もう一度教室を良く見てみると、授業の片付けや友達同士とおしゃべりしているのがほとんどだ。女子は特に友達同士で固まってしゃべっている。そのせいで一人一人を確認しにくい。


(どうして、女ってのはこう・・・)


 だんだん生徒が廊下に出始めてきた。これ以上覗いていると怪しいので教室から離れる。


「橘!」


 自分を呼ぶその声の方に振り向いてみると、4組の教室から知り合いが一人出てきた。


「なんだ、梶原か。」

「なんだじゃねぇよ。この前貸した500円。返して。」


 そう言って梶原は聖の前に右手を差し出す。


「・・・分かった。取ってくるからそこで待ってろ。」


 聖は素直に教室に戻って財布から500円を取り出す。また廊下に出て、4組の教室の前まで行った。すると梶原は教室の中で友達としゃべっている。


(チャンスだな。)


 手に500円を握り締めて聖は4組の教室に入る。梶原が廊下から教室の中に移動していたことは、聖にとっては好都合だった。理由があれは他の教室に入ってもおかしくはない。

 梶原は教室の卓上近くにいた。


「ほら、500円。」


 聖は梶原に手を差し伸べる。


「おぉ、サンキュ。お前に金返してもらいないと今日の昼飯代が無くてさ。」


 梶原は待ってました、と言わんばかりに聖の手の中にある500円を受け取ろうと手を差し出した。


「えっ、うわぁ。」


 急におかしな声を上げたのは梶原だ。何故かというと、手の中から何枚か小銭が落っこちてしまったからだった。落ちてしまった小銭の音が教室に鳴り響く。


「なんだよこれ。」

「500円。」


 その抗議の声に、聖はそれがどうしたと言わんばかりに涼しげな顔でそれに応じる。だか、梶原が文句を言うのも無理はない。聖は梶原から借りた500円の内、ほんどを10円玉と50円玉で返したのだ。100円玉は1枚しか見られない。


「そりゃ、500円だけどさぁ。」

「なら、いいだろ。」

「・・・・。」


 梶原は聖の性格を良く分かっているのか、すぐに引き下がる。

 梶原には気の毒だが、これは聖の時間稼ぎだった。梶原が小銭を拾っている間に聖はさりげなく教室を見渡す。何人かの女子はこちら、というより聖の方を見てなにやら楽しそうに話し込んでいた。あの中にいたら最悪だな、と思いながら別のグループに目を向けてみる。そこでは雑誌を見ながら夢中でしゃべっている者や、携帯で話している者もいる。窓側に首を巡らせると、そこに知った顔を見つけた。


(このクラスだったのか。)


 その視線の先にいたのは黒くてきれいな髪を胸の辺りまで伸ばした女子だ。背は高く、スタイルも良い。すっきりとした整った顔立ちをしていて、他の女子よりも大人っぽい彼女のはっきりとした声がここまで聞こえてくる。

 彼女は東川あずまがわ朋恵。聖とは中学も一緒で、どうでもよく時間をつぶして過ごしている周りの女子達とは違って、彼女は周りを気遣う事の出来る大人な部分を持っている。特に聖の周りには容姿のせいでどうでも良い女子が向こうから近づいてくる事が多い。この手の生徒達にはうんざりしていたので、余計東川の存在が際立っているのかもしれない。自分の興味の無い人物には男だろうと女だろうと、全く何の感情も示さないのが聖なのだ。そんな奴等などはっきりいって関わらないで欲しいと常日頃思っていた。

 梶原が最後の小銭を拾った時、聖の目は一人の女生徒で止まっていた。

 何の変哲もない普通の生徒。だが、聖は何かを感じていた。彼女は東川の隣で一緒に話している。背は東川よりも低く、髪は背中ほどまで伸びている。染めているのか分からないが少し髪が茶色がかっていた。大きく少したれた目をしたその顔は見たことのないものだ。


「おい。」

「あっ?」


 突然、聖に呼ばれ梶原は顔を上げた。その手には、すっかり拾い終わった小銭が握られている。


「あれ誰だ。」

「あれ?」


 梶原は聖の見ている方に目を向ける。そこには女子の集団がいた。


「どれだよ。」

「東川の隣。髪の長い方。」

「あぁ、葉陰(はかげ)か?」

「葉陰?」


 聞いたことのない名前だ。といっても聖が覚えている名前の女子など数えるほどしかいないのだが。


「えーっと、葉陰なんていったかなぁ。なぁ、葉陰の下の名前って何か知ってるか?」


 梶原は近くにいたクラスメートに聞いた。そいつはその女子と親しいのかそれとも女子の名前に詳しいのか、すぐに答えを出した。


「葉陰岬。」

「あっ、そうそう。葉陰岬だってよ。」

「・・変わった名前だな」

「なんだ、知り合いか?」

「いや、違う。」


 相変わらず視線は葉陰の方を見たまま答える。何だか観察してるみたいだな、と梶原は思った。

 その時、始業のチャイムが鳴り始めた。聖は梶原に短い別れの言葉をつげて教室へ戻った。重要な情報を得て。

 普通男子が女子の名前を聞いたりしたらその子に気があるのかと思うが、梶原はそうは思っていなかった。それは相手が聖だったからに他ならない。聖がほとんど女子に興味がない。そしてこの学校で聖のことを知っている者はほとんどがその事を知っているだろう。皆が知っている程、聖の他人への興味の無さは顕著なものであったし、聖はその事を隠していなかった。






「あ、橘君だ。」


 友達の一人、岡崎妙が言った。


「あぁ、本当だ。」


 その声に答えたのは岬の親友。東川朋恵だ。


「うちのクラスに何の用かな。」


 岡崎が興味深々に言う。


「なんでそんなに気にしてんの?」

「だって有名じゃん。気になるよー。」

「有名な人なの?」


 岬が言ったその一言で朋恵以外の全員が驚いて岬の方を見た。


「岬知らないのー!」

「うん、知らない。どの人?」

「今梶原君と話してる。卓上のとこの。」


 そう言って、一緒に話していた村田真紀がこっそり指さした。その先にいたのは一人の男子生徒。背が高く黒髪で、制服のシャツの裾をズボンに入れずに出しっぱなしにしている。右手はポケットに突っ込まれていた。その時、彼がちらりとこちらの方を見た。見えた顔は確かに女子に人気があるのもうなずける顔だった。だが、それにしては無愛想な感じがする。


「ねぇ、今こっち見なかった?」

「あ、やっぱり?あたしもそう思ったー。」


 岡崎と村田がなにやら興奮していたが、岬は、朋恵の方を見ていたことに気付いていた。


「朋ってあの人と知り合いなの?」

「えっ、あぁ、うん。中学が一緒だったの。よく分かったね。」

「うん・・・。」


 岬は岡崎と村田を一瞥し、


「なんとなく。」


 二人がまだ勘違いトークをしているのを尻目に、岬は誤解していた。聖がその後岬を見ていたことには気付かずに。


「あっ、行っちゃった。」


 チャイムが次の授業の始まりを告げる中、残念そうな岡崎の声が聞こえた。

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