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PARTNER  作者: 橘。
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第4話 光を失う 2.ファン

 

 朋恵からなんとなく話は聞いていた。自分でもそれはなんとなく分かっていたつもりだった。


(何でだろう。話すだけなら朋恵も一緒に話している。なら何故自分なんだろう。)


 岬は、栗橋アスカの事を思い出していた。


“本人に直接言えないからって、文句を言い易い方を選ぶ所がいやらしいのよ。”


 不意に朋恵が言った言葉を思い出す。そういうことなんだ。そこで疑問の答えがひとまず出る。

 本当の問題はこれからどうするかだ。特に何もしなくとも良いとも思う。けど、頭のどこかでこの問題を抱えていなくてはいけないのは確かだ。岬はこういったことを気にしないという事が出来ない。よく言えば素直、悪く言えば要領が悪く不器用なのだ。だから他の人が悩まない様な事を悩んだりする。


「ほっとけば?」


 朋恵はそう言っていた。朋恵ならそう言うと分かっていた。朋恵が羨ましいと思う。


(取りあえず、放っておけば良いのかな?)


 そう思いながら、今岬は下校の為に廊下を歩いている。朋恵はもう部活に行ってしまった後だった。

そこに知らない生徒から声をかけられた。






 聖は学校からの帰り、いつものように商店街の近くを歩いていた。もうすぐでホームに着く所だ。

 今は十一月。段々寒くなっているのにも関わらず、聖の表情からはそれを垣間見る事が出来ない。良く見てみると左目を閉じている。こんな表情でいる時は瑠璃と“会話”している時だった。


『ユキの様子、おかしい。良くないコト、感じたみたい。ミサキ、何かあったのかも。』

『・・・・。』


 思い当たる事はある。聖はそのまましばらく考えた後、すぐに学校へ逆走した。

 瑠璃も雪が何を思っているかまでは分かっていないが、瑠璃の本気の心配が聖に伝わってくる。無視する訳にはいかなかった。それに、もう岬は仲間なのだから。


 ここからまた学校へ戻るには、聖なら走って10分程だ。果たして岬は本当に危険な目に会っているのかそれとも雪の勘違いなのか。


『一応、瑠璃は学校へ先に行っててくれ。』

『もう、向かってる。』

『・・・なんかお前、あいつの事になるとやけに積極的だな。』

『スキだから。』

『・・・・あっそ。』


 そんな『会話』をしながら、二人は学校へと向かっていた。相変わらず、聖は表情を変えないまま走っている。






 岬は電車が通っている鉄橋の下にいた。通学路だからではない。ここは岬の通学路とは全く反対方向で、人のあまり来ない場所だ。一部の人間に愛用されている、所謂そういう場所なのである。


「こんな場所でないと話せない事なんですか?」

「別にそういう訳ではないけど・・。」


 岬を囲むようにして五人の女子高校生が立っている。皆岬と同じ制服を着ていた。岬の右手側で、一番背の高い女がバツの悪そうに言った。


「別にそんなことどうだっていいし。」


 その左隣、苛立った口調の茶髪でショートカットの女がすぐに口を開く。岬の左手側には、ショートボブでパーマをかけた女。その右隣は髪を高い位置でお団子にしている。そしてその真ん中には、セミロングで眼鏡をかけた女。どれも岬の知らない生徒ばかり。おそらくは上級生だろう。

お団子頭が口を開いた。


「ねぇ、自分で心当たり無いの?」

「えっ、何が・・・ですか?」

「図々しい。それとも本当に分からないわけ?」


 ショートの女が口を挟む。


「橘君が迷惑してるって気付いてないんでしょ。いい加減にしなさいよ。かわいそうじゃない。」


 それを聞いてやっと彼女たちが何なのか理解できた。つまり、彼女たちは橘聖のファンなのだ。しかも朋恵から聞いていたような性質(タチ)の悪い方のようだ。だが、それが分かっても岬にはどう対処していいか全く分からない。


 岬はどこか冷静に彼女達を見ていた。


 どうしたら彼女達を刺激せずに帰れるだろうか。自分が彼女達よりも聖と仲が良いと思って嫉妬しているのだ。けれどこれから橘君と仲良くするな、と言われても実行できそうにない。彼女達には言えないが、聖は仲間なのだ。必ず接点があり、完全にそれを実行しようとすれば、聖にも事情を説明しなければならない。そして、聖が言う通りにするわけがないのだ。岬が知っている限り聖は自分で自分の道を決める人間だし、こういった事を彼は嫌うに違いないから。


「ちょっと、聞いてんの!?」


 パーマの女の言葉で我に返る。今まで考えていたことを説明して彼女たちの希望は叶わない事を教えたいが、神経を逆なでするだけに違いない。


「もしかして、ビビってんの?」


 またしてもショートの女だ。


「別に脅しやいじめとは違うのよ。ちょっとお願いしたいだけなの。何のお願いかは大体分かるわよね?」


 分かっても出来るものと出来ないものがある。


「・・もしかして、橘君と付き合ってるって事はないわよね。」


 思わずショートの女が口にした一言に、他の女達が一斉に顔色を変える。真ん中の眼鏡以外は。


「違います。」

「ふん。・・ちょっと言ってみただけよ。」

「私達が言いたいのはね、あなたは橘君の彼女じゃないんだから、皆と同じぐらい橘君と距離を置いて欲しいってことなの。だってあなただけが特別じゃあ不公平でしょう?」


 初めて眼鏡の女が口を開いた。その口調は何だか芝居かかっているように感じる。


「私は橘君にとって特別でもなんでもないんです。橘君はあまり人と話さない人だから、普通の付き合いでも仲が良いように見えてしまうだけじゃないんですか?」


 その岬の一言で、今度は眼鏡の顔色が変わった。誰が見ても明らかに・・・怒っている。


「あんた1年のくせして口答え?素直に言うこと聞いてりゃいいのよ。あんたが私達よりも橘君と仲がいいのが問題なの。そんな理屈なんてどうでもいいのよ。」


(やっぱり・・。)


 思わず口に出しそうになるのを何とかこらえる。しかし、眼鏡の変わりように他の4人は驚いているようだった。おそらく橘を共通点としているだけで、深い仲ではないのだろう。

 これが本性、ということなのだろうか。


「でも・・」

「うるさいって言ってんでしょ!」


 その瞬間、眼鏡の右腕が上がった。その手は岬の顔に向けて振り下ろされようとしている。本人も意識していない行動だった。しかし、岬は分かっていた。その手は自分に振り下ろされいるのだと。それなのに、なぜか岬は避ける事も受け止めることもしようとはしなかった。


(何故だろう。)


 彼女の手が振り下ろされた。


(何故なんだろう。)


 その手は岬の左頬に向かっている。


(何で受けなきゃいけないと思うんだろう・・・)


 鈍い音がその場に鳴り響いた。


 しかし、岬に痛みはない。閉じていた目を開けると、岬の目の前に男子生徒が立っていた。後姿でも見間違えるはずがない。それは聖だった。


「なっ・・・。なんで。」


 眼鏡が思わず問いかける。岬の位置からは、聖の表情はうかがえない。


「・・・・・。」


 聖は質問に答えない。


「そんなに・・・・。」


 眼鏡の表情は怯えている。彼女は今、すぐここから逃げたいと思っているに違いない。しかし、目はしっかりと聖を見ていた。


「そんなにその子が大事?」


 聖は答えない。

 眼鏡は、今にも泣き出しそうだ。少しずつ、足が後ろに下がっている。


「あたしは何もしてないからね。先、帰る。」


 パーマが耐え切れなくなったように、逃げ出した。それにどんどん、他の女生徒達が我先にと走り去っていく。最後に残ったのは、眼鏡と岬は聖の3人だけとなった。

 眼鏡は何も言わず、ただ下を向いている。岬が声をかけようとすると同時に、彼女はしゃべりだした。


「・・ねぇ、橘君は私の事知ってる?」


 岬に背中を向けたまま、いつもと変わらぬ声で聖は答えた。


「知らない。」


 そのそっけない答えに、思わず彼女は笑みを漏らす。


「ふっ・・、ふふっ。そうよね。そうなのよ。私も彼女達もそうなの。そうなの・・。馬鹿馬鹿しい。ねぇ、じゃあ何でその子の事は知ってるの?どこで知り合ったの?・・・何でその子ならいいの?」

「あんたには関係ない。」

「ちょ・・橘く・・・。」


 その答えに岬は思わず聖の肩をつかむ。その時見えた聖の表情は、怒っていた。初めて見る聖の怒りに言葉を失う。


(何で、怒ってるの?私だって、その子と同じ・・他人なのに・・・)


 思わず岬は後ずさりする。今、岬の中に、言いようのない不安に近い感情が湧き上がっていた。


(恐い・・・・。)


「おい、葉陰。」


 聖の声で我に返る。


「あっ、はい。」


 それを聞いて、逆に聖は気が抜けてしまう。


「なんだそれ。」

「へっ・・・・。」

「・・・・。なんでねぇ。帰ろうぜ。」


 いつの間にか眼鏡の女子は居なくなっていた。


「・・・・うわっっ。」


 突然、聖の背中に黒いものが覆いかぶさった。岬が呆気に取られていると、聖の肩に乗ったそれは岬の方に体の向きを変える。


「瑠璃!」

『ミサキ!大丈夫?イジメられた?心配シタ!』

「・・・・・・瑠璃。うるさい。」


 思わず聖が不満を口にする。しかし、瑠璃には聞こえていないようだ。かまわず岬への想いをしゃべり続けている。


「たっ、橘君。瑠璃は何て言ってるの?」

「心配したって。」


 さすがに全ては伝えきれない(というか口にしたくない)と判断したらしい。その言葉は見事なまでに重要な部分だけを伝えていた。


「そっか。ありがとう。」

「そういえば、雪が来てないな。」


 聖が辺りを見渡す。だが、雪の姿はどこにもない。


「雪が来てるの?」

『ミサキ!』


 その声につられて振り返る。するとすぐに雪が飛びついてきた。


『俺が先だったー!ルリとぶ!ずるい!』

「雪・・・・・。」


 岬は雪を抱き上げた。「ありがとう。」と言って、彼を撫でる。


 雪が来てくれたことが嬉しかった。雪を渚の下へ預けて以来、岬は雪に会っていない。嫌われたんじゃないかと思っていたのに。それでも、変わらず雪は自分を心配してくれた。

 なんだかさっきまでの事を忘れてしまいそうになる。嬉しくて、忘れてしまいそうになる。今までのことを。



 

 雪は岬を見つめていた。岬の気持ちが伝わってくる。


 どうしてだろう。ミサキの気持ちは、少し柔らかくなったと思ったら、すぐに暗い方に沈んでく。どうしてだろう。どうしてだろう。いつか、いつかミサキの心が変わるのだろうか。いつも柔らかくいられるようになるのだろうか。


 ミサキ、分かってる?オレには分かるんだよ。いくら隠しても、ミサキの心が。

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