第7話 心惹かれる 3.居場所
巽が寮の自室のドアを開けると、早速声がかけられた。
「お、やっと帰ったか。」
その声に思わず眉をひそめる。すると二段ベッドの下に座ってマンガ雑誌を読んでいるのは、同い年の寮長だった。
寮長、と言っても決して真面目な生徒ではない。その証拠に肩近くまで伸びた長髪を茶色に染めている。それに寮は全て二人部屋だが、寮長である八代忍は巽のルームメイトではない。
巽はバッグを自分の机の上に下ろしながら、八代を睨みつけた。
「こら、エロギツネ。人のベッドで何くつろいでんねん。」
「お前がいないからだろ?修が寂しいんじゃないかと思って、顔出してやってんじゃねぇか。」
そう言って、八代は壁際の机に座っている青年を指さした。黒髪に眼鏡のその青年、瀧田修は巽のルームメイトだ。彼の外見は大人しい印象を与えるが、口から出た言葉はそれには似つかわしくない一言。
「八代はただの暇つぶしでしょ?僕を言い訳にしないでくれる?」
「相変わらず冷たいねぇ。」
そんな態度も気にはならないのか、にやにやした笑いを浮かべて八代は雑誌をめくる。
八代の相手をするのは諦めたのか、巽は修に向き直った。
「修、あれ終わったんか?」
「あぁ。終わってるよ。」
そう言って、修は数冊のテキストとノートを差し出す。それは停学中に学校から出された課題だった。
「おおきに。」
「これくらい自分でやりなよ。」
「そないなこと言うなや。ちゃんと借りは返すさかい。」
「楽しみにしてるよ。」
それだけ言うと修は机の上のパソコンに目を戻した。それを見て、八代が呆れた顔を見せる。
「お前、それ修にやらせてたのかよ。」
「ええやろ。ギブアンドテイクっちゅーやっちゃ。」
「修に借りを作ると怖いぜぇ。」
「む・・・。」
ちらり、と修を見る。しかし、彼はパソコンの画面を見ていて、その表情は読みとれない。
見返りとして修に何を求められるのかを考えると、確かに恐ろしいものがある。
「そういやお前、停学期間中どこ行ってたんだ?修は知り合いのとこって言ってたけど。女のトコじゃねぇの?」
「ちゃうわ。ボケ。」
一瞬浮かんだ顔があって、巽はそれに気づかれないよう顔をしかめる。
「へぇ?にしちゃあ、随分機嫌が良さそうじゃねぇか?」
「気のせいやろ。」
「ふーん。俺達がお勉強してる間に、楽しい思いしてきたんだろうなぁ。」
「そら、堂々と学校サボれるんや。楽しいに決まっとるやろ。」
「いいねぇ。俺も停学になろうかな。」
「そのまま退学になったらええのにな。」
「あれぇ?そんなこと言って。俺が居ないと寂しいくせに。」
「誰がや。せいせいするわ。」
たわいもない会話が続く。いつもの自分の居場所。けれど、大切な場所はここだけではない。そこには大切にしなければいけないものが一つ、いや二つ増えた。
ふと、その顔を思い出す。すると胸がざわつくのを巽は自覚していた。
※巽が停学になった理由を知りたい方は、『神様の失敗談 第三話』をご覧下さい。