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PARTNER  作者: 橘。
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第1話 君と出会う 1.カラス

 

 最近、空耳がひどい。おかしな音が突然聞こえたりする。耳鼻科に行くべきか迷ったけど、そんな暇もないし、お金もない。

 ちらりと見た腕時計はもう少しで16時を指す所だ。今から家に帰って、バイトに行かなくちゃならない。いつも一緒に帰っている朋恵は今日部活の筈だ。


 都内にある月島高校は全生徒数約1000人からなる高校だ。運動部に力を入れており、中でも水泳部とバレー部が強いことで有名で、静かな住宅地の中に建てられている。

 その高校に通う葉陰はかげみさきは現在教室前の廊下を歩いていた。まだ16時といってもすでに10月。ほんのりオレンジ色に色付いた光が廊下の窓から校内に差し込んでいた。空気は冷たいが、廊下を満たす光の色は暖かい。

 今は下校時刻なので、そこには生徒達が溢れかえっていた。そのまま家に帰る者、部活や委員会に行く者、単に学校で遊ぶ者など様々だ。彼らの話し声で廊下の騒がしさはまだ収まる気配を見せない。


(このまますぐに家に帰ろう。耳鳴りがひどいのは疲れているせいかもしれないけど、バイトを休むわけにもいかないし・・。)


 岬は昇降口に向かって学校の廊下を黙々と歩いていた。一度家に帰ってから、着替えてバイトへ向かう為だ。岬はバイトの為に部活動などは一切やっていない。生徒の中には部活をやるよりもバイトをしている方がいいと言って部活をやらない者も居るが、そういった生徒と岬は違った。

 彼女は廊下ですれ違う知り合いに挨拶をしながら歩いているが、それでも足を動かす速度は変わらない。そこに今までバイトに遅刻したことが無いという律儀さが窺える。

 この学校は四階建ての建物で、一階は一年、二階は二年、三階は三年のクラスがあり、四階は特別教室や実習室になっている。上の階に行くほど人が少なく静かなので、勉強がしやすいよう三年生が上の階になっていた。

 一年生の岬は教室が一階にあるお陰ですぐに昇降口の靴箱まで辿り着く。自分の靴箱の前まで行き、出席番号が書いてある扉を開けてスニーカーを取り出した。

 彼女が手にしたスニーカーは服装を気にするこの年頃の女の子には不似合いで、すっかり汚れてしまっている。岬はこの高校に入学してから、通学用に買ったこのスニーカーを買い換えたことは無かった。今までそれを汚れては洗い、大切に使っているのだ。まだ洗わなくてはいけないな、とそれを見て思う。新しく買おうとは決して思わない。そこが、彼女と他の生徒との大きな違いであるのかもしれない。

 多くの生徒でごった返していた昇降口を出て、校庭を横切る。グラウンドではすでに運動部がランニングや準備体操をしている姿が目立っていた。それらを横目に岬は校門を出る。校門は大通りに面していて、そこから東へ向かえば最寄駅。西へ行けば商店街がある。岬は右に曲がって、商店街の方へ真っ直ぐに向かった。

 商店街の中を通ると生徒で溢れていた廊下と同様に、主婦層の人々が行き来していた。するとちょうど商店街を通り過ぎた辺りで、岬はじっと自分を見る視線に気がついた。

 そこはあまり人気のない住宅街。似たような一軒家が立ち並んでおり、その内の和風だか洋風だか分からない家の前だった。上の方から感じるその視線を辿ってみると、家の前にある電柱の電線に留まっているカラスの集団に行き着く。その内の一匹がその視線の主である、気がした。

 真っ黒の体に大きな嘴。一見他のカラスと何も変わらないように見える。だが、そのカラスは何か言いたげに岬から視線を外さない。先に目をそらしたのは岬の方だ。


(何だろう。あのカラスだけ・・・。気のせいかな。)


 岬は大して気にもせず、そのままその場を立ち去った。今岬の頭にあるのはバイトに遅れずに行く事だけ。カラスを見た瞬間に感じた感覚もすぐに薄れてしまう。ただ真っ直ぐに、彼女の足はバイト先に向かっている。

 数羽のカラスが置物のようにじっとしている中でそのカラスだけが首を岬の方見向け、岬の後姿を変わらず見つめていた。






「お疲れ様でしたー。」


 現在22時。牛丼屋でのバイトが終わる時間。いつものように店の人達に挨拶して岬はそこを出た。店の裏口から出て大通りの方へ向かう。もうすでに外は真っ暗だった。

 まだこの時間でも人は多く、店の照明や街頭で夜でも明るい。そこを歩く人々は、会社帰りのサラリーマンや、私服の若者達だ。これから飲みにでも行くのだろうか。岬の前には大学生の団体もいる。

 だが一本道を奥に入ると、そこは街灯の少ない暗い夜道。騒がしい大通りとは打って変わって静寂に満ちた道が目の前に続いていた。

 女の子が一人で出歩くには少々危ない時間かもしれないが、いつもバイトの帰りはこのくらいの時間になってしまう。少々の危険も放課後の部活動も、生活には変えられない。

 ぼうっと空を見上げながら、岬は家に向かっていた。今夜は半月だ。都会とはいえ、周りの街灯の少ないこの場所なら星も少しなら見ることができる。今日は雲一つないから、何にも邪魔されずに空が・・・


「あれっ?」


と、思っていたのに、半月がさらに半分の1/4になっている。そんな馬鹿なと、よく見てみると、何かに遮られて月が欠けているように見えているだけだった。


(けど、一体何に・・・?)


 バサッ


 そう思った瞬間、聞こえたのは鳥の羽ばたきの音。真っ黒な・・・カラスだ。一羽のカラスが月を背に、こちらに向かって舞い降りている。


「あれは・・・・。」


 昼間のカラスだ。

 カラスなど、どれがどれだか見分けが付く筈がない。しかし、それは確信に近いものだった。いや、確信だったのかもしれない。昼間あのカラスに会った時に感じたもの。なんだかよく分からないが、あのカラスだけは他のカラスとは違うと感じた。何がと聞かれれば答えることなど出来ない。本当になんとなく・・・勘、なのかもしれない。

 一度失われそうになったその感覚が、岬の中に甦ってくる。

 そのカラスはガードレールの上にゆっくりと留まった。そしてじっとこちらを見ている。

 岬はどうしていいか分からず、周りが暗いこともあってなんだか不安にかられてしまう。恐いのではない。ただなんとなく不安だった。言いようのない感情が後ろから自分の心臓に向かってくる。

 持っていたバッグを握り締め、気付いた時にはその場から離れようと駆け出していた。



 5分位走っていただろうか。徐々に岬の足はスピードを緩め、今はもう普通に歩いている。さすがにもうあのカラスはここからは見えない。ここはもう岬の家の近くの住宅街。すでに人気はなく、街頭と各家から漏れる明かりが目立つ。途切れ途切れの岬の乱れた呼吸以外は、時折聞こえるどこかの飼い犬の遠吠えだけがこの街の物音と言える。


(あたし何かしたのかも・・・)


 岬は急に不安になっていた。


(カラスって頭いいから、いたずらなんかするとその人を覚えていて、後で攻撃されたりするって聞いた覚えがある・・・。でも、覚えてないなぁ。小さい頃はこの辺に住んでなかったから違うだろうし。でも私がここに越してきたのは今年の4月からだから、そんなことした覚えは・・・)


 岬は考え込みながら、静かな夜道を一人家に向かって歩いていた。岬の家は、あと5分ほど歩いた所にある1Kのアパート。帰っても、誰も迎えてくれない家だ。



「ただいま。」


 誰も返してくれないと分かっていてもつい言ってしまう。習慣だからだろうか。いつものようにすぐ鍵を閉めて、靴を脱ぐ。部屋の電気をつけると部屋の中が顕わになった。

 岬の部屋に置いてあるのは冷蔵庫、布団、タンス、掃除機に小さなちゃぶ台ぐらいのものだ。お世辞にも女の子らしい部屋とは言えない。装飾品などはもちろん何もなく、必要以外の物は無いに等しい。

 岬は着替えると黙々と夕食の準備を始めた。今日は買い物に行けなかったから、冷蔵庫の中に残っているもので作る。手馴れたものだ。昔から料理はしていたのでその手際はいい。岬は20分程で一人分の晩御飯を作り終えた。出来た物をちゃぶ台の上に並べる。ご飯と味噌汁、昨日買っておいた焼き魚の秋刀魚。摩り下ろした大根があるといいのだが、今冷蔵庫に大根は残っていなかった。


「いただきます。」


 一人夕食を食べ始める。テレビやラジオも無いから部屋の中はとても静かだ。ここのアパートは一人暮らしの人が多く住んでいる為、隣からもあまり物音は聞こえてこない。もうこんな生活にもすっかり慣れてしまった。一人暮らしを始める前から、あまり一人を寂しいとは思わなかったからかもしれない。一人暮らしを始めて8ヶ月。ホームシックになったことも、まだ一度も無かった。


(もう、私は一人でも大丈夫。だから、もう止めよう。こんな風に・・・・)


 その時、無意識に箸を持つ手が止まった。


『・・・・サ・・・』

「えっ・・・」


 反射的に顔を上げる。しかし誰もいる筈はない。この部屋の中に、岬に話しかけるものはいないのだ。それなのに今の声は一体何?


(『サ』って、聞こえたような・・。)


 気のせいだろうか。それとも隣の部屋から聞こえた声なのだろうか。いや、それにしては・・・そう、はっきりと聞こえたのだ。空耳のように不確かではなくて、耳元で言われた様にはっきりと声が聞こえたのに。


「・・・・。」

『ミサ・・・。』


 その声を聞いた途端、岬は驚きで思わず箸を落とした。


(・・もしかして、私の名前?でも・・・)


 一体何が岬の名前を呼ぶというのだろう。けれど何故か幽霊などの(たぐい)ではない気がした。もちろん今まで岬は幽霊や宇宙人など見たことなどない。全く根拠は無いのだが岬の中では確信に近い。悪いものではないような気がする。それだけが、今岬に分かるたった一つの事だった。

 普通の人ならこの現象を一体どうするだろうか。自分では何とも出来ないと思ったら、知り合いに相談するのかもしれない。それとも占い師や、霊能力者に相談したりするのだろうか。

 しかし岬は違った。

 もしかしたら、岬にとっては幽霊でも良かったのかもしれない。この生活を、変えてくれるのだったら・・・。




 * * *


『見つけた。』

「・・・何を?」

『仲間。ヒトの方。』

「東京に住んでる奴だったのか?」

『アトつけた。家、分かる。』

「もう他の奴らにも知らせるか。」

『朝、行く。ガッコウ、同じ。』

「・・誰と。俺とか?」

『そう。』

「マジかよ。全然気付かなかった。そうか・・・。真剣に探してみるか。」

『ガッコウ、行く。いい?』

「・・・まぁ、しょうがないな。」

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