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第2巻

第15話 情報収集

第16話 指名手配犯都賢秀

第17話 領主救出計画

第18話 危機の都賢秀

第19話 都賢秀を求める反乱軍

第20話 子龍の葛藤

第21話 反乱軍の本拠地

第22話 子龍と再対決

第23話 子龍と再対決(2)

第24話 梅仙のお願い

第25話 決行を決心する

第26話 再び訪れた白龍

第27話 白竜の名を口にする

第28話 初めてのエージェントとの交戦




何かを思いついたようなレトムに、 都賢秀(ドヒョンス)の興味が湧いた。


「どうした? 何なのそれ?」

〈服装のせいじゃないですか?〉

「服装?」


都賢秀(ドヒョンス)はレトムが用意してくれた、オールブラックのスーツを身に着けていた。


ごく普通の格好ではあるが、伝統衣装を纏った人たちに囲まれている中で、都賢秀(ドヒョンス)だけ現代的な装い。目立つのは当然だった。


「どうしよう… 今さら衣装を用意するわけにもいかないし…」


服を買おうにも、この世界では通用するお金がない。そもそも人々は都賢秀(ドヒョンス)を見るや否や逃げ出すので、選択肢がなかった。


都賢秀(ドヒョンス)が途方に暮れていると、レトムが進み出た。


〈あぁ~機能説明は後でゆっくりしようと思っていたんですが、状況がこうなので仕方ないですね…スマートウォッチに付いているボタンを押してみてください。〉

「ボタン?」


レトムが、「絶対に忘れてはいけない」と言っていたアイテムのうちの一つ、スマートウォッチ。


都賢秀(ドヒョンス)はレトムの指示通りにボタンを押してみた。すると──。


「な、何これ?」


服が光に包まれ、徐々に周囲の村人と似たような服装へと変わっていった。


「何なんだよ…これ?」

〈これはね、“1番地球での既製服”です。状況によってさまざまな服を着たいという若者たちの欲求を刺激するように開発された服ですね。〉

「便利だな…1番地球ではみんなこういう服しかないのか?」

〈そうでもありません。まだ新技術なので高くて、大衆化はしていません。そのせいで他に必要なものを買えなかったんです。〉


他の品を買えないほど高価だったが、レトムがこの服を選んだ理由に、都賢秀(ドヒョンス)も納得した。


671番地球のように、全く異なる服を着ている文明に行くと目立って困るが、これなら安心だった。


服を着替えたことで、違和感はずいぶん薄れた。


もちろん、村の男性たちは「束髪そくはつ」と呼ばれる中国の伝統的な髪型をしている一方、都賢秀ドヒョンスはクルーカットだったので、とても目立っていた。


だが、それは今すぐどうにかなる問題ではなかった。


「さあ、もう一度出てみよう…」


緊張しながら大通りに足を踏み出したが、幸い人々は特に興味を示さなかった。


「変装は上手くいったのか、誰も私たちに興味を持ってないな。そのまま情報収集を進めようか?」

〈…それでいいと思います。昼は村で調査し、夜は森でキャンプして調べましょう。〉


“キューブ”の痕跡を探す調査を開始することに。まず二人は、街を歩き回って情報が集まっていそうな場所を探ることにした。


「で、ここにいる人たちって、何なんだ?」


事情を知っているからか──? 道を歩いていて、今まで目に入らなかったものが見えてきた。


「あのさ、噂聞いた? 今度また税金を上げるってさ?」

「え、マジか?! 半年前に上げただろ? それでもう一度って?」

「だから言っただろう…こんなん、人が暮らせるか! ちくしょう、貴族め…」


「おいおい! どこでそんなふざけた話してるんだ?! それが役所に漏れたら、お前らの首だけじゃ済まんぞ!」


村人たちは活気があるようでありながら、どこかぎこちなく、そして恐怖におののいていた。


「まるで独裁者に抑圧されている人たちみたいだな…この地の守護領主、独裁をしてるんじゃないか?」


守護領主が独裁者かと問う都賢秀(ドヒョンス)に、レトムはありえないと否定した。


〈そんなことはありません…私が見た領主はそんな人ではありませんでした。〉

「君が見た領主って、どんな人だったんだ?」

〈困っている人には助けの手を差し伸べ、罪を犯した者には程度に応じて処罰し、調査で罪が確定するまでは決して罰しない人物でした。また、不正を働く役人には厳罰を科す、清廉公平な方でした。〉


その領主は、まさに優れた名君の見本のような人物だった。


レトムの説明を聞きながら、都賢秀(ドヒョンス)はひたすら感心した。


「すごい人物だな…じゃあ、もしかして死んだあと、後継者が領主になって、それがただのクズで村がこうなったんじゃないか?」

〈確かに、彼に娘が一人いるとは聞きましたが…どんな人物かは私も聞いたことがないので、あり得るかもしれません。〉


領主がどんな人物なのか、どんな状況にあるのかの会話は続いたが──。


正直なところ、領主がどういう人で、どんな事情にあるかは、今のところどうでもよかった。


もっと重要なのは、“キューブを探す”ことだった。


「すみません、ちょっとお話を聞いてもいいですか?」


都賢秀(ドヒョンス)は干物屋を訪ねて、キューブについて尋ねようとした──。


「お前、罪人か?」

「え?」

「髪を短く切っているところを見ると、何か大きな罪を犯したらしいが、若者が…」


干物屋の店主は、都賢秀(ドヒョンス)の短い髪を見て、舌打ちした。


何か違和感を感じていたが、短髪にしている自分を見て特別に変だと思う人はいなかった。しかし、この国では罪人の髪を剃ることで処罰を行うらしかった。


「髪を剃るって、なんで罰になるんだ?」

〈他の文化を理解しようとしても仕方ないです。それより早くキューブの所在についてお尋ねください。〉


都賢秀(ドヒョンス)は、雑多な話を小言としてうるさく感じながら、「キューブを見たことあるか?」と聞こうとしたが──。


「……」

〈どうして黙っているんですか?〉

「…考えてみたら、俺もキューブなんて見たことないなあ。どう説明すればいいんだ?」


レトムは、自分も説明したことがないということに気づいたが、どうして今まで誰にも聞こうと思わなかったのか、不思議に思っていた。


〈あぁ~私の責任ですね…おじさん、もしかして、淡い青色に光り、米粒より少し大きい鉱石のようなものを見たことありませんか?〉


レトムが代わりに訊いてみたが、商人から返ってきた答えは「知らない」だった。


「知らないね?」


レトムはあちこちの商人に「見たことないか?」と訊き歩いたが、成果はなかった。


「簡単にはいかないだろうとは思ってたけど、やっぱり何も得られなかったな。」

〈…今日はもう暗いので、戻って休みましょう。〉


都賢秀(ドヒョンス)とレトムは森に戻り、キャンプすることにした。


「しかし…キューブって呼ぶから立方体かと思ったら、なんで米粒みたいな形なの?」

〈立方体だから“Cube”と呼ぶわけではありません。Cross Universe Bending Engine、略してC.U.B.Eです。〉

「じゃあ、全部のキューブは米粒形なのか?」

〈そうではありません。私が発見した39個のキューブは、それぞれ形が違いました。あるものはダイヤモンド形、あるものは球形、さらにはピラミッド形で山より巨大なものもありました。〉

「へえ…面白いな。」


都賢秀(ドヒョンス)は、多様な形をしているというキューブを想像しながら、キャンプ予定地へ歩いていった。


そしてついに、都賢秀(ドヒョンス)がずっと気になっていたテントを広げる時が来た。


「ようやくテントを確認するぞ。で、これどうやって広げるんだ?」

〈クローゼットを取り出すような感じです。地面に置いて、ボタンを押してください。〉


都賢秀(ドヒョンス)はレトムの指示通りに地面に置き、ボタンを押した。


すると衣装ケースのように、「パン!」という音とともに広がって現れたのは──。


「キャンピングトレーラーか?」


ベッドとトイレ、簡易キッチンが備わったキャンピングトレーラーだった。


内部もかなり広く、4人は余裕で眠れそうだった。


「すごいなあ…1番地球には本当に何でもあるんだな…キャンピングトレーラーをこんな小さなパウチにして持ち歩くなんて…」

〈感嘆するのはほどほどにして、お休みなさい。明日も忙しくなりますから。〉

「ほんとに見せる暇もくれないんだから…」


都賢秀(ドヒョンス)は愚痴をこぼしつつも疲れていたようで、すぐにベッドに横たわり、たちまち眠り込んでしまった。


〈…そんなに疲れていながら不満言うんですね。〉


レトムは室内灯を消し、自身も待機モードに入った。


*****


『座…呼びに…答える…大…の者か?』

「え? 何?」

『呼びに…応答する…者よ…』

「よく聞こえない…何を言ってるんだ?」

『我の名を…唱えよ…我は…』

「お前、何者だよ…? 人が寝てるのにうるさい…静かにしてくれ…静か…静か…」


ハッ!!!


都賢秀(ドヒョンス)は冷や汗をかきながら、飛び起きた。


〈どうかしましたか、都賢秀(ドヒョンス)さん?〉


都賢秀(ドヒョンス)が大声を出したせいで、レトムも待機モードを解除して起き上がった。


「どうかしたって言うけどさ…お前が騒ぐから寝られなかったんじゃないのか?」

〈騒いだだなんて? 私は待機モードに切り替えていましたが?〉

「は? じゃあ、一体誰があんな声を出してたんだ?」

〈夢でも見たようですね。〉

「そうかな…?」


レトムが喋ったわけではないなら、それは間違いなく夢だった。だが、都賢秀(ドヒョンス)はどこか引っかかるものを感じた。


まるで切羽詰まった心で自分を呼んでいるかのような声だった。


〈ちょうど朝も来ましたし、もう起床なさった方がいいです。今日も調査に降りていく必要がありますから。〉

「…そうだな。」


気分はあまりよくなかったが、都賢秀(ドヒョンス)はおとなしく起きて外出の支度をした。


準備を終えて外に出ると、レトムがトレーラー横のボタンを押した。


するとトレーラーは再び「パン!」と音を立て、小さなパウチに戻った。


「何度見ても不思議な光景だな。」

〈旅において、睡眠が食事と同じくらい重要ですので、これは絶対に誰にも渡さないでください。〉

「わかったよ、しっかりしてろ! 本当に後味悪いんだから!」

〈私のせいじゃ…〉


レトムは一言言いたそうだったが、都賢秀(ドヒョンス)はもう遠くへ行ってしまっていた。


〈ああ…私の人生だな…〉


レトムは存在しない胸を抱え込むような気持ちになりながら、都賢秀(ドヒョンス)の後を追った。


*****


今日も情報収集のため村に降りてきたが、雰囲気がどこか妙だった。


「今日は…村の雰囲気、なんかおかしくないか?」

〈そう…でございますか?〉


村はなんとなくざわめき、緊張しているように見えた。


〈…何が起こっているのか分かりませんが、私たちは目的を達成すればいいだけです。早速動きましょう。〉


レトムの言葉通り、村で何が起こっていようと、自分たちの目的には関係ない。ただ昨日と同じように、情報収集のために商人たちに会ってまわることにした。


しかし──。


「すみません…」

「知らないよ!!」

「ちょっと聞きたいんだけど…」

ドスン!!

「質問あるんだけど…」

「きゃっ!!」


都賢秀(ドヒョンス)が質問しようと近づくだけで、人々は無視するか逃げるか、あるいは突如戸を閉めてしまった。


「どうしたんだ? 昨日と反応が全然違うぞ?」


都賢秀(ドヒョンス)が一夜で変わった人々の態度に困惑していると、レトムが遠くを指しながら答えた。


〈…あれのせいのようですね。〉

「え?」


レトムが指をさした先には、壁に一枚の張り紙が貼られていた──。


『キューブについて質問する若者を見つけ次第、官衙に通報せよ。もし会話を交わしたり、情報を提供する者があれば、同罪で処罰する。』


「おお…」


都賢秀(ドヒョンス)は、まるで官吏と戦ったかのように、名実ともに指名手配犯になってしまったのだ。


「俺がやらかしたことを良いとは言わないけど…それにしたって、ここまで本気とはな?」

〈私に聞かないでください。〉


都賢秀(ドヒョンス)がトラブルを起こしたため計画がどんどん狂い、レトムは怒りがこもった声で答えた。


とにかく都賢秀(ドヒョンス)とレトムは、なぜ官軍がここまで自分たちを妨害してくるのか理解できなかったが、とにかくまたしても計画は台無しになってしまった。


「これからどうすればいい?」

<ここにいても仕方ありません。とにかく森へ戻りましょう。このままだと官軍に鉢合わせします!>


運が悪ければ、後ろに倒れても鼻が折れるというものだ。


レトムが森に戻ろうと提案しようとしたその時、前方から巡回中の官軍と鉢合わせしてしまった。


「お、おい、顔写真があるわけじゃないし……とぼけて堂々としていれば、スルーしてくれるかも?」

<可能性はあります。頭を下げて……>


「おい!昼間に見た反乱軍だ!!」


不幸なことに、昼間都賢秀(ドヒョンス)が殴り倒した官軍兵もその中に混じっていた。


不運の連続だった。


「俺の人生なんていつもこんなもんだけど……本当にうまくいかねえ……」

<くだらないこと言ってないで、早く逃げてください!>


都賢秀(ドヒョンス)は一切振り返らず、すぐに路地に駆け込んだ。


だが――


「おっ?!あれは指名手配中の罪人だ!捕らえろ!」


背筋に冷気が走るのを感じて、都賢秀(ドヒョンス)はその場で立ち止まった。


反対側の道からも巡回中の官軍が近づいていた。


前には槍を構えた兵士たち、後ろからは巡回隊が走ってきて、都賢秀(ドヒョンス)を完全に包囲した。


「どうしよう……退路がない……」

<その自慢の特殊武術でなんとかならないんですか?>

「おい、それにも限界ってもんがあるだろ。相手、30人はいるぞ!」


いくら都賢秀(ドヒョンス)が対テロ部隊出身とはいえ、狭い路地で30人相手は無理だった。


レトムも慌ててあたりを見回したが、脱出路は見つからず、敵はじりじりと迫ってきていた。


官軍は一斉に武器を抜き、陣形を組み、攻撃用の聖水を構えて都賢秀(ドヒョンス)を威圧してきた。


「こうなったら仕方ない……!」


都賢秀(ドヒョンス)は歯を食いしばった。


力で突破する。


背中に手を回し、ナイフを取り出そうとしたそのとき――


「おい!こっちだ!!」


建物の中から一人の若者が都賢秀(ドヒョンス)を呼んでいた。


信用できる人物かは分からなかったが、包囲が迫っていたため、都賢秀(ドヒョンス)とレトムは急いでその中へと逃げ込んだ。


二人が入ると、男はすぐに扉を閉めて開かないように細工し、奥へと案内した。


「こっちだ!」


案内された先、裏路地の小屋に辿り着いた都賢秀(ドヒョンス)とレトムはようやく安堵の息を漏らした。


「はあ〜、結局またここに戻ってきたな……」


<文句より先に、助けてくれた人に感謝するべきです。>

「あ、そうだった……助けてくれてありがとうございます。」


レトムの指摘に従い、都賢秀(ドヒョンス)は男に感謝を伝えた。


だが心の中では、男の正体が分からず警戒していた。


「ハハ、その口調、変わらないな。久しぶりだな、レトム。」


男はまるでレトムを知っているかのように話しかけてきた。


<私を知っているとは……まさか?>

「ハハ、ようやく気づいたか?」


男はゆっくりと頭巾を脱いだ。その正体は――


都賢秀(ドヒョンス)?」


まさしく、671番地球の都賢秀(ドヒョンス)だった。


伝統衣装に髪を束ねた姿の671番都賢秀(ドヒョンス)がそこにいた。


都賢秀(ドヒョンス)は、いくら時間が経っても異なる次元の“自分”を見ることに慣れなかった。

<いったい何があったんですか?『白髭鯨』はどうなったんですか?>


興奮して質問攻めするレトムを、都賢秀(ドヒョンス)と671番都賢秀(ドヒョンス)が落ち着かせた。


「ハハ、落ち着けって、レトム!」

「ほんとに落ち着けって……てか、“白髭鯨”って何?」


その問いに、レトムは深くため息をついた。


<昨日ご覧になったじゃないですか?一晩で忘れるとは……アメーバ並の記憶力ですね。>

「俺がいつクジラなんか見たってんだよ!?」

<実際のクジラじゃなくて、喫茶店のことです!看板にも『白髭鯨』って書いてあったでしょう!>


その看板の話を聞いて、都賢秀(ドヒョンス)は昼間見た閉店した店を思い出した。


「……俺、漢字読めないんだけど?」

<漢字が読めない?私の調査によれば、大韓民国は漢字文化圏のはずですが?>

「今はハングルが一般化して、漢字なんてほとんど使わないんだよ!」

<そ、そうですか……私が最後に韓国へ行ったのは150年前ですからね……>


レトムがかつて地球を巡ってキューブを探していたことは知っていたため、韓国に行ったことがあるのも理解できた。


だが150年前と言われると、さすがに途方もない気分になる。


(……こいつ、いったい何歳なんだ?)


「で、“白髭鯨”ってそんなに重要な場所なのか?」

<この街で探索する際の拠点として、物資や資金の支援を671番都賢秀(ドヒョンス)に依頼していたのです。だからそこへ行ったのですが……>


レトムは671番都賢秀(ドヒョンス)を恨めしそうに睨んだ。


かつて南スーダンの対テロ部隊にいた都賢秀(ドヒョンス)も、拠点の確保が重要であることを理解していた。


「それよりさ、俺が気になるのは、なんで官軍が市民を弾圧してんだ?それに、みんな領主を非難してたけど、領主に何かあったのか?」


その疑問はレトムも感じており、2人は671番都賢秀(ドヒョンス)を見つめた。


「それが……よく分からない。4、5年前から突然、官軍や役人たちが横暴になって、場所代を払わないとどこかに連れていかれたり、財産を没収されたりするんだ。でも一番変なのは、誰も止めようとしないことさ。」

<ロンウェイ(龍威)領主はどうしたのですか?あの方なら、そんな役人たちを放っておくとは思えませんが。>

「そこも変なんだよ……昔の領主様なら絶対に見逃さなかった。でも最近は、公の場に姿を見せてないんだ。」


人々が領主を非難していることから、レトムは「もしかして闇落ちしたのか」と思ったが、領主は姿すら現していないという。


<では……後継者が新しい領主になったのでしょうか?>

「そんな話もないし……お姫様の話すら聞かないんだ。」


領主は姿を現さず、後継者も現れていない。


つまり、こういうことだった。


「城側は“領主様が重病で臥せっている”って言ってるけど、ほとんどの人は信じてない。城の側近の一人が反乱を起こして実権を握り、領主一家を幽閉してるんじゃないかって言われてるよ。」


領主が囚われている――そう考えると、すべてが説明できる。


「じゃあ、あの喫茶店も役人の横暴で潰されたのか?」


拠点として重要なはずの店が潰れたのなら、残念で仕方ないと思い、レトムは哀れみの目を向けたが……


「ハハッ、それは違う。実は、俺がギャンブルにハマって、財産ぜんぶ売っちまったのさ。ハハハハ!!」


どの地球でも、都賢秀(ドヒョンス)都賢秀(ドヒョンス)だった。


<……やっぱり、都賢秀(ドヒョンス)という奴らは……>

「なんか俺まで一括りにされてる気がするんだけど?」


レトムは、都賢秀(ドヒョンス)なんか信じて計画が全部台無しになったことを後悔していた。


「それでさ、君たちのために用意してた物資も全部、借金取りに奪われて、もう何もないのさ。ハハハハ!」

<笑いごとですか?!>

「あ、でもね、資金が必要ってのは思い出したから、ちょっとだけ金は用意してあるよ。果物数個買ったら終わるくらいの端金だけどな!ハハハ!」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムは、本気でこの男を殴りたくなった。


「まあ、これで俺の役目は終わりだな!じゃ、あとはこの世界の全てのしがらみから解放されて、自分の幸せを探しに行くよ。君たちも幸せになれよ!ハハハハ!」

「……あのクソ野郎、追いかけてブチのめしちゃダメか?」

<……今は忙しいので、後にしましょう。>


レトムのおかげで、ギリギリ命拾いした671番都賢秀(ドヒョンス)は、高笑いを残して優雅に去っていった。


*****


671番の都賢秀(ドヒョンス)が去り、都賢秀(ドヒョンス)とレトムは次の行動を相談した。


<計画を変更するべきです。>

「計画を変更するって?」

<領主を救出しましょう。>

「え?領主を救いに行くって?」

<はい。>


レトムの提案に、都賢秀(ドヒョンス)は理解できないという顔をした。


「なんのために?街の状況が気の毒なのはわかるけど、俺たちの目的には関係ないだろ。無視すればいい。」


“面倒ごとは避けよう”がモットーの都賢秀(ドヒョンス)らしく、関わらない方針を押したが――


<関係あります。現在、街を探索して情報を集めたいのに、官軍のせいで自由に動けず、こうして隠れている状況です。>


それは確かだった。


街に入ってから事件に巻き込まれた都賢秀(ドヒョンス)とレトム(正確には都賢秀(ドヒョンス)のせいで)は、裏路地をうろつくことしかできず、脱出後の計画も「森に戻る」だけだった。


<このままでは、私たちは森か裏路地で隠れているしかありません。いっそ領主を救出し、協力を得た方が得策かと。>

「悪くない案だけど……」

<まだ不安要素がありますか?>

「問題は、領主がどこにいるかだ。建物の構造も知らずに突っ込んだら、かえって危険だろ。」


軍出身の都賢秀(ドヒョンス)の意見は、こういう状況では特に的確だった。


<なるほど……では、私が建物の内部と領主の所在を確認してきます。都賢秀(ドヒョンス)様はここでしばらくお待ちください。>


レトムはステルスモードを起動して、領主の城へ向かった。


ステルスモード中は人間の目には見えないが、感覚が鋭い者には気配で気づかれる恐れがあるため、レトムは慎重に動きながら、城内の構造を観察し記録していった。


<ん?あそこは……>


城内を探索していたレトムは、ひときわ厳重な警備が敷かれた部屋を一つ発見した。


だが、その警備兵たちは、まるで中の人物を守るためではなく――


むしろ、中にいる人物が何かしでかさないよう、監視するために立っているように見えた。


<もしかして、あそこが……>


レトムがさらに近づこうとしたその時――


「ん……?」


身分が高そうな武士が、まるで気配を察したかのようにレトムのいる方向をじっと見つめた。


「どうかなさいましたか、隊長?」

「……いや、なんでもない。警戒を続けろ。」


武士はどうやら気のせいだと思ったらしく、再び視線を戻したことで、レトムはほっと息をついた。


<……これ以上近づくのは、得策ではなさそうですね。>


ここまでにして戻ろうかと考えたその時――


中から、何かが感知された。


<こ、これは……>


*****


レトムは探索を終えて、都賢秀(ドヒョンス)がいる小屋へ戻ってきた。


〈戻りました…!!〉


レトムが苦労して戻る間、都賢秀(ドヒョンス)はのんびりと座ってリンゴを食べていた。


不思議な色だと言って一度食べてみたかったあのリンゴを…


「帰ったか?」


レトムは厚かましくリンゴを噛みながら「帰ったか?」と言う都賢秀(ドヒョンス)がとても腹立たしく感じた。


〈AIが苦労している間に…それよりお金はどこから出してリンゴを買ってるんですか?〉

「671番都賢秀(ドヒョンス)がくれた金があっただろう。」

〈あまりない金を計画的に使えないどころか、勝手に使うなんて!〉

「じゃあどうしろってんだ!人間だって飯は食わなきゃな!」


かえって大声を出す都賢秀(ドヒョンス)を見て、レトムは腹の底から怒りがこみあげた。


〈それなのに貴重な非常食をリンに全部あげてきたんですか?〉

「もう!そんなに責めるなよ!お前もあげていけばいいだろ!」

〈一部だけ渡せと言ったのであって、誰が全部あげろと言いました?〉


一日戦えばシーンがないと寂しくなる、都賢秀(ドヒョンス)とレトムの口論は今回も始まった。


言い合いに疲れて、二人は背を向けて座った。


〈で…〉


続く沈黙に耐えられなくなったのか、レトムが先に口を開いた。


〈そんなに食べたかったピンクのリンゴを食べて満足しましたか?〉

「どうだろうな…満足はしてないよ…味もただのリンゴだったし…」


正直に言えないのは、大韓民国の男もAIも変わらなかった。


「ところで領主の城へ行って何か収穫はあったのか?」


都賢秀(ドヒョンス)の質問にレトムはやっと思い出したかのように即答した。


〈ロンウェイ領主が監禁されていると思われる部屋は見つけられませんでした。〉

「相変わらず役に立たないな。」

〈ここで遊んでいたくせに…ともかく、それより重要なものを見つけました。〉

「もっと重要なもの?それは何だ?」

〈警備兵の警戒が厳しい部屋を見つけまして…そこからキューブの波動を感知しました。〉

「本当か?!」


キューブが城にあると言う話に、都賢秀(ドヒョンス)の目が輝いた。


領主を助けようとする目的は、彼を手助けしてキューブの捜索に協力を得るためだった。


しかし城にキューブがあるなら、もはや領主は問題ではなかった。


二人は領主救出計画を脇に置き、キューブ探しの作戦へと切り替え相談した。


「じゃあマスタープランを練ろう。地図は持ってきたか?」

〈もちろんです。〉


レトムは自分で回って作った地図をホログラムで映し、都賢秀(ドヒョンス)に見せた。


二人は地図を見ながら潜入ルートを議論し、夜になったら実行に移すことにした。


*****


夜になり、慎重に小屋を出て街へ出てみた。


夜なので巡回兵は減り、動きやすくなっていた。


「順調だな。領主の城へ行こう。」

〈はい。〉


レトムの案内で領主の城へ向かった。


「なにこれ…これが領主の城か?」


レトムが示した地図である程度規模は想像していたが、実際に見た領主の城は規模が巨大で、都賢秀(ドヒョンス)は圧倒された。


「大きいな…景福宮にも負けない…捜索に時間がかかりそうだ。」

〈その代わり移動は楽という利点があります。〉

「それはそうだな。」


広い建物は規模だけに部屋も多く捜索に時間がかかるが、一方で警備兵同士の距離が離れているため、潜入者にとっては移動が楽という利点があった。


〈それに私はもう怪しい部屋を見つけておいたので心配いりません。〉


都賢秀(ドヒョンス)はまず袖のボタンを押し、暗殺者に似合う黒い服とフードに変えた。


「入ろう。」


警備兵の目を避けるため屋根を選び、都賢秀(ドヒョンス)は軽く跳び上がって屋根に登った。


しかし問題は伝統様式の領主の城は屋根も瓦なので音が出る恐れがあり、とても慎重に動かねばならないが、都賢秀(ドヒョンス)はむしろ走り回っていた。


しかし素早く走っているのに足音は全く聞こえなかった。


〈…こんな技術があるとは知りませんでした。〉

「潜入は特殊部隊の基本だ。こんな訓練をやらないわけがない。」


少し褒めるとすぐに見栄を張る都賢秀(ドヒョンス)だが、今回はレトムも認めざるを得なかった。


それほど都賢秀(ドヒョンス)の隠密行動は素晴らしかった。


20分ほど移動すると、レトムが言っていた警戒が厳しい部屋が見えた。


「…確かに怪しいな。ほかより警備が厳しい。」


遅い夜なのに多くの警備兵が焚火まで焚いて鉄壁の警戒をしていた。


〈そうです。あそこに領主がいるかはわかりませんが、キューブの気配は感知されました。〉

「じゃあもっと詳しく調べるため近づこう。」

〈それはダメです。〉


近づこうとする都賢秀(ドヒョンス)をレトムが止めた。


〈異様に敏感な武士がいます。近づくとバレる可能性があります。〉

「しかし近づかないと中に潜入できないじゃないか。」

〈それは…そうですね。〉

「奴らの中で誰だ?そいつはもっと注意して移動すればいいだろう。」

〈武士はあの中の…え?〉

「どうした?」


レトムが何かを発見したかのように領主の部屋をじっと見つめた。


〈…私の存在に気づいた武士が見当たりません。〉

「そうか?じゃあ別の所にいるのか?」

〈多分そうでしょう。〉


その武士という人物がどんな人かわからないが、面倒なことを避けられるなら都賢秀(ドヒョンス)にとってはありがたい話だった。


「じゃあ今がチャンスだ。戻る前に急ごう。」

〈わかりました。〉


都賢秀(ドヒョンス)はレトムが言った武士が戻る前に急いで用事を済ませようとした。


そうして部屋へ近づこうと動き出した瞬間…


ぞくっ


背筋が寒くなる感覚に慌てて横に避けた。そして…


ドンッ!!!


正体不明の存在が後ろから都賢秀(ドヒョンス)を襲った。


都賢秀(ドヒョンス)は過去の戦場で身に付けた危機察知能力のおかげでかろうじて回避したが、天井を破壊した男を見て驚愕した。


「武侠でもないのに何だこれ…?」

〈あれは?〉


レトムがその男を認識したように叫んだ。


「なんだ?!一体誰だ?!」

〈昨日、私の存在に気づいた武士です!〉


男の正体は部屋の前を守っていた身分の高そうな武士だった。


彼はゆっくり起き上がり剣を持ち直し、都賢秀(ドヒョンス)とレトムを睨みつけた。


「私の勘違いかと思ったが、やはり侵入者か…」


レトムの存在を察知し、天井を破るほどの腕力を持つ実力者が自分の前に立ちはだかると、都賢秀(ドヒョンス)は冷や汗が流れるほど緊張した。


「私は領主城警備隊長の子龍(ズィーロン)子龍(ズィーロン))だ。侵入者は大人しく出頭せよ。」


都賢秀(ドヒョンス)の本能は危険を感じ、すぐに逃げろと言っていた。


だが、子龍(ズィーロン)という男は簡単には通してくれそうにない。


「くそっ!ここでは充電できないから安易に使いたくなかったんだが。」


都賢秀(ドヒョンス)はホルスターから素早く拳銃を取り出し、子龍(ズィーロン)に向けて引き金を引いたが…


子龍(ズィーロン)は手を挙げて掌でそれを弾き返した。


「なにっ?!」

〈ありえない!〉


信じられない光景にレトムも都賢秀(ドヒョンス)も驚いた。


音速の速度で飛んでくるプラズマピストルの弾丸を防ぐ反射神経もすごいが、岩をも溶かす威力をただの手のひらで防いでしまったのだ。


〈あの男、今見ると白衣の気を持つ上級聖獣を所有しているようです。白衣の気は体を硬くし、相手の攻撃を防ぐと言われています。〉


この地球が超能力者がはびこる世界であることは既に知っていたが、銃弾まで防ぐ相手では普通の人間である都賢秀(ドヒョンス)は太刀打ちできなかった。


「…逃げよう。俺がどうにかできる相手じゃない。」

〈それが良さそうです。急ぎましょう…〉


「無理だ!」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムが脱出を企てようとした時、子龍(ズィーロン)が驚異的な跳躍力で距離を詰め、剣を斜めに振り下ろした。


なんとか避けた都賢秀(ドヒョンス)は左手の拳を振り回し、子龍(ズィーロン)にボディブローを試みた。


しかし…


「ぐあっ!!」


痛みで叫んだのは子龍(ズィーロン)ではなく都賢秀(ドヒョンス)だった。


「くそ…体は岩じゃないのに…」


体を硬くできるというレトムの忠告を一瞬忘れて拳を痛めてしまった。


〈気をつけて!!〉


拳の痛みでまともに動けないうちに、子龍(ズィーロン)は剣を横に振り払って攻撃した。


[まずい…]


都賢秀(ドヒョンス)は慌てて高振動ナイフを抜き、子龍(ズィーロン)の攻撃を防いだ。


カンッ!!


子龍(ズィーロン)の長剣は単なる鉄製の剣だが、都賢秀(ドヒョンス)のナイフは超科学技術で作られた高振動ナイフだった。


したがってぶつかれば子龍(ズィーロン)の剣は折れたり切り落とされたりするはずだった。


しかし破壊されるどころか、傷一つつけられなかった。


しかも途方もない筋力で押されて都賢秀(ドヒョンス)はそのまま吹き飛ばされてしまった。


「うああっ!!」


子龍(ズィーロン)の力に押されて天井から落ちた都賢秀(ドヒョンス)の周囲を官軍が包囲し、退路を塞いでしまった。


子龍(ズィーロン)は身長2メートルはありそうな大柄な体ながら信じられないほど身軽に跳び上がり、都賢秀(ドヒョンス)の前に着地した。


「侵入者が逃げられぬよう徹底的に包囲せよ。」


子龍(ズィーロン)は口で官軍に指示を出しながら、視線は都賢秀(ドヒョンス)だけに固定していた。


[くそ…あんな化け物からどうやって逃げればいいんだ?]


都賢秀(ドヒョンス)も南スーダンでテロ団に奇襲され包囲されたことが何度もあったが、今ほど命の危険を感じたことはなかった。


正面からの勝負は危険なので、どうにか逃げようと動き出そうとしたところ…


「逃がさない。」


子龍(ズィーロン)は小声でつぶやきながら突きを試みたが、驚異的なスピードで都賢秀(ドヒョンス)は反応できず、直撃を腹部に受けてしまった。


「ぐあっ!!」


レトムが用意してくれた防弾チョッキのおかげで貫通はしなかったが、衝撃は感じられ、胸に穴が開いたような激痛が走った。


[くそ…人間がどうしてあんなに速く動けるんだ…]


都賢秀(ドヒョンス)は胸の痛みで意識が朦朧としたが、子龍(ズィーロン)は不思議そうに自分の剣を見ていた。


確かに剣は直撃したのに都賢秀(ドヒョンス)の体は貫通していなかったからだ。


「ふむ…聖獣の気は感じられないが、どういうことだ?」


子龍(ズィーロン)は自分の剣を確認したが、どこにも異常はなかった。


「どういうわけか、首を斬っても無事か確かめたくなったな。」


子龍(ズィーロン)は異常がないことを知り、再び剣を振りかざして攻撃しようとした。


その時…


「やめろ、子龍(ズィーロン)!!」


誰かの声で子龍(ズィーロン)は剣を収めて退いた。


都賢秀(ドヒョンス)とレトムは新たに現れた男を見て「誰だ?」と思ったとき、子龍(ズィーロン)と兵士たちが丁寧に挨拶をした。


「領主に謁見します。」


男の正体は禮縣の領主、龍煒(ロンウェイ)だった。


*****


都賢秀(ドヒョンス)とレトムは領主を救うため城に潜入したが、彼らが目にしたのは、拘束されているはずの龍煒(ロンウェイ)が元気に官軍を指揮している姿だった。


二人は衝撃で言葉を失っていた。


「そ、そいつは何だ…?領主だと?拘束されているんじゃなかったのか?」

〈そ、そう…なんですか…?〉


拘束されているはずの龍煒(ロンウェイ)がここにいる理由もわからなかった。


「お前が都賢秀(ドヒョンス)か?」


しかも都賢秀(ドヒョンス)の名前まで知っていた。


「な、なぜ俺の名前を…」

「お前が本公の領地をかき回しているという噂で騒がしいのだ。知らぬわけがあるか。」


龍煒(ロンウェイ)は卑劣な笑みを浮かべ都賢秀(ドヒョンス)を見つめていた。


「よくも…お前を捕まえるために本公は苦労したが、気に入ったか?」


完全な罠だった。


都賢秀(ドヒョンス)は領主を救うために入ったのに、完全に罠に自ら踏み込んでしまった形になった。


「くそ…どこから間違ったんだ…あれ?」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムはどこから間違ったのか振り返ってみて、違和感を覚えた。


領主のことなどどうでもよかった二人が、突然領主の救出を考えたのは…


誰かが二人に「領主が城で拘束されている」という情報を与えたからだった。


そしてその情報を与えたのは…ちょうど領主の後ろに立つ…671番の都賢秀(ドヒョンス)だった。


「…お前は何者だ?なぜそこで立っている?」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムが状況を問いかけるように671番の都賢秀(ドヒョンス)を見ていたが、彼は二人の視線を無視してただ俯いていた。


「クククッ!こんな情けないクズの言葉に騙されてここまで来るとは。簡単すぎて久しぶりに頭を使った甲斐もないな。」


龍煒(ロンウェイ)が671番都賢秀(ドヒョンス)の前に金を投げると、彼はペコリとそれを受け取った。


「あ、ありがとうございます、大人!」


龍煒(ロンウェイ)に礼を言い去っていく671番都賢秀(ドヒョンス)を見て、全ての状況を悟った。


671番都賢秀(ドヒョンス)に裏切られたのだ。


「おい!!!」


金を受け取り慌てて立ち去ろうとした671番都賢秀(ドヒョンス)は、都賢秀(ドヒョンス)の怒声に体がピタリと止まった。


「お前…これは一体何のつもりだ?最初からそういう目的で俺に近づいてきたのか?」


都賢秀(ドヒョンス)の問いに671番は無言でただ俯くだけだった。


〈どうなっているんだ…説明してくれ…〉


レトムも説明を求めると、671番はため息をつき口を開いた。


「俺は…言っただろ…店が借金して…閉めたって…」

「だからって?ギャンブルの借金返すために俺を売ったのか?」

「どうしろってんだ?!先祖代々300年続く店だぞ!俺の代で終わらせるわけにはいかん!!この金があれば…店を再建できるんだ!」


図々しくも大声で叫ぶ671番都賢秀(ドヒョンス)を見て、さらに強い裏切り感に震えが走った。


〈俺は都賢秀(ドヒョンス)のような奴らを信じたばかりに…〉


だが671番の裏切りがあったとはいえ、ここに来ることを選んだのはあくまで都賢秀(ドヒョンス)とレトムの選択だった。


自分の浅はかな判断で起きたことなので671番だけを責めることはできなかった。


「消えろ、クズ野郎…人を売って得た金でどれだけ贅沢するか見てやる。」


都賢秀(ドヒョンス)の鋭い罵倒に671番は唇を固く結び顔をこわばらせたが、結局何も言えず背を向けて去っていった。


龍煒(ロンウェイ)はこの状況を面白そうに卑劣な笑みで眺めていた。


「さあ〜本公の村で騒ぎを起こしたお前たちをどう料理してやろうか?」


都賢秀(ドヒョンス)は領主がいったい何の理由で自分を誘い殺そうとしているのか分からなかった。


「一体俺が何をしたというんだ…」

「はっ!厚かましいな。俺の官軍を叩きのめして言い逃れしようってのか?」

「笑わせるな。お前の言う官軍は市民を虐げ金品を巻き上げていた。そもそもそれを管理すべきなのはお前の責任だろ。」


官軍が村人から金品を巻き上げているのに管理できていないお前らの責任が大きいと都賢秀(ドヒョンス)が言うと、子龍(ズィーロン)は少し表情を曇らせた。


一方龍煒(ロンウェイ)は何が問題だというように嘲笑うだけだった。


「愚か者め…あいつらは領民の基本的な義務である税を払わず文句ばかり言う無頼者だ。だから本公の土地から追い出すため官軍を動員したのだが何が問題だというのか?」

「誰をバカにしてるんだ?!あいつらは確かに靴を売るおばあさんから場所代を取れと言っていた!税を払わない者を追放しようとしたのは確かにそうだとしても税が重すぎての話だ。どう考えてもお前のせいだ!」


都賢秀(ドヒョンス)は論理的に反論したが、龍煒(ロンウェイ)は鼻で笑うだけだった。


「このイェヒョンは本公の土地だ。自分の土地で税を多く取ろうが少なく取ろうが全て領主である本公の自由だ。どうしてそれが間違いと言えるのか?」


今回は都賢秀(ドヒョンス)が論理で押し切られた。


領主が自分の領地で税を決めるのは彼の権利だった。


たとえその税が領民が耐えられないレベルでも…


道徳的には問題あっても法的には問題のない行為だった。


「だがその問題を越えても官吏を暴行し本公の城に無断で侵入したのは明確な重罪だ。よってお前を…!!」


都賢秀(ドヒョンス)に向かってゆっくり歩み寄る龍煒(ロンウェイ)は近づくと突然顔色を変えて後ろに素早く下がった。


そして恐ろしい何かを見たかのように動かずにいた。


「領主…様?」


突然言葉を失い都賢秀(ドヒョンス)だけを睨む龍煒(ロンウェイ)を見て子龍(ズィーロン)と官軍が戸惑っていると…


「おい!こいつらを牢に入れろ。吉日を定めて中央広場で処刑し、本公に逆らうとどうなるか見せしめにするのだ!」


龍煒(ロンウェイ)都賢秀(ドヒョンス)を牢に入れるよう指示し、都賢秀(ドヒョンス)とこれ以上関わりたくないかのように素早く建物の中に入っていった。


都賢秀(ドヒョンス)を拘束しすぐに首を刎ねるつもりの作戦は見事成功したが、龍煒(ロンウェイ)都賢秀(ドヒョンス)を殺さず牢に入れるよう命じ、子龍(ズィーロン)は首を傾げて見つめていた。


*****


子龍(ズィーロン)龍煒(ロンウェイ)の指示通り都賢秀(ドヒョンス)を牢に入れるため連れて行かれていた。


都賢秀(ドヒョンス)は今まで間違いなく生きてきた自分がもう二度も牢に連行されることに気に食わないらしく子龍(ズィーロン)に無駄に絡んでいた。


「官軍を攻撃するのが重罪だと?あんな奴らは官軍じゃなくヤンキーだ!」


都賢秀(ドヒョンス)が何を言おうと子龍(ズィーロン)は聞こえないふりをして前だけ見て歩いた。


その様子が都賢秀(ドヒョンス)の怒りをさらに煽った。


「あんなヤンキーどもを官軍と任命したお前らのレベルも見え見えだ!龍煒(ロンウェイ)領主も同じヤンキーだろうな!」


捕まった事実と一対一の戦いで負けた事実に拗ねてさらに絡んでいたが…


「…今の官軍は正規軍じゃない。」


「お前も市民の血を吸う……何だと?」


村の治安を担当する官軍が正規軍ではないと言われ続けていた都賢秀(ドヒョンス)の口は閉ざされた。


「元々の官軍だった者は皆罷免されて散り散りになった。」

「じゃあ今いる奴らは何なんだ?」

「奴らは…裏通りの不良や…山賊だ。」


不良か山賊で官軍を運営しているという話に都賢秀(ドヒョンス)とレトムは驚いて口を閉ざせなかった。


「い、一体なぜ…」


都賢秀(ドヒョンス)が理由を問うと子龍(ズィーロン)も自分も疑問に思っていることで答えられなかった。


「さあな?領主様の考えを俺のような愚か者が知るはずもない…」


子龍(ズィーロン)はそれだけを残し都賢秀(ドヒョンス)を牢に入れて去っていった。


*****


子龍(ズィーロン)都賢秀(ドヒョンス)を牢に入れ領主の部屋に向かった。


「殿下!私、子龍(ズィーロン)です。」


報告のため来たが、領主の部屋から何の音もしなかったので子龍(ズィーロン)は戸惑った。


「殿下。少しお邪魔します。」


領主に何かあったのではと心配になり、無礼を承知で中に入ると龍煒(ロンウェイ)領主は机に座り深く考え込んでいた。


「殿下…」

「…子龍(ズィーロン)か?」

「はい…罪人を無事に収監したとご報告を…」

「…わかった。」


龍煒(ロンウェイ)は短く返事をし、また考え込んでしまった。


子龍(ズィーロン)はその様子が理解できなかった。


「殿下…私が愚かで殿下の真意を理解するのが難しいのです。」

「…何のことだ?」

「そんなに都賢秀(ドヒョンス)という者を捕まえて首を刎ねようと意欲を見せておきながら、いざ捕らえてみてなぜそのままにしておくのですか…」


子龍(ズィーロン)は村の人々が監禁されているのではと誤解するほど村の出来事に全く関心を示さなかった龍煒(ロンウェイ)突然都賢秀(ドヒョンス)という不穏分子を捕まえるよう命じ、作戦も見事成功したのに、なぜ殺さないのか全く理解できなかった。


何より領主が一体どうやって都賢秀(ドヒョンス)という者を知っているのか謎だらけだった。


「そ奴は本宮にとって邪魔な者だ…早く殺さねばならん…」

「そうならばためらうことはありません。私に命じてください…」

「おそらく無理だろう。」

「え?」


何が無理なのかわからず、子龍(ズィーロン)は話し途中でぽかんとした顔になった。


しかし龍煒(ロンウェイ)は説明するつもりもなく独り言を呟いていた。


「くそ…事がこじれるな、見当違いのところでこじれるとは…」

「な、何のことですか?」


官軍を全員罷免し山賊を雇い、その山賊が村人を苦しめているのを放置していることを除けば全て順調なのに、何がこじれているのか子龍(ズィーロン)は混乱していた。


だが領主は悩み深く何も言わなかった。


『いったい…殿下は何を考えているのか…』


ここ数年であまりにも変わってしまった主君を見て子龍(ズィーロン)は心配になった。


誰よりも公明正大で不義を許せなかった人物がなぜこんなことをするのか理解できなかった。


子龍(ズィーロン)!」


考え事をしていた子龍(ズィーロン)龍煒(ロンウェイ)の突然の声に驚き、ぼんやりと返事をしてしまった。


「はい?」

「どこに気を取られているのだ?!」

「あっ、す、すみません!!ご命令でしょうか。」


ぼんやりした顔をしている子龍(ズィーロン)をしばらく睨んでいた龍煒(ロンウェイ)は彼に指示を出した。


「…あいつらを呼べ。」

「あいつらと言いますと…?」

「先週本公の城に訪れた者たちだ。」

「えっ?!あの正体不明の男たちですか?殿下のような高貴な方がどうしてそんな礼儀も知らず正体も不明な者たちに会おうとされるのですか?」

「お前は本公の命令に従えばいい!急いで連絡を入れろ!」


子龍(ズィーロン)は疑問だらけだったが、龍煒(ロンウェイ)の言う通り護衛武士に過ぎない自分が出るべきではないのも事実だった。


「承知しました。」


子龍(ズィーロン)はため息をつき領主の部屋を出た。


一人になった領主は空を見上げ呟いた。


「もう少しだ…間もなくこの力は…」


意味の分からない言葉を呟く領主の顔は妖気に満ちていた。


*****


ガチャッ!!!


生まれて二度目の牢獄に閉じ込められた都賢秀(ドヒョンス)は、ぼんやりと鉄格子を見つめていた。


「…おい。」

〈……〉

「なんとか…言って…みろ。」

〈…申し上げることはありません。〉

「チクショウ!お前、領主の城に行こうって言ったんだろ?!これからどうすんだよ!!」


都賢秀(ドヒョンス)は怒りを抑えきれず暴れ回っていたが、レトムは言葉を失っていた。


レトムも671番都賢秀(ドヒョンス)に騙されたのは確かだが…


領主の城に行き、彼を助けて恩を受け協力を得ようという提案をしたのは確かに自分だった。


〈心配しないでください。私が出て助けてくれる人を探します…!!〉


「レトムとかいう変な精霊が見えなければ、すぐに罪人の首をはねろという領主陛下の命令だ!!」


実体のないAIであるレトムが先に脱出して助けを求めようとしたが、領主はすでにそれを見抜いていた。


「…どう考えてもおかしくないか?」

〈…一つや二つじゃありません。〉


都賢秀(ドヒョンス)が街で暴れていたならその存在が領主の耳に入るのもわかるが、名前まで正確に知っているのはおかしい。


しかもレトムの特徴を正確に把握し、対策まで用意しているのは説明がつかなかった。


「…671番が俺たちのことを全部吐いたのか?」

〈そうかもしれませんが…領主は一体なぜここまで警戒しているのでしょうか?〉

「そんなの俺にわかるかよ。あんなクズに村の治安を任せてるんだぞ…領主って実はすごい人間のクズなんじゃないか?」

〈5年前に見た龍威ルンウェイ領主は決してそんな人ではなかったのに…〉


領主の行動と政策は疑問だらけだが、今まず考えるべきはどうやって脱出するかだった。


まず鉄格子に触ってみた都賢秀(ドヒョンス)はその堅さに諦めた。


「C4爆弾でもあれば別だが、人間の手じゃどうにもならない…」

〈トンネルを掘るとか?〉

「地面を掘るのは大工事で時間がかかる。一人じゃ無理だ。」

〈そうですね…〉

「そういえば、お前人前で姿を隠すことがあるよな…あの変装技術で俺も隠せないか?」

〈すみません…人間大ほどの巨大な物体を隠すのは不可能ですし、もしできても気配に敏感な子龍(ズィーロン)がいる以上、逃げている途中で捕まる可能性が高いです。〉

「…本当に使えねえな。」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムはあれこれ試案を重ね、夜遅くまで議論したが結論は出なかった。


〈…もう遅いので休みましょう。明日また話し合いましょう。〉

「そうしよう。」


結局結論が出ず、夜が更けて眠りにつくしかなかった。


*****


『我が呼びかけに応ずる者よ、御主は何者じゃ?』


眠っていた都賢秀(ドヒョンス)は、邪魔する声に苛立った。


「またお前かレトム?静かに寝かせてくれよ…」

『我が呼びかけに応ずる者よ…起きよ。』


昨夜のように眠りを妨げるレトムに、都賢秀(ドヒョンス)は苛立ちながらベッドから飛び起きた。


「おい!!うるさいから黙れって言っただろ?!お前、まじで…」


レトムに怒鳴った都賢秀(ドヒョンス)は、目の前の存在に圧倒されて呆然となった。


眩い白光を放ち、山よりも大きな…ドラゴンが都賢秀(ドヒョンス)を呼んでいた。


「こ、これは一体…」


恐怖を覚えるほど巨大な体躯だが、慈愛に満ちた瞳で都賢秀(ドヒョンス)を見下ろした。


『我が呼びかけに応ずる者よ…汝の名は何だ?』

「わ、私は都賢秀(ドヒョンス)と…」

都賢秀(ドヒョンス)か…ならばこれで契約は成立した。』

「契約だと?それはどういう意味ですか?!」


契約の意味を問う都賢秀(ドヒョンス)に、ドラゴンはさらに明るい光を放ち、ゆっくりと消えていった。


『我が名を覚えよ、契約者よ…我が名は白竜……』

「え?名前なんて?」

『我が名は白竜……』


都賢秀(ドヒョンス)!!」


突然揺さぶられて起こされたため、重要な白竜の名前を聞き逃した。


「また夢だったのか?」


あまりにも鮮明な記憶に、夢なのか現実なのか分からなかった。


「どうした?夢でも見てたのか?寝言がすごかったぞ。」

「え?誰だ…」


牢の中でレトムしかいないはずなのに、誰が自分を起こしたのか見回した。


「え?お前は…」

「はは!そうだよ、俺だ。」


彼は自分を裏切った671番都賢秀(ドヒョンス)だった。


都賢秀(ドヒョンス)は確かに裏切って去った671番が目の前にいて、口を開けて呆然としていた。


671番は自分を歓迎されていると思い、いつものように笑いながら肩をポンポン叩いた。


「はは!そんなに嬉しかったのか?もう安心…うげっ!!」


都賢秀(ドヒョンス)の振り上げた拳が、671番の鼻の下に正確に命中し、後ろに倒れ込んだ。


「このクソ野郎!!!貴様をぶっ殺してやる!!!!」


金を受け取り自分を売った671番に容赦なく殴り続けた。


「ぎゃあああ!!助けてくれ、レトム!」


671番がレトムに助けを求めると、レトムも待機モードを解除して立ち上がった。


〈 AIが気持ちよく寝てたのに、どうしてそんなにうるさいんですか?〉


671番はレトムが助けてくれると期待していたが…

「671番、このクソ野郎が現れた!!」

〈なんですって?!すぐに始末しましょう!!〉


レトムも671番を排除しようと協力していた。


「ひいぃ…ひどいよ、レトム!」


*****


さんざん殴られた671番は鼻血を出し腫れた顔で、都賢秀(ドヒョンス)とレトムの前にひざまずいていた。


「お前、なんでここにいる?まさか領主に俺を売って得た金も全部ギャンブルで使い果たして捕まったのか?」

「はは!全部使ったよ。」


『こいつらしいな』と少しも情けをかけない都賢秀(ドヒョンス)とレトムだった。


「看守を取り込むのに全部使ったんだ。」

「…何だと?」


ため息をつきそっぽを向いていた都賢秀(ドヒョンス)は671番の言葉に顔を向けた。


671番は一瞬ぼんやりした愚かな表情が消え、鋭い眼差しに変わった。


「最初から目的は領主に近づくことだった。お前を領主に近づけて捕まえさせて、俺は領主から金をもらって看守を買収し…こうしてお前に近づいたんだ。」


全てが671番都賢秀(ドヒョンス)の計画通りだったと言われ、混乱する都賢秀(ドヒョンス)


「…いったい何のために?」


不信感満載の表情を見て、671番がにやりと笑って答えた。


「お前を反乱軍に連れていくためだ。」


671番は都賢秀(ドヒョンス)を反乱軍に引き入れるために全てを計画したと打ち明けた。


〈二重スパイですね。〉

「確かにそうなら説明がつくけど…それより反乱軍って本当に存在してたのか?ただの観軍に反抗するやつらのことじゃなかったのか?」


都賢秀(ドヒョンス)は「反乱軍」は単なる犯罪者の意味だと思っていたため、本当に領地を覆そうとする者がいることに驚いた。


「さっきも言ったが、領主が突然おかしくなったのは5年前だ。公平で誠実で、誰よりも領民を愛した領主は中央の役職も断り、生涯この禮縣の発展と均衡のために力を尽くしてきた人間だ。」

「レトムも同じこと言ってたな…領主がいい人だったってのは本当だったんだな。」

「そうだ…でもなぜか5年前から領主は変な行動が増え、ついには税金を上げて反抗者を殺すか追放した。しかも観軍を追い出し、ならず者を観軍に入れてしまったんだ。」

「それで…不満が爆発して反乱軍が組織されたってわけか。」

「そうだ。狂った領主を追い出し、かつての禮縣に戻すのが俺たちの目的だ。」


南スーダンで内戦を経験した都賢秀(ドヒョンス)は、反乱軍という言葉を聞くだけでテロというイメージがあったが、ここの反乱軍は自分の知るものとは少し違っていた。


「で…反乱軍が俺を探してる理由はなんだ?」

「ははは!それは俺も知らねえよ。」


再びぼんやりした顔で笑いながら、自分でも理由はわからないという671番を見て、都賢秀(ドヒョンス)は額に血管が浮いた。


「なんだと?!死にてえのか、このクソ野郎!!」

「なんでそんな怒るんだよ…俺は言われた通りに動いただけだ。」

「指示?誰の指示だ?」

「それは…反乱軍の指揮官だ。」


671番が地球に来て驚くことばかりだったが、今回は反乱軍の指導者が自分を探しているという。


都賢秀(ドヒョンス)は驚きで口を閉じられなかった。


「反、反乱軍の指導者が俺を探してるって?」

「さあな?そいつの考えを俺がどう知るんだ…直接会って聞いて、とにかく脱出しようぜ。」


反乱軍指導者が自分に会いたがる理由がわからず不安だったが、確かに閉じ込められてじっと死を待つよりは脱出したほうがよかった。


「…それにしてもレトム、こいつのおかげで捕まって、別の都賢秀(ドヒョンス)に助けられるという繰り返しだな。」

〈…他人の傷をえぐるのは楽しいですか?〉

「事実じゃん!」


レトムは怒ったが、自分の軽率さが危機を招いたのも確かで反論できなかった。


「ところでどうやって脱出するんだ?」

「あれだろ。看守に賄賂を渡して取り込んだ。もう道は開けると約束済みだ。」

「何だって?いくら金をもらっても俺たちを放すわけがないだろ。」


納得はできないが自分は間違いなく罪人なのに、金を渡したら解放されるという話を信じられずにいた。


「今の禮縣はそういう状態だ。人を殺しても金を積めばその日で即釈放、金がなければ軽い罪でも許さない…」


思った以上のめちゃくちゃな状態だった。


領主が直接投獄した罪人を看守が金で釈放するなんて、聞いても信じられなかった。


「呆れたもんだな…」

「まあまあ、いい方に考えようぜ。おかげで自由の身になれたんだしな。」


671番都賢秀(ドヒョンス)は前向きに考えようといい、都賢秀(ドヒョンス)を連れて去っていった。


*****


「 陛下!小官、子龍(ズィーロン)でございまする。」


忠誠心が強い子龍(ズィーロン)は毎朝挨拶に来るので、龍威は今回も朝の挨拶だと思い特に反応しなかった。


しかし…


「陛下がお呼びになった男たちが来ました。」


呼び寄せた者が来たと聞き、龍威は嬉しそうに飛び起きた。


「はは!呼んでからほんの数時間で来るとは、さすが優秀だな。どこにいる?」

「応接室で待っています。」

「さあ行こう。」


嬉しそうに歩く龍威を見て子龍(ズィーロン)は理解できなかったが、家臣の疑問は価値がなかった。


ただ自分の責務を果たすのみ…


龍威は笑顔で応接室の扉を自ら開けて入った。


「ようこそ、禮縣へ!我が領地へ!我は貴殿らを歓迎する。」


一地域の領主という高貴な身分の龍威が、めったに見せない丁寧な挨拶をする来客。


彼らの正体は、なんと次元移動管理連盟の使節たちだった。


*****


古風な中華風の応接室に、異質な服装の男たちが席を占めて座っていた。


彼らはまさに、龍煒(ロンウェイ)が必死に捜していた次元移動管理連盟の要員たちだった。


しかし、要員たちを見つめる子龍(ズィーロン)の顔が歪んだ。


領主である龍煒(ロンウェイ)が直接訪ねてきたにもかかわらず、要員たちは席を立たずに堂々と座ったままだったからだ。


だが龍煒(ロンウェイ)は気にする様子もなく微笑み、丁寧に挨拶した。


「歓迎する。次元移動管理連盟の使節たちよ。」


高貴な身分の龍煒(ロンウェイ)が直接挨拶しても、要員たちは相変わらず無礼にも座ったままだった。


「報告書を見ると、前回は要請を拒否したそうだが…急に心変わりした理由は何か?」


次元移動管理連盟は都賢秀(ドヒョンス)を逃がして非常事態だった。


連盟は都賢秀(ドヒョンス)の真の目的が次元が断絶した地球の復元であると見抜き、急いでその地へ向かい協力を求めた。


次元が断絶した地球では、数百年前の出来事のため多くが次元移動の存在すら知らず、迷信のように信じていなかった。


そのため要員たちは捜索に苦戦していたが、幸いにも671番地球から連絡が入り一安心したと考えていた。


「はは!申し訳ないが、次元移動などという非現実的な話を信じられるわけがない。ゆえに私が前回は無礼を働いたのだ。」

「ふん!未開で次元の存在すら虚構と考えているようだな。」

「ははは!まさにその通りだ。しかし実際に私の目の前で我々と異なる文明の男を見たので連絡せざるを得なかったのだ。」


子龍(ズィーロン)は、この正体不明の男たちに対しこんなにも丁寧に接する領主を理解できず、ため息が深くなるばかりだった。


「ところで、前に来た者たちとは違う面々だな。」


龍煒(ロンウェイ)がただ挨拶がてら呟いた何気ない言葉に、要員たちは慌てた。


「そ、それは…前回は部下が来たのだが、事態が大きくなったため私が直接来たのだ。今回の都賢秀(ドヒョンス)逮捕の全権を委任された次元管理連盟治安局第2捜査チーム長ジュゼッペ・ピョランドという者だ。」


実はジュゼッペは都賢秀(ドヒョンス)を直接逮捕すれば自分の出世に繋がると考え、部下の任務を奪ったのだった。


もちろん龍煒(ロンウェイ)子龍(ズィーロン)も知らず、慌てるジュゼッペを不思議そうに見つめるだけだった。


「ま、まあ!次元の連結者を捕えたという話は本当だな?」

「もちろんだ。奴を拘束するために私がわざわざ罠に誘導して捕えたのだからな。」

「いいだろう。我々は忙しい。早く次元の連結者がいる場所へ案内してくれ。」

「はい。私が罪人のいる場所へ案内いたします。」


領主龍煒(ロンウェイ)が自ら案内すると申し出たため、子龍(ズィーロン)は慌てて制止した。


「閣下が案内なさるとは!私が参ります!」

「おやおや、重要な客人の前で何たる無礼か。退け、子龍(ズィーロン)。」

「は、はい…」

「我が命が聞こえぬか!」


龍煒(ロンウェイ)の怒声に子龍(ズィーロン)は仕方なく退き、静かに後をついて行った。


しかし後ろからついて行く子龍(ズィーロン)の顔には憂いが満ちていた。


*****


地下に到着した龍煒(ロンウェイ)はすぐに要員たちを案内し、都賢秀(ドヒョンス)がいる牢獄へ向かった。


「ここだ。この廊下の突き当たりの獄舎に罪人がおる。」

「そうか。なら早く…!!」


ジュゼッペが都賢秀(ドヒョンス)を連れに行こうと動こうとした時、龍煒(ロンウェイ)が腕を上げて制止した。


「…これは一体どういうつもりだ?」


要員は不快感を隠さず龍煒(ロンウェイ)を睨んだが、龍煒(ロンウェイ)は余裕の表情でいるだけだった。


「罪人を拘束するにあたり、私が多くの功績を立てたのだから…当然、報酬があるだろう?」


下卑た笑みで報酬を望む領主の姿に、要員は嘲笑する顔で応えた。


「ふん!未開な連中だからな。望みは何だ?金か?それとも再び次元を繋げることか?欲しいものを言え。」


ジュゼッペは都賢秀(ドヒョンス)にかけられた懸賞金を独占するつもりだったが、領主に分けなければならず胸を痛めていた。


「いらん。私が望むのは……次元をそのまま閉じ込め、本国で起こることには一切関与しないという確約だ。」

「なんだと?」

龍煒(ロンウェイ)が何もしないでただ自分たちの住む場所に戻しておけという条件を言っていたため、ジュゼッペは一瞬戸惑ったが、すぐに卑劣な笑みを浮かべて喜んだ。


『くくく…未開で次元の価値がどれほど偉大かも分かっていないようだ。まあ、私にとっては幸運だが…』


要員は臨時の幸福と考え、無理やり慈悲深い顔を作って答えた。


「はは!未開者と馬鹿にしたが、こんなに欲のない者だったとはな!連盟もお前の功績を忘れんだろう。」

「ははは!感激でございます。」


無視され続けながらも龍煒(ロンウェイ)は嬉しそうに笑っていたため、子龍(ズィーロン)はますます苛立った。


「さて、罪人のいる場所へ参ろう。」


龍煒(ロンウェイ)が自ら都賢秀(ドヒョンス)のいる牢獄へ案内した。


そして牢獄の鉄格子の向こうには……


誰もいなかった。


牢獄の中に誰もいないのを見て、龍煒(ロンウェイ)は驚き目を見開き、要員たちも子龍(ズィーロン)も口を閉ざせなかった。


「どうなっている?!次元の連結者がいないではないか!!」


ジュゼッペ要員は都賢秀(ドヒョンス)がいない事実に激怒し、声を荒げた。


どんなに怒っても領主に声を荒げる要員の態度は度を越していた。


堪えきれなくなった子龍(ズィーロン)は剣を抜こうとしたが、領主が手を上げて制止した。


「誠に申し訳ない。私の部下たちの手落ちで逃してしまったようだ。」


龍煒(ロンウェイ)が頭を下げて謝罪する様子に子龍(ズィーロン)は大いに驚いた。


龍煒(ロンウェイ)が一般的に謝罪の際に使う作揖ではなく、皇族に礼を示す時の拱手を用いて謝罪していたからだ。


「いずれにせよ…文明レベルの低い671番の原始人に任せたのが間違いだった!」


高貴な身分の龍煒(ロンウェイ)がここまで丁寧に謝罪しているのに、要員たちが無礼な態度を続けるので子龍(ズィーロン)の我慢は切れた。


「無礼だ!!領主閣下の前で何たる不遜な態度か!!」


子龍(ズィーロン)は自身の特級聖獣である白虎を召喚し、身体を強化して剣を抜き要員たちを威嚇した。


「原始人の分際で生意気だ!!」


要員たちも負けじと銃を抜き子龍(ズィーロン)に向けた。


突然の対峙に周囲の管理たちも緊張し、地下は瞬く間に静まり返った。


沈黙が続く中……


子龍(ズィーロン)……」


領主が子龍(ズィーロン)を呼んだ。


「はい、閣下!ご命令があればすぐにでもこの不遜な者たちを……ぐっ!!」


子龍(ズィーロン)はすぐにでも要員たちを叱りつけると叫んだが、突然見えない力に押さえつけられ膝をついてしまった。


「客人の前で何たる無礼か!おかげで我が体面は大いに傷ついたではないか!」

「くっ、くっ…申し訳ありません…領主…閣下…」


超人的な実力を持つ子龍(ズィーロン)が領主の力に押さえつけられ、苦しげに呻くのみで反抗できなかった。


「申し訳ない、ジュゼッペ公。部下の失態は私が代わって謝罪いたす。」


正体不明の超自然的な力で屈強な男を屈服させる龍煒(ロンウェイ)を見て、要員たちは乾いた喉を鳴らし恐怖に震えた。


連盟は自分たちの指示に従わぬ地球を罰するため次元の道を断ち切っているが、671番地球は違った。


671番地球は連盟に反抗して次元が断絶したのではなく、自分たちの科学力でも解析も再現もできないこの聖獣のせいだった。


自分たちの科学力でも歯が立たぬ聖獣を見て、他の地球と連合して対抗してくるなら自分たちの地位が危うくなると考えた連盟が671番地球の次元を断ち切ったのだ。


だがここで怯えたことがばれれば今後の関係が逆転しかねないと心配したジュゼッペは、わざと冷静なふりをして虚勢を張った。


「ふんっ!部下の教育をきちんとせい!俺は人がいいから見逃してやってるんだぞ!」


しかし既に身体を支配された恐怖はどうしようもなく、ジュゼッペの足は激しく震えていた。


龍煒(ロンウェイ)は知りつつも知らん顔をしていた。


「ははは!大人の寛大さに感服した。」

「建前の挨拶は結構だ。それより都賢秀(ドヒョンス)を必ず捕らえよとのマザーの命令がある。これから我々が動く。お前たちは補助せよ!」

「この私が無能で煩わせてしまったな。代わりに物心両面で支援しよう。」


龍煒(ロンウェイ)はおべっかを使い要員たちの機嫌をとり、助けると言った。


だが要員たちが先に地下を出ると、表情を変えて子龍(ズィーロン)に指示した。


子龍(ズィーロン)…お前が出るのだ。」


「はい、閣下!私が彼らを助け、必ず罪人を捕らえて…!!」


「彼らに付きまとい、捜索の妨害をせよ。」


「…え?!」


積極的に捜索して必ず捕らえると命じると思ったのに、むしろ要員たちの妨害を命じる龍煒(ロンウェイ)の指示に子龍(ズィーロン)はどう受け止めていいかわからず呆然となった。


「申し訳ありません、私が愚かで閣下の計略が全く読めません…昨日までは必死に罪人を捕まえようとされていたのに今回はなぜ…?」

「奴は危険だからだ。」

「危険?」

「そうだ…奴が私の近くに来たら…私の安否が保証できぬ。」


なぜそんなことを考えているのか分からなかったが、なおさら領主の指示が理解できなかった。


「ならなおさら都賢秀(ドヒョンス)という者を捕らえ、殺さねばなりません!」

「お前の実力では無理だ。」

「えっ?!」


子龍(ズィーロン)は自分の実力が天下一だとは思っていないが、昨日会った都賢秀(ドヒョンス)のような取るに足らぬ男より弱いと言われ、自尊心に傷がついた。


だが忠誠心あふれる子龍(ズィーロン)はあえて反論しなかった。


「なら私が閣下の側で密着護衛いたします。」

「昨日見た通り、都賢秀(ドヒョンス)は密かに侵入する手練れだ…ゆえに密着護衛よりも村を焼き払うようにして都賢秀(ドヒョンス)を探すふりをしろ。そうすれば奴は他の機会を狙いさらに深く隠れるだろう。」

「ですが、それでもいつかは閣下の命を狙いに来るでしょう。」


来ることを知りながらもあえて隠す時間を与えろと言う言葉に、子龍(ズィーロン)は戸惑い再び反論したが、龍煒(ロンウェイ)は気にしない様子で“ふっ”と笑った。


「構わん。あと数日すれば…私は完全な存在になるのだ。」

「え?」

「…お前はこれ以上知る必要はない。それより早く我が命令通り村をめちゃくちゃにしろ!」


子龍(ズィーロン)は訳の分からぬ言葉の数々に戸惑ったが、主君の命令がある以上、疑問より行動を優先した。


「ところで閣下。この男はどうしますか?」

「ん?」


子龍(ズィーロン)が「あの男はどうするのか」と問うと、龍煒(ロンウェイ)は見つめた。


すると首枷をはめられた男が拘束されたまま官軍に捕まっていた。


「こいつは賄賂を受け取って罪人を逃がしたらしい。」

「そうか。」


子龍(ズィーロン)の説明を聞き、龍煒(ロンウェイ)は再び男を見た。


男は首枷で何も言えず、『一体なぜこうなるのか?』という顔で見つめていた。


子龍(ズィーロン)も普段は管理たちが金を受け取り罪人を逃がすのを知りつつも黙認していたため、今回も許すだろうと思っていた。


だが龍煒(ロンウェイ)は男をじっと見つめた後、振り返り小さく命じた。


「殺せ。妻子も含め一族全員を。」


賄賂を受け取って罪人を逃がしたので言い訳はできない状況だが、普段とは違う命令を出す龍煒(ロンウェイ)を見て子龍(ズィーロン)は戸惑うと同時に、一族を全員殺せと命じる表情に戦慄した。


*****


子龍(ズィーロン)は捜査員たちを案内して市場の通りへと出た。


情報も何もないままに始めた捜索は、ただ村の中をうろつくだけのようなものだった。


「本当に何の手掛かりもないのか?」


「……相手は非常に掴みどころのない人物で、捕まえるのが難しいため、城に潜入させるように誘導したのです。しかし今は、徹底的に身を潜めているでしょうから、さらに見つけるのは困難でしょうね。」

「はあ…無能で未開な連中め……」


ジュゼッペ捜査官の軽蔑的な言葉に、子龍(ズィーロン)の理性が切れそうになったが、必死に抑えて深呼吸をした。


領主はむしろ都賢秀(ドヒョンス)にもっと深く潜り込ませて村をかき回すよう命じていたが、忠誠心の強い子龍(ズィーロン)はその考えを持たなかった。


護衛武官として、領主にとって危険な都賢秀(ドヒョンス)を何とか見つけ出し、排除しようと思っていたのだ。


だが秘密裏に動いても足りないのに、こんな煩わしい連中を連れて移動するため、捜索は捗らなかった。


「はあ~…思わぬところで閣下の意図通りになってしまったか…」


子龍(ズィーロン)はずきずきと痛む頭を抱え、打開策がないかと悩んでいた。


その時……


「隊長……」


子龍(ズィーロン)の副官が小声で近づきささやいた。


「どうした?」

「先ほど、あの罪人がいた牢屋を再度捜索しましたところ、これを発見しました。」


副官が差し出したのは、小さな布切れだった。


細長い紐のような形状で、何かを縛るための布の一部らしかった。


「……罪人が落としたものか?」

「罪人が落としたか、共犯者が落としたかは分かりませんが、唯一の手掛かりです。しかし……」

「こんな布切れ一つでは手掛かりを見つけるのは難しいな……」


文字も何も書かれていないただの小さな布切れひとつでは、都賢秀(ドヒョンス)を追跡する手がかりは見つからなかった。


子龍(ズィーロン)は歯がゆくてため息をつこうとしたその瞬間、布から漂う香りを嗅いで大きく驚いた。


「な、なぜですか?」


突然目を見開き言葉が出なくなった子龍(ズィーロン)を見て、副官はどうしたのかと尋ねたが、子龍(ズィーロン)は考え込んで返事がなかった。


しばらくの沈黙が続き、副官が苛立ち始めた頃……


「彼が罪人を連れて行ったようだな……」

「彼とは……何か察しでもついているのですか?」

「……兵を集めろ、罪人を追跡する。」


詳細な説明もなく兵を集めろと言う子龍(ズィーロン)を見て、副官は歯がゆかったが、罪人を捕らえに行くのは明らかなのでこれ以上問い詰めなかった。


「それより、彼らはどうするのですか?」


副官は捜査員たちを見てどうするつもりか尋ねたが、子龍(ズィーロン)は振り返りもせず……


「邪魔だ。彼らには何も言わず、村を回り続けさせておけ。」

「かしこまりました、隊長!」


子龍(ズィーロン)は険しい表情で副官と共に歩き出した。


*****


都賢秀(ドヒョンス)は671番の案内で市場の通りを進み続けていた。


だが671番の案内する道を見ながら、都賢秀(ドヒョンス)は疑問を抱いた。


「しかし反乱軍の本拠地なら、森の中か村の外れにあるべきじゃないか?なぜどんどん村の中心部に行くんだ?」

「はは!本拠地は市場の繁華街にあるからさ。」

「えっ?!そんな目立つところに反乱軍の本拠地を置くって?!」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムは671番を見て「こいつ…バカじゃないか?」と思っていた。


「はは!ひどいな。何考えてるか全部見えてるよ!」

「本当に呆れるよ!どうして人目に付くところに本拠地を置くと思うんだ?反乱軍のリーダーって、実は相当のバカなのか?」

「はは!そんなわけないよ。指揮官のあの娘は長安国の首都、ナギョンで学んだ優秀な人材なんだから。」


呆れた様子で無遠慮に非難していた都賢秀(ドヒョンス)は、671番を見て急に口を閉ざした。


「娘?反乱軍のリーダーは女性なのか?」

「はは。知らなかったの?結構抜けてるね。」

「ここで血だらけにしてやろうか?」


言ったこともないのにバカにされ、都賢秀(ドヒョンス)の理性はギリギリで保たれていた。


「はは!着いたからって血だらけにするのは次回にしてくれよ。」

「着いた?」


都賢秀(ドヒョンス)は着いたと言われ周囲を見回したが、やはり市場のど真ん中で、反乱軍が住むような施設は見えなかった。


「いったいここにどこに反乱軍が……それに、ここはなんだか見覚えがあるな?」


不思議そうに見覚えのある通りを見ていると、671番が建物を指差して紹介した。


「私たちの目的地はここだ。私の店、『白ひげ鯨』だよ。」


671番が案内した反乱軍の本拠地は、もともとレトムの拠点予定地だった茶店だった。


廃墟となって何もない場所が、どうして反乱軍の本拠地になるのか都賢秀(ドヒョンス)は理解できなかった。


「こんなボロボロの建物がどうして反乱軍の本拠地なんだ……」

「はは!ひどいな。それでも我が家が代々住んでいた場所で、私の最後の財産なんだ。」

「申し訳ないけど……何もないのは事実だよね。」


何もない場所でどうやって反乱軍活動をしているのか問う都賢秀(ドヒョンス)に、671番はニヤリと笑いながら中に入った。


そして手で空中に何かを「スッ」と描くと……


「え?」


今まで見えなかった扉が現れた。


「私の聖手せいしゅの能力は幻術だよ。人に見えないように隠すことができるんだ。」

「……すごい。」


人の往来が多い市場の真ん中。


本来なら反乱軍の本拠地としては最悪の場所だが、671番の能力のおかげで人々、特に官軍の目を逃れて隠れることができ、情報収集に最適な場所となっていた。


<なるほど……確かにこういう特技があれば、この建物は最適な本拠地になり得るな。>


レトムも感心して見つめていた。


「さあ!早く中に入ろう。指揮官のあの娘が待っている。」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムは671番の案内で中に入った。


扉を開け中に入ると、部屋には20人ほどの反乱軍が会議をしていた。


「無事に帰還されたのですね、都賢秀(ドヒョンス)様。後ろの方にいるあの方が……異次元から来たというもう一人の都賢秀(ドヒョンス)でしょうか?」


ごつい男たちの中で、最も上座に華美ではないが古風で優雅な服装の女性が座っていた。


まさに反乱軍の指導者だった。


古風な紺色の羽織にほのかな文様が刻まれ、黒髪は光を受けて艶やかに輝いていた。鋭いながらも知性的で冷静な目つきで、口元には常に余裕の微笑みが浮かんでいた。


「お会いできて光栄です、異世界の都賢秀(ドヒョンス)よ。私は反乱軍の指揮官、梅仙(メイシェン)と申します。」


途端に美しい女性の挨拶に、都賢秀(ドヒョンス)は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにした。


「ど、都賢秀(ドヒョンス)と言います。お会いできて嬉しいです。」

「どうぞごゆっくり。我々は会議を続けねばなりませんので、失礼いたします。」


しかし反乱軍の指導者梅仙(メイシェン)の反応は少し変だった。


671番の都賢秀(ドヒョンス)に二重スパイをさせ、自分を助け出させたにもかかわらず、全く関心を示さなかったからだ。


「ところで……なぜ私を助けてくださったのですか?何か私に命じたいことでも?」


理由を尋ねる都賢秀(ドヒョンス)に、梅仙(メイシェン)と反乱軍たちは一瞬驚いた顔をしてから大声で笑った。


「ハハハ!!誤解されているようだな。我々が助けようとしたのではなく、そこにいる都賢秀(ドヒョンス)様が助けようとしたのだ。我々は全く興味がない。」

「なんですって?! 」

都賢秀(ドヒョンス)様が来てお前を助けるため、協力を頼まれたので方法を教えたのだ。お前に何か頼むつもりはないので安心しろ。」


なぜ自分を代わりに助け出そうとしたのか疑問に思った都賢秀(ドヒョンス)は、あまりにもおかしくて671番を見た。


「お前は我々の希望だから、ここで無残な死を遂げないよう助けてくれと言われたのだ。」

「無残な死って?!お前が領主の言うことだけ聞いてなければ俺たちが危険に晒されることも……」

「はは!お前は祖母と孫を助けるために管理人を攻撃しただろう?それで領主の耳にお前の存在が入ってしまった。だから絶望的な状況のように見せてお前を別の次元に誘導したのだが……お前はむしろ領主の城に向かってしまった。だから指揮官のあの娘に頼んだのだ。」


最初から都賢秀(ドヒョンス)の軽率な行動が原因だと言われ、都賢秀(ドヒョンス)は恥ずかしくて深く頭を下げていた。レトムはそんな都賢秀(ドヒョンス)をじっと睨みつけていた。


「ともあれ無事に脱出したのだから、今度は別の次元へ移動するんだ。こんな状況でキウ?キュール?まあ、それを探すのも簡単ではないが……!!」

<それは無理です。>


危険だから早く別の次元に行けという671番の言葉をレトムが遮って断った。


「なぜ?状況が悪化して捜索が不可能になったのも事実じゃないか。」

<確かに今の状況なら一旦離れて次の機会を待つべきですが……残念ながら発見してしまいました。>

「発見?何を……?」

<それはキューブです。>


キューブを発見したというレトムの言葉に、二人の都賢秀(ドヒョンス)は驚き声をあげた。


「なんだって?!どこで?! 」

<領主である龍煒(ロンウェイ)です。彼の指に指輪として加工されたキューブがありました。>


龍煒(ロンウェイ)がキューブを指輪に加工して身に付けているとは、二人の都賢秀(ドヒョンス)は驚いて何か言おうとしたその時……


「それは何の話だ?! 」


突然話に割り込んだ存在がいたため、都賢秀(ドヒョンス)の言葉は出なかった。


それは反乱軍の指導者梅仙(メイシェン)だった。


梅仙(メイシェン)は鋭い目つきでレトムをにらみながら近づいてきた。


「お前は……」


怖い目でにらまれ、天下無敵のレトムも少し怯えた。


レトムに近づいた梅仙(メイシェン)は彼を見て……


「一体何者だ?空を飛ぶ餅か?」


ぷにぷにと柔らかそうな姿を見て、餅かと尋ねる梅仙(メイシェン)の突飛な質問に二人の都賢秀(ドヒョンス)は思わず「プッ!」と笑ってしまった。


レトムはむっとした顔で自己紹介をした。


<……私はレトムと言います。最先端のAIです。>

「AI……何を言っているのか分からんが……ともかくお前は……その指輪の正体を知っているのか?」


なぜか梅仙(メイシェン)はキューブに興味を示していた。


<キューブはCross Universe Bending Engineを略したもので、次元間の空間を歪め移動を妨害する装置です。>

「まだ分からん言葉が多いが……重要なのは、それを誰が作ったのかだ。」

<……残念ながらキューブは誰かが作ったものではありません。次元が切り離される過程で自然に生成される……自然有機物なのです。>

「そうか……」


キューブが誰かの手で作られたものではなく、自然発生物であるという言葉に梅仙(メイシェン)は何故か目に見えて失望した。


「どうした?キューブがどうしたんだ?」


キューブについて何か知っているのかと都賢秀(ドヒョンス)が尋ねると、梅仙(メイシェン)は意外な言葉を口にした。


「領主が……父上がおかしくなったのも、あの正体不明の鉱石を持ち込んでからなのだ。」

「そうなのか?」


領主がキューブを持ち始めてからおかしくなったという言葉に、都賢秀(ドヒョンス)はしばらく驚いていた。そして……


「ちょっと待って!ところで父上とは誰のことだ?」


聞き間違いかと思い梅仙(メイシェン)に父上が誰か尋ねると……


「私の父は……このイェヒョンの領主、龍煒(ロンウェイ)です。」


都賢秀(ドヒョンス)が聞き間違えたわけではなかった。


梅仙(メイシェン)の正体は、なんと……領主の娘だったのだ。


反乱軍の指揮官梅仙(メイシェン)が、領主龍煒の娘だと聞き、都賢秀(ドヒョンス)とレトムはあまりの衝撃に呆けていた。


「つまり…あなたが…領主の娘ですって?」

「その通りだ…」

「でも…なぜ自分の父を狙って、こんな組織を…?」


父親の政策に反対し、娘が反乱軍を率いている――都賢秀(ドヒョンス)には到底理解できず、梅仙(メイシェン)をじっと見つめるしかなかった。


梅仙(メイシェン)も、自分の秘密がばれたかのように顔を伏せていた。


「はあ…領主が民の血をすすり、その娘が父を狙うなんて…まさに世も末の家系ね」


恥ずかしさで視線を落としていた梅仙(メイシェン)は、“民の血をすすっている”という言葉にかっと振り返った。


「父は公明正大で、不義は決して見逃さず、困っている人々を助ける真の領主です!そんな言い方をしないでください!」


突如の一喝に都賢秀(ドヒョンス)はたじろいだが、意地を張って反論した。


「村の人の評判とは全く違うようでしたけどね」

「…説明したように、父はキューブだかキュバだかという奇妙な鉱物を献上されてから、変わってしまったのです…何度も“リングを捨ててください”とお願いしましたが、逆に激昂され、まったく聞いてもらえませんでした」


確かに、キューブを手にしてから父が変わったと言っていた。


<それに、私が数年前にここに来た時の領主は、人格者そのものでした。>


レトムは、あのとき見た人物と今の姿がまるで別人のように変わっていることに疑問を抱いていた。


「よく見ろよ、モチおもちさん

<…私の名前はモチじゃなくてレトムです!!>


ずっと「モチ」と呼ばれ続け、さすがのマイペースレトムも強い口調で抗議した。


だが高貴な身分で育った梅仙(メイシェン)は、誰の言葉にも割って入ることなく語り続けた。


「父は官吏の不正を見ても黙認し、職務をおろそかにし、奇妙な祈りに没頭しておられます」

「祈りですって?」

「はい…奇怪な祈祷に専念し、反対する官吏の訴えも聞こうとせず、強く反対した者の首を落としてまで祈りを続けておられるのです」


何の理由もなく、謎の祈りに反対するだけで人を処刑する――その話に、都賢秀(ドヒョンス)は救い出されたことを僥倖と思いつつも背筋が寒くなった。


「その謎の鉱物を手にしてから…まるで別人のようになったのです」


キューブが人格を変える力を持つのかと都賢秀(ドヒョンス)はレトムに尋ねた。


「…そのような話はないと思います。キューブは次元を歪めるだけで、特別な力はないそうです」


そう言うレトムに全員が首を傾げる。


まさか…ではなぜ父の性格があれほど変わったのか?


「もともと領主がそんな人だったんじゃ…」

「殺してやろうか?」


意味不明な言葉を続けるなら殺すと、梅仙(メイシェン)が冷たく突き放すと、都賢秀(ドヒョンス)はしゅんと黙った。


「それにしても…顔が変わったとはいえ、娘が父親相手に反乱軍を起こしていいの?完全に不孝者ね」


場を和ませようとした都賢秀(ドヒョンス)の不用意な一言に、梅仙(メイシェン)も671番も顔を曇らせた。


自分が言い過ぎたと気づいた都賢秀(ドヒョンス)は、慌てて謝った。


「す、すみません…言いすぎました」

「いいですわ。旅人のあなたは、ここに関与なさらずに早くお帰りください」


立ち去るよう告げる梅仙(メイシェン)に対して、都賢秀(ドヒョンス)とレトムは首を振った。


キューブの在り処が分からないならともかく、今は領主が持っている以上、話は別だ。


なんとか再び城に近付きキューブを奪いたい――それが二人の想いだった。


「ねぇ、798番都賢秀(ドヒョンス)。気持ちはわかるけど、ここにいると危ないぞ。次元移動管理連盟だけでなく、この領主にも追われる身だ。命がいくつあっても足りないだろう」


レトムは、ある地球では15日以上は留まるべきでないと言っていた。

幸いキューブの所在はわかったが、官吏に追われる日々で、城に近づくどころではなかった。


しかも、レトムも都賢秀(ドヒョンス)も知らないうちに、連盟の要人たちはすでに671番地球に来ているという状態だった。


このまま先に退き、次の機会を待つのが賢明かもしれないが――

戻るときにキューブの在り処が変わっていたら、また手探りの日々が始まる。


だからこそ、今が奪う好機だと二人は思っていた。


だが、671番はふたりの態度をこう判断していた。


「ーー男が後のことを考えて退くのは、恥ずかしいことじゃない。だから恥じるな」

「え?どういう意味?なんで私が恥ずかしがってるって?」

「お前が子龍(ズィーロン)を恐れて退いたって認めたくないだけだろ!!」

「なんだとこの野郎!俺が誰を恐れるってんだ!!」


突然声を荒げる都賢秀(ドヒョンス)に、レトムも含め全員が気の毒そうな目で見つめた。


「男ってのは見栄張るものさ。悪いことではない。でもそこまで恥じることもない。子龍(ズィーロン)は桁外れの実力者だからな」

「その通りだ。子龍(ズィーロン)は蛮族の国境を守り大活躍した武人で、王室からも認められている。我々もその力ゆえに動けずにいるのだから、恥じることはないと申します」


いくつ年をとっても男は見栄っ張り――


671番の言葉でも梅仙(メイシェン)が同調するのを見て、都賢秀(ドヒョンス)はますます認めたくなかった。


「あの巨大なやつが卑怯な手を使ったからだ!!」

子龍(ズィーロン)が卑怯な手を使ったって?」

聞きなれた平民の彼らにとって、ジェネレーションギャップから理解しにくかった。


そして――


<実際、卑怯ではありませんがね>


レトムまでが都賢秀(ドヒョンス)を擁護しなかった。確かに間違いでもない。


「本当に情けないやつ…いずれあいつの身体を固める奇妙な力に驚いて、昨日と同じことになるぞ!」


都賢秀(ドヒョンス)は次は絶対に負けないと豪語していたが、誰が見ても“一度怖気づいたクセに強がってるだけ”に見えた。


<都賢秀(ドヒョンス)様…>

「はは、俺の方が情けなくなるわ…」

「おいおい!男の見栄は温かく見守るのが礼儀ですぞ」


レトムから671番、梅仙(メイシェン)まで、皆が都賢秀(ドヒョンス)を憐れむように見つめると、ついに彼は爆発した。


「おい!マジかよ!!俺を人間じゃなくてゴミ呼ばわりか?!次会ったらとことん…!!」


ゴォォォォン!!!


ついに都賢秀(ドヒョンス)の背後から激しい轟音。壁が崩れた。


そして崩れた壁の向こうから現れたのは――


「はは…お前がそんなに必死で探していた相手が、わざわざ訪ねてきてくれたぞ」


そう言って現れたのは――子龍(ズィーロン)だった。


都賢秀(ドヒョンス)の行方を見つけ出し、部下を率いて奇襲をかけてきたのだ。


〈さあ!先ほど“とことん潰す”って言っただろ?その勇猛な姿、見せてみろ〉

「そうだ。俺は静かに後ろで応援するよ」

671番とレトムは、都賢秀(ドヒョンス)の背中を押すように(?)戦いを応援した。


「こいつら、人のことは余計なお世話だな…」


とはいえ、都賢秀(ドヒョンス)もそんなに子龍(ズィーロン)を恐れていた。


が、子龍(ズィーロン)の視線は不思議と――都賢秀(ドヒョンス)ではなく、梅仙(メイシェン)に向いていた。


「お嬢様…」


じっと見つめられた梅仙(メイシェン)は、恐れと憐れみの入り混じった複雑な表情を浮かべた。


「私は…確か、あなたに慎むよう申し上げたはずですのに…父上の心を痛めながらまで、ここまでされるのですか?」

「…私は、私のすべきことをしているだけです」

「お嬢様を信じて、ただ見守るつもりでしたが…こんなにも危険なことをなさるなら、今回は無理やりでもお城へお連れして帰ります」


自分を強制的に連れ帰ろうとする子龍(ズィーロン)の言葉に、梅仙(メイシェン)は唇を噛みしめ、悲しげな瞳を浮かべた。


二人の対話はどこか奇妙だったが――とにかく都賢秀(ドヒョンス)にとっては窮地だった。


その隙に、都賢秀(ドヒョンス)はこっそり外へ逃げようとした。


そのとき――


「“私”に会いたいと言われてわざわざ足を運んだのに、どうして話もしないで帰ろうとするのか?」


子龍(ズィーロン)に見つかってしまったのだ。


〈ウワ…しょぼっ!!〉

「はは!同じ名前を持つ奴にこんなつまらん輩がいるとは…顔から火が出そうだぜ」


〈こいつら、本当に余計なことばっか…〉


かつては“子龍(ズィーロン)と戦うより逃げろ”と言っていたレトムと671番も、今回は「戦わないのか」と文句を言い始めて、都賢秀(ドヒョンス)の心中はごちゃごちゃだった。


「逃げる道はもうない。領主の手勢が出口を抑えている。だから素直に拘束されろ」


建物内にも子龍(ズィーロン)の部下10名が入りこんでいると聞かされ、外にも配備されているだろうと悟った。


――逃走は絶望的だった。


「いいだろう、大きな体した奴よ!俺が戦いとはこういうものだって教えてやるぜ!!」


闘志満々の都賢秀(ドヒョンス)に、レトムは心配そうに声を掛けた。


<本当に大丈夫ですか?前回は手も出せずにやられてしまったのでは…>

「ふざけんなよ、“戦うな”って言ったくせに…まあ心配すんな。俺には切り札があるからさ」

<切り札?>


本当に策があるのか、自信満々の都賢秀(ドヒョンス)は満面の笑みを浮かべていた。


その様子に、子龍(ズィーロン)も興味を示し、武人としての本能がうずいた。


「ほお、本館を打ち破る妙策を持っているとな…面白い。見せてくれ」


子龍(ズィーロン)は愛剣「天雷」を抜いた。


蛮族退治の功績により、帝国の名工に作らせ下賜された名剣だ。


この剣が抜かれると、梅仙(メイシェン)や反乱軍はもちろん、官兵たちまでもが息を飲んだ。


しかし、都賢秀(ドヒョンス)だけはその剣を見て、勝利の微笑を浮かべた。


「やはりそれを抜いたか…それが、そいつのお前のミスだ」

「何だと?それはどういう…!!」


剣を抜くのがミスだと言われ、都賢秀(ドヒョンス)が反論しようとしたその瞬間――襲いかかってきたのだ。


都賢秀(ドヒョンス)が自分に向かって素早く突進してくると、子龍(ズィーロン)は思わず苦笑いを漏らした。


「前回あれだけ叱られても、まだ懲りていないのか。」


昨夜、いい加減な潜入術だけを頼りに宮殿に侵入し、何の抵抗もできず敗北した男がまた突撃してくるのだから――


勇敢というよりも、ただの愚か者に見えた。


「領主様はお前の首を取れとお望みだ。今回ばかりは、手加減などしない…!!」


バキィン!!!


剣を振るう子龍(ズィーロン)だったが、低い天井に阻まれ思うように振り下ろせなかった。


子龍(ズィーロン)は2メートルを優に超える大男で、手にしている愛剣「天雷」は刀身だけでも130センチはありそうな長剣だ。


しかも、『白ひげクジラ』という茶店の奥の部屋は古くて狭く、天井も低かった。


これら全ての条件が絡み合い、自然と状況は都賢秀(ドヒョンス)に有利に傾いていた。


都賢秀(ドヒョンス)は満足げな笑みを浮かべながら、剣を握る子龍(ズィーロン)の手首めがけて短剣を突き刺した。


「クヘヘヘ!死んでしまえ!!」


悪党のような台詞を吐きながら――


カァァン!!!


しかし、人の手首に刺したとは思えないほどの鈍い音が響き、都賢秀(ドヒョンス)の攻撃は失敗に終わったことを知らせた。


「くそっ!ちくしょう!!」

〈台詞だけ聞くと誰が悪党かわからないな。〉

「うるせぇ、この野郎!!」


レトムの口うるさいツッコミが入り、ふたりの仲良し(?)な掛け合いが再び始まった。


周囲の者は皆『戦ってるのに何やってんだ?』と呆れ顔で見ていたが、子龍(ズィーロン)はひたすら自分の手首だけを見つめていた。


今回も、自分の聖獣が体を守ってくれたから助かったものの、もし別の聖獣だったら右手首はもう存在していなかっただろう。


そのことを考えると背筋が凍る子龍(ズィーロン)だった。


「…本官の聖獣が反応する前に繰り出される素早い突き、しかも有利な場所を選ぶ戦術…予想以上に危険な奴だな。」


子龍(ズィーロン)都賢秀(ドヒョンス)の実力を再評価し、警戒心をさらに強めた。


この場所では邪魔になる自分の愛剣を迷わず捨て、小さな短剣を手に持ち替えた。


「あれ?」


子龍(ズィーロン)が武器を変えたのを見て、今度は都賢秀(ドヒョンス)の方が緊張した。


たとえ状況が不利であっても、実戦に慣れた自分の武器を捨てて別の武器を選ぶことは、普通の決断力ではできないことだ。


だが、王室にも認められた達人子龍(ズィーロン)に迷いはなかった。


子龍(ズィーロン)都賢秀(ドヒョンス)の首を狙って素早く刺しにかかった。


大男とは思えぬ素早さで襲いかかる子龍(ズィーロン)の突きを、都賢秀(ドヒョンス)は慌てて首を横にそらし回避した。


都賢秀(ドヒョンス)も負けじと短剣を振り上げ斬りかかったが、子龍(ズィーロン)は左腕で受け止めた後、水平に振り抜いて反撃した。


都賢秀(ドヒョンス)は腰を後ろにそらすスウェイでかわし、反動を利用してそのまま突きを狙った。


子龍(ズィーロン)は首をわずかに回避し、攻撃した腕を掴んで都賢秀(ドヒョンス)の肩を突いて戦闘不能にしようとしたが、都賢秀(ドヒョンス)は手首をひねって逃げ、子龍(ズィーロン)を肩で押し返した。


子龍(ズィーロン)はバランスを崩してよろめき、都賢秀(ドヒョンス)が斜め上から斬りかかったが、子龍(ズィーロン)は足で蹴り返し距離を開けた。


間合いができると、ふたりの戦闘は一時的に静まり、呼吸を整えていた。

その高次元の戦いを見た反乱軍と官軍の者たちは、言葉を失うほど感嘆していた。


「な、何が起こっているんだ…?」

「さ、さあ…何か光ってた気もするけど…」


だが、皆の感嘆も子龍(ズィーロン)ほどではなかった。


『昨日とはまるで違う…凶暴な蛮族の中でもこれほど素早く正確な動きをする者はいなかった…この男の正体はいったい…?』


子龍(ズィーロン)は、前回戦った時とはまるで異なる都賢秀(ドヒョンス)の腕前に驚かざるを得なかった。


一方、都賢秀(ドヒョンス)も「初めて聖獣を見て戸惑ったが、再び会えば前のようにはならない」という自分の言葉を守っていた。


だが、状況は都賢秀(ドヒョンス)にとって有利とは言えなかった。


【くそっ…でかい体なのに何であんなに速いんだ?】


有利な場所で戦えば違う結果になると思ったが、現実は甘くなかった。


子龍(ズィーロン)は聖獣の保護を受けて攻撃が通じるが、都賢秀(ドヒョンス)は違った。


体力が削られる後半戦では危険になるのは都賢秀(ドヒョンス)の方だが、打開策は見えなかった。


「どうしよう?どうしよう?」と頭を悩ませていると、突然部屋の中に小さな玉がいくつか転がり込んできた。


それを見て「何だ?」と思っていると、レトムの声が聞こえた。


〈それは煙玉です!!〉

「えっ?!」


レトムの言う通り、小さな玉が“チャラン”と音を立てて爆発し、刺激臭の煙が立ち上り部屋中に広がった。


都賢秀(ドヒョンス)は慌ててハンカチで鼻と口を覆いながらも、『671番地区にこんなものもあったのか?』と不思議に思ったが…


「何だ?!急に煙が?反乱軍の新兵器か?!」


慌てる子龍(ズィーロン)の反応を見るに、あれは彼の仕業ではなさそうだった。


なら一体、誰が現代兵器の煙玉を使ったのか?


その時、部屋に新たな乱入者が現れた。


「クハハハッ!!798番都賢秀(ドヒョンス)!!連盟の手から逃げられると思ったか?!!」


連盟から派遣されたジュセペ隊員だった。


部下8名を率いて都賢秀(ドヒョンス)を捕らえるため、先制攻撃として煙玉を使ったのだ。


まだ連盟の隊員が671番地区にいることを知らなかった都賢秀(ドヒョンス)とレトムは、隊員の到来に絶望に近い驚きを隠せなかった。


「あれらは隊員じゃないか?なんでこんなに早く来たんだ?」

〈…原因はわからないが、本当に危険だ。なんとか逃げなければ。〉


レトムは逃げるべきだと言うが、すべての退路が塞がれた状況でどうしたらいいか、いいアイデアが浮かばなかった。


都賢秀(ドヒョンス)とレトムが絶望に沈もうとした時、ジュセペは『これで昇進は決まった』と思い込み、部下に命じた。


「マザーの意志に従い、都賢秀(ドヒョンス)を逮捕せよ!さあ、早く捕まえろ!!」


ジュセペは部下に都賢秀(ドヒョンス)を捕らえるよう指示したが、動く者はいなかった。


「何をしている?!都賢秀(ドヒョンス)を捕まえろと言っているだろう!!」

「でも…」

「でもって何だ?! 」

「こんなに煙が濃い場所で、都賢秀(ドヒョンス)がどこにいるかどうやって知って捕まえろと?」


部下の指摘にジュセペも部屋を見直した。元々狭い室内に煙玉を使ったため、煙が立ち込め視界が遮られ都賢秀(ドヒョンス)の位置は特定できなかった。


さらに煙で咳き込みながら観軍が飛び出し、さらに混乱を招いていた。


「まったく…先に一言言ってから煙玉を使えよ…」

「ゲホゲホ!」

「これって毒じゃないよな?」


こんな状況で連盟隊員が突入すれば混乱が増すばかりだった。


事前連絡もなく煙玉を先に使ったことが仇となったのだ。


「くそ…煙が晴れるまで待て!!みんな入口を警戒せよ!!」


部屋は反乱軍の秘密アジトに使われていたためか特に狭く、換気窓も小さかった。


そのため10分ほど経っても煙は晴れなかった。


だが根気強く待つと徐々に煙は薄くなった。


「よし!煙が晴れた!中に入り逮捕せよ!!」


隊員たちは武器を構え「うおおお!」と叫びながら中へ突入した。


「動くな、都賢秀(ドヒョンス)!!マザーの意志により、お前を…あれ?!」


昇進の夢を膨らませ自信満々で銃を向け叫んだジュセペだったが、目の前にいたのは…


真っ赤な顔で必死に怒りを抑えている子龍(ズィーロン)だけだった。


「…何だ?都賢秀(ドヒョンス)は?」


呆れた顔で都賢秀(ドヒョンス)の所在を尋ねるジュセペに、子龍(ズィーロン)は超人的な忍耐力で耐えながら辛うじて答えた。


「こちらが聞きたい。お前ら愚か者は…外で警戒していなかったか?」


確かに外で警戒していたはずだが、中から出てきたのは観軍だけだった。


その時ジュセペの頭に文句を言っていた部下の言葉がよぎった。


『まったく…一言言ってから煙玉を使えよ…』


未開文明レベルの671番地区で煙玉の存在すら知らない中、煙玉の話が出たのは…


都賢秀(ドヒョンス)が管理人たちの間に紛れて脱出したからだった。


他の反乱軍も一緒に…


さらに隊員たちが騒ぎ立て煙をまき散らす煙玉を使ったせいで、周囲の商人や通行人が「何事だ?」と見物に集まり混乱が一層深まっていた。


「ふむ…つまり…勝手にこの煙を使って混乱を引き起こし、警戒を怠らせて罪人を逃した…そういうことか?」

「え…いや…その…」


どうにか言い訳しようとしたが、残念ながらジュセペには巧みな弁舌を振るう舌は持ち合わせていなかった。


持っていたらとっくに出世していただろうに…


子龍(ズィーロン)は自分の弁護もできないジュセペを見てため息をつき、「こんなバカに怒っても自分が損するだけだ」と思い怒りを抑えた。


「いったいどうやってここを知って来たんだ?」


正直子龍(ズィーロン)は邪魔になると思い一部隊をわざと置いてきたのに、それを知って追跡してきた隊員たちに驚いていた。


それで秘訣を尋ねると…


「ふん!それは小型衛星のおかげだ。お前ら未開人には到底真似できぬ最先端技術だ!」


ジュセペは小型衛星という小さな玉を見せ、得意げに自慢を始めた。


小型衛星が何なのかもわからず、得意げに話すジュセペの姿も気に入らなかったが、あの奇妙な玉さえあれば都賢秀(ドヒョンス)の追跡は可能かもしれなかった。


「そんな素晴らしいものがあるのか?それなら都賢秀(ドヒョンス)がどこへ逃げたかも分かるな。早く見つけてくれ!」


子龍(ズィーロン)は希望の糸が切れていないことに勇気づけられ、都賢秀(ドヒョンス)の所在を尋ねたが、なぜか隊員たちの顔は暗かった。


「それが…」

「どうした?何で言えないんだ?」

「実はこれ…使い捨てで…」

「使い捨て?まさか…」

「そう。もう…使えない。」


指をくねらせながら、都賢秀(ドヒョンス)の追跡道具がもう使えないと告げるジュセペを見て、子龍(ズィーロン)は「もう一気に切り捨ててしまおうか?」と真剣に考えた。


子龍(ズィーロン)は地が抜け落ちそうなほど深いため息をつき、頭を後ろに倒した。


「はあ…領主様に何と報告すればいいのやら…」


龍煒(ロンウェイ)に叱られることを考えて頭が痛くなった子龍(ズィーロン)は、彼の言葉を思い出した。


「…俺の力では捕まえられないと言ったが…これがその意味だったのか?あの男の隠れた実力を見て?」


子龍(ズィーロン)は浮かぶ疑問に頭を抱え、領主に報告するため城へ戻った。


*****


子龍(ズィーロン)は重い心を抱えながら龍煒(ロンウェイ)の執務室へと歩いていた。


勇ましく動き出し、都賢秀(ドヒョンス)の居場所まで突き止めておきながら、目前で逃してしまったのだから、護衛官の職を解かれるだけでなく、首をはねられても文句は言えない状況だった。


共に失態を犯したジュセペは「私は都賢秀(ドヒョンス)を追い続ける」と言って勝手に去ってしまい、失敗の報告という重い責任は一人で背負わなければならなかった。


「閣下、小官子龍(ズィーロン)です……」


龍煒(ロンウェイ)に自分が来たことを報告しても、返事はなかった。


『お前の失態で本官は怒っている』という無言の圧力が部屋の空気に漂っていた。


子龍(ズィーロン)はさらに重くなった心を胸に秘めて、部屋の中へ入った。


「閣下……」


執務室の片隅に用意された祭壇に座り、祈りを捧げている龍煒(ロンウェイ)子龍(ズィーロン)を一切見ず、しかし顔には怒りが満ちていた。


子龍(ズィーロン)は床にぺたりと頭をつけて謝罪した。


「申し訳ございません、閣下!!私の無能ゆえにあの罪人を逃してしまいました!!どうか死をもってお詫び申し上げます!!」


武士としての誇りも捨て、床に伏して懇願する子龍(ズィーロン)を見ても、龍煒(ロンウェイ)は依然として口を開かなかった。


子龍(ズィーロン)龍煒(ロンウェイ)の言葉を待つ時間が、地獄の修羅場に溺れるよりも辛いと思った。


「……本官は確かに……都賢秀(ドヒョンス)を見つけ出すなと言い、村だけを掻き乱して彼をさらに深く隠れさせろと命じたはずだ……なぜ本官の命令を破ったのだ?」


龍煒(ロンウェイ)の怒りの理由は自分が想像していたものとは違い、少し戸惑ったが、とにかく怒っているのは事実で、何とか弁解しなければならなかった。


「申し訳ありませんが……私が愚かで、彼が閣下にどれほどの悩みをもたらすか理解できず、しかし彼を捕らえて処理すれば閣下の悩みも消えると考えたのです……」

「ふう〜確かに本官はお前の力量では無理だと言ったのにな……」


子龍(ズィーロン)は誇りが砕けるように感じたが、都賢秀(ドヒョンス)を侮って戦い、彼の実力に驚き結局逃がしてしまった以上、何も言い訳はできなかった。


「言うことはありません、閣下……」

「……よい。で、都賢秀(ドヒョンス)はどうしている?」

「私の無能ゆえに戦いを挑みながら、結局逃してしまいました……!!」

「何だと?!!」


報告していた子龍(ズィーロン)は、龍煒(ロンウェイ)の突然の大声に驚いて顔を上げた。


しかし龍煒(ロンウェイ)は何に驚いたのか、目を大きく見開き、呆然とした顔で子龍(ズィーロン)を見つめていた。


「あの者と……戦ったのか?」

「はい、その通りでございます……」

「だがなぜ生きているのだ?」

「え?」


龍煒(ロンウェイ)からまた理解不能な言葉が出て、子龍(ズィーロン)は頭が混乱してきた。


「私の力量は低いのは確かだが……あの者に負けるほどでは……」

「そうか?」


都賢秀(ドヒョンス)の実力が自分を圧倒するほどではないと報告する子龍(ズィーロン)に、龍煒(ロンウェイ)は再び思索に沈んだ。


そしてすぐに『クスッ』と笑い……


「なるほど……まだ完全に融合は成されていないのだな……」

「え?それはどういう……」


ずっと訳の分からないことを言う龍煒(ロンウェイ)に、子龍(ズィーロン)は礼儀を欠いても反論しようとしたが、彼は子龍(ズィーロン)の言葉を聞こうとはしなかった。


都賢秀(ドヒョンス)がお前の実力に叩きのめされて逃げたというのは本当か?!」

「はい、その通りでございます、閣下!」

「よい!はははは!お前の功績は大きいぞ、子龍(ズィーロン)!はははは!」


罪人を逃したにも関わらず褒められるという理不尽な状況に、子龍(ズィーロン)は呆然とした表情になった。


「これで次元の繋ぎ手は更に深く潜るだろう……だが本座がすぐにこの身を占める。そうなれば次元の繋ぎ手が何をできるというのだ?クハハハハハ!!」


その瞬間、龍煒(ロンウェイ)の口元がゆっくりと、そして不気味に歪んでいった。まるで人間の顔ではなく、別の存在が口を借りて笑っているかのように……


龍煒(ロンウェイ)の異様な笑みを見た子龍(ズィーロン)は背筋が凍りついた。


*****


子龍(ズィーロン)と連合軍の兵士からなんとか逃げ出した都賢秀(ドヒョンス)は、反乱軍と共に移動していた。


「はあ〜最近、移動ばかりで疲れるんじゃないか?」


町を抜けて山道を歩きながら愚痴をこぼす都賢秀(ドヒョンス)に、レトムが慰めるように近づいた。


<特殊部隊出身と言いながらそんな泣き言は……行軍の兵士の基本だよね。>

「おい!それにも限度がある!何日も続けてこんなに歩くのは士官学校でも経験ないぞ!!」


以前155番地区に到着した時は砂漠を横断し、今は671番地区で官軍に追われてほとんど休んでいなかったのは事実だった。


<これからも旅をしながら歩き続けるだけだから、覚悟しなさい。>

「はあ〜前世で何をしたんだろうな……」


都賢秀(ドヒョンス)は愚痴を言いながらも歩みを止めなかった。


「でも……最低でも15日は見つからないと言っていたのに、どうして3日で居場所を突き止められたんだ?」

<正直……全く分かりません。でも原因を把握するより、どう対処するかが重要でしょう。>

「どう対処も何も、ヨンが来る前に逃げるのが一番じゃないか?」


都賢秀(ドヒョンス)の言葉にレトムは「うーん」と唸りながら悩んだ。


何を仕掛けたのかは分からないが、ヨンたちが自分たちの居場所を突き止めたのは確かで、支援を呼べば今夜中に連盟の精鋭が来る可能性が高い。


だから逃げる判断は間違っていなかった。


だが目の前に見つけたキューブを諦めて行くのは気が進まなかった。


都賢秀(ドヒョンス)も同じ思いで、「早く別の地区に行こう」と強く言えずにいた。


二人はどの選択が最善か悩んだ。


「もうすぐ我々の本拠地に着く」


梅仙(メイシェン)が話しかけると、都賢秀(ドヒョンス)とレトムは続いていた悩みから解放された。


だが梅仙(メイシェン)の視線がどこか妙に変わっていた。以前のような無関心で高慢な態度は消え、過剰に丁寧で、観察するかのように都賢秀(ドヒョンス)を見ていた。


その変化がかえって都賢秀(ドヒョンス)には不快だった。


【…どうしたんだろう?】


その視線を意識し、会話の流れを変えようと都賢秀(ドヒョンス)は何気なく話し始めた。


「でも本拠地ってまだあるの?さっきいた所は?」

「ああ!白ひげ鯨は本拠地というより情報収集の前線基地です。今向かっているのが私たちの真の本拠地です。」

「そうか……」


梅仙(メイシェン)の説明が終わって間もなく、彼らは反乱軍の本拠地に到着した。


都賢秀(ドヒョンス)が目にした反乱軍の本拠地は……


「……村?」


子供たちが走り回り、女性たちが食事の準備をし、男性たちは一生懸命働いている……山奥にあるとても普通の村だった。


「子供もいるのに……この人たちがみんな反乱軍なの?」

「正確には官軍に土地を奪われた人々だよ。」


都賢秀(ドヒョンス)の疑問に答えたのは671番だった。


「官軍の横暴で土地を失い、すべての希望を失った人々を指揮官のお嬢さんが連れてきたんだ。」


土地を失った人々だが、表情に悲しみや絶望は見えなかった。


実の親子であるがゆえに、領主と梅仙(メイシェン)の人柄を極端に比較できる姿だった。


「え?!あの時のおじさんだ!」


友達と遊んでいた一人の少年が突然都賢秀(ドヒョンス)を指差し、知っているふうに声をかけた。


しかし都賢秀(ドヒョンス)は誰だか分からず、「誰だろう?」という顔で少年を見ていた。


「どうした?天宝(天宝(ティエンバオ))。都賢秀(ドヒョンス)とどういう関係なんだ?」


671番が少年に近づき、何かあったか尋ねると、天宝(ティエンバオ)という少年は澄んだ瞳で説明した。


「おばあちゃんが悪い人たちにいじめられていたときに助けてくれたおじさんだよ!」

「ああ!そういえば靴屋のおばあちゃん、アイホー(愛和)おばあちゃんが管理たちにひどい目にあわされた時、助けてくれた青年がいたって言ってたけど、それが君だったのか。」


靴屋のおばあちゃんの話で、都賢秀(ドヒョンス)もその子が誰か分かった。


671番地区に着いたばかりの頃、管理たちに困っていたおばあちゃんと孫、その孫だった。


「困っている人を見て見ぬふりをしないとは、さすが都賢秀(ドヒョンス)公は人格も高潔ですね。」


梅仙(メイシェン)都賢秀(ドヒョンス)の話を聞いてさらにキラキラした目で見つめており、都賢秀(ドヒョンス)の不快感は増した。


しかも名前の後に“公”をつけ、王族や高位貴族にのみ使う称号を付ける梅仙(メイシェン)のせいで不快さはさらに強まった。


【このお嬢さん、一体どうしたんだろう……】


都賢秀(ドヒョンス)は不快で悩みもあり、席を立とうとしたが……


都賢秀(ドヒョンス)公、お疲れでしょうが少女から密かに話があります。私と一緒に来ませんか?」


都賢秀(ドヒョンス)はやっぱりと思った。


梅仙(メイシェン)は何かお願いがあって、こうして過剰に振る舞っているのだ。


そしてそのお願いが何かは……だいたい察しがついていた。


梅仙(メイシェン)都賢秀(ドヒョンス)と共に歩き、どこかへ向かった。付き添いはレトムと671番だけだった。


「少女はこの地のイェヒョン(例賢)を、かつての正しい世界に戻すため、領主の城を攻めようとしています。都賢秀(ドヒョンス)公も共に戦っていただけませんか?」


予想通り梅仙(メイシェン)のお願いは共闘の申し出だった。


そして当然ながら都賢秀(ドヒョンス)にとっては気乗りしない話だった。


「……さっきは私に興味がないと言っていたのに、急に気が変わった理由は?」

「実は……少女が反乱軍を組織し領主に抗うと決めて数年が経ちましたが……行動に移せなかった理由があります。それは……子龍(ズィーロン)のせいです。」


この点は都賢秀(ドヒョンス)も認めた。


子龍(ズィーロン)は巨体に似合わず卓越した筋力を持ち、反対に体格に似つかわしくない機敏な動きと反射神経を備えていた。


武士ではなく、もしスポーツ選手ならトップに立てるほどの身体能力で、その存在感は圧倒的だった。


そんな者が領主の側で護衛部隊を率いているのだから、貧弱な勢力では領主の近くにすら近づけないのは明白だった。


子龍(ズィーロン)の存在のために事を企てられなかったが、都賢秀(ドヒョンス)公を見て希望を見出しました。」

「……私が子龍(ズィーロン)と戦う姿を見てそう思われたのですか?」

「そうです。彼と戦ってみてわかる通り、子龍(ズィーロン)は並外れた実力者です。彼と10回以上の合戦をした話は、目の前で見た者も噂で聞いた者もいません。しかし昼間、子龍(ズィーロン)と互角に戦う都賢秀(ドヒョンス)公の勇ましい姿を見て希望を感じました。」

「……私が子龍(ズィーロン)を捕らえる間に領主を狙うつもりだと?」

「その通りです。」


恐ろしいほど予想通りの答えを聞き、都賢秀(ドヒョンス)は思わずため息をついた。


「無理ですよ。城には領主だけでなく、山賊のような寄せ集めでも数千人の官軍がいます。彼らをどうするつもりですか?」


都賢秀(ドヒョンス)は無理だという理由を細かく説明し、梅仙(メイシェン)を諦めさせようとしたが……彼女はむしろ勝ち誇った笑みを浮かべるだけだった。


「兵士なら私たちもいます。」

「兵士?誰のこと?あそこにいる村の人たちのことなら……」


これまで反乱軍に会っても武器を持つ者を見たことがなかったため、兵士などいるわけがないと思っていたが、森の向こうから歓声が聞こえた。


その歓声の主は、がっしりした体格で武器を持ち、軍事訓練を受けている……兵士たちだった。


*****


兵士たちは「村の若者に武器を渡して訓練した」程度のものではなかった。


がっしりした体格の若者たちが、力強い掛け声とともに自信に満ちた表情で槍を振るい、弓を射る姿は、誰が見てもただならぬものであった。


彼らは数年間軍事訓練を受けてきた正規軍であり、その数もなんと五千は優に超えている明白な軍隊だった。


「一体彼らは……」

「彼らは父上によって追い出された……元官軍です。」


元官軍――確かに子龍(ズィーロン)から、領主が元々官軍を追い出してしまったという話を聞いていた。


しかしその官軍たちを、梅仙(メイシェン)が抱えていたのだ。


兵士たちをじっと見つめながら、都賢秀(ドヒョンス)子龍(ズィーロン)の言葉を思い返していた。


龍煒(ロンウェイ)は官軍を追い出し、山賊のような連中を官軍に任命した」という話を聞いた時、呆れてしまったものだった。


だが一方で、「もしかして無能でクビになったのでは?」という疑念も心に湧いた。


しかし、目の前の元官兵士たちを見る限り、それは絶対に違った。


「こんな精鋭を追い出し、山賊みたいな寄せ集めで官軍を埋めるなんて……領主は一体何を考えているんだ?」


疑問はどんどん膨らんでいくが、今一番重要なのは別のことであった。


「しかし……元官軍まで抱えているとなると、本気のようですね……本当に自分の父親を攻撃するつもりですか?」

「もちろんです。」


本当に自分の父親を攻撃するのかと問うと、梅仙(メイシェン)は少しのためらいもなく答えた。


都賢秀(ドヒョンス)にとっては、家族同士が剣を交える姿は理解しがたかったが、領主のせいで村人たちが苦しんでいるのも事実だった。


だからこそ、家族間の情愛よりも貴族として背負うべき義務を優先しているのだろうと思うことにした。


「確かに……今の領主のせいで村の状態がひどいから、幽閉する必要はあるかもしれませんね。」

「幽閉ですって?」

「え?」

「少女は……父上の首をはねに行こうとしているのです。」

「なっ、何ですって!?」


人類の歴史の中でも、反乱を起こして前の指導者を追い出し、新たな支配者が座に就く例は多いが、前指導者にどうするかには二つの選択肢があった。


生かすか、殺すか……。


現指導者が暗君や暴君で、市民が苦しんで追い出した場合、たいていは生かしておくことが多かった。


「私は権力を欲して行動したのではなく、みんなの平和のために行動したのだ」ということを強調するパフォーマンスとして、なおさら殺さずに幽閉だけした。


しかし殺す場合は、「この者が生きていたらいつか自分の座を狙うかもしれない」と恐れてのことが多い。


結局、必死で握りしめた権力を奪われるのが怖くて、前の指導者を殺すのだ。


だから、梅仙(メイシェン)が自分の父親を殺そうとする理由は、市民を心配してのことではなく……権力への欲望からだった。


都賢秀(ドヒョンス)は大きく失望し、梅仙(メイシェン)に嫌悪感さえ覚えた。


「申し訳ありませんが、そんなことならお手伝いできません。」

「なぜですって?そんなこととは?」

「権力に憧れて家族が家族を殺すなんて……私には到底受け入れられない考え方です。だから梅仙(メイシェン)さんを助けることはできません。」

「少女が権力に憧れているだと……」


梅仙(メイシェン)は苦笑いを浮かべたが、その瞳は今にも涙があふれそうに痛々しく揺れていた。その姿を見て、都賢秀(ドヒョンス)は言葉を継げなかった。


都賢秀(ドヒョンス)公の言う通りです……少女は父上を害し、領主の座を奪おうとしています……しかし、それは決して権力への憧れからではありません!」

「では……何のために?」

「父上の名誉のためです。」


父の名誉を守るために、その方を倒そうとしていると言いながら、梅仙(メイシェン)の瞳から太い涙がこぼれた。


「少女の父上は皇室で宰相に望まれるほどの聡明な人材ですが、故郷と領民を愛し、ここに残って昼夜働いておられました……


涙を流しながらも揺るがぬ強い声で語る梅仙(メイシェン)の姿に圧倒され、都賢秀(ドヒョンス)は静かに耳を傾けた。


「今の父上がおかしくなったのは確かです。しかし、それによって父上がこれまで成し遂げた功績まで消えるわけではありません。このままでは父上が築き上げた偉業が色あせてしまうでしょう……」

「父上を安らかに見送り、その名誉を守ること……これが少女が父上にできる最後の孝行です。」


梅仙(メイシェン)の言葉は、一見理屈に合わないようでいて理解できるものだった。


「認知症や精神疾患で壊れていく家族を見るのが辛くて、むしろ自分の手で安らかにしてやった」という記事を、都賢秀(ドヒョンス)も時折目にしていたからだ。


だから娘が父を殺しに行くと言っても、止めることができずにいた。


「……分かりました、私も共に戦います。」

「本当ですか!?ありがとうございます!本当にありがとうございます!」


大いに感激し感謝する梅仙(メイシェン)を見ても、都賢秀(ドヒョンス)は「大丈夫だ、心配するな」と言うことができなかった。


「それで……行動はいつにしますか?」

「五千の兵力を無謀に動かしても城門を突破できず失敗する可能性が高いです。だから兵士たちを商人に偽装して少しずつ潜入させるつもりです。なので……最低でも十日の時間が必要でしょう。」

「ふむ……妥当な意見ですね。」


都賢秀(ドヒョンス)は士官学校で、戦争はなるべく避けるべきだが、やむを得ず起きたら勝たねばならないと学んだ。


だからこそ、慎重に秘密裏に動くという梅仙(メイシェン)の意見は正しかった。


「よし、私も参加しよう。ただし条件がある。」

「条件?それは何ですか?」

「この戦争は私の戦いではない……だから皆の敗色が濃厚になったり、私の命が危なくなったら……私は自分の安全を優先して逃げます。それで異論はありませんか?」


都賢秀(ドヒョンス)も無責任な男にはなりたくなかったが、他人の戦争に巻き込まれて死にたいとは思わなかった。


だから危険になったら逃げるつもりで、あらかじめ許可を得たのだ。


梅仙(メイシェン)は一瞬寂しい気持ちを隠せなかったが……確かに自分たちの戦争に旅人である都賢秀(ドヒョンス)に命を危険にさらすほどの介入を求められないと考えた。


「……当然のことです。助けてくださるだけで感謝すべきことなのに、そこまでは望みません。」

「理解してくださってありがとうございます。」


全ての話がまとまり、都賢秀(ドヒョンス)の参戦が決まった。


「はは!ではこれで全て話が終わったな!?」


671番が都賢秀(ドヒョンス)梅仙(メイシェン)の会話が終わると割り込んだ。


「じゃあ作戦成功を祈って、一杯やろうぜ!」


明日が戦いだというのに酒を飲もうと言う671番に、梅仙(メイシェン)は鬼の形相で叫んだ。


「隊長!!戦闘準備で忙しい時に、なんてばかげたことをおっしゃるのですか!!」


酒を飲もうとする671番に都賢秀(ドヒョンス)は「お前、なかなかセンスあるな」と乗ろうとしたが、梅仙(メイシェン)の怒声にびっくりしてすぐに態度を変えた。


「そ、それだよ!お前、考えあるのか!?」

「うわ~飲みたいくせに逃げるなよ~」


ガキっぽい男たちを見て、梅仙(メイシェン)はため息をついて酒瓶を奪い取った。


「作戦が成功したら……少女が鼻を曲げるほどお酒を振る舞いますから、今日は食事だけにしましょう。」


都賢秀(ドヒョンス)と671番は結局しょんぼりした顔で酒瓶を置き、宿舎へと戻った。


*****


食堂へ降りると、厨房で料理をしていたおばあさんが都賢秀(ドヒョンス)を見るなり嬉しそうに挨拶した。


「あらまぁ、若者!また会えて嬉しいわ。あの時、管理たちに捕まって苦労したんじゃないかとずっと心配してたのよ。」


都賢秀(ドヒョンス)に「早く逃げろ」と言った天宝(ティエンバオ)の祖母、愛和(アイホー)だった。


「ああ……確か靴屋をやっていた……」

「そうよ、あの婆さんよ。若者のおかげで孫が無事でいられた、本当にありがとう。」


自分の祖母を守ろうと官軍たちと戦った天宝(ティエンバオ)都賢秀(ドヒョンス)が助けたことに、愛和(アイホー)は感謝していた。


しかし都賢秀(ドヒョンス)はそんな言葉をかけられても気持ちは重かった。


「いいえ……私のせいで店も壊されて、こうして避難しなければならなくなったのです。」


おばあさんは年齢に似合わず豪快に笑い、「気にするな」と言った。


「ははは!どうせ管理どもが横暴だったせいでいつかは潰れる店だった。若者のせいじゃない、気にするな。」


そして腕をぶんぶん振り回しながら興奮していた。


「しかも若者が悪い管理どもを懲らしめてくれて、どれだけスカッとしたことか!」

「はは……そう言ってくれるならありがたいです……」


都賢秀(ドヒョンス)愛和(アイホー)が和やかに再会を喜んでいるところへ、梅仙(メイシェン)が二人の間に割って入った。


「さあさあ!仲良く話すのはいいですが、都賢秀(ドヒョンス)公が腹を空かせているでしょうから、話は食事をしながらにしましょう。」

「まあまあ!ごめんなさいね、お嬢さん!年寄りが嬉しくてつい舞い上がっちゃって。」


食事をしようという梅仙(メイシェン)の言葉に、愛和(アイホー)はまた厨房へと戻っていった。


そして愛和(アイホー)の指示で、女性たちが料理を食堂に運んできた。


「うわ~これは何だ?」


女性たちが次々に出してくる料理を見て、都賢秀(ドヒョンス)は感嘆した。


広東風に焼いたアヒルの『広東烤鴨グァンドンカオヤー

甘辛く炒めた海老の『炒虾仁チャオシャーレン

そして付け合わせの漬物、大根の漬物(腌萝卜:イェンルオボ)と唐辛子の漬物(腌辣椒:イェンラージャオ)

さらに広東風の海鮮スープ『海鲜汤ハイシエンタン』まで……


華やかな料理がテーブルに並んでいた。


「年寄りのたいしたことない料理で申し訳ないわね、若者。でもご飯はいくらでもあるから、たくさん食べてね。」


愛和(アイホー)はたいしたことないと言うが、決してそんなレベルではなかった。


特殊部隊の大尉として華々しい任務を成功させた経歴もあり、都賢秀(ドヒョンス)を良く思う将軍たちも多かった。


そのため、将軍の招待で訪れた高級中華料理店で食事したこともあった。


その経験と比べても、愛和(アイホー)の料理は高級店の料理にも劣らないレベルだった。


都賢秀(ドヒョンス)は料理を口に入れ、香りも味も素晴らしいことを感じた。


「美味しい!本当に美味しい!」


久しぶりのまともな食事で味も素晴らしく、都賢秀(ドヒョンス)はがつがつ食べ始めた。


「ド都賢秀(ドヒョンス)公!そんなに急いで食べると消化不良になりますよ。ここに水もありますから!」


梅仙(メイシェン)が心配し、ゆっくり食べるよう促すが、都賢秀(ドヒョンス)の箸は止まらなかった。


「おおっ!あの人だ!」


食堂は梅仙(メイシェン)だけでなく、他の人たちも使う場所らしく人がどっと入ってきて、その中に天宝(ティエンバオ)もいた。


「俺、あのおじさんと一緒に食べる!」


天宝(ティエンバオ)は、自分と祖母を助けてくれた都賢秀(ドヒョンス)が好きらしく、隣に座って一緒に食べたいと言った。


都賢秀(ドヒョンス)は過去のトラウマで子供が怖かったが……


「ふふっ!天宝(ティエンバオ)都賢秀(ドヒョンス)公と一緒に食べたいのか?」

「うん!」

「そうか、それなら一緒に食べような。」


梅仙(メイシェン)天宝(ティエンバオ)を可愛いと撫でながら、一緒に食べようと言うので、都賢秀(ドヒョンス)は断る理由を失ってしまった。


都賢秀(ドヒョンス)はトラウマが蘇るかと気が進まなかったが……不機嫌な顔で食事をしていた。


「どう?おじさん?うちのおばあちゃんの料理、本当に美味しいでしょ?」


天宝(ティエンバオ)は満面の笑みで話しかけた。


その純粋な笑顔を見つめて、都賢秀(ドヒョンス)は心の奥底で静かに決意した。


この子の笑顔を守るためにも……必ず勝たなければならないのだと。


*****


「本座の呼び声に応える者よ、立ち上がれ。」


自分を目覚めさせるその声に、 都賢秀(ドヒョンス)は目を開けると、見知らぬ空間が広がっていた。


無限に続く真っ白な空間――そして、目の前には……


山よりも巨大な白い龍がそびえ立っていた。


「……なんでいつも寝てるところを起こすんですか?」

「仕方なかったのだ。お前がまだ本座の名を呼ばず、契約を結んでいないからな。」

「その名前のことだけど……そもそもあなたは誰なんです?なんで私と契約しようとするんですか?」

「お前もここに来て、その存在は聞いたことがあるはずだ。本座は聖獣せいじゅうである。」

「聖獣……?」


『聖獣』という言葉を聞いた途端、都賢秀(ドヒョンス)の顔は自然としかめっ面になった。


この地球にだけ存在すると言われる不思議な守護霊――聖獣。


この地の人々は生まれた瞬間から聖獣に憑依され、その助けを受けて生きている。


だからこそ、都賢秀(ドヒョンス)子龍(ズィーロン)に似た実力を持ちながらも、強大な聖獣の力に押されて逃げ回るしかない身となってしまったのだ。


「いいけどさ、聖獣は俺に何の用だっていうんだ?」

「実に長い年月を経て、本座の力を受け入れる器を持つ者がこれほど愚かとは……本座の身にも情けない話だ。」

「くそ……レトムもそうだし、このお方もなんで俺のことをいつも愚かだって言うんだよ?」


何故か自分が罵倒されている理由すら理解できない都賢秀(ドヒョンス)を見て、白龍は首を振りため息をついた。


「愚かで判断力まで鈍いとは……ああ、本座の身の上だ……」

「くそっ!寝てる人間起こして何でいつもケンカ腰なんだよ……!!」

「聖獣が人間に用があるとしたら?お前の体に憑依するためだ。」


自分に憑依しに来たという白龍の言葉に、都賢秀(ドヒョンス)は言葉を止め、目を見開いた。


「俺に寄生しに来たって……?」

「寄生とは……相変わらず無骨な人間だな。」


憑依という上品な言葉に対して寄生という下品な言葉を使う都賢秀(ドヒョンス)に、白龍は不満げだったが、都賢秀(ドヒョンス)は気にせず自分の言いたいことを続けた。


「聖獣はここにいる人間にだけ憑くんじゃなかったのか?」

「そうではない。旅行者であっても、この地球に来た以上、この地の法則に従わねばならぬのだ。」


都賢秀(ドヒョンス)にとって聖獣は非常に面倒な存在でしかなかったが、それだけに強大な存在でもあった。


もしそんな聖獣が自分にも憑依するなら、明日の戦いにも大いに役立つだろうと考えた。


「そんなことを考えているなら、本座の助けは必要ないわけではなさそうだな……どうして本座の名を呼んで正式に契約しようとしないのだ?」


聖獣は憑依した者の考えを読めるのか、都賢秀(ドヒョンス)の心の中を言い当てていた。


「そりゃあ、そちらが名前を教えようとするたびに邪魔が入って、まだ聞けていないからですよ。」

「そうか……確かに本座が名前を言おうとすると邪魔が入り、お前は目を覚ましたがな……それではもう一度呼んでやろう。今度こそ本座の名をしっかり呼び、正式な契約を結ぶのだぞ。」

「わかりました。」

「やる気があるのはよいことだな。では教えよう、本座の名は……」


どれほどすごい聖獣なのか分からなかったが、もしも高位の聖獣ならば、子龍(ズィーロン)のあの大きな巨体を今度こそ懲らしめられるかもと、胸を躍らせて待っていた都賢秀(ドヒョンス)だったが……


「『ウビッコァプトゥワウォン カウォンクァンディップジュウィオギ』と申す。」


……白龍の名は舌が絡まり、発音不可能なほど複雑で、まるで「やだ!」と言って逃げ出しそうな名前だった。


都賢秀(ドヒョンス)は発音の難しい名前を聞いて狼狽し、何も言えず黙っていた。


「なぜ呼ばぬのか?もしかして本座の力が不要なのではないだろうな?」

「そうじゃなくて……発音が難しすぎますよ。ウバルカ?一体どう発音すればいいんですか?」


今まで聞いたこともないような奇怪な異世界語のような響きに、都賢秀(ドヒョンス)は挑戦する気にもなれなかった。


「ふむ……本座の名の呼び方は古代式ゆえ、現世の人間の発声法では少し難しいのだろうな。」


白龍は理解しているかのように穏やかに微笑み、ゆっくり教え始めた。


「ゆっくりついてこい……ウッ!」

「ウッ!」

「ビャッ!」

「ビャッ!」


一文字ずつ名前を教える白龍に合わせて、都賢秀(ドヒョンス)もなんとか発音できそうだった。


「一文字ずつならなんとかなるね。」

「そうだろう?今度は一気に言ってみろ。」

「はい。それじゃあ……えっと。」


都賢秀(ドヒョンス)は咽喉を鳴らし、慎重に名前を真似してみた。


「ウビッ……コァプ?」

「ちがう!違うぅぅ!!!」


白龍は自分の名前さえ満足に言えない舌を持つ都賢秀(ドヒョンス)を見て、とうとう理性を失った。


「他人の名前を呼ぶという簡単なことすらできんのか!?」

「ちゃんと聞こえたまま言ったのに!!」

「全然違うじゃないか!!」


二人は「名前一つも呼べないのか?お前の名前がおかしいんだ」と言い合い、言い争うばかりだった。


*****


「ウッ……ピャッ……キヤッ!!」

「違うって言ってるだろうが!!!」


もう30分近く白龍の名を言おうと練習しているのに、まだまともに言えていなかった。


「ああ……舌に問題でもあるのか……どんなに言ってもひどすぎるじゃないか!」

「自分の名前がおかしいのを責めずに、なぜ人のまともな舌を責めるんだよ!」


二人は30分間言い争いを止めず、敬意の欠片もなくなっていた。


「ああ〜何千年ぶりかに本座の力を受け入れる器を持った男に会ったと思ったら、舌に問題がある男だったとは……ああ、白龍の身の上よ。」

「レトムというあの奴に散々苦しめられ、今度は色白のトカゲにまで軽んじられ……本座の身の上よ……」


二人は興奮を静めるために背中を向けて座り、静かな状態になったが、嘆きばかりで空気は重かった。


「時間も限られているというのに、これは本当に大変だな……」


暗い表情の白龍は突然、時間がないと悩み始めた。


「時間がない?それは一体どういうことだ?」

「それは……ん?」

「どこ見てんだ!時間がないという意味を聞いてるんだ、白いトカゲ。」

「……相変わらず無骨な奴だな……邪魔が来たようだ、引き下がるしかなさそうだ……話すべきことはたくさんあるのに、はあ、情けない……」

「このトカゲめが、またケンカを売ってきたな!今日は許さぬぞ!」

都賢秀(ドヒョンス)公!」

「誰だ?!邪魔するな、消えろ!」


後ろから誰かが自分を呼んでいたが、都賢秀(ドヒョンス)は興奮して「消えろ」しか言わなかった。


都賢秀(ドヒョンス)公!」

「邪魔するなと言っただろう!」

「何を言っているのですか?!早く起きてください!」

「な、なに!?」


起きろと言われ、都賢秀(ドヒョンス)は目を開けた。


そして周囲を見ると、本拠地の食堂だった。


「突然食事中に気を失い、わけのわからないことを口走り……どこか具合でも悪いのですか?」


ぼんやりした気分の都賢秀(ドヒョンス)は、梅仙(メイシェン)の言葉と手に持つ箸を見て、食事中だったことを思い出した。


「俺が食事中に気を失ったって?」

「そうです。目を見開き、奇妙な言葉を繰り返していましたよ。」


都賢秀(ドヒョンス)の様子がおかしいと、梅仙(メイシェン)はもちろんレトムや671番、天宝(ティエンバオ)までもが心配そうな顔で見ていた。


「明日重要な作戦があるのに心配ですね。医者を呼びましょ……!」

「どこか痛いわけではないから心配しないでくれ。夢を見ただけだ。」

「夢?どんな夢を……?」

「俺に契約したいと言って聖獣が現れたんだ……」


聖獣と接触があったと聞き、食堂の皆がざわめいた。


「聖獣だって?旅行者にも聖獣が憑依するのか?」

「トカゲの話では、他の地球から来たとしても例外はないらしい……」


当然のことだが671番地球は次元の扉が閉じて久しく、次元旅行者の存在すら忘れていたほどだった。


数百年もの交流断絶で、ここに生まれていない者にも聖獣が憑依することは誰も知らなかったのだ。


「思いがけないことだが、何にせよ良かった。武芸に優れる都賢秀(ドヒョンス)公に聖獣まで加われば我らの戦力は大きく上がるだろう。」


梅仙(メイシェン)たち兵士は都賢秀(ドヒョンス)に聖獣が憑依すると聞き、大いに喜び興奮していた。


「で、どんな聖獣と契約したのだ?見せてくれぬか?」


梅仙(メイシェン)は興奮してどんな聖獣か見せてくれと言うが、都賢秀(ドヒョンス)は不機嫌な顔で黙っていた。


「どうした?見せてくれないのか?下級聖獣で恥ずかしいからか?」


見せない都賢秀(ドヒョンス)に671番がやってきて、下級聖獣で恥ずかしいのだと誤解していた。


「はは、心配するな。聖獣のランクで人の価値が決まるわけではないからな。」

「そ、そうですよ、都賢秀(ドヒョンス)公。聖獣が下級でも上級でも、公にはすでに十分な武芸があります。」


よく知らないくせに元気づける人たちを見て、都賢秀(ドヒョンス)は煮えくり返り、ついに爆発した。


「なんでそんな変な誤解をするんだ?ただ契約できてないだけだよ!!」

「ええっ!そうだったのか?でも……どうして契約しないのだ?」

「名前があまりに発音しにくくて、全然できなかったんだよ。」

「ああ!だから言えなかったのか。それでも恥ずかしがるな。聖獣の中には我々にも発音困難な名前のものがいる。そういう聖獣に憑依された者は成人してから契約成功することもあるのだからな。」


都賢秀(ドヒョンス)が言わない理由をまた誤解し、梅仙(メイシェン)は慰め続け、都賢秀(ドヒョンス)はもう投げやりになった。


「いや、そういうことじゃないんだってば……」

「さあ、どんな聖獣なのか教えてくれ。我々には学者もいる。契約を助けてやれるだろう。」


梅仙(メイシェン)が手招きすると、食事していた年配の男性が近づいてきた。


「本座は聖獣学を研究している唐睿山(タンルイシャンという。どんな聖獣か教えてくれ、若者よ。名前を教えよう。」

「でも名前は知らないんですけど?」

「聖獣とは字の通り動物の形をしている。だから、どんな種類の動物か教えてくれたら名を教えよう。」


人々はどんな聖獣が憑依したのか気になり、食事中の者たちまで集まって都賢秀(ドヒョンス)を見ていた。


「夢に見たあのやつは……自分を白龍と言っていました。」


都賢秀(ドヒョンス)は夢で見た存在のことを白龍だと教えたが……


「……なんだ?言えと言われて言ったのに……なんでこんなに静かなんだ?」


白龍という言葉を聞いて、皆が蜜を飲んだように口をつぐみ、静まり返っていた。


だがやがて……


「うわあああ!!!」


一斉に驚き叫び、倒れ込んでいた。


「は、白、白龍だと……それは本当か?!」

「で、でも……なんで?!」


聖獣は誰にでもいるはずなのに、なぜそんなに驚くのか分からず、都賢秀(ドヒョンス)は理解できなかった。


「ま、まさか聖獣の王が憑依したというのか!!」


梅仙(メイシェン)の口から白龍のことを「聖獣の王」と言う言葉が漏れた。


「せ、聖獣の王だって?」


夢に現れた白龍は山のように巨大で、普通の聖獣とは思えなかったが……まさか聖獣の“王”だとは。


「聖獣にも王様っているんですか?」


何も知らない都賢秀(ドヒョンス)のために、唐睿山(タンルイシャンが丁寧に説明してくれた。


「君は異世界から来たから、よく知らないのだろう。太古、黄玉様がこの大地を創られ、四体の竜を遣わして東西南北を司るよう命じられた。そのうち西を司るのが、白龍様というわけだ。」


都賢秀(ドヒョンス)は、唐睿山(タンルイシャンの話を聞きながら「まるで昔話に出てきそうな設定だな……」と思っていた。


「じゃあ、あの口数が多くて虚勢ばかりの白トカゲが……本当に聖獣の王だって言うんですか?」

「無礼者!そのお方は貴様ごときが口にしてよい存在ではない!大陸に災いが訪れるたびに人の世を救われる神、四竜のうち西を守護する方なのだ!」


人々は白龍を拝謁できると知って興奮し、両手を合わせて祈りを捧げ、ひざまずいて都賢秀(ドヒョンス)を神と崇める者まで現れた。


都賢秀(ドヒョンス)様!早く白龍の尊名をお告げになり、契約をお結びください!」


梅仙(メイシェン)も白龍に早く会いたいのか、急かしてくるが……


「いや、それがさ……発音が難しすぎて無理だったんだよ。」


発音が難しくて白龍の名を言えないという都賢秀(ドヒョンス)の言葉に、梅仙(メイシェン)と人々は納得がいかないという顔になった。


「まさか……『バイロン・ルオクァイジュオ(白龍・落魁灼)』の発音がそんなに難しいと?」


都賢秀(ドヒョンス)は皆の反応にモヤモヤしつつ、梅仙(メイシェン)の口から出たその名前に戸惑った。


「バイロン・ルオクァイジュオ?そんなに簡単な名前じゃなかったけどな……」

「え?神話に記されている白龍の尊名は、確かにルオクァイジュオで間違いありませんが……」


人々が困惑する中、唐睿山(タンルイシャンが口を開いた。


「恐らく、この若者が聞いたのは『バイロン・ウッパッコポリュワウォン・カウォッカンデュッチュイプ』のような発音だったのでしょうな。」


都賢秀(ドヒョンス)唐睿山(タンルイシャンの口から出たその奇怪な音の連なりに驚き、人々も「何だその不気味な名前は」と騒ぎ出した。


「な、なんなんだよそれ……ウッパッキャ?舌が悲鳴を上げそうな名前だな……」

「無理もありません。これは古代における『落魁灼』の発音方法ですからな。」

「こ、古代って……いったいいつの時代の話だ?」

「人類が文明を始めたばかりの頃……おおよそ三万五千年前の発音です。」


三万五千年前の発音なら、同じ文字でも読み方が違っていて当然だと、人々は納得した。


「そんな遠い昔の発音じゃあ、聞き慣れないのも無理はない……」

「拙者もかなり練習して、ようやく発音できるようになったのですから、あの若者ができぬのも仕方ないことです。」


人々は一時は白龍に拝謁できるかと期待していたが、都賢秀(ドヒョンス)の舌では無理だと知り、落胆してその場を離れていった。


「まあ……数千年に一度、世界を救うために現れるという白龍を、そう簡単に拝めるわけがないか……」

「勝手に期待して勝手にがっかりして……ほんと、ひどいな。」


都賢秀(ドヒョンス)は不満だったが、文句を言う暇もなかった。


白龍を聖獣として味方にできれば、戦力として非常に大きい。そう判断した唐睿山(タンルイシャンが、白龍の名を発音できるようにするため、都賢秀(ドヒョンス)に特訓をつけることにしたのだ。


「さあ!真似して言ってみたまえ、『ウ!』」


かくして都賢秀(ドヒョンス)は、飯も食べきれないうちに引っ張られ、舌がもつれるまで白龍の名を練習させられる羽目になった。


*****


ジュゼッペ捜査官は部下の捜査官たちとともに無線機の前で頭を抱えていた。


『ジュゼッペ班長!定期報告はどうした?聞こえてるのか?次元の連結者を護送するために行ったのに、どうしてこんなに遅いんだ?』


ただの護送任務だと軽く考えて来たのに、都賢秀(ドヒョンス)を取り逃がし……手柄を独り占めしたくて支援要請もせず、本部からは何があったのかと無線で連絡が鳴り止まなかった。


「班長……そろそろ応答された方が……」


無線に応じるよう助言した部下に、ジュゼッペの顔が険しくなった。


「応答して、何をどう報告しろってんだ?!」

「い、いえ……僕たちが逃がしたんじゃなくて、この未開人たちが取り逃がしたんですから、事情をちゃんと説明すれば……」

「バカが……通りで次元の連結者を見失ったのは、誰がどう見ても俺たちの失態だろうが!」


ジュゼッペの指摘に、部下も「あっ」と顔を青くした。


「本部にバレたら終わりだ……今はどんな手を使ってでも連結者を確保するしかない。それが俺たちの生き残る道だ。」


次元統制連盟は恐怖政治で次元を管理しており、任務に失敗した者には想像を絶する苛烈な罰が下ることで有名だった。


だから、ジュゼッペの言う通りにするのが、一番安全ではあった。


「それにしても……捜索に出した連中、なんでこんなに連絡がないんだ?」

「針の穴を探すようなものですからね……装備もなしに村の真ん中で人探しなんて……」


ジュゼッペもそれは分かっていたので、それ以上は何も言えなかった。


その時――


「見つけました!」


捜索に出た2人の捜査官が戻ってきて、そう叫んだ。


「見つけたって……まさか次元の連結者をか?」

「はい!」


都賢秀(ドヒョンス)を見つけたという報告に、ジュゼッペはあまりにも突然のことで、喜びよりも困惑が先に立った。


「いったい、どうやって見つけたんだ?」

「昼間に追跡用衛星を発射した時、山中にもう一つ村があるのを発見しました。念のため調べに行ったら……やはりそこに連結者がいました。」


無能な上司たちの中で、唯一の光のような存在がいた。


ジュゼッペは、有能な部下のおかげで都賢秀(ドヒョンス)の手がかりを得られたことに感動した。


「ははは!よくやった!名前は?」

「あっ、私は新入りの研修捜査官、斎藤(さいとう) (れん)と申します!」

斎藤(さいとう)……ということは、東部コロニーの出身か?」

「いいえ、私は第999地球の出身です。」


この賢い新人のおかげで、自分の昇進は確実だとジュゼッペはテンションを急上昇させた。


「よし!すぐに出発だ!次元の連結者を確保し、連盟へ帰還するぞ!」

「はいっ!」


ジュゼッペを中心とした都賢秀(ドヒョンス)捕獲チームが動き出した。


ジュゼッペと8人の捜査官たちは、夜の山を越えるという試練を乗り越え、ようやく都賢秀(ドヒョンス)がいるとされる反乱軍の村へとたどり着いた。


村の入り口に立ったジュゼッペは、村の様子を見て少し緊張した。


「……思ったより規模が大きいな。夜明け前に見つけられるだろうか……」


村は予想以上に広く、こっそりと都賢秀(ドヒョンス)を探すには時間がかかりそうで、ジュゼッペは不安になった。


「ご心配には及びませんよ。火力では我々のほうが上です。突入しちゃえばいいんですよ、班長。」


副官のその言葉にジュゼッペが怒りかけた時、斎藤(さいとう) (さいとう れん)が口を開いた。


「それは良い策とは言えません。我々の火力が上なのは確かですが、この村の住人はざっと見ても数千人はいます。全員が戦闘員でなくとも、この人数は無視できません。一方で我々はたったの8名です。無駄な衝突は避けるべきです。」


斎藤(さいとう)は冷静で的確な状況分析により、ジュゼッペが言いたかったことを代わりに言ってくれた。


斎藤(さいとう)の言うとおりだ。後輩が分かっていることを、お前たちは分からんのか?恥ずかしくないのか?」


ジュゼッペは斎藤(さいとう)に同意しつつも、実際には作戦の成功率を高めるためではなく――ただ単に怖かっただけだった。


「こんな未開人たちが一斉に武器を持って襲ってきたら、俺たちの命がどうなると思う?俺には守るべき家族がいるんだぞ!」

「そ、そうですね……僕の考えが浅はかでした、班長……」


斎藤(さいとう)は「発覚してはいけない理由」が少しズレてるように感じたが、「安全第一なのは確かだし」と思い、モヤモヤした気持ちを飲み込んだ。


「村の未開人たちに気付かれてはならん。だから我々は密かに動く。」


ジュゼッペは「密かに」と言ったものの……


「ところで……そろそろライトを消したほうがいいんじゃないですか?」


村の入り口に入り、これ以上ライトをつけて移動すれば住人に見つかる可能性が高いというのに、ジュゼッペと他の捜査官たちはまったくライトを消す気配がなかった。


そのうえ……


「バカ野郎!未開な村だから街灯もなくて真っ暗なんだぞ?こんなところでライトもつけずに歩いて怪我でもしたら、作戦開始前に損失が出ちまうだろうが!」


なんと斎藤(さいとう)を怒鳴りつけたのだ。


「暗くて見えないから」と、夜間作戦の基本中の基本「灯火管制」を無視する言動に、斎藤(さいとう)は呆れた。


次元移動管理連盟の捜査官たちは、全員が軍務経験を持つか、あるいは軍事訓練を受けてきたはずである。


だというのに、こんな初歩的なことすら理解していないジュゼッペを見て、斎藤(さいとう)は「本当に軍事訓練を受けたのか?どうやって班長まで昇進したんだ?」と疑い始めた。


しかし、新人の自分が先輩たちにあれこれ言えるわけもなく、黙って従うしかなかった。


『……無事に帰れるのか、不安になってきたな……』


何も起きないことをただ祈りながら――


ジュゼッペと捜査官たちは村のあちこちを探し回ったが、都賢秀(ドヒョンス)の痕跡は見つからなかった。


密かに動かなければならないため、建物の中には入らず、外から覗くだけの捜索となっていたため、進展は遅々としていた。


「クソ、どこにいるんだ?いっそ夜明けを待って、一人になったタイミングを狙うか……」


都賢秀(ドヒョンス)の捜索が一向に進まない中、焦ったジュゼッペがぼそりと呟いたその時――


「ったく!もうやってらんない!発音難しすぎて死にそうだっつーの!」


唐睿山(タンルイシャンと一緒に名前を言う訓練(?)をしていた都賢秀(ドヒョンス)が、もう嫌だと言って食堂から出て森の中へと入っていくのが見えたのだった。


「ははは!運が我々に味方したようだな。さあ、確保しに行くぞ!」


ジュゼッペと捜査官たちは喜び勇んで都賢秀(ドヒョンス)を追って森へ入ろうとしたが――


「待ってください!この真夜中にわざわざ森に入るなんて……少しおかしくないですか?」


斎藤(さいとう)は何かがおかしいと感じ、ジュゼッペを止めようとしたが……


「新人が偉そうに口出すな!怖いならお前はここに残ってろ!」


捜査官たちは彼の話に耳を貸さず、さっさと森へと向かってしまった。


斎藤(さいとう)捜査官は思わずため息をついたが、仲間たちが進んでいく以上、自分だけ残るわけにもいかず、仕方なく後を追った。


「部隊を三つに分ける。第1班は俺と共に正面から進入。第2班は左へ、第3班は右へ回り込んで、連結者の退路を遮断しろ。」

「了解!」


ジュゼッペの指示に従って、捜査官たちが都賢秀(ドヒョンス)を包囲しようと動いたその時――


バァン!!


突如として銃声が鳴り響き、移動中だった捜査官の肩を貫いた。


「な、なんだと!?」


突然の攻撃に捜査官の一人が倒れ、ジュゼッペは完全にパニック状態になった。


「どうして……俺たちの接近がバレてるんだ……!?」


ジュゼッペは「なぜ気付かれたんだ」と混乱していたが、斎藤(さいとう)はその言葉に心底呆れていた。


「……この暗い夜道で、あんなにライトつけてうろついてたら、気付かれない方が不思議だろ、バカどもが。」


その時、暗闇の中から一人の男が現れ――斎藤(さいとう)が言いたかったことを、代わりに言ってくれた。


その男こそが――都賢秀(ドヒョンス)だった。


「次元の繋ぎ手だと!?」


ジュゼッペは都賢秀(ドヒョンス)を見つけるなり、反射的に銃を構えて発砲した。


しかし射撃の腕がよほど悪いのか、至近距離にもかかわらず、弾丸は見当違いの方向へ飛んでいった。


「なんだこいつら…?」


間近の相手すら当てられないエージェントたちに呆れながらも、銃撃戦が始まってしまった以上、都賢秀(ドヒョンス)は体をひねって木の陰に身を隠した。


「隠れても無駄だ! さあ投降しろ…!」


タァン!


「ぐああっ!」


都賢秀(ドヒョンス)の射撃により、また一人のエージェントが倒れた。


「な、なんだあいつ…! どうしてあんな暗い夜に隠れたままで、あんなに正確に撃てるんだ?」


都賢秀(ドヒョンス)の驚異的な命中率にジュゼッペはパニックに陥ったが、斎藤(さいとう)にはその反応すら滑稽に見えた。


「隊長! 俺たちはライトをつけているせいで、敵に完全に姿を晒しています! 早くライトを消してください!」


斎藤(さいとう)の助言にジュゼッペは舌打ちし、ライトを消した。


「全員、ライトを消せ!」


ライトが消えると、都賢秀(ドヒョンス)の射撃は止まった。


だが弾数が限られている都賢秀(ドヒョンス)も、暗闇の中で動くのが難しいエージェントたちも、互いに攻撃できず、静かな膠着状態へと入っていった。


<膠着状態に入ったようですね…>

「だな。」


レトムは、自身の視覚を担当するカメラを赤外線に切り替えることが可能だったため、夜明け前の暗い森の中でもエージェントたちの姿がはっきりと見えていた。


都賢秀(ドヒョンス)の射撃の腕は驚くほど正確で、レトムが大まかな位置を伝えるだけで命中させることができた。


だがエージェントたちが恐怖にかられて木にぴったりと隠れていたため、大雑把な位置だけでは撃ちにくかった。


さらに――


「でもあいつら、プラズマガンに当たっても平気なのはなんでだ? 防弾服じゃプラズマガンは防げないはずだろ?」


都賢秀(ドヒョンス)は確かにエージェントの肩を撃ち抜いたが、彼らは軽くうめくだけで、何事もなかったように立ち上がっていた。


都賢秀(ドヒョンス)様にお渡しした全身防弾服は、第1世界で市販されていた一般向け製品です。それに対し、エージェントたちが使用している防弾服は、プラズマ攻撃さえ防ぐ特別な製品で、連盟に所属する者だけが使用を許されています。>

「そんな厄介なもんがあったのか。」


対人戦能力では、都賢秀(ドヒョンス)が圧倒的だった。


射撃も戦術的な動きも隠密行動も全てにおいて勝っていたが――装備で劣っていた。


都賢秀(ドヒョンス)の防弾服はエージェントたちの火力を防げず、さらに都賢秀(ドヒョンス)が持っているのは拳銃だけだったのに対し、彼らはライフルや小型マシンガンなど、殺傷力の高い様々な武器を持っていた。


<どうしましょう? 相手は装備も優れており、人数も多いです。>

「幸いなことに、あいつらは実戦経験が少なくてビビって動けてない。それに夜が明けて反乱軍が合流すれば、さすがに引くしかなくなるはずだ。だからこのまま長期戦で行くぞ。」

<…卑怯ですが、現時点では最善の策でしょうね。>

「卑怯って言うな! 戦略的選択と言え。」


レトムも都賢秀(ドヒョンス)の選択に賛同し、とりあえず持ちこたえて夜明けを待つことにした。


だが――


「おじさん、どこにいるの? おばあちゃんが部屋を準備してくれたから、早く来て寝てって!」


天宝(ティエンバオ)都賢秀(ドヒョンス)を探して森に入ってきたのだった。


反乱軍の村にも兵士は存在していたが、彼らの兵営は森の向こうにあり、この夜中に呼びに行くのは難しかった。


だからこそ都賢秀(ドヒョンス)は、梅仙(メイシェン)唐睿山(タンルイシャンに危ないから外に出ないよう伝えてもらい、自ら森へ入り、村人たちが戦闘に巻き込まれないようにしていた――


どうやら愛和(アイホー)おばあさんと天宝(ティエンバオ)には、その伝言がうまく伝わっていなかったらしい。子供が都賢秀(ドヒョンス)を探して森の中に来てしまったのだ。


「ダメだ!!」


連盟がいくら腐敗しているとはいえ、まさか子供を人質に取ることはないだろうと思いたかったが、それでも戦闘に巻き込まれたら天宝(ティエンバオ)が大怪我を負うかもしれない。だから都賢秀(ドヒョンス)は、子供に出ていくよう叫ぼうとした。


しかし――


「ハハッ! 運が向いてきたな!」


ジュゼッペがすぐさま走り出し、天宝(ティエンバオ)を捕まえて頭に銃口を突きつけた。


「な、なんてことを…?」


かつて都賢秀(ドヒョンス)が相手にしていたテロリストたちは、子供を人質にすることが多かった。だが彼らは犯罪組織であって、倫理観など持ち合わせていない連中だった。一方で連盟は、いくら腐敗していても治安維持組織のはずだった。


その連盟が、何のためらいもなく子供を人質に取るのを見て、都賢秀(ドヒョンス)は大きなショックを受けた。


斎藤(さいとう)も、都賢秀(ドヒョンス)と同じことを思っていたようだった。


「何をしてるんですか、隊長! 恥ずべき行いです。早く子供を放してください!」

「黙れ、この野郎! 隊長は俺だ!!」


上官であるジュゼッペが一方的に命令するので、斎藤(さいとう)にはどうすることもできなかった。


連盟の恥のような連中と行動を共にしていると、自分まで惨めになってくるようで、斎藤(さいとう)は屈辱感を覚えていた。


だがジュゼッペは意に介さなかった。


「次元の繋ぎ手よ!! 出てこい! 子供が死ぬところを見たいわけではあるまい!!」


ジュゼッペに捕まった天宝(ティエンバオ)を見つめ、都賢秀(ドヒョンス)の胸は締め付けられる思いだった。


命は誰にとっても大切だ。だが、こんな幼い子供を犠牲にしてまで生き延びるのなら、もう正気を保つことはできない。


「…すまないな、レトム。俺たちの旅も、ここまでのようだ。」

<…今ここで逃げようと言っても、聞いてはくれませんよね?>

「当然だ。俺のせいで子供が死んだら、もう正気でいられない…すまん。」


レトムにとって、何百年ぶりに現れた次元の繋ぎ手を失いたくはなかった。


だが、これが都賢秀(ドヒョンス)だった。


子供が持っていた爆弾で仲間を失った過去を持ち、子供を恐れながらも誰よりも大切に思う男――


その優しさと高潔な精神を持っているからこそ、レトムは彼にますます惹かれていった。


だから、すべての次元を繋ぐという目的ではなく、大切な仲間として共にいることを選んだのだった。


<ご安心ください。別の方法を探します。今は子供の救出が最優先です。>

「理解してくれてありがとう…少しだけ待ってくれ…!!」


「ぐああああっ!!」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムが別れの言葉を交わしていたそのとき、ジュゼッペの悲鳴が響いた。


何事かと彼らが視線を向けると、天宝(ティエンバオ)がジュゼッペの手をガブリと噛みついていた。


「何やってんだあの子!?」


都賢秀(ドヒョンス)とレトムは天宝(ティエンバオ)の行動に驚き、急いで飛び出そうとした。


「逃げてください、おじさん! 僕は大丈夫です!」


祖母を救うために官軍に立ち向かった勇敢な天宝(ティエンバオ)は、今度は都賢秀(ドヒョンス)を守るために命を懸けていた――


「このクソガキがっ!!」

「うわっ!」


ジュゼッペは天宝(ティエンバオ)を拳で殴り倒し、銃を構えた。


「マザーの意思に従うエージェントに逆らうとどうなるか、見せてやる!」


ジュゼッペが天宝(ティエンバオ)に銃を向けて引き金を引こうとしたその時――


「待て!!!」


都賢秀(ドヒョンス)が飛び出し、やめろと叫んだ。


「お前たちの目的は俺だろ…あの子には手を出さずに、さっさと俺を連れていけ。」


都賢秀(ドヒョンス)が素直に姿を現して投降すると、ジュゼッペは本当に天宝(ティエンバオ)に興味を失ったようだった。


「ククッ! そうこなくちゃな…マザーの意思に従い、貴様を拘束する、次元の繋ぎ手!」


ある男は子供を救うために自らを差し出し、ある男は子供を人質に取り脅しに使っていた。


斎藤(さいとう)は、そんな連中と同じ制服を着ているという現実に、心底嫌悪感を覚えた。


だが、自分もまた“次元の繋ぎ手”を捕らえて手柄を立てたいと思っていた。


「…結局、俺も同じく、醜い人間に過ぎないのか。」


斎藤(さいとう)が自嘲していると、都賢秀(ドヒョンス)がゆっくりと歩み寄ってきた。


「連盟がどれだけ腐ってても、捕虜の安全保証くらいはあるよな…おとなしくついて行くから、天宝(ティエンバオ)を放してくれ。」


“当たり前のことを何言ってるんだ?”と斎藤(さいとう)が思ったその時――


「ククク…本来なら生け捕りにして連れて行くところだが…俺をここまで煩わせたんだ。いっそ殺してやる!」


「えっ!? 何を言ってるんですか、隊長! マザーは生け捕りにしろと仰っていたでしょう!」

「黙れ!! 貴様も死にたいのか!?」


ジュゼッペが銃で脅すと、斎藤(さいとう)は口をつぐむしかなかったが、嫌悪と屈辱はますます募るばかりだった。


「…この件、必ず運営会に報告させてもらいます。」

「勝手にしろ。」


ジュゼッペは意に介さず、部下の一人に都賢秀(ドヒョンス)を撃ち殺すよう命令した。


レトムは、もし都賢秀(ドヒョンス)が牢に囚われたとしても、いずれ救出する策を考えるつもりだった。だが、目の前で殺されるとは思っておらず、動揺していた。


<まさか連盟に、こんな者がいたとは…完全な計算ミスです。>

「心配するな…」


動揺するレトムに都賢秀(ドヒョンス)は落ち着いた声で言った。


<…何か策があるのですか?>

「銃弾は音速で飛ぶから避けるのは無理と思われがちだけど、実際はそうでもない。軌道さえ先読みして動けば、避けるのはそれほど難しくない。それに、あいつらの射撃の腕もひどいしな。」


弾丸は高速だが直線的に飛ぶため、引き金を引く瞬間に合わせて動けば、避けられないことはなかった。


都賢秀(ドヒョンス)の自信に満ちた表情に、レトムも少し安心した。


<…なるほど。それならいっそ攻撃をかわしながら、天宝(ティエンバオ)を連れて脱出するのはどうでしょうか?>

「それも悪くないな。よし、じゃあ…あれ?」


<ど、どうされました?>


拳銃やライフルならどうにか避けられる。


だが、どんなに素早く動いても避けられない武器が存在した――


「…あれ、ショットガンじゃないか?」


無数の小さな鉛弾が広範囲に散らばる、あの散弾銃だった。


「まさか、プラズマガンにもショットガンがあるのか?」

<ありますが…それが何か?>

「あれは避けられない…」

<えっ!?>


ショットガンは、素早く動く野生動物を狩るために作られた武器で、人間の動きでどうにかできる代物ではなかった。


<そ、それではどうすれば…>


レトムは焦りながら聞いたが、都賢秀(ドヒョンス)にも答えはなかった。


「…まさか人生の最期が、“ウカイ”とかいうトカゲの名前を練習した思い出で終わるとはな…。俺の人生も大したもんだな…」

<ウカイ? それは何ですか?>

「白竜っていうトカゲのことだ。名前の中で唯一聞き取れたのが、“ウ・カ・イ”の三音だから、そう呼んでるだけさ…」

<こんな絶体絶命の時に、よくそんな冗談を…>


すべてを諦め、運命を受け入れようとしたその時――


何百年ぶりに現れた次元の繋ぎ手を、そう簡単に失うわけにはいかないと、レトムは最終手段を使う決意をした。


<仕方ありません…最後の手段を使います。>

「そんなのあるのか!? じゃあ早く…!!」


「やつら、何かしようとしてるぞ! 撃ち殺せッ!!」


レトムが動こうとした瞬間、それを察知したジュゼッペが射撃を命じ、トリガーが引かれてしまった。


「<くっ…!!>」


発射された散弾を見て、都賢秀(ドヒョンス)とレトムは、すべてが終わったと悟った――


「………でも、全然痛くないな? もう天国に来たのか?」


撃たれたはずなのに、何の痛みも感じないことに都賢秀(ドヒョンス)は困惑していた。


「何を寝ぼけたことを言っておるのか! さあ目を開けい、我が呼び声に応えし者よ!」

「えっ!?」


自分を守ってくれた存在のおかげで、銃弾は一発も命中していなかった。


それは、あの複雑な名前の“白竜”だった――。

この続きが気になる方は、8月20日発売の第2巻をお楽しみに!

もしくは本編でご確認ください!

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