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PARTNER  作者: 橘。
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第28話 腕に閉じ込める 2.瀧田修(2)

「居いひんなぁ。」


 巽が修を連れてホームに着くと、一階の事務所に灯りが点いていなかった。入口のガラスドアから中を覗いてみても渚がいる様子はない。そのまま外階段から二階へ上がる巽に修も続く。その目はちらりと事務所の看板に向けられる。


(探偵事務所・・・。)


 巽が時々泊まりに行く知り合いがいるとは聞いていた。けれどそれがどんな人なのか詳しく聞いたことがなかったから、その人が探偵事務所を経営しているという事に修は少なからず驚いた。けれど口には出さずに二階へ上がる。そこには普通の家と変わらない玄関ドアとインターフォンがあった。

 巽は一回インターフォンを鳴らし、誰も出てこないことを確認するとポケットの中から出した鍵でドアを開けた。何も言わずに勝手に入る巽の後に続いて修も玄関に足を踏み入れる。ここも一階と同じく灯りが点いていない。


「出かけとるみたいやな。」


 それだけ言ってさっさと巽はビーサンを脱ぎ、廊下を進んでいく。修は脱いだ靴と巽のビーサンを綺麗に揃えて端へ避けた。


「お邪魔します。」


 巽がガラスドアを開ける。その先は広いリビング。エアコンがついているお陰で、涼しい空気が肌に触れる。


「随分と、ペットが多いんだね。」

「・・まぁなぁ。」


 左手にはテレビにソファ、ローテーブル。右手にはキッチンとダイニングテーブル。その間、フローリングの床の空いたスペースにだらりと寝転がる姿が三つ。大きなビーグル犬、白い子猫、そして小猿。毛皮がある分暑さには弱いのか、それぞれが腹を上に向けてだらしない姿を見せていた。

 留守にしていてもここだけエアコンが付いていたのは動物たちの為だったようだ。巽が彼らの下へ行くと、それに気づいた小猿が巽に飛びついた。熱いだろうに、首に手を回して抱きついてくる。


「もしかして、それが前に言ってた蛍?」

「せや。」

「へぇ、まだ小さいんだね。」


 蛍の話は聞いたことがあった。大阪に住んでいる母親のアパートには置いておけないので知り合いの所に預けているのだと。興味を惹かれ、修も傍に寄る。するとビーグルも立ち上がって足元に寄ってきた。知らない人間が居ても吠えない様子を見ると余程人に慣れているらしい。


「そっちはイーグル。んで、あっちのやる気ないんが雪。」


 白猫の雪はちらりと二人に目を向けただけで、蛍やイーグルのように寄って来る様子はない。逃げたりしないだけマシかもしれないが。

 修がしゃがんでイーグルの頭を撫でるとフリフリと尻尾が揺れる。その間に巽はキッチンへと移動し、冷蔵庫を開けた。


「なんや、麦茶しかないんかいな。しけとんなぁ。修、飲むか?」

「うん。ありがとう。」


 勝手に人の家の冷蔵庫まで開けていることに驚くが、巽に遠慮する様子はない。二人分のグラスに氷と麦茶を注ぎ、ソファに移動した。


「まるで、巽んちみたいだね。」

「似たようなモンや。」


 合鍵を持っているのも、家主に断りを入れずに冷蔵庫を開けて飲み食いできるのも、全て相手に信頼されている証拠。互いに気を許せる関係であるという事だ。


「そっか。なんかいいね。そういうの。」

「寮もやで。」

「え?」

「あの部屋も家みたいなモンやし。」

「‥うん。そうだね。」


 単純に嬉しかった。巽がそう言ってくれたことが。他人と私生活を共にするのは容易なことではない。けれど自分も巽も学生寮のあの部屋では妙に気遣うこともなく、同じ空間で同じ時間を過ごしている。それを心地良くも感じる程の。

 そう思っていたのは自分だけではなかったのだ。二人の間でわざわざ確認するような事ではないけれど、こうして言葉で伝えられるとやはり嬉しいものだな、と修は実感した。

 ふと、巽の手元に目を落とす。実はソファに腰を下ろしてからも蛍がずっと彼に抱きついたままだったのだ。


「床に引っ付いとる方が冷やこいんちゃうん?」


 蛍の背を撫でながら巽が話しかけるが、蛍は動こうとしない。


「冷房もっと温度下げる?」

「あぁ、アカン。この家幼稚園のチビがおんねん。コイツらも冷房キツイと逆にしんどいんや。」

「・・・・・巽。」

「あ?」

「なんか、優しいね。」

「言うてろ。どアホ。」


 すると、それまで寝転がったまま動こうとしなかった雪の耳がピンッと立った。そしてタタタタタッと小さな足をとさせてドアへ向かう。エアコンが付いているのでそこは閉めていたが、修が開けてやるとそこから玄関へ走っていく。


「あぁ、帰ってきたんか。」

「え?」

「岬や。」


 巽の言葉とほぼ同時に玄関のドアが開く音が聞こえた。そして少し離れた距離から聞こえてきた声。


「ただいま、雪。」


 女の人の声だ。彼女がミサキさんか、とソファまで戻ってきた修が納得する。


「良く分かったね。」

「雪は岬のやねん。階段上がる音でも聞こえたんちゃう?」

「へぇ、すごいなぁ。」


 そんな話をしている間に、リビングのガラスドアが開いた。そこから顔を出したのは若い女性。修も夏祭りで見かけた岬の姿だった。どうやら買い物に行っていたようで、ショルダーバックと店のロゴが入ったショッピングバッグを下げている。


「巽君!おかえりなさい。」


 向けられる笑顔。それを見て、修は巽が彼女に惹かれた理由が分かった気がした。無条件で向けられる笑み。そして「おかえり」の言葉。それらは先ほど巽の言葉で修が実感した感情と同じ安堵感や幸福感。乾いた心に染みるのだ。特に巽や自分のような人間には。


「おう。なんや出かけとったんか。」

「うん。友達と買い物に。」

「渚は?仕事か?」

「うん。朝から聖くんと一緒に出ているよ。大くんと夕ちゃんは梓さん達とプールに行ってる。」


 そこで修に気づいたのか岬の視線が移動する。その腕の中には玄関へ迎えに出た雪か抱かれていた。


「あ、邪魔してごめんね。お客さん?」

「あぁ、ダチの修。」

「瀧田修です。」


 巽が紹介すると、修は立ち上がり会釈した。その顔を見た岬は一瞬、何かを思い出せそうで、けれどそれが何か分からずに首を捻る。


(あれ?どっかで・・・。)


 会ったのは初めてだと思うけれど、聞き覚えがある名前。知り合いに似た名前の人がいただろうか。もしかしたら巽の話に彼の名前が出てきた事があったのかもしれない。はっきりしないことを口に出して間違っていても失礼なので、岬はそれについては言及せずに自分も頭を軽く下げた。


「はじめまして。葉陰岬です。・・二人とも大きい荷物だけど、どうしたの?」

「あぁ、俺はこっから大阪。」

「え、今日は泊まっていかないの?」

「せやねん。その代わり、俺の部屋こいつに貸すんや。」


 学生寮が使えなくなるお盆の間、巽は大阪の実家へ毎年帰省するのだそうだ。修は実家へは帰らない為、巽が居ない間今日から空いた部屋に泊まらせてもらう約束になっているらしい。


「そうなんだ。知らなかった。」

「どうせ渚の事やし、びっくりさせようと思うた、とかくだらん理由で言うてないだけちゃうん?」

「はは、そうかも。」

「修、先に部屋に荷物置くか?」

「うん。そうしようかな。」


 巽は修と共にリビングを移動する。そこにはいつも通り蛍が引っ付いたまま。それが可愛くて、同時にほっとして岬は自然と笑みを零した。夏バテ気味だったのか最近元気がなかった蛍だが、どうやら巽のお陰で復活したみたいだ。

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