第4話 光を失う 1.敵視
最近、岬の周りの人々が変化しつつある。
その一番の原因は橘聖だった。彼は一部の女子の中で非常に人気が高い。橘聖の他人に対する態度を知っている同級生にその傾向は少ないが、見た目しか知らない上級生には圧倒的な人気を誇っている。中には過激なファンもいる、という話だ。
橘聖と知り合って2週間あまり、岬はこういった橘聖のファンに目をつけられていた。それは自分から必要以上に女子に話しかけることがなかった聖が、近頃岬に話しかけるようになった事が少なからず原因といえる。今まで聖は特定の女子と仲良くならないという点で、ファンは安心していられたのだが、その安心を岬の出現が奪ってしまったらしい。
しかも、聖はそういったファンに興味を示さない。当の本人に全く相手にされないとなれば、彼女達の矛先も他へ向くというもの。その先はまさに岬に向けられてしまったわけである。
1年4組の教室。岬は自分の席で、朋恵と一緒にお昼を食べていた。二つの机を向かい合わせにして、その上にはそれぞれのお弁当が広げられている。その二人に向かってまっすぐに歩いてくる人物がいた。
背は高く、腰近くまで金に近い茶髪を伸ばしている。制服のスカートからはすらりと長く、少し日焼けした足がのびていた。制服の上からでも彼女のスタイルの良さがうかがえる。
その女子生徒は二人が食事を取っている机の前まで真っ直ぐ歩いて来ると、二人を見下ろして言った。
「葉陰岬って、どっち?」
初対面の人物に話しかけるにしてはいささか無礼な話し方でその女生徒、栗橋あすかは言った。岬は呆然と何も言えずにお弁当のおかずを飲み込む。しかし何とか左手を上げて、その質問に答えた。
その直後、今まで散々岬が他の女生徒達に言われた言葉を、彼女も口にした。
「あなたと橘君との関係は?」
「えっ・・・・。」
何度も聞いた言葉だが、やはり即座に答えることが出来ない質問。特に岬はお世辞にも口が達者とは言えないのだから。
向かいに座っている朋恵からはまたか、といった呆れ顔の中に怒りの表情が見えた。
「今食事中なんだけど。」
「あなたには聞いてないわ。」
朋恵の言葉を栗橋が有無を言わさず断ち切る。それでも目は岬を見たままだ。ある意味その姿には威厳の様なものが感じられる。
「そんなに知りたかったら本人に聞けばいいじゃない。わざわざ岬を巻き込まないでくれる?第一、食事の邪魔するなんて非常識だとは思わないの?本人に直接言えないからって、文句を言い易い方を選ぶ所がいやらしいのよ。」
朋恵は淡々と無感情な声で核心を突いていった。頭が良く、いつも冷静な朋恵を怒らすとはっきり言って恐い。それに今までの分も積み重なっているのだろう。美人は怒ると恐いと言うのは本当のようだった。
岬は朋恵を怒らせてしまったことに、少なからず罪悪感を持っていた。後で謝らなくては、と思う。
とりあえず栗橋に話をしようと口を開こうとした時、岬のお弁当の隣に置かれていた缶ジュースのおしるこがなくなっていることに気付いた。
するといつの間にか聖が隣に立っている。その手に握られて、いや、すでに聖が飲んでいる缶は明らかに岬のお汁粉だ。
「あっ・・・」
その声に朋恵と栗橋の二人も聖が居ることに気が付いた。しかし、二人の反応は全く違う。朋恵は責任を取れと言わんばかりに聖を睨み、栗橋はしまったと言う顔の次に何でここにいるのかと言う驚きの顔を見せた。
「それ・・・あたしの・・・」
岬は二人のことを忘れてしまったようになくなっていくお汁粉を見つめている。聖が缶を置いたときはもうその中身は空だった。
「ごちそうさん。」
まるで当たり前のように聖は岬にお礼の言葉・・・らしきものを述べた。
栗橋は、岬の呑みかけの缶を平然と聖が飲み干したことに気付いた様だ。信じられないといった顔で岬を見つめている。この事には少なからず朋恵も驚いたようだった。
「何やってんの?」
ゆっくりと栗橋の方を振り返って聖が言った。まさか自分に話しかけられるなんて思ってもいなかった栗橋は、何かに弾かれた様にびくりと身を強張らせた。
「あっ、あたしは・・・この子に用があって・・・。」
「もう、済んだだろ?俺もこいつに用があるんだよ。自分のクラスに戻れば?」
それは、提案と言うよりは命令に近い。その言葉に、栗橋は何も言わずに教室へと戻って行った。
「橘が言うと脅迫みたいよね。」
すっかり表情の戻った朋恵が聖に声をかける。聖はその失礼な言動に憮然とした表情で応じた。だが口では勝てないと分かっているらしい。朋恵は岬以外に聖に普通に話しかけることができる数少ない女子なのだ。
「あの・・用って・・?」
「これ。」
そういって聖は数分前までお汁粉の入っていた空き缶を指差す。それを見て、岬から思わず笑みが零れた。
「ありがとう。」
「逆でしょ?」
岬の言葉に朋恵が楽しそうに合いの手を入れる。
「逆だろ。」
聖は無表情でそう言って教室を出て行く。岬にはそれが照れ隠しのように見えて、嬉しくなった。お汁粉を言い訳に、聖が自分を助けてくれたことは明らかだったから。
その微笑ましいやり取りをじっと見ている者がいた。まるで敵を監視しているかのような視線を投げかけている。皆まで言わずとも、それは橘聖のファン達だった。
「どうする?あの噂本当っぽくない?」
「まさか、そんなはずないって!あの橘君だよ?」
「そうそう、橘君がそんなことする筈ないじゃん。」
「あの女が勝手にそんな顔してるだけなんじゃないの~?」
「うわ~、それっぽーい!サイテー!いるよねー、そういうヤツ。勘違いしちゃってさー!どうする?このままじゃかわいそーなのは橘君じゃん。やっぱ本人はそういうのって直接迷惑とか言いにくいからさー。こは、うちらが助けてあげるべきじゃない?」
「何それ?どうすんの?」
「だからー・・・・」
お昼休みに中庭で交わされている女子生徒5人の会話。それは休み時間終了のチャイムが鳴るまでずっと続いていた。