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PARTNER  作者: 橘。
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第29話 並んで歩く 1.京都(1)

 

 人通りの多い駅前で、岬は腕時計に目を落とした。時間は14時半ちょっと前。約束の時間まであと少し。手元から顔を上げればそこには見慣れない風景が広がっていた。駅前には大きなバスターミナルがあって、沢山の人が列を作っている。横にはJR駅と土産屋の入口。こちらにも多くの人が行き来していた。ふと上を見上げれば駅の上方に京都駅の文字。少し時間をもてあましていた岬は記念にと写メでその映像を残した。


 お盆に入り、岬はせっかくの夏休みだから兄の峡が住んでいる京都に遊びにおいでと誘われていた。今まで学校の修学旅行を欠席していた岬にとって始めての京都。兄が案内してくれるのなら心強い。岬は一に二も無くその誘いに乗り、東京から新幹線で京都の地へと降り立った。新幹線の到着予定は14時15分だったから、兄とは30分に京都駅の前で待ち合わせをしているのだ。そろそろかな、と携帯を開いた時、丁度着信で振動した。


「もしもし?」

『あ、もしもし岬?今駅前に付いたけど、どの辺にいる?』

「駅ビルのエスカレーター降りた直ぐ横だよ。」


 駅前と言っても京都駅は大きい。おまけに夏休み中とあって沢山の人で溢れかえっているこの場所ですぐに互いを見つけることは難しい。岬もその場できょろきょろと携帯で話している男性を探していると、バスロータリーの左側から手を振っている兄を見つけた。それに応えて岬も手を振り返せば、兄が通話を切ってこちらに走ってくる。


「お待たせ!ごめんね、暑かったろ?」

「ううん。日陰に居たから大丈夫。・・久しぶりだね。」


 兄といっても会ったのは探偵事務所で再会したあの一度だけ。まだ慣れない兄との会話はどこか照れくさい。真っ直ぐに顔を見れないで居る岬に、峡は相好を崩した。


「うん。久しぶり。元気だった?」


 幼い頃してくれたように優しく髪を撫でてくれる。益々照れくさくなって、岬は夏の暑さとは別の理由で顔を赤くした。


「げ、元気、だよ?」

「そっか。じゃあ、俺車あっちに止めてるから行こうか。」

「うん。」


 兄が車を持っていることにびっくりしながら、岬はその後ろに着いていく。自分の車があるというだけで、兄がとても大人に見えた。






「今日はね、岬が来るって言うから良いお店予約しておいたんだ。あんまり観光客が来ない所だし、のんびりできるから楽しみにしてて。」

「うん。ありがとう。」


 兄が運転する丸っこいフォルムが可愛い軽自動車の助手席で、岬は流れる京都の風景を眺めていた。今から向かうのは兄が借りているマンションだが、せっかくだからと車窓から眺めることが出来る観光名所を巡ってくれている。流石旅行会社に務めているだけあって、峡は混まない道を良く知っていた。

 小一時間ドライブしてから住宅街へと入っていく。ここまで来れば京都と言っても見慣れた東京の街とさして変わりは無い。小さめの水色のタイルで覆われたマンションの前で先に車から降ろされ、入口の前で待っていると駐車場に車を停めた峡が追いついてきた。手にはドライブの途中で買った羊羹と岬の荷物を持っている。


「お待たせ。」

「あ、バッグありがとう。持つよ。」

「これくらいヘーキだよ。さ、中入って。」

「うん。」


 促されてエントランスに入り、エレベーターで3階へ。307号室の前まで来ると峡が足を止めた。そして、インターフォンを鳴らす。


(あれ?)


 兄は社会人になって養父母の下から離れ、今は一人暮らしをしていると聞いていた。だから今回家まで遊びに行く事になったのだ。流石に兄の養父母に会うのは気まずいから。けれどインターフォンを鳴らしたという事は、今この家に他の誰かが居るという事だ。


「あ、あの、お兄ちゃん?」


 戸惑いながら隣を見上げれば、峡は何故か恥ずかしそうに苦笑した。


「実は今、彼女と同棲中なんだ。」

「え!!」


 そんな所にお邪魔して良かったのだろうか。岬が何か言うより先に紺色の玄関ドアが内側から開いた。


「おかえり~。あ、いらっしゃい。」


 岬の姿を見つけてにこり、と笑みを見せたのは小柄で可愛らしいハニーブラウンのショートカットの女性。兄と同い年くらいだろう。人好きのする笑みは初対面の岬でも好感が持てた。


「あ、あの・・・」

「まぁまぁ、挨拶は後でね。暑いだろうから中入って。」

「あ、はい。お邪魔します・・」


 1LDKのマンションは二人の趣味なのかアースカラーの落ち着く色合いの家具で統一されている。リビングに置かれたチェストの上には二人でとった写真や友人達との写真が飾られたコルクボード。お茶を待っている間、何気なくそれを眺めていると、後ろから兄が顔を見せた。


「岬。恥ずかしいからあんまり見ないで。」

「あ、ごめんなさい。でも、楽しそうな写真ばっかりだね。」

「あぁ、この辺は大学のサークルの写真だよ。」

「何サークル?」

「野球。」

「へぇ。」


 再度写真を見返せば、確かに野球帽を被っている写真もある。大勢の仲間達と笑い合っている中には兄と先ほど自分を迎えてくれた彼女の姿もあった。


(同じサークルだったんだ。)


 まじまじと見られているのが嫌なのか、峡は岬の背中を押した。


「ほ、ほら、もういいだろ?こっち座って。」

「うん。」


 ダイニングのテーブル席に着くと、彼女が先ほど買ってきた羊羹と水出し煎茶を出してくれた。ありがとうございます、とお礼を言うと何故か彼女はにこにこしながらこちらを見ている。


「あ、ごめんね。ジロジロ見ちゃって。なんか女の子だな~と思ったら嬉しくて。」

「??」

「名前、まだだったわよね。私、豊川菜緒子っていうの。よろしくね。」

「あ、はい。葉陰岬です。よろしくお願いします。」

「ふふっ。岬ちゃんって呼んでいい?」

「はい。勿論。」

「ありがとう。私のことは菜緒子って呼んでね。」


 嬉しいのと気恥ずかしいのでこくこく頷くことしか出来ないでいると、それを見た菜緒子がでれっと顔を緩める。


「うふふ~~。岬ちゃんってかわいい~~~。」

「え?」

「菜緒!!変な目で岬を見るな!」


 横に座っていた峡に椅子に座ったまま庇う様にぎゅっと抱きしめられる。二人のわけの分からない行動に岬は目を白黒させるしかない。そもそも二人は恋人同士なのではないのだろうか。それなのに、何この状況・・・・?


「ちょっと変な目って何よ!失礼ね!」

「岬は俺の妹だぞ!」

「いいじゃない。ウチが男所帯なの知ってるでしょ?私も岬ちゃんみたいな妹がずっと欲しかったの!!」

「ダメだ。岬はやらん。」


 そんな峡の態度にもめげず(と言うか眼中に入れず)、菜緒子はぎゅうぎゅうに抱きしめられている岬と目を合わせる。


「や~ね~。心の狭い男って。ねぇねぇ、岬ちゃん。明日はどうするの?良かったら私と一緒に買い物でも行かない?勿論可愛いお店一杯案内してあげるよ。」

「菜緒卑怯だぞ!!俺が明日仕事なの知ってるだろ!」

「知ってるから言ってるんだもん。明日なら峡に邪魔されないし~。」

「ずりぃ!俺だって岬に可愛い服とか買ってあげたい!俺が仕事終わってからにしてくれよ!」


 ・・・・なんだかヒートアップしている気がする。けれど岬はなんとか兄の腕の隙間から声を上げた。


「あの~」

「ん?何、岬?」

「なぁに?岬ちゃん。」


 どちらも期待するような目を向けてくる。岬は困ったなぁ~、と思いながら眉を下げた。


「ごめんなさい。明日は・・・約束があって。」

「え?そうなのか?」

「うん。今一緒に京都まで来てくれてる子がいるの。その子と散策する予定で。」

「あら、残念。でもせっかくだからお友達も此処に連れてきても良かったのに。」

「そうだぞ、岬。なんだったら、今夜の店、予約一人追加しておこうか?」


 二人のありがたい提案に、岬は慌てて首を横に振った。


「あ、ううん。大丈夫。今日は向こうも自分で予定組んでるみたいだから。」

「そう?じゃあ、もしかして、今夜はその子と一緒にホテルでもとってるの?」

「はい。そうなんです。」

「えぇ!!なんだ。俺てっきり泊まってくもんだとばっかり・・・。」


 岬を抱きしめたまま、峡がしゅんと項垂れる。そう言えばその辺りの事を事前に連絡しておくべきだったと岬は申し訳なくなった。きっと泊まると思っていたのなら客用に布団など用意してくれていただろう。


「ご、ごめんね。お兄ちゃん。」

「まぁ、しょうがないけどさ~。じゃあ、夕食の後はホテルまで送ってくよ。どのあたり?」

「四条烏丸の近く。」

「うん。分かった。どうせならお友達に挨拶しておいた方がいいかな?」

「え!!?」


 途端顔を真っ赤にして岬が固まる。そんな妹の反応に首を傾げる峡。一方、向かいに座っている菜緒子はピンと来るものがあったのか、心の中だけでニヤリと笑った。






 峡が予約してくれたのは住宅街の中にある小料理屋だった。看板の無い隠れ家的なお店で、取材お断りの為地元では有名だが観光客が来る事はまずないのだと言う。京都で看板の無いお店、というと敷居が高いイメージだったが、あくまで地元密着型のまるで誰かの実家に招待されたような落ち着く内装だった。席は全て個室で座敷。人の目が気にならないお陰で、特に緊張する事も無く食事を楽しむことが出来る。


「峡の携帯鳴ってない?」


 食事中、静かな振動音がして岬も自分の携帯を見る。けれど着信はなかった。菜緒子の言葉に峡が座布団の隣に置いていた携帯を手に取ると、スマートフォンのディスプレイには確かに着信が残されていた。


「あ、俺だ。ちょっとかけ直してくる。」

「いってらっしゃーい。」


 座敷を出て行く兄を見送り二人きりになると、菜緒子はにやりと笑みを深めて小声で話しかけてきた。


「ねぇ、岬ちゃん。」

「?はい。」

「今日一緒に来てるのって、もしかして彼氏?」

「・・・・・・・。」


 絶句。けれど顔がかーっと熱くなっていく。目の前の菜緒子がそんな自分を見て目を輝かせた事を考えれば、自分の顔が真っ赤であるだろうと容易に想像できた。


「え・・と、あの・・・」


 なんと応えれば言いのか分からず、恥ずかしさも相まって言葉が詰まる。けれど言葉など必要ないのか、菜緒子は「やっぱりねぇ~」と頷いた。


 そうなのだ。実は今日、東京から京都へ聖と共に新幹線に乗ってきた。兄から京都へ来ないかと誘われた時、その話を聖にもしたのだ。初めて京都まで行くことを告げると、同伴を買って出てくれた。けれど一日兄と過ごすのだから、その間聖は一人になってしまう。それは申し訳ないと思って一度は断ったのだが、自分は自分の行きたい所で時間を潰すから構わないと押し切られてしまった。

 聖と共に京都へ行くと告げた時の渚の表情を思い出して、更に岬の顔が熱くなる。とても嬉しそうにいってらっしゃいと言ってくれた渚の顔は興味津々に自分達を見ていて、恥ずかしい気がしたものだ。突然二人で旅行なんて言ったら、当然何かあると思うのが当たり前かもしれないけれど。

 それにしても、今更ながら『彼氏』という言葉の響きが恥ずかしい。


――まさか、・・か、彼氏とか・・・いないよな?


(あ・・・。)


 そう言えば、以前兄と再会した際訊かれた質問に、岬は「彼氏は居ない」と答えていた。確かにあの時は居なかったのだし、今居ると告げても嘘にはならない。でも彼氏と共に来ていると知ったらどう思うだろう。


「あの・・、菜緒子さん。」

「うん?何?」

「その、お兄ちゃんに言ってもいいものでしょうか?」

「あ~~。峡ねぇ。」


 告げた時の反応を予想してか、菜緒子は苦笑した。


「まぁ、まだ言わない方がいいかもね。あんだけ可愛がっている妹が男の子と一緒に旅行してるなんて言ったら卒倒しそうだわ。」

「そ、そうですか?」

「うん。確実。妹の恋愛事に口を出すな!って言いたい所だけど、峡の場合はね、ちょっと違うじゃない?」

「あ・・、はい。」


 長い間ずっと離れ離れでやっと再会出来た兄と妹。少しばかり過保護になるのは仕方のない事かもしれない。


「ずっと探してた妹に会えたばかりなんだもの。今まで出来なかった分、構い倒したいんだと思うのよ。だからもっと遠慮しないで我侭言ったり、頼って欲しいんだと思う。」

「はい・・・。」


 それは自分も同じだ。遠慮する気持ちもあるけれど、傍にいて欲しい気持ちもある。あの頃のように頭を撫でて、笑って欲しい。


「ま、そんな心境だからさ。彼氏なんて連れてきたら心臓止まるわね。確実。」


 菜緒子の断言に目を丸くする岬。二人は目を合わせると、おかしくなってくすくすと笑い合った。

 

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