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PARTNER  作者: 橘。
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第6話 あなたと繋がる 2.木登夕(2)

 

 ホームからまっすぐに河原に向かい、そこから二人で下流へと進む。するとそこから30分ほど行った先で夕の姿を見つけることができた。夕はもう走ってはおらず、川の方へ向いたまま立ち止まっている。

 岬と聖が走り寄ると、夕は川の中へ入ろうとその足を向けた。


「夕!!」


 すんでの所で聖が先に追いつき、彼女の小さな体を抱き止める。


「夕ちゃん・・。」


 すると夕の足下に居た雪が突然鳴いた。


「雪!?」


 岬が雪を見たと同時に、雪も川に向かって飛び込む。雪はまだ子猫だ。下流とはいえここはまだ流れが速い。慌てて岬は両手で雪の体を掴む。けれどバランスを崩し、川の中に両膝をついた。川の冷たさと膝に痛みが走る。

 するとその時、赤いものが目に入った。川の中に立てられた杭に引っかかったそれは、ゆっくりと川に流され、再び川下へ流れていく。


「あ・・・。」


 それは、間違いなく岬の持っていたあのお守りだった。


「大丈夫か?」


 聖に手を借りて立ち上がる。岬が膝をついたのは幸い浅い所だったので、膝下が濡れた程度で済んだ。河原に上がると、腕の中の雪に目を落とす。


「雪?」


 あれほど興奮していたのに、雪はじっと岬の手を見たまま動かない。その視線の先、岬の指や手の甲には血が滲んでいた。雪を掴んだ時に、興奮していた雪が引っ掻いてしまったのだろう。


「雪?大丈夫?」

『ミサキ・・・』


 弱々しく自分に届いたその声は、激しい後悔と罪悪感に満ちていた。


『ミサキ、ミサキ、ミサキ』


 ただ自分の名前を呼ぶだけで、はっきりとした意志を伝えない雪の心。けど、岬には確かにその感情が伝わっている。

 足下が不安定になるような、大切なものが遠ざかっていくような不安感。泣きそうな程、何かに縋りたくなる空虚感。

 岬にもその感情に覚えがあった。雪の言葉にならない思いが、岬の心を占める。


――キライニナラナイデ


『ミサキ』


――ドウカ、ワタシヲキライニナラナイデ


 岬は泣きたくなるのを堪えて、雪の額に自分のそれを合わせた。両手に感じる雪の確かな温もり。それは決して揺るがない。


「雪。大丈夫。私は大丈夫だよ。雪なら、私の心が分かるでしょう?」


 雪の心が、そっと自分の心に触れるのを感じる。今にも消え入りそうな小さな温もりが、岬に寄り添う。


「ね?」

『・・ミサキ』


 岬は雪を抱きしめた。小さな体が震えている。落ち着かせるようにその背中を何度も撫でた。


「夕。」


 聖が自分の足にしがみついていた夕の名前を呼ぶと、ビクッと体が震わせた。泣きそうな目で聖を見上げる。聖は何も言わずにポケットから携帯を出すと渚とホームで待っている大に連絡を入れた。

 渚との通話で夕に携帯を渡すと、夕は涙声で「ごめんなさい・・。」と小さく謝った。


「何してたんだ?」


 聖が訊いても、夕はぎゅっと口を結んだまま何も言わない。けど、岬には分かっていた。雪からその理由も聞いていた。

 夕が岬の部屋からお守りをとって、それを川に落っことしてしまったこと。それを夕と雪が必死に追いかけていたこと。

 どうして、夕がそんなことをしたのかは分からない。けれど追求するつもりはなかった。それに、きっとお守りを盗った事を後悔したからこそ、小さな足で必死にお守りを追いかけたんだろうから。


「聖くん。皆心配してるし、帰ろ?」


 岬が笑って言うと、弾かれたように夕は岬を見上げた。そしてくしゃっと顔を歪め、その目からはポロポロと涙がこぼれてくる。


「ごめ、・・・・なさい。」


 顔を真っ赤にして泣く夕に、岬はしゃがんで頭を撫でた。


「うん。いいよ。一緒に帰ろ。」


 聖は夕をおんぶして、岬は雪を抱いてホームへ帰った。





 * * *


『ゴメン。お守り・・・・』


 その日の夜。ベッドに入ると、岬の顔の横で丸まったまま、雪がそう言った。


「大切なものだって知ってたから、追いかけてくれたんだよね?嬉しかったよ。」

『ナクなった・・』

「いいんだよ。お守りは大切なものだったけど、でも、今は雪が居てくれるでしょう?」

『オレ?』

「うん。雪が居てくれるなら、お守りは要らないよ。」


 雪が顔を上げて、岬の頬にすり寄った。岬は雪の背中にそっと触れる。


 ほら、暖かい。お守りよりも雪と一緒にいる方がずっと優しい気持ちになれる。

 二人は同時に目を閉じた。一緒に同じ夢を見れたらいい。そう思いながら眠りに落ちた。






 夕と大は同じベッドで横になっていた。その瞳は閉じられ、お互いの手を握っている。二人の間に言葉など要らない。お互いの心が手に取るように分かるからだ。


 大は夕が何故岬のお守りを取ったのか知っていた。岬が大切なお守りを持っていること、それを一番上の引き出しにしまっていることを大が知った。大の知識は、その気になれば夕も知ることができる。岬が大切にしているものを知った夕はそれをとった。その理由は岬のことをホームから追い出したかったからだ。


 夕はずっと不安だった。岬がホームに来た事で、聖が、渚が、そして大が彼女を大切にしているのが分かって、自分の大切なものが岬にとられてしまうような気がした。だから、岬が大切にしているものを奪う事で、彼女がいなくなればいいと、そう思っていた。


 夕が岬を気に入らないのは大も分かっていた。だからずっと岬に近づかないようにしていたのだ。でも、彼女の優しさに触れて、彼女の事が好きになってそれも止めた。それが夕の不安に拍車をかけてしまった。


『夕。』


 お互いの心に触れたまま、大は夕の心に語りかける。


『・・・・。』

『おれ、夕のことだいすきだよ。』

『・・・・。知ってる。』

『でも、みさきのこともだいすき。』

『・・・・。知ってる。』

『みんな、夕もみさきもすき。』

『・・うん。』

『だいすき。』

『うん。』


 閉じられたままの夕の瞼から、涙が零れる。目を開けると、大はその涙を手のひらでそっと拭った。再び涙で濡れたその手で夕の手を握る。すると、夕も大の手を握り返した。手も心も二人でいれば温かい。それはずっと昔から知っていた事。どんなに辛い事があっても、お互いの存在がお互いを支えてきた。


 二人が三人。三人が四人。段々と大切な人が増えていく。増えていくと共に大切なものが遠くに行ってしまうようで不安になる。でも大丈夫。皆が皆を大切に思ってる。大切なことが増えるのは、自分に向けられてきた愛情が減る訳じゃない。大切な人が増えれば増える程、その愛情は増えていくのだから。


 二人は同時に眠りに落ちる。お互い心が繋がったまま、柔らかな眠りへと。





 * * *


「どうしたの?」


 月曜日の朝、教室へ入って朋恵に挨拶すると、彼女は岬の膝を見て驚きの声を上げた。岬の両膝は痛々しい青あざが出来ている。


「転んじゃった。」


 笑いながら岬が言うと、朋恵は息を吐く。


「痛くないの?」

「うん。見た目はこんなだけど、もう平気。」

「・・これは?もしかして、飼ってるって言ってた猫?」


 今度は岬の手に残っているひっかき傷を指した。


「うん。まぁ。」


 すると、ブレザーのポケットに入れていた携帯電話が振動した。こんな朝から誰だろう、と思っているとそこにはメールが一通届いている。携帯を開くと渚の名前が表示されていた。


(渚さん?)


 メールを開く。するとそこには短い文章が綴られていた。


“みさきおねぇちゃんごめんなさい”


 句読点も漢字変換もされていない、平仮名だけの短い文。このメールを打った人物の顔を思い浮かべて岬は小さく微笑んだ。するとそこには写真が貼付されている。

 携帯を眺める岬の顔を見て、朋恵が微笑んだ。


「どうしたの?なんかいい知らせ?」

「見て見て。」


 岬が携帯を朋恵に見せる。すると朋恵が「へー。可愛い~。」と声を上げる。それを聞きつけて、岡崎達が「何々?」と集まってきた。


 開かれた白い携帯のディスプレイには写真が表示されている。それは笑顔で写っている、幼い双子の写真だった。

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