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PARTNER  作者: 橘。
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第3話 影を追う 2.木登渚(1)

 

 岬は緊張しながら駅前に立っていた。元々自分でも社交的な方ではないと思っている。だから知らない人に会うのは得意じゃなかった。腕の中に抱いている雪が一緒に居てくれることが、なんとか自分を勇気付けている。


 バイトが終わった後、雪も一緒の方が良いと聖に言われ、岬は一度家に帰って雪と共に待ち合わせ場所に来ていた。雪は勝手にどこかへ行ってしまうことはないので抱いている必要は無いのだが、人が多い駅前である事と心もとなさに岬は雪をずっと抱いている。

 待ち合わせ時間丁度になると、聖が姿を現した。


「橘君。」

「あぁ。やっぱ先に来てたか。」

「え?」

「いや。・・久しぶりだな。」


 雪を見てそう言うと、そっと聖はその頭を撫でた。すると嬉しそうに雪が目を細める。そして自分から頭を彼の手に摺り寄せた。


『ヒジリ。ヒジリ。』


 岬には嬉しそうに聖の名前を呼ぶ声が聞こえる。どうやら以前聖が一緒に岬の帰りを待ってくれたあの日以来、雪は聖のことを気に入ってしまったらしい。毎日のように、雪は家に聖が来ないのか、と岬に訊いていた。


「わっ!」

「!?」


 すると突然、雪が岬の腕の中から飛び出し、聖に飛びつく。驚きながらも聖はそれを受け止めると、慣れた手つきで雪を抱きかかえた。


『ヒジリー!!』


 雪の声はパートナーである岬以外には聞こえない。いくら聖の名前を呼んでも伝わる事はないのだが、岬はなんだか恥ずかしくなって下を向いた。


「どうした?」

「・・ううん。何でもない。」

「行くぞ。」

「うん。」


 聖は雪を抱いたまま歩き出す。雪の様子を見る限り、そこから離れる気はないようだ。その証拠に、機嫌良さそうに雪の尻尾が揺れている。


「ごめんね。橘君。」


 雪を見ながら言うと、聖は少し首を傾げた。


「何が?」

「・・雪が。」

「あぁ。別に。」


(別に・・・、別にいいってことだよね?)


「ありがとう。」

「・・うん。」


 駅から10分程歩くと、聖は二階建ての建物の前で足を止めた。一階の半分が車庫になっていて、もう半分は何かの事務所のようだ。横には二階への外階段がある。聖に続いてその階段を上がろうと足をかけると一階の看板が目に入った。そこには“木登きど探偵事務所”と書かれている。


(た、探偵事務所!?)


 呆気にとられていると、階段の上から聖が声を掛けた。


「どうした?」

「あ、ううん。何でもない。」


 慌てて階段を登る。するとそこには玄関があった。表札には“木登”と書かれている。聖は岬が追いつくのを待って玄関のドアを開けた。


「ただいま。」

「ワン!!」


 突然の鳴き声と共に姿を現したのは大きな犬だった。白地に黒いぶち模様。スリムな体形をしたダルメシアンだ。

 驚きで声が出せないでいると雪も同様だったようで、毛を逆立ててしっかりと聖にしがみついている。


「ただいま、イーグル。」


 そう言って、聖は犬の頭を撫でた。するとイーグル、と呼ばれたその犬は尻尾を振りながら、玄関から上がる聖の邪魔にならないよう横によけた。すると聖の腕の中の雪に気付いたようで、クンクンと雪に向かって鼻を向ける。


『・・・ミサキ・・』


 怯えたままの雪は、耳を下げて岬に助けを求めた。慌てて岬が雪に手を伸ばすと、その腕に移動する。


「大丈夫だよ。」


 頭から背中までをゆっくり撫でてあげても、雪は中々落ち着きそうにない。それを察したのか、イーグルは静かに廊下の奥へ引っ込んだ。


「とりあえず、上がれば?」

「あ、うん。お邪魔します。」


 雪を抱いたまま靴を脱いで玄関から上がる。すると廊下の中程、ガラスドアの前でイーグルは座って待っていた。聖がドアを開けると、するりと先に中に入って行く。


「入って。」

「はい。」


 続いて岬も中に入る。するとそこは20畳以上ありそうな広いリビングだった。右側はキッチンダイニング、左側はリビングスペースになっていて、大きな液晶テレビとソファが並んでいる。


「お邪魔します。」


 控えめにそう言うと、キッチンの方からエプロンをつけた男性が顔を出した。


「いらっしゃい。聖君もお帰り。」

「ただいま。」

「ちょっと、待ってて。今お茶出すから。」

「あ、はい。すいません。」


 座って、と聖に言われ、岬は雪を抱いたまま白い革張りのソファに腰を下ろした。ガラス製のローテーブルを囲むように、三人掛けと、Lの字型の五人がけソファが置かれている。

 そこからキッチンを振り向くと、先ほどの男性が手際よく紅茶を淹れていた。彼の足元ではイーグルが座って彼を見上げている。

 聖は岬の隣に腰を下ろすと、男性の方を向いて言った。


「あれが渚。」

「え!」


 その言葉に驚いて再度男性の後姿を見る。どう見ても20代半ば頃の年齢に見える。明るい茶色に染めた髪は肩ほどまで伸びていて、それを後ろで一つにまとめていた。耳にはいくものピアスがついていて、どうみても二人の子供が居るようには見えない。増してやこの家は彼が所有していると聖から聞いている。余程、親がお金持ちなのだろうか。

 思わずじっと見ていると、振り向いた渚と目が合った。彼は優しげな目でにっこりと笑みを返す。それに気付くと、岬は申し訳なさと恥ずかしさで慌てて頭を下げた。


「す、すいません。」

「俺に見惚れちゃった?」

「え?」

「あはははっ。岬ちゃんみたいに可愛い子なら、いくらでも見てくれて構わないよ。」


 見た目の通り、口も軽い。仕事後なのか、彼の服装は白いYシャツにグレーのスラックスだった。渚は顔もスタイルもモデルのように整っている。なんだか、ホストにしか見えない。


「あ、あの。名前・・・」

「あぁ。岬ちゃんのことは聖君から聞いているよ。仲間だってね。」


 自然な動きでウィンクすると、渚はティーカップの載ったトレイをテーブルに下ろした。カップをそれぞれの前に置き、岬の腕の中に視線を移動する。


「この子が、君のパートナー?」

「あ、はい。雪って言います。」


 事前に彼が仲間だとは聞いていても、パートナーという単語を聖以外から聞くと少し動揺してしまう。けれど最初と変わらず渚は雪に柔らかい笑顔を向けた。


「そう。よろしくね。雪。」


 渚の大きな手がそっと雪の頭を撫でる。初めての場所に来て落ち着かなかった雪は、それでも彼のことが仲間だと分かるのか、素直にその手を受け止めた。


「僕のパートナーがびっくりさせちゃったみたいでごめんね。」

「え、じゃあ・・」

「そ、おいでイーグル。」


 その声にフローリングの床を歩く小さな足音が聞こえてくる。するとすぐにイーグルが渚の足元まで寄ってきて、すっとその場に腰を下ろす。今度は鳴かずに岬の顔を真っ直ぐに見た。


「聖君から聞いているかな?僕は木登きど渚。彼はイーグル。僕のパートナーです。」

「あ、初めまして。」


 改めて頭を下げる。じっと様子を伺っている雪に、岬は彼らのことを紹介した。


『雪。渚さんとイーグル。二人とも仲間なんだって。橘君達と同じだよ。』


 するとそっと岬の腕の中から頭を彼らの方へ向ける。その動きに反応するようにイーグルは静かに岬の足元まで移動した。そしてそこで腰を下ろすと、鼻を雪に向ける。雪も彼の匂いを嗅ぐように鼻をイーグルへ向けた。


『・・・ナカマ。』

「雪・・。」


 仲間ということが分かって安心したようで、雪は岬の腕の中から抜け出した。岬の膝の上に伏せると、じっとイーグルを見つめている。イーグルはそれを見て尻尾を左右に振った。


「銀色なんだね。」

「え?」


 渚の言葉に岬は顔を上げる。渚は自分の左目を指差した。


「左目。」

「あ・・・。」


 雪と話をしていたからだろう。岬の左目は銀色に変化している。けれど、それを指摘されると、すっとその色は元に戻った。


「自分でコントロールも出来るんだ。」

「はい・・。出来るようになったのは、最近なんですけど。」


 聖に左目のコントロールを教わって以来、それなりに自分で制御できるようになっていた。それでも最初の頃は上手くいかなくて、聖に助けを求める羽目になったのだけれど。


「それで、住む所に困ってるんだって?」


 聖は事前に用件を話してくれていたようだ。人見知りする岬には渚が話を進めてくれることはありがたかった。


「はい。ペット禁止のアパートに住んでるんですけど、管理人さんに見つかってしまって。」

「そう。いつ引越し予定なの?」

「管理人さんは、引越し先が決まるまでは待ってくれるそうです。決まり次第出来るだけ早く引越ししたいと思ってます。」

「成る程。聞いていると思うけど、ここは仲間なら誰でも大歓迎だから、岬ちゃんさえ良ければ、いつでも来てくれて構わないよ。」

「本当ですか!?」

「うん。勿論。玄関から左側は全部客室になっててね。6畳の部屋が4つあるんだけど、今使ってるのは2つだけなんだ。リビング、キッチン、バス、トイレは全部共用。料理は皆の分僕が作るけど、その代わり皆と一緒に食事をとることがここの決まり。」

「・・・そう、ですか。」


 皆と一緒に、ということは渚の家族やここに住んでいる人達と共に食事をするという事だろう。別に悪い条件じゃない。共に同じ建物の中で暮らすことになるのだから、それも当然だ。けれど、岬は動揺していた。良い条件だし、住む所に困っているのは確かなのだ。文句を言う余裕などある筈はない。


「・・・・。」


 言葉を詰まらせる岬に、聖は意外そうな顔をして渚と目を合わせた。雪が一緒でもOKなのだ。当然、二つ返事でここに入ることを決めるだろうと思っていたのに。

 渚は気遣うように、岬の顔を窺った。


「何か、気になる事でもあるの?」

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