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PARTNER  作者: 橘。
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第7話 心惹かれる 2.クリス=フォード

 

 岬はいつものように夕食の準備を手伝っていた。渚に手渡された取り皿を並べていると、一人分余ってしまう。巽の分を入れても多いことを確認すると、サラダを盛りつけていた渚に問いかけた。


「渚さん。お皿、一つ多いですよ。」

「うん。今日お客さんが一人来るからね。」

「お客さん、ですか?」


 その時、玄関のインターホンが鳴った。


「岬ちゃん。出てくれる?」

「あ、はい。」


 岬が玄関に向かうと、機嫌良さそうにイーグルが尻尾を振ってついて来る。


「イーグルも誰が来るか知っているの?」


 岬が訊くと、イーグルは肯定するように「ワン!」と一回鳴いた。

 そうこうしている内に再びインターホンが鳴ったので、慌てて玄関に走り寄る。ドアを開けると、そこに立っていたのは20代後半頃の男性だった。

 金髪に青い目。仕事帰りなのだろうか。服装はグレーのスーツに、紺のネクタイ。控えめなデザインだが、時計や靴はブランドものだった。

 突然現れた外国人のサラリーマンになんと言ったら良いのか分からず、岬は固まってしまう。すると彼はにこやかに優しい笑みを浮かべて口を開いた。


「こんばんは。」


 彼の口から日本語が出てきたことに安心して、控えめな声で「こんばんわ。」と挨拶を返すと、彼は岬に手を差し伸べた。


「クリス=フォードです。君が岬?」


 岬はコクコクと頷き、差し出された手にワンテンポ遅れて気がつくと、慌ててその手を握り「よろしくお願いします。」と頭を下げた。

 その時、携帯電話のメモリーにあった名前に思い当たる。


(この人も、きっと仲間なんだ・・・・)


 クリスは家に上がり、慣れた手つきでイーグルの頭を撫でる。きっとここへは何度も来ているのだろう。以前渚が言っていたホームに投資してくれている社会人の仲間、というのは彼のことなのかもしれない。

 クリスとイーグルについてリビングに戻ると、渚の嬉しそうな声が飛び込んできた。


「お。来たな。久しぶりー!」

「あぁ。ここの所顔を出せなくてすまないな。」

「いいって。仕事忙しいんだろ?」

「まぁな。」


 クリスはコートを脱ぐとそれをソファの背もたれに掛けながら、そこに座っていた大と夕に笑いかけた。


「二人とも久しぶりだね。元気だったかい?」

「げんきー!!!」

「まぁまぁね。」


 それぞれの二人らしい言葉に思わず岬も笑顔になる。岬はハンガーを一つ借りると、クリスのコートとマフラーをかけた。


「ありがとう。」

「いえ。」


 クリスはネクタイを緩めるとダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。岬も夕食の手伝いを再開する。その手際を見ながら、クリスは微笑んだ。


「岬は良い子だね。」

「でしょでしょ~。おまけに可愛いし。」

「あ、ありがとうございます。」


 普段から慣れていない岬は、こんな風に手放しで誉められるとなんと返していいのか分からず戸惑ってしまう。見ていてそれが分かったのか、クリスはくすっと小さく笑った。


「本当は梓も来たがっていたんだけどね。今はイタリアで仕事中なんだ。残念がっていたよ。」


(梓って、それも携帯のメモリーに入っていた人だ。)


 名前に覚えがあって、手を動かしながら岬はクリスに訊ねた。


「あの、梓さんって、神楽かぐらあずささんですか?」


 するとその問いに答えたのは渚だった。


「そうだよ~。岬ちゃん、梓のこと知ってたっけ?」

「あ、携帯の電話帳に名前があったので。」

「あぁ!そっかそっか。梓はねぇ、ファッションデザイナーの仕事してて、最近は海外の仕事が多いんだ。去年までは結構ここにも顔出してたんだけどね。」

「デザイナー!?」


 あまりに華やかな職業に岬は目を丸くした。仕事で海外に行っているだけでもすごいのに、デザイナーなんて想像もつかない世界だ。


「すごい方なんですね。クリスさんは、日本でお仕事してらっしゃるんですか?」

「アメリカが資本の会社なんだけど、そこの日本支社で働いているんだ。」

「あの、ご出身は?アメリカですか?」

「うん。フロリダ。」


 渚は料理をテーブルに並べながら口を挟む。


「クリスは高校の時に、日本に留学してたんだよね。」

「そう。渚と知り合ったのもその時だったな。」

「梓もね。」


 二人は楽しそうに思い出話に花を咲かせている。


(いつもは私達の世話してる姿ばっかり見てるけど、こうしてクリスさんと話をしている渚さんは、ちょっといつもより子供っぽい。)


 二人を見ていると岬の口元から笑みが零れる。


「皆さん、同じ高校だったんですか?」

「ううん。違うよ。二人が高校生の時は僕はまだ中学生だったし。クリスと梓も違ったんだよな?」

「そうだな。」

「え?じゃあ、どうやってお知り合いになったんですか?」


 すると渚がニヤニヤと笑いながらクリスを見る。


「二人はどうやって知り合ったんだっけぇ?」

「・・・・。その、まぁ、合コンだ。」

「合コン!?」


 岬が驚いて思わず訊き返すと、クリスは照れくさそうに笑った。


「そーそー。しかも、クリスが梓を口説いて二人で抜け出したんだよねぇ。」

「人聞きが悪いな。」

「だって、本当の事じゃん。」

「俺も梓も合コンとは知らずに行ったんだ。」

「言えば二人とも来ないからでしょ。別にいーじゃん。出会いが合コンでも。恥ずかしがる事じゃないと思うけど。」

「渚がそうやってからかうからだろう。」

「だって、アメリカンジョークの一つも言わない真面目クサったクリスが合コンなんて、面白いにも程があるよ。」

「真面目クサった・・・。変な日本語だな。」


 話が脱線してしまい、結局渚とはどうやって知り合ったのか聞けなかったが、その内に夕食の支度が整って、岬は聖と巽を呼びにリビングを出た。






「クリス!!来とったんかいな!」


 リビングに入りクリスの姿を見ると、真っ先に口を開いたのは巽だった。


「久しぶりだね。巽。聖も。」

「あぁ。」


 すると席に着く巽を見ながら、クリスは厳しい顔をする。


「巽、停学中なんだって?」

「・・・渚。何しゃべっとんねん。」


 不機嫌そうに渚を睨むと、渚は腰に両手を当てて怒った声を出す。


「当たり前でしょ。クリス達は保護者みたいなもんなんだから。」


 それに加えて、クリスも説教を続けた。


「やんちゃなのもいいが、来年は三年になるんだろう?進学のことも考えなきゃならない年だし、あまりそういうのは」

「わーってるわ!久しぶりに会うたんやから、やいやい言いなや。ったく、相変わらずアメリカ人のくせに真面目っちゅーか、なんちゅーか。」


 渚と同じような事を言われ、心外だとばかりにクリスは言葉を返した。


「それはアメリカ人に対する偏見だ。」

「はいはい。説教なら聞き飽きてんねん。昨日もそこの女に説教されたばっかりやっちゅーのに。」


 話の矛先が自分に向けられて、岬は思わずたじろいだ。巽の言っているお説教というのは、昨夜タバコを取り上げたことだろう。


(お説教をしたつもりじゃなかったんだけど・・・)


 するとそれを聞いた渚が意外そうな顔を向けた。


「へぇ。岬ちゃん、巽君に何言ったの?」

「え、あの・・。」

「あー、もう!だからえぇって!さっさとメシ食わな、冷めるやろ!!」


 タバコのことを二人の前で言われては都合悪いと気づくと、巽は慌てて話を遮る。岬もそれを察して曖昧に微笑むと、一先ず食事を食べ始めることになった。






 渚の手料理を口に運び、クリスは岬の顔を見ながら穏やかに微笑んだ。


「岬がこんなにキュートな子だとは思わなかったよ。聞いていた以上だな。」

「でしょー。最初に聖君がここに連れてきた時は、彼女かと思ってドキドキしちゃった。」

「・・・・。」


 クリスと渚の言葉に、岬と聖はなんと言ったら良いのか分からず言葉を詰まらせる。そんな二人には気づいていないのか、上機嫌で渚は口を開いた。


「なんていうの?初めて息子に恋人を紹介される父親気分?」


 楽しそうな渚を、聖がジロリと睨む。


「・・・やめろ。」

「はいはい。照れなくてもいいのに~。」

「渚さん・・。あんまりいじめないで下さい・・。」


 いたたまれなくなって、下を向いたまま岬も声を出した。 

 するとそれを聞いていた大が、持っていたフォークを渚に突きつける。


「みさきはおれとけっこんするのー!!!」

「こら、フォークを人に向けたらだめだろ!」

「おや。すでに可愛い恋人がいたのか。」


 渚は大を注意して、クリスは彼の言葉に笑みを浮かべる。

 そして当の岬は、だだをこね始めた大に困ったように笑った。






 夕食を食べ終わっても、皆席を立たずにクリスと話を続けていた。

 クリスは仕事の終わりで突然時間が出来たので、ホームに寄ったという。けれど何の準備もなく来てしまったので、パートナーを連れて来る事が出来なかったと残念がっていた。


「クリスさんのパートナーって、どんな方なんですか?]


 岬が訊くと、クリスは携帯を取り出して写メを見せてくれた。それは毛も目の色も真っ黒なウサギだった。


「ウサギ!」

「真っ黒だろ?写真を撮っても黒い固まりにしか見えないんだけど。」

「そんなことないですよ。可愛いです。」


 携帯を返しながら言うと、嬉しそうにクリスが微笑んだ。


「ありがとう。いつか正式に紹介するよ。」

「はい。楽しみにしてます。」


 すると食後のお茶を飲みながら、巽がからかうように口を挟んだ。


「真っ黒やさかい、名前もクロなんて安直やんな~。」

「へぇ。クロっていうお名前なんですか?」

「うん。クロは元々フロリダの友人が飼っていたウサギでね。僕がクロと出会った時に、彼から譲り受けたんだ。彼の所には沢山の子ウサギが居てね。名前をつけるのが面倒だった彼は、全てのウサギを毛の色で呼んでいたんだよ。でも、ブラックよりクロの方が可愛いだろ?」

「どっちも変わらへんて。」

「そんなことないだろう。」


 二人のやりとりに皆が笑う。すると、突然渚が大きな声を上げた。


「あ!そうだ!!」

「なんやねん、急に。」

「聞いてよクリス!!この前蛍が岬ちゃんにセクハラしたんだよ!!巽くんを叱ってやってよ!!」


 その訴えに目を丸くした後、巽は席を立ち上がって渚を睨みつけた。


「アホか!オレは関係ないやろ!!」

「いやいや!おかしいよ!あの時の蛍の手は完全に狙って岬ちゃんの胸をがっつり掴んでたもん!!巽くんが教える以外にどうして蛍がそんなことするのさ!!」

「そないな事知るか!ええかげんにせい!ドアホ!!」


 渚の言葉に居た堪れない気分で、岬は顔を赤くして俯く。するとクリスが静かに口を開いた。


「巽・・・・。」


 その迫力ある声に、その場の空気がピリッとする。


「本当に、何も指示してないんだな・・?」


(クリスさん、怖い・・・)


 うっ、と巽が言葉を詰まらせる。それを見逃さずすばやく巽の後ろを取ると、クリスは両拳で巽のこめかみをグリグリと締め付けた。


「ちょー待て!!ギブギブ!!!」


 開放された巽はこめかみを押さえながら「ううっ」と唸る。すると今度はクリスが渚に向き直った。


「渚・・・」

「え?何?」

「お前もレディに恥をかかせるようなことを大声で言うんじゃない。」

「え、あぁっと。ごめんね。岬ちゃん?」

「いえ、もういいです・・・・。」


 厳しいクリスの表情を見て、渚は慌てて岬に謝罪した。

 すると、ソファに座って遠巻きにその様子を眺めていた大が「俺も岬のおっぱい触りたい・・・。」とぼそっと呟く。隣に座っていた聖は大の肩にポンッと手を置き、「巽みたいになりたくなかったら止めとけ。」と小声で忠告した。

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