第8話 胸を焦がす 1.神楽梓(2)
放課後。岬は朋恵を含むクラスの友達と一緒に下校していた。今までは毎日バイトをしていた為、友達と一緒に帰る事なんてなかった。友達と一緒に下校する、という特別ではない行為に岬は胸を弾ませる。
その時、昨日梓がお友達と一緒に遊びにいらっしゃい、と言っていたのを思い出した。
「あのね。知り合いの人が服のショップをオープンすることになったんだけど、その前日に遊びに来てって誘われたの。一緒に行ってみない?」
岬が言うと、皆興味があるようで頷いた。
「へぇ!自分のお店持つなんて凄いね!お店はどこなの?」
「表参道だって。」
すると、岬の言葉に皆驚きの顔を向ける。
「え!?表参道?」
「それって、凄くない?」
岡崎と村田が口々に言うのを見て、岬も頷いた。
「うん。すごいよね。初めて自分のブランドのお店をオープンするって言ってたよ。」
「自分のブランドってことは、その知り合いの人ってデザイナーさん?」
朋恵が訊くと、「うん。神楽さんって人なんだけど。ファッションデザイナーだって。」と答える。
すると、岡崎は首をかしげた
「かぐら?聞いた事ある気がする。」
「本当に?神楽梓さんって人なんだけど。」
「え?アズサ!!!」
すると村田が一際大きな声を上げた。
「神楽梓ってもしかしてあのアズサ!?」
「え?」
岬が彼女の反応に驚いていると、岡崎も「あー!」と叫んだ。
「うっそ!マジ!!」
「へ?知ってるの?」
「っていうか、何で岬は知らないの?知り合いなんでしょ?」
そう言うと、岡崎は皆を引っ張って手近なコンビニへ入った。窓際の書籍コーナーへ行くと、そこにあったファッション雑誌を手に取る。パラパラと捲ると、「ほら、これこれ!」と言って、そのページを皆に見せた。
すると大きな字で『今注目のデザイナー 神楽アズサ』と書かれている。そこには4ページに渡って彼女の特集が組まれていた。そのページには対談中の梓の写真が3枚掲載されている。
昨日自分が会った人物が雑誌に載っている。その事実に岬は目を丸くした。
「・・・こんな有名な人だったんだ。」
「この雑誌にも今月表参道に直営店オープンって書いてあるよ!すごいじゃん!」
「岬すごい人と知り合いなんだね。」
「うちら超ラッキーじゃない?」
「どうしよう!何着てく?」
「やっすい服しかないよ!どうしよう??」
興奮する岡崎と村田に、朋恵は落ち着いた様子で言葉をかけた。
「そんなに特別な格好じゃなくてもいいんじゃない?」
「でもマスコミも来るんでしょ!?写真撮られちゃったらどうしよう?」
二人の興奮はなかなか冷めない。だが、岬は一人でじっとその雑誌を見つめていた。
「やばいよ!!ねぇ!明日皆で服買いに行こうよ!!」
「行く行く!!」
結局二人の提案で、明日四人で新しい服を買いに行くことになった。当然、誰かと一緒に服を見に行くなんて、岬にとって久しぶりの事だ。
まるで、梓が嬉しいことを運んでくれたような、そんな気がした。
* * *
12月9日。岬は朋恵達と一緒に表参道の通りを歩いていた。土曜日だけあって、今日は人通りが多い。初めて訪れた表参道、という場所に思わずキョロキョロしてしまう。岬ではお店の場所もよく分からなかったので、岡崎を先頭に梓のお店に向かっていた。
「あ、ねぇねぇ!あれじゃない?」
岡崎が指さした先では人だかりが出来ている。白を貴重とした三回建ての建物。正面はすべてガラス張りで、店内の様子を伺う事が出来る。
近づくと、周りの野次馬に混じってカメラを構えている人が数人見える。中には報道用のテレビカメラもあった。
店の前まで行くと、それまで「すごいすごい!」と騒いでいた岡崎達も口をつぐむ。
緊張しながら、ショップの入口に行くとスーツを着た男性が立っていた。彼は胸元にショップのスタッフであることを示すバッジを付けている。彼に梓の名刺を見せると「お待ちしておりました。」と、岬達を店内に通してくれた。
野次馬からは「誰あれ?」「どうして入れるの?」と言った声が聞こえてくる。知らない人達にジロジロと見られる感覚が嫌だったが、店内に入るとそれもどこかへ行ってしまった。
真っ先に中央のシャンデリアが岬の目に入った。その左右には二階へと続く階段。白い大理石の床には華やかなドレスやワンピースを身にまとったマネキンが並び、棚に並べられた服はどれも高級感のあるものばかり。所々に飾られた花々が控えめにそれらを際だたせている。
「綺麗・・・」
思わず呟くと、スタッフの男性は小さく微笑んで、「こちらへどうぞ。」と四人を奥の個室へ案内してくれた。
部屋に入ると赤い革張りのソファとガラステーブルがある。その上にはウェルカムドリインクが用意されていた。
「ただ今神楽を呼んで参りますので、こちらで少々お待ち下さい。」
一礼して男性がドアを閉めると、一気に興奮した様子で岡崎と村田がしゃべりだす。
「すごーい!!うちら超VIP待遇じゃない?」
「ホント!ショップに来て、ドリンクサービスとかありえない!!」
「表にテレビカメラあったよね?もしかして映ってるかな?」
「ヤバイよね!服買いに行って良かった~。」
言葉が止まらない二人に、岬と朋恵は顔を見合わせて笑う。
「ちょっと、何で二人はそんな落ち着いてんの!?」
「落ち着いてはないよ。緊張して、言葉が出ないの。」
岡崎の抗議に岬がそう答えた所で、ドアが開く音がした。
「岬ちゃん!!待ってたわよ!」
振り返ると、入ってきたのは梓だった。先日会ったのと同じくスーツ姿だが、やはり華やかさが違う。ストレートだった髪は肩から巻かれていて、首には二連のパールネックレス。グレーのスーツにはストライプ柄が入っていて、その胸元には大きな白いバラをモチーフとしたコサージュ。足下はシルバーのハイヒール。全て自分のブランドの服なのだろう。華やかだけれど決して派手ではないそのコーディネートを、梓は見事に着こなしていた。
「梓さん!」
すると、今日も可愛いわね、と言いながら、梓は岬を抱きしめた。突然の包容に驚きながらも、彼女の歓迎が嬉しかった。
「とっても素敵なお店でびっくりしました。」
微笑みながらそう言うと、「ありがとう。」と言って、梓は自分の腕から岬を開放した。
すると二人の様子を見ていた岡崎と村田が「本物のアズサだ~。」と感激している。
「お友達?」
「はい。高校の友達です。」
「皆可愛い子ばっかりね~。」
梓が微笑むと、朋恵が頭を下げた。
「今日はお招き頂いてありがとうございます。」
「いいのよ。岬ちゃんのお友達だもの。私はこれから取材に入っちゃうから、今日はゆっくり話ができないけど、皆は楽しんでいってね。」
「はい。ありがとうございます。お忙しいのに、すいません。」
「あら、私と岬ちゃんの仲で遠慮はなしよ。」
そう言って、岬の髪を撫でた。手放しの歓迎と梓の言葉にくすぐったくなる。
すると、再びドアが開いてスタッフが顔を出した。
「お話中失礼します。」
「はーい。」
「アズサさん。スポンサーがいらっしゃってますよ。」
「分かったわ。あ、よっしー。悪いんだけど、この子達案内してあげてくれないかしら。」
「えぇ。構いませんよ。」
よっしー、と呼ばれた男性は快く頷いた。顎髭を生やした二十代後半の男性で、ブラウンの髪を短く整えている。彼の胸元にはスタッフであることを示すバッジがついており、そこには吉田と名前が書かれていた。爽やかな彼の笑顔に、岡崎達が騒ぐのが耳に届く。
「それじゃあね。」
「はい。頑張ってください。」
上品な仕草で手を振ると、梓は慌しく行ってしまった。
(やっぱり、忙しいんだな・・。)
残念な思いもあったが、忙しい時に少しでも自分の為に時間を作ってくれた事が嬉しかった。