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PARTNER  作者: 橘。
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第5話 瞳怯える 3.木登大

 

 三つ掛け持ちしていたバイトは、渚に言われた事もあって一つだけにした。そのお陰で今では時間が空く日がある。相変わらず部活には入っていないので、急に出来てしまった時間を何に使おうか、という新たな悩みが出来た。

 正直、自分でも贅沢な悩みだと思う。そんな時は出来るだけ渚の手伝いをするようにしている。買い物やイーグルの散歩。掃除は学校に行っている間に渚が済ませてしまうので、自分の部屋くらいしかやるところがない。


 その日も学校から帰って着替えを済ませると、渚のオフィスに顔を出した。


「渚さん。何かお手伝いすることありますか?」


 するとそこには聖も居る。渚はにっこり笑って岬を手招きすると、メモを渡した。


「丁度良かった。聖君と一緒に保育園にお迎えに行ってくれない?」

「え?」


 保育園、と言う言葉に一瞬戸惑う。


「ついでにお使いも頼みたいんだけど、聖君一人でちびっこ二人の面倒見ながら買い物するのは大変でしょ?」

「あ、そう、ですね。」

「じゃ、よろしく~。」


 自室までコートを取りに行くと、準備を済ませて聖と共にホームを出た。大と夕を迎えに行く、という事に多少の緊張を感じながら聖の隣を歩く。


(嫌な顔、されないかな・・・。)


 自分の顔を見た時に拒絶されないか。それが怖かった。


「大と夕は警戒心が強いんだ。」

「え?」


 突然の聖の言葉に、顔を上げて彼の横顔を見る。すると前を見たまま聖は淡々と言葉を続けた。


「夕は簡単に人に心を開かない。大は、嫌われるのが怖いんだ。」

「嫌われるのが、怖い・・・。」


 それはまるで今の自分の事のようだった。二人に嫌われるのが怖くて、一歩が踏み出せない。


「ビクビクしてたら、大は益々あんたに近寄らなくなる。堂々としてろ。」


 ぶっきらぼうな言葉だが嬉しかった。聖が気遣ってくれているのが分かる。


「うん。ありがとう。」


(・・自分の事ばかりで、二人のことなんて知ろうとしてなかったな。)


 聖と共にいると、学校とは違う面ばかり見えてきて驚くことが多い。きっと学校の皆は聖がこんな風に家の手伝いをすることや、動物達に好かれていることなんて想像もつかないに違いない。

 学校での聖は他人に無関心に見える。逆に考えればどうして聖は学校ではあんな態度を取っているのだろう。本当は周りを良く見ているし、気遣いができる人なのに。


(やっぱり、分からないことだらけだ・・・。)


 もう一度聖の横顔を見る。けれど何を考えているのかは分からない。


(自分が踏み込まれるのは嫌なくせに、人の事は知りたいなんておかしいよね・・。)


 それは聖だからなのか。それとも仲間だからなのか。その理由が岬には分からなかった。






「大くーん。夕ちゃ―ん。お迎えよー。」


 保育園の先生が二人を呼ぶ。するとどういう訳か、保育園の入口には先生達やお母さん達までもがぞろぞろと集まってきた。


「あらー。今日はお兄ちゃんがお迎えなのね。」

「ホント。あ、渚さんお元気?」

「・・・はぁ。」


 次々に女性達が聖に声をかけていく。その様子を少し離れた場所でポカンと岬は見つめていた。


(聖君って、先生やお母さん達にも人気なんだ・・・・。)


 だが、話題の大半は渚の話のようで、渚自身も人気を集めているのだと分かる。


(渚さんだったら、きっと喜んで話を盛り上げるんだろうな。・・橘君は素っ気無いけど・・・)


 聖の態度にも慣れているのか、気にした様子も無くお母さん達は声をかけていた。それを見ていると段々場違いな所にいるのではないかと不安になる。

 すると園内から大と夕が手を繋いで聖の元へ歩いてきた。


「聖兄、帰ろ。」

「あぁ。」


 周りの様子も気にせずに、夕が空いた手で聖の手を引いていく。大は先生達に「さよーならー!」と手を振っていた。


「行こうぜ。」

「あ、うん。」


 聖が待っていた岬に声をかけると、ジロリ、と夕が岬を見る。


(うっ。)


 すると後ろからも目線を感じて思わず振り向いた。すると先生達やお母さん達がこちらをジロジロと見ている。


(ううっ・・)


 岬の様子に気付いた聖が同様に後ろを振り返ると、今度は先生達がにこっと笑顔を向けて手を振ってきた。


(女の人って、怖い・・・)






 スーパーに入ると聖がカートを押して、岬が買い物メモを見ながら次々と品物を籠に入れた。やはりじっとしていられないようで、大がちょこちょこと動き回っているのを聖が注意しながら買い物を進める。対して夕は大人しく聖の手を握ってついて来ていた。

 時折目が合うと、やはり夕にはジロリと睨まれる。


(目を逸らされるよりはマシなのかな・・・)


 そう思いながら、睨まれてもめげずに笑顔を返した。

 すると、その内に大がぐずりだしてしまった。


「ねー!おーやーつー!!!」


 買って欲しいお菓子があるようで、菓子コーナーで立ち止まってしまった。聖は大をたしなめるが、どうにも動きそうにない。


「橘君。私買い物続けてるから、二人を連れてお菓子見てきたら?」


 すると、それに反対したのは夕だった。


「ダメだよ。大は昨日も買ってもらったんだから。」

「ご、ごめんなさい・・・。」


(五歳児に怒られちゃった・・・。)


 夕は五歳とは思えない程しっかりしている。普段大のように騒いでいる所も見たことがなかった。

 夕の言葉を聞いて諦めたのか、大はしょんぼりして歩き出す。


「二階に行って箱ティッシュと洗濯洗剤取ってきて。」

「え?」


 突然聖に言われて言葉を返すと、聖は上を指差した。


「ここ。生活用品は二階なんだ。」

「あ、うん。分かった。」

「大。」


 聖に呼ばれていじけていた大が顔を上げる。


「お前も一緒に行って来い。」

「・・・・。」


 大は目を丸くして聖と岬の顔を交互に見た。どう返事すれば良いのか分からないようだ。


「女一人じゃ危ないだろ?ついて行ってやれ。」


 その言葉にコクコクと小さな頭を揺らして頷く。思わず聖を見たが、「行けば?」と言うだけだった。


「うん。行ってきます。」


 岬が歩き出すと、小走りで大がついて来た。大は何度か後ろを振り向きながら歩いていたが、聖たちの姿が見えなくなると、突然ぎゅっと岬の手を掴む。


「え?」


 驚いて下を見ると、大は「まいごになるなよ。」と言った。大の態度の変化に戸惑いながらも、なんだか可笑しくなって、岬は「ありがとう。」と言葉をかける。すると大は顔を真っ赤にして更にぎゅっと手に力を篭めた。






 二階に着くと箱ティッシュと洗剤を手に取る。すると岬の両手が塞がってしまった。それを見た大がくしゃっと顔を歪める。岬は慌てて箱ティッシュについたビニールの取っ手部分に腕を通し、その手で洗剤の箱を持つと、左手を空けて大に差し出した。


「大くん。手、繋いで貰っても良い?」


 そう言うと、大はパッと顔を輝かせた。再び顔を赤くしてその手を握る。握ってくれた事が嬉しくて、拒絶されなかった事が嬉しくて、岬は胸を撫で下ろした。大も同じ気持ちなのかもしれない。今ならそう思う。

 一階に戻ると聖達の姿を見つける。二人は丁度レジに並んでいる所だった。


「お帰り。」

「ただいま。」


 聖の言葉に答えると、彼が繋がれた手に目を移す。けれど何も口にはしなかった。

 精算を済ませて袋詰めを終える。エコバックに入れた食料品は岬が持ち、洗剤などの重いものは聖が持ってくれた。聖は片手に買い物袋、もう片方は夕の手を握っている。岬の空いた手は大の小さな手を繋いで、四人でホームまで帰った。





 * * *


 深夜三時。雪がベッドから降りた音を聞いて岬も目が覚めた。ボーッとする頭のまま雪を見ると、ドアの前に立っている。リビングに行きたいのかな、と思って岬は部屋のドアを開けてそのままついて行った。リビングのドアも開けて中に入れてあげると、ニャアと鳴いて、奥の戸棚へ走っていってしまった。


「雪?」


 その戸棚は生活用品や渚達の私物が入っているだけで、餌などは別の場所にある。どうしたんだろう、と思ってそちらに向かうと雪よりも大きな影が動いた。

 不思議に思ってリビングの電気をつける。電気の眩しさに一瞬目を細めて奥を見ると、戸棚の前に子供がしゃがんでいた。その手にはおもちゃのロボットが握られている。


「・・大くん?」


 声を掛けるとビクっと肩が震えた。驚かせてしまったかと思って、少し離れた場所からもう一度声を掛ける。


「眠れないの?」


 ゆっくりと近づくと、恐る恐る振り向いた彼の顔は赤かった。けれど、いつもと様子が違う。


「大くん?」


 彼の横にしゃがみこむ。すると頬が赤く、だるそうな顔をしていた。


「具合、悪いの?」

「・・分かんない・・・。」


 それだけ言うと、大は岬の膝に頭を載せる。


(辛そうだな・・・。)


 そっと彼の額に手のひらを当てた。やはり熱い。ふと開かれた戸棚を見ると、そこには薬箱が引っ張り出されて、蓋が開いていた。恐らく自分で薬を飲もうとしたんだろう。岬は出来るだけそっと大を抱きかかえると、ソファに横たえた。羽織っていた上着を掛けると、薬箱に入っていた体温計を大の耳に当てる。37.8度。


(やっぱり熱がある。)


 渚に知らせてこようとその場を立つと、パジャマの裾を引っ張られた。


「大くん?」

「・・いっちゃ、やだ・・・。」


 握られた小さな手をそっとパジャマから外すと、岬は両手で大の手を包んだ。


「渚さん呼んでくるだけだから。雪。」


 名前を呼ぶと、雪は足元からパっとソファの上に登る。


「一緒にいてあげてね。」

『任せて。』


 雪は得意げに尻尾を揺らす。そして大の肩口まで寄ると、彼に頬を寄せるようにちょこんとその場に丸くなった。

 大の額を撫でる。すると真似をするように、雪がぽんっと白い尻尾で大のおでこに触れた。


「雪が一緒にいてくれるから。ちょっとだけ、待っててね。」


 微笑んでそう言うと、安心したように大は少し目を閉じた。






「こーら!大!!」


 翌朝。制服に着替えてリビングに行くと、そこでは大が走り回っていた。それを後ろから渚が抱き上げる。


「昨日熱があったばっかりだろ!大人しくしてなさい!」


 それでもじっとしていられないようで、大はジタバタともがいている。今日の鬼ごっこの相手はイーグルではなく雪だった。大はすっかり雪に心を許したようで、雪の尻尾を掴もうと奮闘している。どうやらあの後一晩雪が傍に居てくれた事で、仲良くなったらしい。

 何とか大をソファの上で大人しくさせると、渚がこちらに気付いて笑顔を向けた。


「岬ちゃん。おはよう。」

「おはようございます。」

「昨日はありがとね。」

「いえ。大事に至らなくて良かったです。」

「熱はすっかり下がったんだけど。病み上がりであの通り暴れられたら、たまんないよ。」


 両手を腰に当て、溜息をつく渚の姿を見て思わず笑みがこぼれる。


「え?何?」

「いえ。お父さんだなぁ、と思って。」

「えー!そんなに老け込んでる?」

「いえ、そういう意味じゃなくて・・。」


 渚の見た目だけで言えば、老けると言う言葉とは無縁に見える。慌てて手を振って否定すると、岬は朝食の準備を手伝う為に渚と共にキッチンへ向かった。

 ソファでは大が足をブラブラさせながら、膝の上に座る雪の背中を撫でている。けれどユラユラ揺れる尻尾が気になるようで、なんとかそれを掴もうと空いた手で狙いを定めていた。

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