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PARTNER  作者: 橘。
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第6話 あなたと繋がる 2.木登夕(1)

 

 パタパタと廊下を走る足音が聞こえる。子供の足音と、それより遙かに軽い足音。


 最近、大は雪と追いかけっこするのがブームになっていて、今日も二人はリビングや廊下を駆け回っている。自室で今日もお守りを眺めていた岬は、聞こえてきた足音に思わず笑みを浮かべた。

 雪と仲良くなると同時に、大は岬に心を許してくれている。


(お守りのおかげかもしれない。)


 そう思って、引き出しの中から古いお守りを取り出し、手に取った。その時、突然バンッと部屋のドアが開いて、何かが飛び込んでくる。


「え?」


 そちらを振り向くと、雪と大が同時に飛び込んできた。雪が床からベッド、そして岬の座っている机へと器用に飛び乗る。あまりにも突然の出来事に、驚き岬は持っていたお守りを落としてしまった。


「あっ。」


 岬を挟んでお互いを牽制し合っていた大がそれに気がつき声を上げる。するとそれを拾って手渡してくれた。


「はい。」


 岬が微笑むと大は顔全体でニカッと笑う。その笑顔を見ていると心が温かくなる。


「これ、なーに?」


 大は岬の手の中のお守りをのぞき込んだ。


「お守りだよ。見たことない?」

「うーん。ん~。んーん。」


 思いだそうと首を傾げるが、どうやら思い出せなかったようで大は首を横に振った。


「だいじ?」

「うん。とっても大事。拾ってくれてありがとう。大くん。」


 へへへっ、と照れくさそうに笑うと、その隙をついて雪が部屋を飛び出した。それに気がついた大が慌ててその後を追う。


「まてまて!!」


 あっと言う間に喧噪が遠ざかると、岬は微笑みながら空けられたままのドアを閉めた。





 * * *


 小さな手が岬の部屋のドアノブを掴んだ。音を立てないようにそっとドアを開け、中に入る。机の一番上の引き出しを開けると、その手は赤いお守りを掴んだ。そしてすぐに部屋を出る。すると、その人物はハッと息を飲んだ。目の前に小さな子猫が居たからだ。その目から逃れるように急いで玄関に向かうと、靴を履いて家を出た。真っ白な子猫は玄関のドアが閉まらぬ内に、するりとその隙間から外へ出た。






 日曜日。岬はその日、朝から夕方17時までバイトだった。バイトを終わってホームに戻ると、自室に鞄を置いてベッドに座った。バイトは立ちっぱなしの仕事なので少し足がだるい。すると、すぐに部屋のドアがノックされた。


「はい。」

「岬ちゃん。おかえり。」

「はい。ただいま。」


 開けられたドアの向こうから顔を出したのは渚だった。だが、いつもの笑顔はない。


「あのさ、夕、見なかった?」

「え?いえ、見てませんけど。」

「そうだよねぇ。」

「どうかしたんですか?」

「うん。今ホームの中ぐるっと見たんだけど、見あたらないんだよね。隠れんぼしてるわけでもなさそうだし。」


 少し早めにお風呂にでも入れようかと思ってたんだけど、と言いながら渚は首を傾げる。


「大くんは?」

「大は今お昼寝から起きたばっかりなんだ。」


 岬は渚と共にリビングへ入った。するとそこには聖と大がソファに座っている。大はまだ眠そうな顔で渚を見上げた。


「大。夕がどこにいるか分かる?」


 渚が訊くと、大は首を傾げた。そして一度目を閉じた後その目をゆっくりと開く。


「!!?」


 その目は今まで岬が見たことのあるものでなかった。左目が鮮やかなオレンジ色に変化している。

 隣で息を飲む岬に気づいて、渚は大の邪魔をしないよう小声で声をかけた。


「岬ちゃんにはまだ言ってなかったかもしれないけど、大と夕はお互いがそれぞれのパートナーなんだよ。」


 岬は声を出さずにその言葉に頷いた。漠然とパートナーは“人と動物”という構造を描いていたが、確かに自分にパートナーのことを説明してくれた聖は『目がある生物ならなんでもパートナーになる可能性がある』と言っていた。人間同士でもその関係は成り立つのだ。

 動揺する岬を後目に、大は少し落ち込んだ顔で首を横に振った。


「・・・分かんない。夕、応えてくれない・・・」

「そっか。仕方ないな。」


 心配そうにイーグルが渚の足下にすり寄る。彼を見下ろすと、渚は優しくその頭を撫でた。いつの間にか異変に気づいたようで、蛍も聖の側で渚をじっと見つめている。


(あれ?)


 岬はその時もう一人姿が見えないのに気がついた。雪だ。雪は岬がいなければ、大抵大と遊んでいるか、聖の膝の上で休んでいる。今日は帰ってきた時、玄関に出迎えにも来てなかったし、家に帰ってから一度もその姿を見かけていない。


「あの、雪もいないみたいなんですけど・・・。」


 岬がそう言うと、渚が「あっ」と声を上げた。


「そういえば、お昼の時は居た筈だけど、大が昼寝してからは見てないな。」

「散歩にでも行ってるのかな?」


 その時、バサッと音がしてリビングからつながっているバルコニーの手すりに何かが留まった。そちらに目を向けると一羽のカラスがいる。


「瑠璃・・・。」


 聖が窓を開けると、その腕に留まって二人はリビングへと入った。すると聖の目が深い青色に染まり、その表情は険しくなる。


「渚。」

「ん?」

「瑠璃が、商店街から一本外れた道で夕を見たらしい。」

「え?」


 目を瞬かせて、渚は聖の傍に寄る。


「どうしてそんなとこに・・。」

「雪も一緒らしい。」

「えぇ!!」


 今度は岬が驚く番だった。雪が夕と一緒にいる姿はあまり見たことがない。渚と顔を見合わせると、渚は「探しに行ってくる!!」とリビングを出た。その後をイーグルも追う。


 聖は瑠璃に「悪いけど、今二人を捜してるんだ。もう一度二人を見た場所に戻ってみてくれ。」と言って、再び瑠璃は窓から外へ飛び立った。


「私も外見てくるね。」

「待て。」


 岬が出ようとすると、それを聖の声が引き留めた。彼を振り返ると、真剣な表情で「落ち着け。」と言う。


「雪に話しかけてみろ。」

「あ、そっか。」


 雪が夕と一緒にいるなら、居場所も分かるかもしれない。岬は目を閉じると、祈るようにその両手を握った。


『雪。』


 真っ暗な中で言葉に出さずに声をかける。すると段々といつもの雪の気配にたどり着く。


『雪。』


 もう一度声をかける。自分の声は確かに雪に届いている筈なのに返事がなかった。けれど、雪の感情が流れ込んでくる。混乱、焦り、そして少しの憤り。それらが混ぜ合わさって岬の頭の中をぐるぐるとかき回す。その感情に飲み込まれるのが怖くて、岬は目を開いた。


「あ・・・。」


 目の前には聖の顔がある。彼は怪訝そうな表情で岬を見返した。


「どうした?」

「それが・・、返事をしてくれないの。なんか、焦ってるみたいで・・。返事をする余裕が無いみたいな・・・・」


 先ほどの感覚を思い出して、岬は顔を青くした。

 感情を共有する、という事の怖さを初めて感じた。まるで自分が飲み込まれてなくなってしまうような・・


「葉陰。」


 呼ばれて、ハッと岬は顔を上げた。聖はいつものように冷静な顔で自分を見ている。そしてその両手で岬の頬を包んだ。


「橘くん・・・?」

「目を瞑れ。」


 理由は分からないが、言われるがまま岬は目を閉じる。すると、聖の手の温もりがその存在感を大きくした。


「いいか。その気になれば、あんたは雪が見ているものを、その左目を通してみることができる。もう一度雪に集中しろ。」


(目を、通して・・・?)


 再び自分の感覚の全てを雪に向ける。聖の声や触れている手の感覚が段々と遠くなっていく。体の力が抜けて、自分の意識が雪の元へと近づいていくのが分かる。

 真っ暗な暗闇の中に小さな光を見つけた。そこに近づくとそこには白黒の風景が広がっている。


(これ、・・知ってる。)


 真っ黒な闇に浮かぶモノクロ映画のような情景。いつか見た夢と同じだった。

 映画のスクリーンに集中する。すると画像は上下に揺れていた。前では小さな靴を履いた女の子の足が見える。彼女は走っていた。右手には川が流れ、走りにくい砂利の川辺を川下に向かって必死に走っている。映像はその女の子を低い位置から映し、彼女を追っていた。


 岬は目を開く。すると突然視界がカラーの世界に切り替わる。光の変化についていけず、目眩が襲った。だが、倒れることはない。集中して体の力が抜けていた岬を、聖がずっと支えてくれていた。


「大丈夫か?」


 聖に肩を掴まれ、体を起こされると、岬は少し眩しそうに目を細める。そして頷いた。


「見えた・・・。」

「・・・。どうだった?」

「夕ちゃんが一緒だった。二人とも川辺を川下に向かってずっと走ってた。」

「川・・・?」


 少し考える仕草をした後、聖は目を閉じて呟いた。


「瑠璃。川の方へ行ってくれ。」


 彼から返事があったのかは岬には分からない。渚の携帯に連絡を入れ、大と蛍に留守番を頼むと、岬は聖と共に河原へ向かった。

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