第1巻
第1話 次元が開く
第2話 脱出
第3話 旅立ち
第4話 次元の秘密
第5話 荷物をすべて奪われる
第6話 都賢秀が発見した事
第7話 少女を探しに出る
第8話 盗みをせざるを得ない理由
第9話 絶望する都賢秀
第10話 自責に浸る暇はない
第11話 次の次元へ旅立つ時間が来た
第12話 本格的な旅
第13話 キューブの行方
第14話 村の状況
面接で何度も落ちてきた就活生、都賢秀は、いつものように「またダメか…」と落ち込みつつも、ある求人広告からどうしても目が離せなかった。
〈外部出張に耐えられる体力に自信のある方、どなたでも歓迎。履歴書のみお持ちください♥〉
会社名も仕事内容も一切書かれておらず、最後には謎のハートマーク。怪しさ満点の求人だったが、体力には自信があった都賢秀はとりあえず行ってみることにした。
面接当日、履歴書を持って緊張しながら会場に入る都賢秀。
「ここって、今話題の龍山にできた新しいビルのとこだよね?怪しいと思ってたけど、もしかして結構いい会社だったりして?」
案内係のいる受付へ進む賢秀。しかしそこで…
「すみません、長州都氏ではなく、星興都氏ですね。残念ながら不採用です。」
受付は、面接者の名前を確認し、“長州都氏”でない人を全員帰しているようだった。
さらに…
「面接者様は長州都氏で間違いありませんが、お名前の漢字が“賢秀”ではありませんね。申し訳ありませんが不合格です。」
“都賢秀” という名前でも、正確に「長州都氏」で、漢字が「賢秀」でなければ合格にならないらしい。
「なんだこれ…体力さえあればOKって書いてなかったっけ…?」
妙ちきりんな面接だと思っていると…
「お名前は合っていますね。それではこのゲートをお通りください。」
空港にあるような金属探知ゲートのようなものを、指定された名前の男性に通らせていた。
通り抜けると…
「残念ですが、お探しの方ではありません。落選です。」
…また落ちてしまった。
不可解で不安になりつつも、自分は通れるのだろうかと心配になる都賢秀。
「次の方、履歴書はお持ちですか?」
自分の番になり、深呼吸して案内係の前に立つ都賢秀 。
「はい。こちらに書いてきました」
「なるほど。それでは失礼しますね…」
案内係は履歴書に目を通し、
「お名前が合っていますね。それでは、このゲートを通ってください」
「かしこまりました。ですが…」
都賢秀は他の人と同じようにゲートへ向かおうとしたが、ふと宙に浮かぶ何かが気になった。
餅のようにぷくっとしたぬいぐるみが、空中に浮かんでいるのだ。
「ん?これ、バルーンかな?それとも会社のマスコットかな…?」
餅っぽいぬいぐるみに目を奪われ、「これ何ですか?」と聞くと、案内係やぬいぐるみの視線がピシャリと変わった。
「な、なに…?」
「…ゲートを通ってください」
相変わらず丁寧で穏やかな案内だが、 都賢秀には表情の変化がしっかり伝わった。
不審に思ったが、とりあえずゲートをくぐってみることにした。
〔怪しい人たちだな…さっさと終わらせて帰ろう…!!〕
早く終わらせたい一心で進んだその先に、開けた景色が広がった――
「な、なにこれ…?なんで…砂漠?」
都賢秀は突然、砂漠のど真ん中にいたのだ。
人口密度が高いはずのソウル、しかも人でごった返すヨンサンのビルの中にいたはずなのに――いつの間にか、焼けつくような太陽、広がる砂、そしてサボテンしかない砂漠の真ん中にいた。
慌てて振り返り、スタッフに声をかけようとしたが…
「な、なにだ、これは…!!!」
彼がくぐってきたゲートは跡形もなく消えていた。
一体何が起きたのか分からず茫然としていると、空中に煙のような塊がもわもわと現れ、ほどなく眩しい光を放ち始めた。
そしてその中から、驚くべきことに人々が大勢、現れ始めた。
都賢秀は案内してくれた人たちかと思って歓声を上げそうになったが――
「 都賢秀!! 無断で次元移動をするとは許せない!次元移動管理法違反の容疑で、お前を逮捕する!!」
迫力満点の男性たちが、「逮捕する」と叫びながら近づいてきて、もはや救助隊ではないと一目でわかった。
突然の“逮捕”宣告に、都賢秀はショックで手をあげるも、彼らがなぜ自分を脅すのかわからずぽかんとするしかなかった。
「えっと!ここ、立ち入り禁止区域みたいだけど、俺、自分で入ろうとしたわけじゃ…!」
「スペース移動してここに来たくせにそんな言い訳が通じるか?!」
「空間移動って何だよ?! 俺、そんなことした覚え…」
「798番地球にいるお前が372番地球にいるってこと自体、お前が空間移動した証拠だ!」
「空間移動」だの「798番地球」だの意味不明な言葉ばかり聞かされ、都賢秀は頭を抱えてしまった。
「はぁ、なんだよ…おっさんたち何言ってんだよ?!今どき“空間移動”とか“次元移動”とか言う若者いると思ってるの?!」
「ふんっ、空間移動を知らないとは…まさか798番地球から来たからか、未開もいいところだな」
「いい加減にしろよ!突然訳わかんないこと言い出すし…酔ってんのか?!」
都賢秀がつい毒づくと、彼らはぴしりと武器を構えた。
「我々は“マザーの意思”に従う次元移動管理連盟のエージェントだ!その冒涜は重罪に値する!」
突然出てきた「マザー」という存在に、その手にした棒を向けてくる。
都賢秀は頭が真っ白になりながらも、涙ぐむ興奮気味の声で叫んだ。
「ちょちょっと待ってくださいよ!あなたたち警察じゃないっしょ、何なのそれ?!訴えるぞ…え?!」
訴えると言って暴れまわる都賢秀は、そばにいたエージェントにテーザーを撃たれて電気ショックを受けて倒れた。
支配されていく意識の中、またテーザーの衝撃が彼を襲うのが最後の記憶だった。
*****
「はっ!!」
都賢秀は目を覚ました。
「ここ…どこだ…?」
まだ朦朧とする中、周囲を見回すと、どうやら牢屋にいるらしい。
「本当に逮捕…されて、連れて来られたんだな…どれくらい寝てたんだろう…」
「約8時間経過しました。」
「うわっ!!」
どれくらい寝ていたのかも分からず呟いていると、突然声が聞こえ、それに驚いて都賢秀は悲鳴をあげた。
「知りたいこと教えてやったのに、なんで悲鳴を上げるんだ?」
「急に声かけないでよ…」
鉄格子の向こうに立つ男性は、顔は初対面だが、服装は先ほどのエージェントと同じ制服だ。
「くそ…一体お前らは何者なんだ?」
都賢秀は「捕まった理由」よりもまず、彼らが誰なのか知りたくて尋ねたが、エージェントは冷たい目線で見返すだけだった。
「もう忘れたのか?お前を逮捕に来た我々の所属を名乗らなかったか?我々は“次元移動管理連盟”の下部組織『治安局』のエージェントだ。」
都賢秀はその説明に思わずあきれ、反応に困るほどだった。
「まもなく裁判が始まる。立ち上がるように」
「一体俺、何をしたっていうんだよ…」
「説明はマザー様がしてくださる。マザー様のお話を聞くのだ」
「マザーって何だよ…」
エージェントは「バカでもどうしてこうも馬鹿なんだ…」という顔をし、説明するのも面倒だったのか、都賢秀を裁判所へ連れて行った。
都賢秀は多くの疑問を抱えつつも、説明しない彼らに苛立ちが増すばかりだった。
「座りなさい」
「ここって人権とか無いのかよ…本当もう…!!」
説明もなく強引に扱われ、不満を抱く 都賢秀だったが、周囲の光景に声を失った。
そこは天井がエンパイア・ステート・ビルディングほどの高さ、サッカー場50面分ほどの広大な空間に見えた。
「な、何これ…柱もないのにどうやって作ったんだよ…あっ?!」
柱がない広い建物に驚いた都賢秀は、自分の座っている被告席を見てさらに絶句した。
ただ地面に置かれた柵の中に椅子があるだけかと思いきや、よく見ると空中に浮かんでいる装置に座っていたのだ。
「な、なんだこれ…」
都賢秀は知識を超越した科学に圧倒され、口がきけなくなっていた。
そして、ここが本当に異世界なのだと、改めて実感したのだった。
「マザー様がいらっしゃいます!皆、ご起立!」
この広大な空間に十万人ほどの人々が、マザーの名を聞いて一斉に立ち上がった。
「いったい“マザー”って誰なんだ…?」
そのとき、空間中央に巨大なホログラムが現れ、女性の姿を投影した。
“裁判中にホログラム…”と思っていると、人々はその像に向かってコールを始めた。
「全宇宙の摂理はマザーの意思に従う!!!」
「まさか…マザーってこの…ホログラムのこと?」
「そうだ。厳密には連盟を運営する“マザー・コンピューター”のAI オペレーティングシステムで、初代連盟創設者が、自分の意思をプログラムに落として宿した偉大な存在なのだ」
AIによって導かれるこの世界を知り、都賢秀は衝撃を隠せなかった。
そして、いよいよ裁判が始まった。
「それでは裁判を始めます。事件番号298762、被告ト・都賢秀さん、ご挨拶を。私は連盟のOSを管理する“マザー”と申します」
—AIであるマザーが、人間のように話しており、都賢秀はこの科学に改めて驚かされた。
「は、はじめまして…」
「では質問を始めます。 都賢秀さんは、連盟が禁じている“違法空間移動”を自認しますか?」
「はい…」
「現在、次元間移動は連盟を通さないと不可能なよう強く規制されていますが、誰かに手伝ってもらったのですか?」
「誰にも頼んでいません。私はただ面接のため、面接会場のゲートを通っただけです。でも気づいたら砂漠に立っていました」
「なるほど。システムエラーでゲートが自動で開くことがあり、そういう事例もあります。都賢秀さんがどのような過程で空間移動したのか調査し、嘘でなければ軽い処分で釈放します」
優しい口調で話すマザーに、 都賢秀はようやく救われたのかと安堵の表情を浮かべた――が、
「…繋ぎ手ですか?!」
都賢秀にレイザーのような光を当ててスキャンしていたマザーが、不意に「繋ぎ手」という言葉を発し、固まってしまった。周囲もざわつく。
「繋ぎ手、って何…?」
「連盟の援助なしで移動したと思ったら…どうやら都賢秀さんは“繋ぎ手”のようです」
マザーの言葉に、人々のざわめきがますます大きくなり、都賢秀の胸の不安も膨らんだ。
「残念ですが…繋ぎ手なら放すわけにはいきません。判決を下します。被告都賢秀を…死刑に処します」
「え!何それ?!こんなのありえない! 弁護士呼べー!ベンゴシーーー!」
抗議し騒ぐ都賢秀だったが、エージェントたちに電撃を受け、再び沈黙させられた。
そして、もとの牢屋に戻された都賢秀は、「明日死刑」と告げられ、絶望にうなだれていた。
一生懸命生きてきたのに、こんな馬鹿げた理由で死ぬなんて――
「いたずらだったらいいのに…カメラ…ドッキリ…」と、せめてその希望を抱くだけだったが、鉄格子の扉はびくともなかった。
都賢秀が嗚咽する中、足元から“スッ”と何かが飛び出した。
「うわっ!!何だこれ!!」
餅のようなぬいぐるみが、彼のマスコットとして面接会場にいたあの“バルーン”だった。
しかも…
〈都賢秀さん。〉
わずかな囁きと共に、“バルーン”は喋った。しかも都賢秀の名前を――
「な、何なのこれ…?どうして喋るの…」
〈ちゃんと辿り着きましたね。僕の名前は レトム です。〉
「名前聞いてるんじゃないよ、あんたっていったい…」
〈僕が、都賢秀さんを脱出させるお手伝いをします。〉
自分をレトムだと名乗り、 都賢秀を助けると言う正体不明の餅を見て、都賢秀は驚きのあまり思わず後ろに倒れてしまった。
「おい!なんで大声出すんだ?罰を受けたくなければ静かにしろ!」
都賢秀の悲鳴と倒れる音に、エージェントの一人が注意しに来たが、都賢秀は逆にそのエージェントを掴んで問い詰めた。
「おい!これは一体何なんだ?」
都賢秀はレトムを指さしながら問いかけていたけど……
「……何のことだ?」
エージェントには見えないのか、何を言っているのかと返してきた。
「目の前に浮かんでいる、まるで餅みたいな奴だよ!」
「一体何があるっていうんだ?」
「あそこに飛んでるじゃないか!本当に見えないのか?」
都賢秀はイライラして声を荒げたが、エージェントは「明日死刑だし恐怖でおかしくなったんだな」と呟いて去ってしまった。
都賢秀は他の人には見えない正体不明の存在を見て、恐怖を感じた。
正体を知ろうとレトムに触れてみようとしたが、先ほどの法廷で見たマザーのようにホログラムなのか、指はすり抜けて全く触れなかった。
「お前は何だ?AIか?」
<今のところ私の正体は重要ではないはずです。ここから出たいと思わないのですか?>
「正体もわからない奴を何を信じてついていくんだ!」
レトムは急かして早くついて来いと言うが、都賢秀は正体もわからない奴に従ったら何されるかわからないので、簡単にはついていけなかった。
<明日死刑を受けてこの世を去ることを望むのですか?そうなら仕方ありません。>
「あ、あの……」
明日の死刑という現実を再び意識して、都賢秀の葛藤は大きくなった。
この正体不明の存在について行くか、ここに残るか……
しかし葛藤はほんの一瞬だけだった。
明日すぐに死ぬくらいなら、まずは逃げることにした。
「とにかく出てみてから考えよう……」
都賢秀はレトムが怪しい策略を企んでいても、牢獄の中で逃げ場がないよりは外に出てしまえばどうにかなるかもしれないと考え、まずは提案を受け入れることにした。
「で、どうやって出してくれるんだ?」
早く出ようと急かしていたレトムは、いざ脱出方法を聞かれると急に口を閉ざした。
「……まさか何も考えずに俺を脱出させようなんて来たんじゃないだろうな?」
<そんなことはありません。>
「じゃあなんでじっとしてるんだ?早く出ないと。」
<少し待ってください。すぐに来ます。>
「来るって?誰が……」
都賢秀の質問が終わらないうちに、エージェントの一人が牢屋に近づいてきた。
「おーい!待ってたか?」
「ほら!!もたもたしてたからバレ……あれ?!」
都賢秀はレトムのもたもたのせいでエージェントに見つかって脱出が難しくなったと嘆いていたが、そのエージェントの顔を見て体が硬直してしまった。
「会えて嬉しいよ、798番都賢秀。」
笑顔で優しく挨拶するそのエージェントの顔は、なんと都賢秀自身だった。
「……俺?」
「そうだ。俺も都賢秀だ。」
「一体どうやって……顔だけじゃなくて声まで……」
「はは!798番地球から来たからか、もう一人の自分に会うのが珍しいんだな?」
自分も都賢秀だと名乗ったエージェントは、他の自分に会うことに慣れているかのように穏やかだったが、都賢秀はドッペルゲンガーにでも会ったような違和感で言葉も出なかった。
「色々気になるだろうけど時間がない。だから早く着替えよう。」
「着替え?」
<そうです。都賢秀さんが気になっている脱出方法とはこれです。>
自分と似ている都賢秀に代わりにここに残らせて、エージェントの服を着て悠々と出て行くというものだった。
「ちょっと!!それじゃあこっちが明日死ぬことになるじゃないか!!」
<方法はこれしかありません。都賢秀さんは脱出を望まないのですか?>
「俺が生きるために他人を危険にさらせってのか?」
「はは!小さなことのために大きなことを逃すなよ。」
ここにいる都賢秀は自分の命がかかっていることなのに、小さなことと言い放つ姿に都賢秀は呆れてしまった。
「それってどういう意味で言ってるんだ?お前がここに残れば……」
「逆にお前がここを出なくても俺の命はない。だからお願いだ、この服を着て出てくれ。」
「な、何?それって……」
<色々気になるでしょうが、少しずつ説明します。まずはここから出ることに集中しましょう。>
都賢秀は気になることが山ほどあったが、レトムもここにいる都賢秀も早く出ろとばかり言うので、仕方なく動くことにした。
「はい!これが俺の服とIDだ。俺は今退勤するから、これを持っていけば無事に出られるはずだ。それと住所を教えるから俺の家に行け。そこに少しだけど旅に必要なものを用意してある。」
「旅?一体何の……」
「さあ!忙しいから早く着替えろ!」
自分を家に帰そうとしているのかと思いきや、急に旅行に行けと言い出して都賢秀はまた疑問がわいたが、彼らは説明する気はないらしく、早く動けと言うばかりだった。
「はは!同じ俺だからか、服を着替えるだけでバレないな。特に話さず通り過ぎれば疑われないだろう。」
「それはわかるけど……本当に大丈夫か?ここに残ったら……」
「はは!心配すんな。俺はここのエージェントだ。死刑囚の逃走を手助けするのが死刑に値する重罪じゃないから、せいぜい解雇と数年の懲役くらいだろう。」
「それでもそんな負担を背負って俺を助ける理由は何だ?」
同じ都賢秀なのに、ここの都賢秀は明るい性格らしく、大声で笑い、常に元気な笑顔を絶やさなかった。
しかし、なぜそこまでして助けるのかの質問には、表情が真剣になり笑顔が消えた。
「……お前は俺たちの希望だからだ。」
「俺が希望?それって……」
「おい!都賢秀!!」
ここにいる都賢秀がまた意味不明なことを言っていると、外から誰かが大声で都賢秀を呼んでいた。
「はは!実は他の地球の俺に会うのは初めてで、見ていくと言い訳してここに入ったんだ。でも看守長が出ろと急かしてるみたいだ。もう行けよ。俺は本当に大丈夫だから。」
「……わかった。好意に甘えるよ。」
都賢秀はここの都賢秀に感謝を告げて急いで入口に向かった。
「早く来いよ、てめぇ!!」
入口の方では、ここの都賢秀が言っていた看守長と思われる中年の男が手招きしながら叫んでいた。
「珍しい気持ちはわかるが、そこで引っかかったらどうするんだ?そんなに長くいるな!さっさと出ろ!」
「す、すみません。」
都賢秀は注意された通り、疑われないように短く返事して移動した。
しかし建物がどれだけ大きいのか、廊下の長さを見るだけでハーフマラソンができそうなほどで、この建物の規模がよくわかった。
「でもこんな広いところで出口をどうやって見つけるんだ?」
<私が知っているので心配ありません。>
都賢秀がどこに行けばいいのか迷っていると、今まで黙っていたレトムが出てきて道案内をした。
「お前はどうしてここを知ってるんだ?」
<さっきの注意事項を聞いていなかったのですか?疑いを避けるためにできるだけ話すなという1番都賢秀の忠告を……>
「うるさいな……」
静かにしてついて来いと言うレトムを見て、都賢秀はぶつぶつ文句を言いながらも素直について行った。
出口に着いた都賢秀はレトムの案内に従ってゲートにIDをかざし、建物の外に出ることができた。
しかし……
「わあ〜!何これ?!」
都賢秀はもっと驚くことを考えながら建物を出て都市の風景を見て、驚く光景に口が開いたままになった。
未来的な都市デザインに、空には車が飛び交い、初めて見る動植物が街を飾っていた。
「俺、本当に……別の世界に来たんだな……」
<ここは1番地球と呼ばれる場所です。>
「1番地球?」
<そうです。ちなみに都賢秀さんがいた地球は798番地球です。>
牢獄を出たからか、レトムは初めて説明をダラダラ話し始めた。
「いったい1番地球とか798番地球とか、何の話だ?俺が知ってる地球がいくつもあるって話か?」
<そうです。文明レベルが低い798番地球であっても、平行世界という言葉は聞いたことがあるでしょう。>
都賢秀は21世紀に生きる自分に対して何度も未開だとか言われて腹が立ったが、この地の科学力を目の当たりにしてもう反論できなかった。
「平行世界なら詳しくは知らないけど聞いたことはある……多分どこかに鏡のような裏側の世界があるとか何とか……でもそれって全部SF小説の話じゃないのか?」
<厳然たる現実です。平行世界には合計1298個の地球が存在し、都賢秀さんが住んでいたのは798番地球、今いるのは1番地球です。>
小説のような話だったが、現実だと言われて都賢秀はさらに混乱した。
<幸い明日の朝までは時間があるので、まずは1番都賢秀の家に行って軽く食事をし、休息をとってから夜明けに旅に出ましょう。>
「でも俺はなんで旅に行かなきゃいけないんだ?普通に家に帰ればダメなのか?」
<……残念ながら都賢秀さんの存在がすでに連盟に発見されてしまいました。ですので、一か所に留まることはおすすめできません。>
「俺?俺が何だって?連盟とかいうのが俺を追いかけてるってことか?」
<それについては説明が長くなりそうなので、まずは目的地へ行きましょう。>
「……わかった。」
都賢秀も気になることが山ほどあったが、歩きながら話を聞きたくなかったのでレトムの提案通り、まずは1番都賢秀の家に行くことにした。
幸い1番都賢秀の家はそんなに遠くなかった。
家に着いた都賢秀は室内を見回したが、ここも未来的なデザインが強く感じられた。
「まるでバック・トゥ・ザ・フューチャーを見ているみたいだ……」
未来的な雰囲気の1番都賢秀の家を見て回っていると、突然何かを探すようにドアを開けて家の中を見回し始めた。
<……何をそんなに探しているのですか?>
「……いや、なんでもない。」
都賢秀の失望したような表情を見ると、何か大事なものを探しているようだったが、あえて説明しようとはしなかったのでレトムもそのままにした。
<見学はそのくらいにして、まず食事をしましょう。都賢秀さんの生体リズムを調べたところ、かなり空腹状態です。>
「ああ!そういえば……」
面接で緊張して朝食を食べずに出てきて、連盟に捕まってここに連れてこられる間も何ももらえず、都賢秀は一食も食べていなかった。
「でもここは俺がいたところより科学文明がずっと進んでるけど、ここでは何を食べるんだ?」
<食べるも何も、野菜に肉、海産物、各種香辛料。どこでも人が食べるものは同じです。>
「……ロマンがないな。」
何か小さな薬ひとつで満腹になる未来食を期待していた都賢秀は大いにガッカリしたが、レトムは気にしていなかった。
1番の都賢秀の家を調べてみたレトムは、ため息をつきながらどこか惜しいような表情を浮かべていた。
<確か、『すぐに食事できるよう用意しろ』とお願いしたのに、1番都賢秀氏はレトルト食品だけを用意してくれたようですね…>
どんなに世界が変わっても、都賢秀は都賢秀。1番地球の都賢秀も料理を一切せず、即席食品を買って食べるようだった。
「俺と全く同じだな」
<それが自慢ですか…?とにかく、レトルトでも召し上がってください。>
レトムがレトルトでも食えと言ったので、都賢秀は、何か缶詰みたいなものを渡されるのかと想像した。
しかしレトムが差し出したのは、角砂糖くらいの大きさの正方形のキューブだった。
「…これ、何なんだ?」
<あ!都賢秀様には初めてご覧になるでしょうね。こちらの即席料理です。>
「まさかこれをこのまま食べろって言うのかよ?」
小さくて固くて、噛んだら歯が折れそうな代物を、これを食べろと渡されるとは…都賢秀は呆れた表情でレトムをにらみつけた。
<…まあ確かに、798番地球にはないものですから、馴染みがないのも当然でしょう。あの機械に入れてボタンを押してみてください。>
都賢秀はレトムの言う通り、顕微鏡みたいな装置にキューブを置き、ボタンを押してみた。
「おっ?!」
するとボタンを押した途端、“パシッ”とレーザーのような光がキューブに向かって放たれ、そのレーザーを浴びたキューブは溶け出すかと思うと、突然“パン!”と膨らみ、すぐにカレーライスとなっていた。
「この小さなキューブが料理になるって…?さらにお皿まで?」
<これがこちらのレトルトです。>
「ようやく未来世界の料理って感じがしてきたな」
<未来ではなく、別次元の料理です。どの地球でもまだタイムループ技術は発明されていません。>
「細かいところにケチつけて…」
都賢秀は、なんと24時間ぶりの食事になるので、カレーライスをむさぼるように食べ始めた。
都賢秀が食事している間、レトムは旅に必要な荷物を一生懸命にまとめていた。
<非常食50箱と簡易宿泊施設、プラズマピストルと高周波ナイフ、それからサバイバルキットと各種衣類に…連盟所属の地球ならどこでも使える共通通貨まで…1番都賢秀氏が指示通りによくそろえてくれましたね。>
都賢秀は食べながら、レトムが確認している荷物を見ていた。
【確かテントと服装品があると言っていたのに…】
だが実際にあったのは、眼鏡ケースくらいの小さなポーチが2つと、拳銃、予備弾倉、折り畳みナイフ、それを携帯できるショルダーホルスター、それからクレジットカード、フラッシュライト、腕時計、マルチツール、ワイヤーソー、ファイヤースティック、コンパス、救急薬などが入ったサバイバルポーチだけだった。
「テントとか衣類がどこにあるんだ?」
<後でゆっくり説明いたします。旅がどれだけ続くか分かりませんから、よく携帯しておいてください。非常時には野宿しなければならないかもしれませんので。>
都賢秀は急いで食べながらも、レトムの話には集中していた。
「1番都賢秀という奴も俺に旅に出ろって言ったけど…一体俺がどうして旅に出なきゃいけないんだ?」
<色々理由はありますが…一番大きな理由は、エージェントたちの追跡から逃げるためです。>
「そのエージェントたちは、なんでそんなに俺を捕まえようと騒いでるんだ?」
<それは都賢秀様が、次元移動が可能な能力を持っておられるからです。>
「次元移動?俺にそんな能力があるって?何かの思い違いじゃないか?」
<都賢秀様は確か、798番地球ではなく別の地球からエージェントに逮捕されませんでしたか?それが次元移動したという意味なのです。>
「…そうか。俺にそんな能力があるとする。で、それが俺を追ってくる理由と何の関係があるんだ?」
<連盟の許可を得ない次元移動は不可能だからです。>
次元移動が可能だという事実も知らなかった上に、次元移動をしたことで罪になるというのは、都賢秀にとって極めて理不尽だった。
「そういえば、マザーも言ってたな。次元はすべて連盟を通さなければ移動できないって…じゃあやっぱり、俺が移動したわけじゃないんじゃないのか?」
「そんなことはありえません。なぜなら都賢秀様は…次元の“接続者”だからです。」
「接続者?」
都賢秀は“次元の接続者”という言葉を聞いて、法廷でマザーが「接続者だ」と言ったとたんに死刑判決が下されたあの出来事を思い出し、顔が陰鬱になった。
「一体その“接続者”って何なんだ?なんでそれが理由で俺を死刑にしようとしたんだ?」
<説明に先立ち、平行世界について簡単に歴史をご説明します。今から約850万年前…>
「え、8…850万年前…?」
人類の歴史をはるかに超える数字に、都賢秀は思わずレトムの話をさえぎった。
<ねえ、AI、話を遮るんじゃありません。>
「す、数字がすごすぎて…850万年前に人類は存在していたのか?」
<798番地球がどうかは分かりませんが、他の地球では3000万年前から人類が存在するところもあります。>
「うわ…クラクラしてきた…」
<ともあれ…850万年前、大帝ガウス様が我々の地球を超えて別の地球が存在することを発見され、長い研究の末、二つの地球をつなぐ通路を開くことに成功されました。>
「じゃあ、その時から平行世界間の移動が可能だったってことか?」
<その通りです。しかしこの空間移動は誰でもできるわけではなく、特殊な能力者だけが可能であり、ガウス様はそのような者たちを“移動者”と呼ばれていました。>
人類史を覆すようなとんでもない情報が畳みかけるように降ってきて、都賢秀は頭が真っ白になって気を失いそうだった。
<ガウス様は別の地球が存在することを知ると、生涯をかけて新たな地球を発見し、空間をつなぐ研究をなされました。後世の人々はその業績を讃え、“次元の接続者”という称号を贈ったのです。>
「じゃあ、“接続者”ってのは…次元と次元をつなげる存在ってことか?」
<そうです。もっと正確に言えば、次元をつなぐことも切り離すこともできる存在です。>
「その“接続者”ってのが…まさか、俺…?」
<その通りです。>
ただの就活中の人間である彼にとっては、あまりにも途方もない話で、混乱を通り越し脳が停止しそうだった。
<大丈夫でしょうか?私がお話しした中で、理解できない部分はございませんか?>
「いや…大方は理解したよ。でも、俺が接続者だってのは構わない…でも、俺が接続者だからって何で連盟が俺を捕まえようとしてるんだ?」
<それは…え、それって…?>
レトムが続きの説明をしようとしたとき、不意に外から大きな音がして会話がそこで止まった。
「な、何だよ?」
<…どうやら、ゆっくり会話している場合ではなさそうですね。>
「なに?! それって…ウワッ!!」
突然ドアが破壊され、都賢秀は思わず悲鳴を上げた。
「798番都賢秀!!このままで連盟から逃げられると思ったのか?!」
ドアを破って入ってきたのは、連盟の次元治安局のエージェントたちだった。
「何だよ?! 明日まで大丈夫だって言ったのに、どうしてもう来たんだ?!」
<それは…>
都賢秀は「なんで早く見つかったんだ?」と狼狽しながら言ったが、レトムはすでに理由を知っているかのように一点を見つめていた。
その視線の先にいたのは――
「わるい、友よ…」
なんと、1番都賢秀その人だった。
「何だよ?! なんでこんなに早く発覚したんだ?!」
「それが…俺も絶対に口を割らない覚悟で耐えようと思ってたんだけど…思ったより耐えられなかったんだよね」
「耐えられなかったって?一体何を…まさか拷問?!」
連盟という連中が、ここまで非人道的な行為に及んでまで俺を探しているとは驚愕したが、逆に拷問を受けたであろう1番都賢秀を思うと胸が痛んだ。
だが…
「…耐えられないほどに拷問されてたんだろ?なのに、どうしてそんなに普通なの?どこが拷問を受けたっていうんだ?」
「何言ってんだ?見てよ。ここを…」
そう言って1番都賢秀は、いつもより真剣な表情で左手の小指を差し出したが…
なんと、爪が一本、抜け落ちていた――という壮絶な(?)光景が広がっていた。
「……」
<………>
爪一本が抜けただけで、すべてをぺらぺらしゃべってしまった1番都賢秀を、都賢秀とレトムは言葉もなく見つめていた。
「そうか…元気な爪が抜けるのって…痛いよな、痛かっただろ…ちくしょう!お前馬鹿か!!」
「ハハ!ひどいよ、友よ。本当に痛かったんだよ!」
本当に痛かったと慰めを求める1番都賢秀を見て、「あいつをどうやって裂き殺してやろうか?」なんて考えまで浮かんだ。
<はぁ〜…俺みたいな奴らを信用したのが間違いだった…>
「ハハ!ひどいよ、レトム!」
レトムまで「情けない」と言っていて、1番都賢秀はすっかり拗ねてしまっていた。しかしそれ以上に、都賢秀自身が“あいつと一セットでまとめられてしまった”ことに内心で憤っていた。
【あいつと一緒くたにされるなんて…】
「冗談はそこまでにして、おとなしく拘束されろ、798番都賢秀!!」
エージェントたちは、自分たちを無視して互いにだけ話している態度が気に入らないのか、どんどん声を荒げているが、捕まったら死刑だ。捕まるような馬鹿はいない。
「お前なら捕まるか?捕まったら死刑だぞ!!」
「そうだとしても、エージェントたちの監視を避けて一生逃げ続けることができそうか?おとなしく床に伏せろ!!」
都賢秀は、ぎっしり詰まったエージェントたちを振り切って逃げるのは不可能だと、聞かずとも悟っていた。
「なあ!どうする?次元移動とかできないのかよ?」
<残念ながら、次元移動のゲートを開くためには30秒以上開き続けなければならず、間違いなく彼らが追ってくるでしょう。だからまずはここから脱出することを推奨します。>
「脱出しろって?どうやって?!」
<まさに、都賢秀様の背後にある窓からです。>
「……ここが8階だって分かってから言ってるんだよな、てめぇ?」
1番都賢秀の住んでいる家はなんと8階。ここから飛び降りたら全身の骨が砕け散るのは明白だったが…
<それでも他に方法があるのでしょうか?>
レトムは容赦なかった。一方で、彼の言うとおり他に選択肢がないのも事実だった。
それでもそんな極限の状況で8階から飛び降りねばならないという恐怖に、都賢秀は容易には動けなかったが…
「ハハ!心配すんな。あの窓の向こうに低い建物の屋上がある。そっちに向かって飛び込めって話だろうな。」
レトムは他人の目には見えない存在なので、今の会話をエージェントたちは知り得なかった。しかし悪運にも、そこに1番都賢秀が出しゃばったおかげで、会話が露見してしまった。
「窓から逃げようとしてるぞ!さっさと捕えろ!!」
エージェントたちが迫ってきて、都賢秀にはもはや選択の余地がなかった。
「くそ、1番ヤツめ!!」
都賢秀は食卓の角を蹴り、エージェントたちの動きを一瞬でも阻むと窓際に鉢植えを投げつけた。
そしてガラスがバリバリと粉々に割れる破壊された窓に、迷わず一歩を踏み出して飛び下りる準備を整えたが…
「何だよ、あれ?!距離ありすぎるじゃねぇか!!」
都賢秀のいる位置は8階で、向かい側の建物が6階、ぎりぎり届くか届かないかの距離だった。問題は直線距離がせめて5メートルはありそうだった点だ。
<…建物があることだけ把握していて、正確な距離を測っていなかったのが敗因ですね。残念です。>
「おい!他人事かよ?!」
レトムがまたしても心の隙を突くようなことを言ってきたが、もはや迷っている余裕はなかった。
背後からエージェントたちが迫っていたのだ。
<仕方ありませんね。この距離を跳び越えるのは無理ですので、別の機会を窺いましょう。おとなしく彼らに付き従ってください。>
レトムはただエージェントに従えと言っていたが、都賢秀には、彼らを信用する余地など一切なかった。
ついに乾いた唾を飲み込み、覚悟を決めた都賢秀は…
「うりゃぁぁぁ!!!!」
窓から飛び降りた。
「おっ?!」
「えっ?!」
<何やって…!!>
エージェントたちも、1番都賢秀も、レトムまで、窓から飛び降りた都賢秀を見て驚きの声を上げたが…
「うぉおおおあああっちゃ!!!」
驚くことに、反対側の建物に着地できた。ただし正確に言えば、ギリギリ屋上の手すりにぶら下がるというみっともない姿だったが…
<思ったより運動神経が良いですね。>
「今になってそれに気づいたか?次はどうする?」
<別の場所に移動するためのゲートを開くイメージを頭に描いてください。そうすればゲートが作動するはずです。>
「え?こう…?」
都賢秀がゲートが開く場面を思い浮かべると、目の前に次元を超えるゲートが実際に開かれた。
いよいよ、次の地球への旅に出る番だった。
「ハハ!気をつけて、友よ!今度は捕まるなよ!」
1番都賢秀の見送りの言葉に、都賢秀も応えた。
「うるせぇ、このクソ野郎!!誰のせいで捕まっ…!!」
都賢秀が愛情(笑)あふれる挨拶を叫んでいるうちに、ゲートは閉じ、エージェントたちは虚しく見送るしかなかった。
*****
ゲートの扉が開き、都賢秀の次元移動は無事に終わった。
そして足を踏み出した瞬間――
「うわああああっ!!」
ゲートが空中に開かれ、都賢秀は「シュウーン」と音を立てて地面に落ちた。
<一体どんな度胸で空中にゲートを作ったんですか?>
都賢秀は2メートルの高さから落ちて痛くてたまらないのに、レトムは生意気な口をきくので腹が立った。
「おい!!俺が作りたくてあんなの作ったと思うか?それにお前は心配の一言も言わないのか?!俺が落ちて大怪我したらどうするんだよ?!」
<高さはありますが砂地なのでそんなに痛くはないですよ…>
「砂?」
レトムの言葉に都賢秀は周囲を見渡すと、ここも初めて次元移動した場所のように、砂ばかりの砂漠だった。
おかげで大怪我はせずに済んだが…
<砂漠の砂に落ちてそんなに痛くないのに甘えてる…男か?>
むしろレトムの小言に耳が痛かった。
「もう!本当に…もう叱るのやめてくれ!!」
<叱りたくてもここは…>
レトムは辺りを見回し、突然ため息をついた。
<私の望んだ目的地でもないですよね?どうやら次元移動についてもっと学ぶ必要がありそうです。>
レトムが正確な目的地を指定しなかったため、違う場所に来たのは当然だった。
しかし都賢秀はレトムが今言った言葉が気になって仕方なかった。
「目的地って何だ?俺たちってただ連盟の追跡から逃げて、行き先もなくさまよってるんじゃなかったのか?この旅に目的なんてあったのか?」
<……>
自分が“次元の繋ぎ手”だという理由で連盟に追われ、ただ逃げるためだけの旅だと思っていたが、目的が別にあったとは…
都賢秀はこの正体不明の生物(?)がさらに何を隠しているのか心配になるほどだったが…
<……>
レトムは口を閉ざしたままだった。
「何か言えよ!俺に何をさせようってんだ?」
<…先ほど1番都賢秀の家で説明中に連盟の襲撃を受けて話が中断しましたので続けますが…今まで“次元の繋ぎ手”は、次元移動を発見したガウス大帝とその意志・知識・能力をすべて受け継いだ人工知能マザーしか存在しませんでした。>
「マザーも“次元の繋ぎ手”なのか?」
<その通りです。>
繋ぎ手という存在自体が危険だとして自分を捕まえるよう命じたマザーも、次元の繋ぎ手だったという話に都賢秀は混乱するばかりだった。
「繋ぎ手でありながら、なぜ俺を危険視しているんだ?」
<…最初にガウス大帝によって次元が開かれ、各地球の人々は自分たちの不足する資源を他の地球から受け取り、不足する資源を渡す形の貿易が活発になりました。しかし貿易が活発になるほど紛争も避けられませんでした。>
「…だから連盟ができたのか?」
<そうです。最初、連盟はその名の通り次元の秩序を管理するためにマザーが直接創設した団体です。>
都賢秀もそこまでは理解できた。
自分が住む地球にも国際社会で貿易により起こる紛争を解決するために世界貿易機構があるからだ。
<マザーの意志に従い連盟は運営され、次元の秩序を築き平和を守ってきました。しかし…いつからか連盟は変わり始めました。>
「変わった?」
<次元貿易で発生する金額が想像を超えるほど上がると、連盟はその利益を貪り始め、次第に秩序の維持ではなく支配を始めました。>
「支配?」
「そうです。次元を通じて資源を移動させると巨額の税金を取り富を蓄積し、反発する地球は次元を閉じてしまい、反抗できないようにして権力を独占してきたのです。」
連盟は798番地球で起こっている安価で競合他社を潰し、価格を上げる独占問題をそのまま見せていた。
ようやく連盟が自分を追う理由を納得できた。
「なるほど…自分たちだけが次元を開けないと権力を維持できないから、俺が脅威なんだな…」
<そうです。やっと自分の運命を少しは理解しましたね。>
「くそ…これから一生連盟の追跡を逃げてさまよう人生になるのか?」
一生逃げ続ける人生がどれほど辛く惨めか知るレトムは、慰めの言葉をかけられなかった。
<都賢秀さんの気持ちはわかりますが…移動しなければなりません。>
「なんのために?!事情がわかったならむしろ戻って連盟に協力し、安全を保障してもらう方がいい。」
<しかしそれでは…>
「それに!」
<はい?>
都賢秀は鋭い目つきでレトムを睨みつけた。
「何か隠してるやつとは話したくない…正直に言え。俺を連れて旅をするのは…別の理由があるんだろ?」
都賢秀の鋭い推察にレトムはため息をついて答えた。
<…思ったより鋭い方ですね。わかりました、正直に話します。私は都賢秀さんの助けがどうしても必要なのです。>
「俺の助け?」
助けが必要だというレトムの言葉に都賢秀は一瞬驚いた顔をしたが、「やっぱりな」という顔に変わった。
「やっぱり…何か目的があるんだなと思った。」
都賢秀はとんでもない理由で自分を殺そうとする次元管理連盟も気に入らなかったが、巧妙な言葉で自分を誘うだけで真実を話さないレトムも信用できず気に入らなかった。
「お前!!嘘なしで正直に言え!!俺を何に利用しようってんだ?!」
<…大したことではありません。連盟に閉じられた次元を開けてほしいと頼むのです。>
「閉じられた次元?連盟が懲罰的に閉じた次元のことか?」
<そうです。>
レトムは他の時のように言葉を回さず、初めて簡潔に目的を説明した。
<それのために私は長い間、次元の繋ぎ手の運命で生まれた方を探していました。>
「探してた?お前…あの面接会場もお前が仕組んだのか?」
変だと思っていた面接シーンは、どうやらこの“合いすぎ”野郎が仕組んだようだった。
<そうです。最近、次元の繋ぎ手の気配が強く感じられて探した結果、都賢秀にその気配があるとわかりました。しかしこの宇宙には1298個の地球があり、それは1298人の都賢秀がいることでもあります。>
「この世に1298人の俺がいるのか?!」
<そうです。だからあなたを探すためにホログラムの案内人まで作ってかなり力を入れ…聞いてますか?>
「え?」
都賢秀は呆然とした顔で考え込んでいたが、レトムの叱責で我に返った。
「あ!ご、ごめん…いや謝ることじゃないな!」
すべて騙されて起きたことだと知り、都賢秀は裏切られた気持ちで震えた。
「お前も信用できねえ。俺はむしろ連盟に戻って協力しろって言って俺を助けてくれって言う方がマシだ!」
都賢秀が信用できないと背を向けようとしたところ…
<宇宙全体が危険です!!次元が崩壊しつつあるのです!>
レトムの突然の衝撃的な言葉に、都賢秀は足を止めて動けなくなった。
「…何?」
<私を信用できないのはわかります。しかし次元が崩壊しつつあるため、都賢秀さんの助けが切実に必要なのです。>
「次元が崩壊している?それはどういうことだ?」
<次元は単なる通路ではありません。人間の血管のようなものです…もし血管が詰まったり切れたりしたら…その人はどうなりますか?>
「そ、それは…死ぬだろう?」
<そうです。次元は単なる通路ではなく、気が循環する場所でもあります。人間の介入で詰まると…いつか詰まった気が膨張を繰り返し、最終的に…崩壊します。そしてそうなると1298個の地球に住むすべての人類が滅亡するのです…>
「ちょ、ちょっと待て!!!」
あまりに途方もない話に、都賢秀はレトムの言葉を遮り顔色が青ざめ、冷や汗までかいた。
「おい、おかしいだろ…お前さっき確かガウスって人が次元を繋いだって言ったよな?じゃあその前は詰まってたってことか?」
<繋いだと表現しますが、ガウス大帝は次元を発見し、人間が行き来できる道を作っただけで、次元自体はそれ以前から存在していました。おそらくこの宇宙が誕生した頃から存在しているのではないかと思います。>
「じゃあ次元が閉じるってのは、単に人が通れなくなったってことじゃないのか?」
<連盟も最初はそう思っていました…しかし違いました。>
「次元を物理的に閉じてしまうと…完全な断絶になるんだな…」
<その通りです…当時の連盟はそれを全く知らず、知ってからも権力を貪り改めようとはしていません。>
全地球が滅亡する――
まるで小説や映画のような設定が自分の目の前で起ころうとしていることに都賢秀は現実を受け入れられなかった。
「で?滅亡するとしたら…だいたいいつ頃だ?」
<私の計算によると…100年後にはすべての地球が滅亡します。>
「………え?!100年?」
全人類を危機に陥れる超自然的災害が迫っていると呆然と空を見上げていた都賢秀は、時間がまだたくさん残っていることに気づくと頭を下げ、なぜか表情に活気が戻った。
「まだまだ先じゃん!!俺の死んだあとだな!」
<そう…でしょうね?でもどうしてですか?>
「なんでって何がだよ?俺に関係ないってことが確定したって話だろ。」
<え?人類が滅亡するんですよ!>
「それが俺と何の関係があるんだ?俺は死んだあとだろうし…」
<都賢秀さんの立場ならそうでしょうが…都賢秀さんの子孫たちが危険にさらされることになるんですよ?>
「…俺は家族もいないし結婚する気も…ましてやない…だから未来の子孫なんて俺には関係ない話だ。」
なぜか結婚の話になると一瞬口をつぐんだ都賢秀は、改めて自分には関係ないと言って背を向けようとしたが…
<もちろん!!滅亡はまだ先の話ですが…差し迫った危険もあります!!もしかしたら…都賢秀さんの住む798番地球も同じ危険にさらされているかもしれません…>
関係ないと言って背を向けようとした都賢秀は、自分の故郷の地球まで危険だと言われてまたレトムを見た。
「差し迫った危険?それはどういうことだ?」
<それは…あれです……あれ?>
差し迫った危険が何か疑問に思う都賢秀に説明しようとしたレトムは、突然どこかを見て言葉を止めた。
都賢秀は何事かと思いレトムの視線の先を見たが…
みすぼらしい服装の少女が都賢秀の荷物をこっそり盗もうとしていた。
「ちっ!!バレたか!」
少女は見つかったとわかるとカバンを背負い、信じられない速さで逃げていった。
<まさに…これを言っているのです…>
初めて見る少女が旅に必要な物資の入った荷物を抱えて逃げていったが、都賢秀はあまりにも驚いたあまり、その場で凍りついてしまった。
「お、おい、坊や!! それは俺の荷物…!!」
自分の荷物だから持っていかないでと懇願してみたが、少女は聞く耳も持たず、素早く走り去ってしまった。
<最初から盗む気で来た者に返してくれと言って返してくれると思いますか?! 早く追いかけてください!>
「そ、そうだな!!」
レトムの叱責に背中を押され、都賢秀は少女を追って走り出したが――
この砂漠は、都賢秀が最初に次元を越えた時に行った砂漠とは異なり、中東の砂漠のように地面が柔らかく、足が沈んでスピードを出せなかった。
さらに、灼熱の太陽のせいで体力はどんどん削られ、少女との距離は開く一方で、まったく縮まらなかった。
「へっ!そんな体力でよく生き延びたわね!べ〜っ!」
都賢秀が追いつけないと分かった少女は、舌を出してからかうと、そのまま砂の丘の向こうに消えていった。
生存に必要な荷物を丸ごと奪われたにもかかわらず、都賢秀は追いかける気力もなく…
「はあっ…はあっ…だ、誰か助けて…」
ひどい体力のなさをさらけ出しながら、レトムに情けなく助けを求めていた。
旅に必要な装備と食料が詰まった荷物を、旅の初日に全部奪われ、しかも“次元の繋ぎ手”であるはずの都賢秀がこの有様では、レトムもすでに先が思いやられた。
*****
軽犯罪が少ない韓国で暮らしてきたせいで、都賢秀には「荷物を守らなければ奪われる」という警戒心がなかった。
そのため荷物を放置していたところ、見事に洗礼を受けてしまった。
<大人にもなって、荷物ひとつ守れないとは…>
「うるせぇ! もうやめろってば!!」
荷物をすべて奪われたくせに、都賢秀は逆ギレして怒鳴っていた。
<今は静かにしている場合ではないでしょう!物資すべてを奪われた上、武器まで奪われたのに、これからどうやって旅をするつもりですか!?>
「武器?あ、そういえば拳銃もあったっけ。」
<…そうです。プラズマ・ピストル。中性子を利用した高エネルギービームを発射する、1番地球の一般的な武器です。>
「…中性子って何?」
レトムの説明を半分も理解できない都賢秀は、世界一のアホみたいな顔で見上げてきたので、レトムはため息を深くした。
<中性子とは陽子とともに原子核を構成する粒子の一つで…>
「もっと分かりやすく説明してくれない?」
<分からないくせに、なぜ説明を求めたのですか!?>
何から何まで何も知らない都賢秀の世話を焼くうちに、人工知能であるレトムですら存在しない脳がズキズキ痛むような感覚を覚えた。
<本当に簡単に言えば…ものすごく強力な武器ということです。>
「ああ、最初からそう言ってくれれば分かったのに。」
<自分がバカなことを、なぜ私のせいにするのですか?>
特に間違ったことも言っていないのに、都賢秀は腹立ちまぎれに怒鳴った。
「お前が難しく説明したくせに、なんで俺を責めるんだよ! このクソAIが!!」
<クソAI!? 私を侮辱するとは!! その侮辱、許しません!!>
「へっ! それで、我慢できないならどうすんだよ?!」
実体のないホログラムに「我慢できないならどうするんだよ」と挑発してみせたが…
<こうしてやります!>
レトムは手を巨大化させると、都賢秀の鼻に強烈なパンチを浴びせた。
「ぶはっ!!」
コツンと鼻に当たった衝撃で、都賢秀はのけぞり、鼻血が空へと吹き上がるかのように噴き出した。
「な、なんだよ!? お前ホログラムじゃなかったのか?」
鼻血をダラダラと流しながらも、それどころじゃなかった。
確かに最初に会ったときは触ろうとしても触れなかったのに、今は普通に殴られたからだ。
そんな都賢秀に、レトムはまたしても丁寧に説明した。
<ヒッグス粒子を利用して、周囲のホコリなどの物質を使い具現化することができます。>
「何言ってるか分かんないけど…つまり今は触れるってことだな? ならこっちからも殴るぞ、この野郎!!」
いつもウザい口調のレトムが気に入らなかった都賢秀は、今こそ教育の時間だとばかりに拳を振り上げた――が。
「えっ?」
拳はいつものようにレトムの体をすり抜けた。
「な、なんだよ…さっきは確かに…」
<先ほども説明しましたが、ヒッグス粒子で私を具現化したのです。そのヒッグス粒子を解除すれば、私はまたホログラムに戻ります。分かりましたか?このアホ!>
「…今、俺のことバカって言ったな?」
<いくらバカでも、悪口は聞き取れるんですね。感心しますよ。>
「このヤロー、本当に…!!」
都賢秀はレトムに向かって拳を振り回し続けたが、ホログラムには何のダメージもなく、自分だけが疲弊していくばかりだった。
「はあっ、はあっ…」
<まったく…こんなバカが我々の希望だなんて…>
「はあっ…お前が勝手に希望抱いてるだけだろ! 俺は世界を救うとか、そんな気ないっつーの!!」
<…本当に利己的ですね。そうやって人々の苦しみに目を背け、無視していて心が痛まないのですか?>
レトムはただの苛立ちから何気なく言った言葉だったが、都賢秀の表情は目に見えて固くなった。
「……」
<どうかしましたか?>
「…いや。まあ、あんな危ない銃を子どもが持ってたら大変だし…見つけに行こう。もう遅いから、明日探そう。」
誰が見ても話を逸らしているのがわかったが、都賢秀の顔色があまりにも暗かったので、レトムはそれ以上追及しなかった。
<ですが、どうやって追跡するつもりですか?次元を超えてきたとはいえ、ここも地球。地形は異なりますが、798番地球と同じ広さです。この広大な土地で、あの少女をどうやって…>
「心配するな、明日はこの“アニキ”に任せとけ!」
何か自信があるのか、都賢秀は得意げにその場に横になった。
<ところで、“アニキ”とは誰のことですか? 私のほうが都賢秀さんより何倍も長く生きているのですが。>
「そういう細かいの、いちいち気にすんなよ!」
仲が良いのか悪いのか、二人は疲れることなく言い争いを続けていた。
*****
炎が上がる村で、人々が悲鳴を上げながら倒れていく中、血まみれの少女が都賢秀を見上げた。
「おじさん…どうして、私たちを助けてくれなかったの…?」
恨みのこもったその声に、都賢秀は息が詰まった。
「ごめん…俺が悪かった…ごめん…」
「うあああああっ!!!」
悲鳴とともに目を覚ました都賢秀は、冷や汗をかきながら荒く息をついた。
<大丈夫ですか?>
レトムが待機モードから出て近づいてきた。
「はあっ、はあっ…大丈夫だ。」
<大丈夫ではありません。スキャン結果、心拍数上昇、体温低下…パニック障害の発作です。>
「違うって言ってるだろ…放っとけ…」
都賢秀は荒い息を吐きながら、空を見上げた。
そろそろ夜が明ける時間で、少女を探しに行く準備をしなければならなかった。
「そろそろ動くか。」
<…承知しました。ところで、少女をどうやって見つけるおつもりですか?>
都賢秀はニヤリと笑い、立ち上がった。
「さあ?だがこの“アニキ”に任せとけ。」
自信満々に道を歩き出す都賢秀。
レトムは本当に何か策があるのか疑いながらも、後ろをついて行ったが…
<驚きですね…>
今はただただ感心しながら後を追っていた。
都賢秀は少女が残した小さな痕跡一つも逃さず、着実に追跡していたからだ。
しかも砂漠特有の乾いた風で足跡がかなり消えていたにもかかわらず、見事に痕跡を拾いながら追っていた。
<そんな技術、どこで習得したのですか?>
「…そんな大したもんじゃないさ。」
都賢秀はたいしたことない風に言ったが、追跡対象の痕跡を追うのは熟練の兵士や猟師ですら簡単ではない。
彼がどれほどの能力を持っているか、説明するまでもなかった。
「雑談はいいとして…あれはなんだ?」
都賢秀が指差した先には、遠くに人工的な建物が見えた。
しかもそれは単なる建物ではなく、高層ビル群だった。
「砂漠の向こうに都市があるのか…人が多いと痕跡探しが難しいんだけど…」
人々の思い込みとは異なり、人を追うのは山や森よりも都市のほうが難しい。
人が多すぎて痕跡が混ざりすぎるからだ。
都賢秀は人に話を聞いて少女の手がかりを探そうと思っていたが…
<…その心配は必要ないかと。>
「なんでだよ?」
<…行ってみれば分かります。>
都賢秀はレトムの妙な言葉が気になりながらも都市に向かった――そしてすぐに、その意味を理解した。
「な、なんだよ…これ…」
都賢秀が見つめたのは、確かに都市だった。
だが、正確には“廃墟”だった。
ビルは崩れ、窓ガラスは砕け、道には砂が積もり、人の気配は一切なかった。
「こ、これって…数日どころじゃないだろ…」
<…これが、目の前にある“危機”なのです。>
レトムはその廃墟を前にして、さらに説明を続けた。
<確かに、次元が崩壊してすべての人類が滅びるのはまだ未来の話かもしれません。しかし今この瞬間にも、“閉ざされた次元”によって苦しむ人々がいます…>
「なに!? 次元が閉ざされたって、なんで人が苦しむんだ?」
<先ほど話したように、次元が開いたことで人々は互いに足りない物資を交換し合ってきました。この155番地球も希少金属が豊富ですが、土地が痩せていて食料が不足している地球でした。だから、食料が豊富で希少金属が少ない894番地球と貿易していたのです。>
「でも連盟がその次元を閉じたってことか?」
<この地球の次元は閉じられていませんが、894番地球が連盟の決定に反発して次元を閉じられたのです。その結果、この地球は突然食料を入手できなくなりました。>
連盟のやっていることを単なる権力の乱用くらいにしか考えていなかった都賢秀は、こんなにも深刻な結果をもたらすと知り、言葉を失った。
「でも、だからってどうしてこんな廃墟に…?」
<…894番地球との接続が切れた155番地球では、残されたわずかな穀倉地帯を巡って戦争が勃発し…ついには核兵器まで使われる事態に至ったのです。>
「…なんて愚かだ。」
戦争の果てに使ってはいけない兵器を使ってしまい、人類が自ら滅びる――そんなシナリオはフィクションではよくあるが、目の前でそれを見せられると、もはや物語として片付けることはできなかった。
「894番と取引できなくなったからって、他の地球とやればいいじゃないか…食料が豊富な地球はそこしかなかったのか?」
<それは違います。>
「違う?」
<1番から1298番までの番号は、ガウス大帝が発見した順番に割り振っただけで、ドーナツのようにつながっているわけではありません。移動できる地球は限られており、155番から移動可能な地球の中で、食料が豊富だったのは894番だけだったのです。>
「…まるで、運命のいたずらだな。」
資源を巡って戦争するのは愚かだと思うが、飢餓が本当に深刻になれば、人は人を殺す。
だからこそ、飢えは恐ろしく、戦争の原因にもなる。
そう実感しながら歩いていた都賢秀目の前には信じられない光景が広がっている驚きで言葉を失った。
都賢秀が思わず口をあんぐりと開けてしまうほど驚いた光景――
「さあ、安いよ安いよ!今日はたまたま質の良い野菜が入ったんだ!今日を逃したら次はないよ!」
「水一杯で12万ルートだ!!」
「おい、この野郎!! それは俺の物だぞ!」
「持ち主のいない物は、先に取った方が勝ちだろ、バカ野郎!!」
「泥棒だ!あの野郎を捕まえろ!!」
「お恵みを…お願いです、ほんの一文でも…」
それはまさに「市場」だった。
治安はお世辞にも良いとは言えず、所々で争いが起き、スリが横行し、物乞いの子供たちも目に入るが、それでも確かに商業活動が営まれている市場だった。
何もかもが滅び、すべてが失われた世界だと思っていた 都賢秀は、その市場の存在に本気で面食らっていた。
「文明が…残ってたんだな…」
<この地球にはかつて核戦争以前、約40億人が住んでいたとされていましたが、現在では1000万人しか生き残っていないと推測されています。全人口の99.8%が消滅したということですね。>
「ほとんどの人が戦争で消えたってことか…」
かつての40億もの命が、悲惨な戦争によって消えてしまったという事実に、 都賢秀の胸は締めつけられる思いだった。
<この地球は特に極端な状況に陥っていますが… 連盟によって次元が閉ざされた他の地球も、似たような運命にあります。もしも彼らが何の支援も受けられなければ、次元の崩壊を待たずして滅びるかもしれません。>
レトムは以前、砂漠を横断していたときと同じように、再び目の前の危機に手を貸してほしいと懇願していた。
都賢秀も彼らの事情に胸が痛まないわけではなかったが――
「悪いけど、俺はやらない。」
<……なんて冷たい方なのでしょう。あれだけの惨状を見て、そう言えるんですか?>
人を助けながら生きるという使命感は、誰もが持てるものではない。
レトムもそのことはよく理解していたが、それでも目の前の惨状に心を動かされない都賢秀の冷淡さには呆れるしかなかった。
「何を言われようが構わない。でも俺は、もう人助けをして生きる気はない。」
<酔っ払いの分際でよく言いますね……そもそも、誰かを助けたことがあるんですか?>
茫然と歩いていた都賢秀は、これにはカチンときてレトムをにらみつけた。
「この野郎!お前、俺を何だと思ってるんだ!」
<どう思っているかって?知識はない、意志も弱い、性格は冷たい、要するにおバカな 都賢秀ですよ。>
「このクソAIめぇえええ!!」
都賢秀はまたしても怒りにまかせて拳を振り回したが……
<扇風機ですか?涼しいですね。>
レトムはホログラムであり、物理的な力は一切通じない。都賢秀の拳は虚空を舞うだけだった。
そしてさらに追い討ちをかけるように――
「暑さで頭やられた連中が暴れ回ってやがるな……」
周囲の人々は空に向かって拳を振り回している都賢秀を完全に狂人扱いし、目も合わせずに通り過ぎていった。都賢秀の羞恥心は限界を迎えた。
都賢秀が息を切らしながら座り込んでいると、レトムが何かに気づいたようだった。
「はぁ、はぁ……どうしたんだ?」
<あの屋台を見てください。>
レトムの指示した方を見ると、そこでは商人が様々な武器を並べて売っていた。
「さあ、これを見てください!一振りで人を切り倒せる剣から、何でも貫く銃まで、防衛用から暗殺用まで何でも揃ってるよ!」
少し過激な宣伝文句ではあったが、普通に商売をしている露天商にしか見えなかった。
「で、その人が何だって?」
<屋台の真ん中にある武器をよく見てください。>
「真ん中?」
都賢秀が視線を集中させると、そこにはかつて旅の途中で彼が「1番の自分」に渡したプラズマピストルと高周波ナイフ、そしてマガジンを収納できるショルダーホルスターがあった。
すべて、あの少女に奪われた装備だ。
「ん?あれ、俺たちの装備じゃねぇ?」
<その通りです!>
武器類だけで、他の荷物は見当たらなかったが、少しでも回収できたのは幸運だった。
「よし、まずはあの商人に装備を返してもらって、ついでにあの少女の行方を聞こう。」
<は?何を言って――>
レトムが何か言おうとしたが、都賢秀は聞く耳を持たず、そのまま商人の元へと駆け寄った。
「ちょっとおっさん!その銃とナイフ、俺のだから返してくれ!」
都賢秀にとっては当然の要求だったが、商人の返事は――
「なんだい、ラクダのケツに米粒がくっついたような寝言を言いやがって。頭がどうかしてるなら家帰って寝てろ。」
まったく相手にされなかった。
<自分の物だからって、素直に返してくれると思いましたか?ほんと、甘いですね。>
「うるせぇな!でもな、俺にはちゃんと手があるんだ!」
<手?何か策があるんですか?>
レトムが希望を込めて尋ねたが、都賢秀は自信満々に叫んだ。
「当然!それはな……俺の華麗なる話術だ!」
まさかの“話術”頼み。レトムは「それどこの国の冗談ですか?」という顔で見ていたが、都賢秀は真剣だった。
「おい、おっさん!さっきも言ったけど、あれは俺のもんだ。昨日、ある女の子に盗まれたんだよ!」
「はぁ?そんなこと俺の知ったこっちゃねぇよ。正規のルートで買ったんだ。欲しけりゃ買え。」
「盗品売ったら罪に問われるぞ!」
「どこから湧いたんだお前は。法律がなくなってどれだけ経つと思ってんだ。」
“法律が存在しない”という一言で、都賢秀の口が止まった。
確かにこの終末世界に国家も政府も法も存在するわけがなかった。
結局、都賢秀の華麗なるトーク術は完全なる敗北で幕を閉じた。
<やっぱり都賢秀に期待したのが間違いでした。>
「うるせぇ、まだ手はある!」
<手?今度は何ですか?>
レトムが最後の希望をかけて尋ねると、都賢秀は――
「こういう時、信じられるのは一つだけ……拳だ!」
まさかの力業。あまりに浅はかな最終手段にレトムは顔を背けた。
「おい、おっさん!痛い目見たくなかったら、さっさと返せよ!」
「返さなかったら?」
「ぐっ……だったら俺の拳が怒るぞ……!」
カチャッ。
「……話し合いましょう。」
商人が銃を突きつけた瞬間、都賢秀の“拳による解決”はあっけなく終了。
「黙ってその装備が欲しけりゃ金出して買え。嫌ならとっとと消えな。」「……いくらっすか?」
ようやく商人も納得して、銃を下ろした。
「リン。あの娘が水一杯と引き換えにこれを俺に売った。だから水一本分よこせばいい。」
この砂漠では、水は通貨の代わりになるほど貴重な資源だった。
「でもさ、ずっと気になってたんだけど、この砂漠の真ん中で一体どこから水を調達してるんだ?」
「本当に何も知らないんだな。東に約30キロ歩けば井戸がある。みんなそこから水を汲んできて俺らに売ってるんだ。お前も試してみるか?」
レトムは驚きの声をあげた。
<30キロですか?往復で半日ほど歩ける距離ですが、問題はその間砂漠を横断しなければならないことです。>
砂漠を横断するということは、何も知らない初心者が準備もなしに足を踏み入れれば、たった4時間で命を落とす危険がある。
だからレトムは都賢秀に止めるように言おうとしたが…
<ダメです。拒否しないでください、都賢秀さん?>
都賢秀は顔を覆い悩んでいる様子で、レトムは不思議に思った。
「たった30キロ先に井戸があるなら、水脈も生きてるってことだ。これなら簡単に解決できる。」
<はい?>
レトムは意味が分からず疑問を浮かべているが、都賢秀は自信満々の表情で商人を見返した。
「じゃあ、水一本くれれば装備を返すって話は本当だな?」
「そうだ。」
「じゃあ水を取りに行くから、そこの空の瓶だけはタダでくれよ。」
「ふん!何を企んでるか知らんが、はいよ!」
初めて見事なトークで空の瓶をただで手に入れた都賢秀は、残った持ち物の野戦用シャベルとビニール袋を持って砂漠に向かった。
シャベルで地面を掘り、その上に水瓶を置き、ビニール袋で覆い、小石をビニールの上に置いた。
「さあ、あとは待つだけだ。」
都賢秀はにこにこしながら座っていたが、レトムは何をやっているのか全く理解できなかった。
<これで本当に水ができるんですか?>
「そんなことも知らないのか?本当に馬鹿なAIだな。」
レトムは都賢秀の冷やかしに腹を立てたが、彼の意図がどうしても分からず言葉を失った。
「一日待てばいいんだ。黙ってろ。」
のんびりした都賢秀を信じて、レトムも静かに見守った。
*****
一夜が明けて眠っていた都賢秀は伸びをして起きた。
「うぐぐ…砂漠で寝るのも久しぶりだな…」
<…砂漠で寝たことがあるのですか?>
「…昔な。とにかく、うまくいったか見てみるか。」
都賢秀がビニールをめくり中を覗くと、レトムも我慢できず中をのぞいた。
<え、本当に水が?!>
水瓶の中に確かに水が入っていた。
訳が分からないレトムは掘った穴も調べたが、昨日まで乾いていた穴は湿気で満たされていた。
<まさか…砂漠の蒸留法ですか?>
いくら乾燥した砂漠でも地下に地下水脈が存在する地形はある。
そのような場所で膝まで掘った穴にビニールをかぶせると、砂漠の熱気で水蒸気が発生するが湿気はビニールを通れず溜まっていく。そこに石などを置いて傾斜を作れば水滴が集まり、集められた水は“砂漠の蒸留法”と呼ばれ、生存術の基本でもある。
「やっと気づいたか。まったく、馬鹿なAIだな。」
都賢秀の嫌味にレトムは腹を立てたが、気づかなかった自分も悪いので言い返せなかった。
「さあ、それじゃあ俺の持ち物を取り戻しに行くか。」
都賢秀は水瓶を持って商人の元へ戻った。
*****
都賢秀が意気揚々と満たした水瓶を持ってくると、武器商人はもちろん、市場の人々も驚き口をつぐんだ。
「持ってきましたよ。」
都賢秀が水瓶を渡すと、武器商人は手に持ったまま信じられず言葉を詰まらせた。
「い、一体どうやって…本当にあの砂漠を横断して井戸まで行ってきたのか?」
水は金になるため、砂漠を横断する者は多いが、単独ではなくラクダを使った4~5人のチームでなければ往復できない。
しかしチームで行っても、10組中2~3組しか生きて戻れないほど過酷な場所が砂漠だった。
そんな砂漠を都賢秀が一人で渡ってきたので、商人たちは驚き口を開けたままだった。
「どうやって行ってきたかは営業秘密だから聞かないでくれ…それより俺の荷物返してくれ。」
「ああ、わかったよ…」
武器商人は都賢秀が水を得た方法を知れば、武器を売るよりも大きな富を得られるだろうに、都賢秀が口を閉ざしてしまい残念に思った。
「はい、これだ。」
武器商人から返された拳銃と短剣を受け取ると、レトムが待っていたかのように小言を始めた。
<二度と忘れないように早くホルスターを装着し、武器も収めなさい!>
「わかったよ!うるさいな…」
都賢秀はぶつぶつ言いながらホルスターを手に取った。
武器の構成はシンプルで、左脇にはプラズマピストルのホルスターが装着され、右脇にはピストルの追加カートリッジ2個を収納できるホルスターがあった。
そしてベルトに掛けられる折りたたみナイフが武装のすべてだった。
「シンプルだな…」
<多すぎると移動の妨げになると思い、1番の都賢秀にこの構成を指示しました。必要なものは旅の途中で揃えてください。>
「そうだけど、ナイフが折りたたみ式なのはなぜ?耐久性が弱いじゃないか。」
折りたたみナイフを見て不満そうな都賢秀に、レトムは首を振りため息をついた。
「…また何だ?」
<まだ798番地球の常識で判断しているとは、ずいぶん遠いですね。>
「じゃあこれは違うのか?」
<その金属は1番地球でX-798と呼ばれる超合金で、798番地球のチタンより引張強度が487%高く、密度は52%低いのです。軽くて折れにくいのが特徴で、そのおかげで振る速度も速く、塩酸にも腐食されません。>
「そ、そうか…」
チタンより硬く軽い金属という説明に、ナイフが別物に見えた。
確かに折りたたみは携帯に便利だし、威力さえ高ければいい。
都賢秀はショルダーホルスターを装着し武器を装備して、ようやく冒険者らしい姿になった。
<あとは非常食やキャンプ道具、衣類の入った鞄を探せばいいですね。>
「そうだな。ほかの店も見てみるか?」
都賢秀の荷物を盗んだ少女は武器を商人に売ったので、他の荷物もいろんな商人に売ったのではないかと市場のあちこちを見て回ったが…
<…見当たりませんね。>
「やっぱりか…」
市場のどこにも都賢秀の他の荷物は見つからなかった。
<もしかすると少女は武器だけ売って、ほかの荷物はまだ持っているのでは?>
「それもあるか…じゃあ武器商人に行って、少女がどこに住んでいるか聞こう。」
武器商人なら少女の居場所を知っているかもしれないと思い、再び訪ねてみたが…
「そのガキ女をなぜ探そうってんだ?」
武器商人は昨日とは違う理由で警戒し、都賢秀をにらんだ。
「俺から盗んだ荷物を取り戻そうとしてるんだ。」
「取り戻して害を加えようとしてるんじゃないだろうな!絶対教えないぞ!」
武器商人は都賢秀が少女を見つけてどうするのか心配で、絶対に教えようとしなかった。
「俺は荷物を返してもらったらすぐに去る。だから心配せず、その子がどこに住んでいるか…」
「その言葉をどう信じて話せると思う?」
あまりにも断固とした態度に都賢秀はため息をついた。
「情報をただでは渡せないってことか?」
「なんだと?!人を何だと思ってるんだ…どんなに世の中に法がなくなっても、幼い女の子を売り飛ばして金を稼ぐような良心は売り渡してない!」
少女を心配して断固として口を閉ざす武器商人を見て、レトムは感動していた。
<人類が滅亡直前の荒んだ世界にあっても、こんな人がいるとは…やっぱり世界は…>
「くだらねえこと言ってんじゃねえ。」
都賢秀の一言でレトムの感動は一気に崩れ去った。
<…いったい人間はどれだけひねくれればそうなるんだ?>
「お前こそ俺を純真だとか言っておいて、こんなことで騙されてどうする?」
<え?それって…>
「よく見てろ。」
都賢秀は商人に肩を組み、何か内緒話をしてから笑顔で握手をした。
<…何だこれは?>
「商人が少女の居場所を教えてくれた。さあ行こう。」
レトムは最新型AIという肩書きに似つかわしくなく、状況が理解できずぽかんとしていた。
<断固としていた商人が突然情報を出すなんて…一体何の魔法だ?>
「魔法じゃないよ…ただ商人が欲しかった情報を渡しただけさ。」
<商人が欲しかった情報?>
「そうだ。お前は知らなかっただろうが…水を得た話を聞いて、欲望に輝く目をしてたんだ。だから教えたんだ。俺がどうやって水を手に入れたかを。」
<つまりあの商人は都賢秀から水の得方を知るために、あんなふうに少女を心配しているふりをしていたのか?>
「そうだ。お前はとにかく馬鹿なAIだからな。」
レトムはまた「馬鹿なAI」と言われて腹が立ったが、今回は自分の分析不足が事実だったので反論できなかった。
しかしこのまま引き下がるには悔しかったので…
<僕が馬鹿なのではなく、都賢秀様がひねくれ者だからすぐに分かったのですよ。>
…と控えめな復讐をした。
「こいつ、本当に何でも知ってると思ってるな…」
<もういい!>
都賢秀は話を遮るレトムに怒りで拳が震えた。
しかしレトムは都賢秀の脅しなど全く気にしないように、自分の言いたいことだけ言った。
<ところで銃は使えますか?>
「何だと?俺は韓国の男だぞ。銃の一つくらい扱えないと思うか?」
<韓国?確か798番地球に存在する国家の一つでしたね。義務兵役もあるそうです。>
「そうだ。だから心配すんな…」
<でもプラズマピストルを798番地球の原始的な火薬銃と比べるのは困ります。>
ドローンが飛び交い超高速インターネットで世界中と繋がり、高層ビルがそびえ立つ文明を持つ自分の故郷の地球を原始的と言われ、都賢秀は呆れたが、1番地球で見た科学文明を考えればそう思うのも仕方ないと思った。
「でも拳銃がどれほど凄いってそんなに大げさに言うのか?」
<移動中に説明しようと思っていたが、せっかくなのでプラズマピストルの使い方を教えます。>
突然レトムの武器講座が始まった。
<ピストルの左側にあるボタンを下げると安全装置がかかり、グリップのボタンを押すとカートリッジが外れます。そして…>
レトムはプラズマピストルの説明を続けていたが、都賢秀は聞かず自分の銃を眺めていた。
レトムの講座で初めて自分の銃を見る都賢秀は、先進科学で作られた拳銃だからSF映画のレーザー銃のような見た目だと思ったが、グロック19に似た馴染みのあるデザインだった。
「原始的な銃と違うって言うけど、全然変わらないじゃないか。見た目も同じだし…」
自分の地球でよく見た銃と似たデザインだが、違う点が一つあった。
「これ何だ?スライドが動かないじゃないか?」
スライドが全く動かず一体化していたのだ。
「スライドがなければ弾薬はどうやって出る?」
<プラズマピストルは原始的な火薬弾を使いません。だから薬莢排出口が不要でスライドもないのです。>
「弾を使わないって?じゃあ何で撃つんだ?」
<プラズマピストルは内部に埋め込まれた中性子に電気刺激を与えて発射します。だから電気刺激を与えるカートリッジを装填しないと撃てません。>
都賢秀はカートリッジという説明に弾倉のような物を取り出した。
「これがカートリッジか?」
<そうです。この装置は電気で充電して使い、一回の充電で15回電気刺激を与えられます。3個のカートリッジがあるので、全部満充電すれば45回の発射が可能です。>
弾丸を補充するのではなく電気で撃つという話に、都賢秀はようやく先進科学の銃だと実感した。
「電気で撃つのか…確かに俺たちの知ってる銃とは違うな。」
<電気さえあればどこでも使えますが、逆に電気のない地球では使えないので注意してください。>
「照準やトリガーもあって、撃つ方式も同じだから慣れなくてもいいな。」
都賢秀はプラズマピストルをくるくる回して照準を合わせるなど調べていると…
<同じだって……フッ!>
レトムは誰にでも聞こえるように明確に…嘲笑った。
「…今、笑ったか?」
<失礼しました。プラズマピストルを原始的な火薬銃と同じだと思う都賢秀様が可愛くて。>
「何がどう違うってそんな言い方すんなよ。」
<威力が違います。>
「威力?」
都賢秀は拳銃の火力なんてたかが知れてるだろうと誇張だと思っていた。
<何を考えているか丸見えですよ。じゃあせっかくなので発射練習をしましょう。あそこにある岩を狙ってください。>
レトムは約50メートル先の岩を指し、当てろと言った。
<当てられますか?>
「馬鹿AIが人を見下すな。よく見てろ。名射手都賢秀様の腕前を!」
都賢秀は腕前を見せようと岩に照準を合わせトリガーを引いた。
見事に岩を命中させた。
<さすが自慢するだけのことはあります。素晴らしい腕前です。>
小銃でもなく拳銃で50メートル先を一発で命中させるのは簡単ではないが、都賢秀が命中させた岩を見てレトムは称賛したが、都賢秀は誇らしげな余裕はなかった。
理由は命中させた岩だ。
「い、岩が…溶けてる…」
都賢秀が撃った岩はプラズマピストルの攻撃で完全に貫通し、その穴から岩が溶けて流れ落ちていた。
「な、なにこれ!!危険すぎるだろ!!」
大砲でもない拳銃が岩を貫通したのを見て都賢秀は恐怖でまともに持てなかった。
<だから言ったでしょう?威力が違うと。>
「威力が違うにもほどがある…」
都賢秀は安全装置をかけ、特別な時以外は出さないと決めた。
<まもなく村です。>
レトムの言葉に顔を上げると、埃に覆われた荒涼とした大地の向こうに低く小さな建物が見え始めた。
砂漠の砂丘の向こうに建物が見えると、都賢秀は足を速めた。
「人の大事な荷物を奪ったあの小僧をちゃんと懲らしめてやらなきゃ!」
しかし少女を叱る気満々で歩みを急いでいたのだ。
<幼い少女に対して暴力を振るおうとは…みっともないことです。>
少女に会って軽く頭を叩くか、お尻を叩くか、どうやって躾けるか考えながら歩いていた都賢秀は、レトムの横やりに興ざめした。
「うるさい!盗みはダメだと叱らなきゃいけないだろう。」
<なら言葉でうまく諭せばいいではないですか。幼い少女に暴力を振るうのが大人のすることですか?>
「いや、それは…まあ、言われてみればそうだけど…」
都賢秀とレトムがやり取りしている間に、いつの間にか村に到着していた。
武器商人が教えてくれた少女の村は、市場と同じく今にも崩れそうな建物が立ち並び、その間に人々が集まって暮らす場所だった。
ただ一つ違うのは…
「旅人様…お金を一銭だけ…」
「旅人様…どうか慈悲を…」
市場でも飢えて物乞いをする人はいたが、多くは商売をし余裕のある普通の村だった。
しかしこの村は全員が飢えているのか、骨と皮ばかりでみすぼらしい姿で物乞いをしていた。
「おかしいな…155番地球がどんなに荒れ地になったとしても、人口が一千万もいるなら食べ物があって生き残っているはず…なのにこの村はなぜこんなに飢えた人が多いんだ?」
<…おかしいのはその部分ではありません。>
「え?じゃあ何がもっとおかしいんだ?」
<少女は確かに我々の非常食を盗んで逃げました…では、ここにいる人々はなぜ飢えているのでしょうか?>
「使い方を知らなかったからじゃないか?俺も初めてでわからなかったしな。」
<それはありえません。キューブ型非常食は155番地球で開発され、1番地球など様々な場所に普及しています。>
慢性的な食糧不足に苦しんだ155番地球は、食べ物を加工して保存する方法に多くの研究と投資をし、小さく長期間保存可能なキューブ型レトルト食品を開発したという。
<そんな人々がキューブ型非常食の使い方を知らないという説明にはなりません。>
「聞いてみると…確かにそうだな?」
<…疑問だらけの村ですが、とにかく少女を…>
レトムが少女を探しに行こうと言った矢先、村人たちに囲まれてしまった。
都賢秀は、貧しい村に住む人々は飢えに疲れてよそ者を盗人と思うと聞いたことがあった。
何の目的で集まったのか心配していると…
「若者よ。これは一体何だね?」
「え?」
老人の一人が何かを指差してこれは何かと聞いた。
老人が指差したのは…なんと
「この餅のようなものか?」
「レトムのことか?」と都賢秀が尋ねると、老人たちはうなずいた。
しかしレトムは普段は姿を隠し、他人に見つからないようにしているのに、なぜここでは皆に気づかれるのか不思議に思った。
「他の人には見えないんじゃなかったのか?」
<…クロークは大量のエネルギーが必要です。今は姿を現しているのです。1番地球では色々事情があり…!!>
「おいおい!!」
突然大声を出して話を遮った都賢秀に、レトムは額に血管が浮き出てしまった。
<本当に…AIの話を途中で遮るのはやめてください…おいおい!!>
話を遮るなと抗議していたレトムも、何かを発見して大声をあげた。
「あれ…あの時のあの子じゃないか?!」
<そうです。私のデータベースに登録されている特徴と同じです!>
都賢秀の荷物を盗んだ少女を見つけたのだ。
「え?!あの奴ら、ここにどうやって…」
少女も都賢秀が村にいるのを見つけ、すぐに逃げ出した。
「おい、そこのやつ!!」
少女を追いかけて走った。幸いこの地球に数日間滞在して暑さに慣れ、村の中で砂漠のように足が埋まることもなく、少女を追うのは簡単だった。
「この悪いやつめ!!」
少女は都賢秀に首筋を掴まれ、逃げられずもがいているだけだった。
「放せ!!」
「うるさい!俺の荷物はどこだ?ひどい目に遭いたくなければすぐに…」
「ちょっと…若い人よ…」
都賢秀が少女の首筋を掴み取り調べていると、老人が近づいてきて止めた。
「リン。この子が何をしたのかわからんが、まだ幼い子だ。あまりひどく扱わず許してやってくれ。」
都賢秀は老人のおかげで少女の名前が分かったが、正直どうでもよかった。
「…おじいさんはどなたですか?」
「この村の村長じゃ…どうかリンを放してはくれまいか?」
「俺の荷物を全部返してくれたら放す。」
「荷物だと?まさかまたお前は?!」
村長は荷物を返してもらおうとする都賢秀の言葉にリンを睨んだ。
「また盗みを働いたのか?!」
「で、でも…納品の日がもうすぐで…」
「それでもだ…我々が苦しくても人の大事な荷物を盗めば、我々と何が違うというのだ?!」
「す、すみません…」
「納品の日」や「奴ら」など何のことか分からなかったが、都賢秀は自分の荷物さえ返してもらえればそれでよかった。
「もういい。さっさと荷物を返せ。そうすれば立ち去る。」
「…わかりました。」
リンはもう逃げる気はないのか素直に案内し、都賢秀は掴んでいた手を解いた。
リンの後について彼女の家に行くが、なぜか村長もついてきた。
屈強な男が幼い少女の家に行くのを心配しているようだった。
都賢秀はリンに案内されて歩き、村の端にあり古びた建物へ案内された。
「お姉ちゃん!!」
「ただいま、みんな。」
リンが来ると、なんと6人もの子供たちが飛び出してきてリンを歓迎し、リンも子供たちをぎゅっと抱きしめた。
「ここは何だ?子供がこんなにたくさんいるのか?」
大人もいない、子供だけの家を見て不思議に思っていると、村長が説明してくれた。
「ここは孤児院じゃ…」
「孤児院ですか?!」
孤児院という言葉を聞いて、子供だけが住んでいる理由が理解できた。
こんな荒廃した世界でも子供を世話する施設はあるのだなと考えていると…
「でも孤児院と言いながら大人はなぜいないんだ?院長とかいるだろうに。」
「そ、それは…」
単なる疑問の質問だったのに、村長は答えられずに言葉を濁していた。
しかし単なる好奇心で、特に知りたいわけでもなかったので関心を切ることにした。
「リンと言ったな?早く俺の荷物を持ってこい。」
「わかりました…」
リンは中に入り鞄を持ってきた。
都賢秀は鞄の中を調べて、なくなった荷物がないか確認した。
「これがキューブ型非常食で、そして…でもキャンプ用品と衣服も入っていると言っていたのに、なぜ小さなポーチが二つしか入っていないんだ?」
確か旅行に出る前にレトムが非常食とキャンプ用品、衣服を用意したと言っていたのに見当たらず、リンがまた隠したのかと思った時…
<全部ありますのでご安心ください。>
「え?でもキャンプ用品も衣服もないじゃないか。」
<それは…>
「あのっ!!」
レトムが何か説明しようとしたところ、リンが二人の会話に割って入り、必死な顔で頼んだ。
「鞄の中のあれ…キューブ型非常食ですよね?!前に本で見たことがあります!」
「もしそうならどうするつもりだ?」
都賢秀は自分も大人げないことはわかっているが、リンのおかげで苦労した記憶がよみがえり、つい素っ気ない声になってしまった。
「ずうずうしいことは承知していますが…非常食を少し分けてもらえませんか?!本当に少しだけでいいんです。」
「ずうずうしいことをよく知っているなら口に出すな。」
厳しい態度の都賢秀にリンは一瞬ひるんだが、それでも引き下がらなかった。
「それがなければ私と弟たちはみんな死んでしまうんです!」
「な、何だと?!」
都賢秀の荷物がなければ弟たちがみんな死ぬという、それはいったい何の話かと思った時、レトムが村を指差して付け加えた。
<村の状況を見れば納得できます。>
レトムの言う通り、村の人々は皆飢餓に苦しんでいた。
子供たちはもちろん村の人も何かを食べられなければ今月を乗り切れそうにない様子で、死ぬかもしれないという言葉は不思議ではなかったが…
村長の言葉には少し驚いた。
「実はこの村は盗賊団に占領されているんだよ…」
「盗賊団?」
「そうだ…実は我々の恥部を晒すようで言葉を控えていたが…孤児院を管理する大人がいない理由も盗賊団のせいだ…毎月予定された納品日を守らなければ見せしめとして大人は殺し、子供は奴隷として売るために連れていってしまう…」
村を搾取し、言うことを聞かなければ人を殺す盗賊団がいると聞き、都賢秀は急いで荷物をまとめ始めた。
<…何をなさっているのですか?>
「何って!聞かなかったのか?!盗賊団がいるって言ってるじゃないか!捕まって一緒に殺されることがあるかよ?早く逃げるんだ!」
盗賊がいるので危険だから逃げようという都賢秀の言葉に、レトムはため息をついた。
たとえ世界を救うために助けを求めたとしても、盗賊団退治のようなことまで頼んだわけではなかった。
その前に都賢秀は大切な次元の繋ぎ手であり、自分の目的のためにも危険に向かうことを避けるべきだった。
だから盗賊団を避けて逃げようという彼の反応は嬉しいが…
「あの…」
都賢秀が荷物をまとめて去ろうとした時、孤児院の子供たちの中で一番幼そうな男の子が都賢秀の手を掴んだ。
「うう…お願いです。おじさんは銃も持っているし…私たち…みんな死んじゃうんです…」
幼い少年が泣きながら助けを求めていたが、都賢秀の表情は一瞬で硬くなった。
そして少年を強く振り払った。
「離せ!!!」
都賢秀が少年を投げ飛ばす勢いで強く振り払ったため、幼い少年はバッタリ倒れてしまった。
「うわあああん!」
都賢秀のせいで倒れた少年が痛がって泣くと、リンが近づいて少年を支えながら都賢秀に叫んだ。
「何をするの!!」
レトムと村長も子供に酷いのではと言おうとしたが、暗い顔で冷や汗をかきながら思いに沈む都賢秀の姿に言葉が出なかった。
<…都賢秀様?>
レトムが呼ぶと都賢秀はハッとして我に返った。
「な、何だ?」
<大丈夫ですか?急にどうしたのですか。>
「あ、何でもない…」
都賢秀は何でもないと言ったが、彼の心臓が早く打っているのを見て、心理状態が不安定になっていることがわかった。
<それならよかったのですが…まだ幼い少年にあまりにも冷たいのではありませんか。>
幼い子に酷いのではというレトムの言葉に、都賢秀は少年を再び見たが、まるで謝っているようでもあり、怯えているようでもある非常に複雑な表情で見つめていた。
すると少年が怯えた顔で見つめ返すと、都賢秀はハッとして顔をそらした。
「もう行こう。」
都賢秀は子供たちや村人たちを無視して、結局立ち去ってしまった。
「ちっ!そんなたくさんの食料を持ってどれだけいい暮らしをしてるんだ、悪魔め!!」
助けを拒否して去る都賢秀に、リンが叫んだが、彼は振り返りもせず砂漠の向こうへ去っていった。
*****
砂漠を横断しながら次元を開ける場所を探していたが、都賢秀はレトムの視線が気になっていた。
「何だよ?なんでそんなにじっと見てるんだ?」
レトムは次元を再び繋げて連盟の横暴を防いでほしくて彼を選んだだけで、他に望んでいることは何もなかったし、ここで争わずに立ち去ることにも全く不満はなかった。しかし……
少しの同情も見せない都賢秀を見て、「こんな人間もいるんだな」と思った。
<…人間になってどうしてそんなに冷酷でいられますか?>
「俺のどこが冷酷だっていうんだ?!それなら食料を分けてやってくるべきだったっていうのか?」
<もちろん我々の都合もあるのでそんなことを望んでいるわけではありません……でも少しの同情も見せないとは……すごいですね。>
「そういうこと言うから人間がおかしくなるんだ!嘘をつく奴らに俺がなんで同情しなきゃならん!」
<え?嘘だと?>
「盗賊なんていない。奴らは俺の食料を手に入れるために嘘をついたんだ。」
<心理学者でもないのにどうしてそんなことが分かるのですか?>
「俺は過去にそんな奴らを一度や二度くらい経験したと思ってるのか?見るだけでわかるんだよ!」
レトムは人の心を見抜く機能は持っていないので、村人が嘘をついたかどうかは判断できなかった。
<…もし本当に盗賊団がいたらどうするつもりですか?>
「いたらどうしろってんだ?まさか村人の言う通り本当に殺したり誘拐したりすると思うか?せいぜい集めて殴るくらいだろ……それに絶対盗賊団なんていないから心配すんな。」
レトムはなぜそんなに確信できるのか分からなかったが、一つだけわかったことがあった。
<なぜそんなに盗賊団がいないと確信できるのかと思ったら……怖いからでしたか。>
手が震え、心臓が速く打っているのを見て、レトムの結論に都賢秀は「グサッ」と刺さったのか、わざと大きな声で叫んだ。
「誰が臆病者だって言った?!」
<はっきりとは言ってませんが?どうやら都賢秀さん自身が自分が臆病者だと自覚しているようですね。>
「誰が臆病者だって言った、このクソガキが!!!」
プライドに傷がついた都賢秀は猛然と吠えたが、レトムは微動だにしなかった。
<小さな少年に手を握られて怖がって振り払った方が臆病者でなければ誰でしょうか?>
「そ、それは……」
小さな少年の手を怖がって振り払ったと言われると、なぜか反論しなかった。
<それに盗賊団がいると言われてすぐ逃げ出した……世の中にはそういう人を臆病者と言います。まさに都賢秀さんのような方を。>
「それが本当なら誰でもそう思うか?俺はただ戦いが嫌いなだけだ!!」
<戦いができないからではないのですか?>
「違う!!」
<安心してください。男が戦いが苦手でも恥じることはありません。>
「俺は稲妻のような拳を持つ都賢秀だぞ!!俺の稲妻の拳を避けた奴がいると思うか?!」
武器商人の前では岩の拳と言い、今回は稲妻の拳と言う都賢秀……
とにかく自分が戦いが苦手ではないことを証明しようとレトムに左手のジャブを放ったが……
ヒュッ!!
レトムは首を少し動かすだけで簡単にかわしてしまった。
「おや?」
<男がその拳で何をする?ハエも止まらんぞ。>
「こ、こいつめ……」
都賢秀はプライドにもう一度傷がつき、今度は連打したが……
レトムはリスのように素早く避け続けた。
「はぁはぁ……くそ……」
結局一発も当てられなかった都賢秀は体力が尽きて腰をかがめて荒い息をしていた。
<戦いが上手い人を選んだわけではないので落ち込むことはありません。>
「はぁはぁ……相手を倒すのは俺の役目だ……」
もう155番地球でやることは終わった。出発の時だ。
「でもどこに行けばいい?」
<次元が閉じた地球へ行かなければなりませんが……都賢秀さんはまだ予備知識が全くないので、まずは訓練をしましょう。>
「訓練?」
<はい。次元を越えるには頭の中に強いイメージを描く必要がありますが……都賢秀さんは現在、他の地球の情報を全く持っていないので、私が示すイメージを見て覚えるのが最初の訓練です。そして……>
「まだあるの?」
<正確な位置にゲートを開く練習が必要です。前のように空中に開けて落ちないようにね。>
自分の黒歴史をまた持ち出すレトムに都賢秀はむっとした。
「もうちょっと言い方を考えてくれよ。」
<言い方を変えたからって実力がつくわけではないでしょう。さあ、練習を始めましょう。>
「くそったれ……」
都賢秀はレトムが用意した訓練プログラムを始める前にふと思った。
「これを終えたら昨日みたいに砂漠を横断する必要もなくて、簡単に移動できるようになるのか?」
<ゲートという言葉に誤解があるようですが、次元ゲートはあくまで異なる地球と地球をつなぐもので、同じ地球内の移動はできません。自分で移動しなければなりません。>
「それは残念だな……」
<余計なことは言わずに早く始めましょう。>
「本当に言い方がきついな……」
ぶつぶつ言いながら訓練の準備をした。
*****
都賢秀は過去3日間、レトムが準備した訓練をこなしていた。
次元が閉じた地球の情報をひたすら暗記しイメージを作り、ゲートを正確な位置に開く練習をしていた。
<……もう少し集中してください。>
ゲートを作るには頭の中でイメージを描いて実現させなければならず、少しでも気が散るとサイズが小さくなって通れなかったり、別の場所にできて事故が起きたりする。
<若いからでしょうか……そんなに雑念が多いのですか?>
「うるせえ……集中するのがそんなに簡単だと思うか?」
都賢秀は何か別のことに気を取られて集中できていなかった。
<……リンのいる村がそんなに心配ですか?盗賊がいるかどうか?>
「俺が心配するわけねえだろ……そんな嘘をつく奴らを……」
<……正直じゃないですね。都賢秀さんも彼らが利益を得るために嘘をついているのではないとよくわかっているではありませんか。>
レトムは内心の葛藤を見抜かれ、都賢秀は口を閉ざした。
「…人を騙して利益を得ようとする奴らは世の中に腐るほどいる。腹が減るとやれることがなくなるんだ。」
<盗賊がいなければそれはそれでいいことです。しかし彼らが飢えているのは事実です。>
10年分の非常食があるので少しくらい分けても大きな損害にはならない、非常食を分けてはどうかと提案した。
都賢秀は少し葛藤したが……
「もういい。」
<なんて冷酷な人だ。>
「…俺はもう誰も助けずに生きていくことにした。」
<え?>
レトムは何を言いたいのか聞こうとしたが、都賢秀は再び口を閉ざした。
どうやら言いたくない傷ついた過去があるようだった。
<…わかりました。それならそれ以上は触れません。>
「そうか……」
<だから集中してください。村のことを気にしないと言ったのは都賢秀さんですから。>
「…くそったれ。」
都賢秀は重くなった空気の中、少し休もうとしたが、勘の良いレトムに阻止された。
<はい!小言はやめてさあ始めましょう。>
「本当に情け容赦ないな……あれ?!」
レトムが都賢秀に再び訓練を促すと、砂丘の向こうから泣いている子供が歩いてきた。
その子は村で都賢秀の手を握って助けを求めた少年だった。
<あの子……あの孤児院の少年じゃ……あっ?!都賢秀さん!!>
レトムが少年を認識し話していると、都賢秀は素早く子供に駆け寄った。
少年は近づいてくる大人を見て顔を上げたが、自分を痛めつけた都賢秀と分かり怖がって逃げようとした。
だが、子供の歩く速度で大人のスピードを振り切ることはできず、すぐに捕まってしまった。
「うわああん!許して、助けて!」
怯えた子供が泣きながら許しを請い、レトムも村人を疑う都賢秀が、少年が自分の荷物を狙ってここまでついてきたと思い、害をなそうとしているのではないかと心配した。
<落ち着いてください、都賢秀さん!!まだ子供じゃないですか?!>
「お前なんでここに一人でいるんだ?!村人は?!子供たちは?!リンは?!」
しかし、都賢秀が子供を掴んだ理由は、子供が一人で砂漠をさまよっているのを見て村に何か異変が起きたのではないかと心配していたためだった。
「うわああん…悪い人たちが来て…大人も…姉さんたちも…うわあん!!」
少年が言う悪い人たちが盗賊だと、都賢秀もレトムも分かった。
<…本当に盗賊がいたようですね。>
レトムは残念そうに暗い顔をしていたが、都賢秀の顔は怒りで燃え上がっていた。
そして子供を抱きかかえ、村があった場所へと走った。
<都賢秀さん!!どこに行くんですか?!>
突然の行動にレトムは驚き、追いかけようとした。
しかし普段の弱い体力はどこへやら、砂漠を高速で走り、村のあった場所へ向かった。
子供を抱いて砂漠を走っても疲れず、止まることなく走り続け無事に村へ到着した。
だが、都賢秀とレトムが直面したのは……
燃え盛る建物の中に散乱した遺体ばかりだった。
<こ、こんなことが……>
あまりの惨状にレトムも言葉を失っていた。
その時……
「キャアアアアッ!!」
生存者がいるか悲鳴が聞こえ、急いで向かうと建物の中で女性二人が炎に閉じ込められていた。
「もう少し待ってくれ!!」
そして村長は彼女たちを助けるために砂をかけて火を消そうとしたが、老体のせいか難しそうだった。
<中に人が……>
レトムは残念そうに言葉を続けられなかったが、体が先に動いた都賢秀は村長を追い越して炎の中に飛び込んだ。
「若者よ?!」
<何をしているのですか、都賢秀さん?!>
炎の中に飛び込んだ都賢秀を見て村長とレトムは驚いて叫んだが、都賢秀は軽々と女性二人を抱き上げて炎の中から出てきた。
<この男は一体……>
突然超人的な姿を見せる都賢秀を見て、レトムは目の前の男が自分の知っている都賢秀で間違いないか疑っていた。
「なあ、若者よ?!なぜここにいる?なぜ戻ってきたのだ?!」
「それよりこれがどういうことだ?!」
村長はなぜ戻ってきたか尋ねたが、都賢秀はただ子供たちとリンの無事を尋ねた。
「…獣のような奴らがもうこの村で搾り取るものがないと思ったのか、男たちは皆殺しにし…火をつけてから去った。念のため女たちには出るな、家にいろと言ったのに火までつけてしまい、女性たちも全て犠牲になってしまった。」
盗賊たちがすでに来て、すべてを焼き払って去ったという話を聞くことになった。
「こんなことが……こんなことが……一体俺は何をしていたんだ……」
都賢秀は自責の念で胸が張り裂けそうだった。
*****
都賢秀は村長と共に遺体を収拾していた。
かつては80人もの人々が暮らしていた村だったが、村長を含めて生き残ったのはわずか8人だけだった。
都賢秀はこの悲劇的な光景に、とうとう涙をこらえきれなかった。
「また…またしても俺の誤った判断のせいで…」
レトムと村長は、彼の「またしても」という言葉の意味が分からず戸惑ったが、その悲痛な涙を目の前にして簡単に言葉が出なかった。
都賢秀は偏見に囚われた誤った判断のせいで、子供たちを失った自分を責め、胸を叩きながら嗚咽した。
「君のせいじゃない、責めるな。村の人々が死んだことも、子供たちが連れ去られたことも、君のせいじゃないんだ。」
村長は、自分たちのために涙を流す都賢秀に感動し、慰めようとしたが、都賢秀は…
「なんですって?」
突然涙を止め、村長をじっと見つめた。
「な、何が…?」
「子供たちが…子供たちがどうなったんですか?」
「連れて行かれたみたいだが…?
「死んだわけじゃないんですか?」
混乱の中、気付かなかったが、改めて見渡すと子供たちの遺体はなかった。
「…君はこの土地の出身ではないか?子供たちは貴重な労働力だ。見つかれば奴隷にするために誘拐され、売られる。あの子たちも多分、奴隷商人に売るために連れて行かれたんだろう…哀れなことだ。」
子供たち…そしてリンが生きていた。
まだ遅くはないと知った都賢秀は、すぐにどこかへと走り出した。
<またどこへ行くのですか、都賢秀さん?!>
走り去る都賢秀を見て、レトムが慌てて後を追った。
しかし都賢秀は全身が燃え盛るような怒りに包まれ、駆けていた。
<いったいどこへ行こうとしているんですか?!>
「盗賊団だ…」
<盗賊団ですか?どうして?!>
「奴らを皆殺しにして…子供たちを救い出すんだ。」
<臆病者のくせに、今日はどうしたんですか…それに都賢秀さんは戦いもできませんよね!!>
戦いができないくせにどこへ行くんだとレトムは止めるよう指示したが、都賢秀は聞かずにただ走り続けた。
*****
「クハハハ!ちびっ子だけで6匹も拾うとは!運がいいな!!」
村人の血にまみれた盗賊たちが、子供たちを誘拐したことを喜び、にやにや笑っていた。
「これを売り払えば当分は食料の心配はないな。だろう、親分?」
「とはいえ、寄生できる村をすべて吸い尽くしたから、しばらくは新しい寄生先の村を探さないといけない。無駄遣いは禁物だ。」
「ええい、それは惜しいな!クハハハハ!!」
このクズどもは、人を殺し子供たちを誘拐して売り飛ばそうというのに、何がそんなに楽しいのか、けらけら笑っていた。
「しくしく…お姉ちゃん…」
盗賊団の牢屋馬車の中で、リンと子供たちは固まって座っていた。
このまま奴隷商人に売られれば、鉱山や農場の奴隷として売られ、死ぬまで過酷な労働から逃れられなくなる。
その恐怖に耐えきれず、子供たちはリンの腕に抱かれ、涙を流していた。
「…心配しないで…お姉ちゃんがいるから…」
リンは子供たちを励まそうとさらに強く抱きしめたが、彼女も15歳の少女に過ぎなかった。
3歳のとき、親に売られ綿花農場で強制労働を強いられた。
11歳でなんとか逃げ出し自由になったが、幼い女の子を世話してくれる大人がいなくて盗みをしながら生きてきた。
しかし、食べ物を盗もうとして見つかり、また奴隷となったが、13歳の時に再び脱走に成功した。
自由になったのは良かったが、今回も受け入れてくれる場所がなく彷徨い、今の心優しい園長が運営する孤児院に入る幸運を得た。
貧しい村だったが、自分の人生で最も心が安らいだ2年間だった。
そうしてやっと平和が訪れたかと思った矢先、今度は盗賊団に捕まってしまった。
『自分で思っても、本当に惨めな人生だ…』
リンは無駄な期待だと分かっていても、もしかしたら助けに来てくれる大人がいるかもしれないと願ったが…
やはり誰も来なかった。
短い15年の人生で、リンは一度も大人に助けられたことがなかった。
大人はいつも子供たちを見捨てた。助けてと手を伸ばしても、その手を掴む者はいなかった。
親は自分を売り、奴隷だったときは同じ境遇の大人たちにさらに苛められた。
脱走しても、路上で飢え死にしそうになっても、誰も助けてくれなかった。
都賢秀という、その背だけは立派な男も…
『どうせ大人なんて信用できない…信じられるのは自分だけだ…』
それがリンが15年間で得た唯一の真実だった。
しかしその時…
「おじさんだ!!」
子供たちの一人がどこかを見て「おじさん」と叫んだ。
リンは最初、子供たちの叫びを信じなかった。しかし砂漠を横切って走ってくる男を見て、思わず目を見開いた。
都賢秀だった。
「あいつ、バカなのか?なんでここに来るんだ?」
子供も追いつけず荷物も奪われるほどの体力なし、盗賊がいると聞いてすぐ逃げ出し、助けてと言っても冷たく立ち去るだけの、背だけは立派なバカが、命惜しげもなくなぜ来るのか…リンは助けに来るはずがないと固く信じていた。
「しつこくなんでここまで追いかけてきたんだ?!おじさん、変態か?!荷物も全部返しただろ!!」
リンは都賢秀を疑い、わざと冷たく叫んだが…
「はあはあ…リン…」
「…なに?」
「怪我は…ないか?」
そんなはずがない…絶対にないと信じながらも、もしかしたらと期待していた…都賢秀はやはり自分たちを助けに来てくれたのだった。
自分の荷物や盗んだ盗賊のためにここまで来てくれたあのバカのせいで、リンは思わず涙が溢れ出てしまった。
「おじさんは…おじさんは本当にバカだよ…」
*****
盗賊たちは後ろで聞こえた騒ぎに振り返り、追ってきた見知らぬ男、都賢秀を見つけた。
「あいつは何者だ?」
「そうだな…入団希望でついてきたのか?」
メンバーたちがざわつく中、ボスが前に出て都賢秀を呼んだ。
「お前は何者だ?入団希望者か?」
盗賊団のボスが問いかけたが、都賢秀の視線は、村人の血にまみれてくすくす笑う盗賊たちと、傷だらけで怯えながら囚われている子供たちに向けられていた。
都賢秀は全身の血が煮えたぎり、燃え上がるような怒りを感じた。
「己の欲望のために人を傷つけるとは…お前らは生きる価値のない存在だ。」
都賢秀の非難に、盗賊たちは一瞬目を見開き驚いたが、大笑いし、呆れたように言った。
「クハハハハ!!よく見りゃただの頭の狂った奴だったな!」
嘲笑う盗賊たちに、レトムがようやく追いつき、都賢秀の隣に立った。
<普段はあんなに鈍いのに、今日はなぜこんなに速いんだ…都賢秀さん!>
レトムが呼びかけても、都賢秀は盗賊だけを睨んでいた。
<戦いもできない奴が、なぜこんなことを?さあ行きましょう、別の地区へ。>
「そうだ!臆病なくせに無駄に命を捨てるな、バカなおじさん!」
レトムとリンが止めるのを見て、盗賊たちの嘲笑はさらに大きくなった。
「ハハハハ!女の言うことはよく聞け、ガキ。今日の気分がいいから、さっさと帰らせてやるからな…!!」
「今すぐ子供たちを解放すれば、できるだけ苦しまずに殺してやる。」
慈悲を見せようとした盗賊のボスは、都賢秀の言葉に笑顔が崩れた。
「助けようとしたら駄目か…面倒だ、さっさと殺せ。」
盗賊のボスが合図を送り、2人の手下が銃を装填しながら前に歩み出た。
「うちのボスが助けてやると言ってるのに、自ら命を絶つとは馬鹿だ。」
2人の盗賊は都賢秀を射殺するため銃口を向けていた。
レトムとリンの「ダメ!」という言葉が出る前に、2発の銃声が鳴り響いた。
そして見事に眉間を射抜いた。
だがそれは都賢秀の眉間ではなく……盗賊たちの眉間だった。
「な、何だと?!!」
なぜ都賢秀ではなく自分の部下の頭が吹き飛んだのか理解できず、盗賊のボスは都賢秀がいつの間にか銃を抜いていたのを見つけた。
「い、一体いつの間に…」
信じられない速さで銃を抜いた都賢秀は、わずか2発の射撃で2人を倒す神技を見せていた。
「ぼーっとしてんじゃねえ!早くあいつを殺せ!!」
タンタン
「うわあっ!!」
都賢秀の射撃はあまりにも速く正確で、撃つたびに命中し、盗賊は額から血を流して倒れた。
わずか数秒の間に仲間4人が倒れる様子に、盗賊たちは恐怖で動けなくなった。
「この愚か者め!いくら射撃が速く正確でも数の前では無力だ!左右に分かれて突撃しろ、この野郎ども!!」
ボスはすでに馬車の陰に隠れ、声だけで指示を出していたが、盗賊たちは仕方なく左右に分かれて突撃した。
タンタン
再び都賢秀の射撃で2人の盗賊が倒れたが、止まらず突進を続けた。
プラズマピストルの威力がいくら良くても、マシンガンやショットガンではない拳銃で多数を制圧するのは無理だった。
ついに反対側から迫る盗賊に近距離を与えてしまった。
「死ね、この野郎!!」
人の頭ほどもある巨大な斧を振り下ろす盗賊を見て、今回は大変だと思った瞬間…
「クアアアアアッ!!」
苦痛の叫びが響いた。都賢秀の叫びではなく盗賊のものだった。
都賢秀は斧を振るう敵に逆に近づき、攻撃を無力化し、その腕を捕らえ、いつ抜いたのか右脇の下から肩までナイフで切りつけ、二度と腕を使えない状態にしてしまった。
そして他の盗賊たちも左手で相手の腕の関節を折り、防御を無効化し、心臓か首を刺して即死させた。
<こ、こいつは一体…>
戦いを避けていた都賢秀に、こんな実力があるとは少しも思っていなかったレトムは、ますます彼に惹かれた。
都賢秀のナイフ格闘術で、30人もいた盗賊たちはあっという間に全滅した。
残ったのは盗賊のボスただ一人。
都賢秀がボスに近づくと、彼は慌てて手を振り交わし、交渉しようとした。
「は、はは!すごい腕前だな!どうだ?俺の部下にならないか?副ボスの席を…!!」
副ボスの座を提案したが、都賢秀は止まらず歩み寄った。
「そんなガキどもの取引の金を半分にしようなんて、大金が……ぐっ!!」
都賢秀の閃光のような斬撃に頸動脈を断たれた盗賊ボスは、何が起きたのか分からぬまま絶命した。
盗賊を全て片付けた都賢秀は、子供たちが囚われている馬車を開け、リンを呼んだ。
「おい、リン!さっき忘れてたことがあった!」
「な、何ですか?」
「人の荷物を盗んで人を苦労させたから、こづいてやる、シッ!」
都賢秀の冗談に、リンは涙を止められないままも微笑み返した。
「ほんとに…バカなおじさんだよね。」
*****
頭に傷を負ったリンは子どもたちの手を握りしめながら、村へと戻っていた。
「まさか本当に殴るなんて思わなかった…バカなおじさん…」
「子どもを正しい道へ導くのも、大人の役目ってもんだろう?」
「何言ってるの? それって児童虐待ってやつよ!」
「言い回しはうまいな…ところで、あなたたちの村って…例え盗賊がいなくても、食べ物はあるのか?」
村に食料があるかという都賢秀の問いに、リンの表情が少し曇った。
「当然少ないですけど…でも過去に残された缶詰とかキューブ食を探せば見つかるかもしれなくて、飢え死にはしないんです…でもそれも全部奪われて、これからどうしたらいいか悩んでるだけで…」
「そうか…」
都賢秀は何かを考え込むようにしながら、子どもたちを連れて村へ向かって歩いた。そんな中、彼は突き刺さるような視線を感じた。
「…何だ? 何か言いたいのか?」
視線の主はレトムだった。
〈…どうしてそんなに戦いが上手いんですか?〉
「…前の職場で教わったのか?」
〈前の職場? まさか職歴があるんですか? あなた、その歳までニートじゃなかったんですか?〉
「この野郎…! 俺な、俺は707特任隊所属の特殊部隊出身だぞ!! しかも普通の特任隊じゃねえ、キャプテンまで昇進したやつなんだぞ!!」
798番地球の都賢秀が“次元の繋ぎ手”の資質を持つことは知っていたが、彼の過去までは調べていなかった。故に、レトムは彼が特殊部隊出身だとは全く知らず、「次元の繋ぎ手が欲しかった」だけの認識だったが、そんな経歴を持っていたとは飛び上がるほど衝撃だった。
〈…臆病なビビりかと思ったのに…完全に騙されましたね。〉
「何回俺を“ビビり”って言えば気が済むんだ?! 俺、特任隊のキャプテンだったんだぞ!!」
〈子どもに手を掴まれただけでビビる人を、“ビビり”と呼ばずして何と呼びます?〉
「ふっ!!」
助けを求める少年に手を掴まれて驚いた件でチャカすレトムと、それに笑うリンを見て、都賢秀は顔を真っ赤にしていた。
「ぎゃんっ!!」
またリンに軽く頭突きを食らったが、都賢秀はレトムをにらみ付ける。
「おい、テメエ!! 子どもが手を掴んできたぐらいでビビったわけじゃない! ただ…」
何か言おうとして言葉を濁す都賢秀を見て、リンは事情を覗き込むが、レトムはにやりと知っている様子だった。
〈…昨日の朝に見たあの悪夢…何か関係ありそうですね。〉
レトムが尋ねるが、都賢秀は再び口を閉ざした。
〈…過去に一体何があったんです?〉
「…ありがちな話さ…」
〈普通って、どんな話なんですか?〉
「…士官学校を卒業して特任隊の訓練を終えた後、最初の配属が南スーダンの平和維持軍だった…そこでテロ鎮圧、邦人救出、治安維持までやって、そこそこ名をあげてた…」
都賢秀は南スーダンに派遣され、任務を次々と成功させて同期より早く昇進したが、そのストレスは大きかった。単調な派遣生活の刺激と疲れから、ある日、公園でサッカーボールを持った少女と出会った。それは彼と同僚にとっての心のオアシスだった。
しかし翌日、その少女がボールを持って現れた時――すでに遅かった。反政府勢力が仕掛けた自爆テロで、彼女はサッカーボールに爆弾を仕込み、わざと近づいて自爆したのだ。都賢秀はなんとか難を逃れたものの、親しかった同僚が目の前で爆死するのを目撃してしまった。
その出来事以降、都賢秀の心に残ったのは、人間不信だけだった。
「そのときの記憶が蘇るんだ…今でも子どもが近づくだけで背筋が凍るようで…」
〈そ、そうだったんですね…〉
都賢秀の過去に、レトムもリンも静かに聞き入った。
〈で、“判断を誤った”というのは何の話だったんですか?〉
「ん?」
〈燃える村を見て、『判断を誤った』って――そんなことを言ってましたよね?〉
「ああ…それもよくある話さ…南スーダンであんな経験をして、人間不信に陥って、誰が反政府勢力で、誰が善人か区別できなくなったんだ…そんなとき、助けを求める子どもがいてな…」
反政府勢力に村が占領されたと助けを求めてきた少年がいたが、彼は疑いをかけて突き返してしまった。そのときの自分を否定するように静かにしていたが――後から別ルートでその村が実際に占領されていたと知らされた。慌てて出動したが、UN軍が来るころには村人はほとんど殺され、助けを求めたあの子もすでに亡くなっていた。
「不信と偏見が原因で、助けを求める人を無視した結果、たくさんの人が死んでしまった。あの時から、今度こそ――と言い聞かせてたんだ。」
〈ちょっと待ってください!〉
「何だ? 話してる途中だぞ…」
〈今、話矛盾してませんか?〉
「矛盾って?」
〈最初に“もう人を助けて生きたくない”って言ってたのに、今度は“助けを求める人を無視しない”って…まるで真逆じゃないですか?〉
レトムが核心を突くと、都賢秀はまた口を閉ざした。
〈今度はまたどんな事情があるんですか?〉
レトムが問うと、都賢秀は沈黙し続けた。
「…村に着いたようだ。もう聞かなくていい。疲れた。」
先に行ってしまった都賢秀を見つめながら、リンは心配そうにつぶやいた。
「ねぇ、このおじさん…何かあったのかな?」
〈さあ…人間には誰しも、絶対に隠しておきたい過去があるって言いますからね。〉
都賢秀が口を閉ざすと、レトムもリンと一緒に彼の後を静かに追った。
*****
「リン!! みんな!!」
無事、子どもたちを連れて戻ってきた都賢秀を見て、村長は涙を流して駆け寄ってきた。
「ごめんね…本当にごめんなさい。あなたたちを連れていかれるのを見て見ぬふりして…ごめんね…」
子どもたちを抱きしめて号泣する村長を見たリンは、最初は彼を責めたが――
武装した盗賊相手に、無力な老人が何ができるだろう?という思いに至り、その涙は偽りではないと感じた。村長の真心に触れ、リンも子どもたちもやっと泣きながら安心した様子だった。
「うあああん、村長さん!」
涙するリンと子どもたち、そして村長を見つめる都賢秀の目にも涙が浮かんでいた。
〈ご覧になってどうですか? 都賢秀さんが作り出したこの光景は。過去の傷、少しは癒えましたか?〉
レトムの問いかけに、都賢秀はにっこりと微笑んで答えた。
「もう、“誰かを助けて生きる”なんて考えてないと思ってたのに…人の人生って思い通りにいかないもんだな。」
言葉とは裏腹に、彼の表情は明るかった。
〈都賢秀さん…やっぱり考え直してくれますか?〉
「何だ?」
〈次元を繋ぎ直す旅――一緒に行ってくれませんか?〉
「またそれか?」
〈今、次元の流れが閉ざされ崩壊しつつあるのは問題ですが…それは未来の話。しかしもっと大きな問題は、リンみたいな子たちが今、まさに苦しんでいるということです。〉
リンのような子どもたち…彼らはこの次元やあの次元でも、誰かの助けを待っていた。
〈閉ざされた次元は全部で385もあります。798番地球のように自立している世界もありますが、大半は崩壊する前に滅亡の危機にさらされています。つまり、第2、第3のリンたちが、都賢秀さんの助けを待っているんです。〉
「……」
助けを求める子どもたち。そしてそれを見過ごしてしまった恐ろしい記憶――。
〈都賢秀さんにも理由があって、人を助けて生きないと誓ったのかもしれませんが…あの子たちは今まさに危険に晒されていて、誰かの手が必要なんです。どうかその力を貸していただけませんか?〉
レトムの言葉通り、誰かがやらねばならない。しかも何より――。
「いいだろう。一緒に行くか。」
レトムによれば、この世界には1298人もの“同じ存在”がいるらしい。旅を続ければ、あの子にもまたきっと出会うはずだ。
だから都賢秀は旅立つ――かつて守れなかったあの子を、今度こそ…。
〈本当ですか?!〉
「言わせるなよ、何回も同じことばっか…」
〈ありがとうございます、本当にありがとうございます、都賢秀さん! 今後ともよろしくお願いします!〉
ほぼ顔も手抜きのホログラムなのに、声が高揚してるのを聞けば、喜んでいるのが伝わってくる。
「さて、出発の時間だな…」
〈そうです。次に行く次元はもう決めてあります。覚えたイメージをしっかり記憶していますよね? じゃあ…〉
「ちょっと待てよ、バカ野郎。子どもたちとちゃんと挨拶してから行くわ。」
〈そ、そうですね。私、興奮しすぎました。〉
いつもなら口うるさいレトムも、今日は機嫌が良いようで遮られても怒らなかった。
都賢秀はリンに歩み寄る。
「リン!」
「おじさん!」
リンも笑顔で駆け寄った。
「村長さんが言ってたんだけど、おじさん、ここにいてもいいって。おじさん、私たちとずっとここで暮らしたらどう?」
「…悪いな、でも行かないといけないんだ。」
「行くって?! どこに?」
「…まあ…世界を救いに、かな…」
「何それバカバカしい。そんなこと言って、どこ行くのよ!」
都賢秀の「世界を救いに行く」という言葉に、リンはあきれた顔で返した。
「…本当に私のこと何だと思ってる?」
「もういい! とにかくここにいて。どこ行っても使い物にならなそうだし、私がちゃんとおじさん守ってあげるから。」
子どもにそんなことを言われるなんて…都賢秀は自分を振り返らざるをえなかった。
〔俺ってそんなに頼りないのか…〕
「その気持ちは嬉しいけど、でも本当に行かないと。」
「…バカ。」
「言うなよ…」
涙を浮かべるリンの頭を優しく撫でながら、彼は慰めた。
「あと、これをあげるよ。」
都賢秀はリュックから箱を取り出して渡すと、レトムが驚いて止めた。
〈正気ですか?! それはうちらの唯一の非常食じゃないですか!!〉
都賢秀は10年分の非常食を、びったり全部リンに渡そうとしていた。
「そんな…大丈夫かな? おじさん、旅に出るって言ってたし?」
「俺は大丈夫だ。量が多すぎるかもしれないが10年分しかない。頼りすぎず、大事なときに使って…。それから、一生懸命生きろよ」
「うるさいなぁ…大丈夫。私、リンだから。村長さんも、おかあさんも、子どもたちも、ぜんぶ私が守るから。」
自信満々で宣言するリンの姿を見て、都賢秀は微笑んでいた。彼女ならきっと、大丈夫だろう――そう思えた。
「じゃ、俺は行くよ。みんないつまでも元気でな。」
「おじさんも!!元気でね!」
リンや村の皆から見送られ、都賢秀は次元の門を開き、旅立っていった。
*****
1番地球に位置する次元移動管理連盟の本部。
連盟の大会議場に集まる人物たち――彼らは連盟内の各部門を統括する最高幹部であり、全次元の中でも最強の権力を持つ者たちだった。
この者たちが集まると「次元ひとつが滅びる」と言われるほどの力を誇っていたが、彼らを頭を悩ませている存在がただ一つあった。
「また逃したのか?」
行政局長のレオニール・フィヨランドが頭を抱えながら、どこかに問いかける。
「そうだ……一体何の魔術を使っているのか……次元移動の痕跡を消し去り、追跡を極めて困難にし、ようやく見つけて向かっても先に察知して逃げてしまったそうだ……」
治安局長ハビエル・マスチェラーノの答えに、会議室の全員が「うぅ……」と呻き声を上げた。
全次元最高の権力者たちを困らせる存在――それがまさに都賢秀だった。
彼らは「次元の接続者」である都賢秀を捕まえるため、幾度も試みてきたが、これまで全て空振りに終わり、今まさに頭を寄せ合い対策を練っているところだった。
「……マザーは何かおっしゃっていたか?」
行政局長の問いに、管理局長ヤマモト・ダイモンが答えた。
「マザーは全次元をスキャン中で多忙らしく、返答はなかった……」
「……要するに、好きにしろと言うことか。」
局長たちのため息がさらに深くなった。
「そもそも理解に苦しむんだがな!」
財務局長李賢民の言葉に、全員の視線が彼に集まる。
「何のことだ?」
「我々は今まで次元の接続者の能力を持つ者を見つけ次第、排除してきた。なのに、あの都賢秀という男はどうやってあの年齢まで逃げ延びてきたというのか?」
「確かにな……誰かに匿われていたのか、あるいは我々の中に裏切り者がいるのか?」
局長たちの間に動揺が走り、執行部議長である行政局長レオニールが会議テーブルを「タンタン」と叩きながら静粛を求めた。
「分裂を煽る発言は慎め!!」
レオニール局長の厳しい声で、全員の口が閉じられた。
「今は疑心暗鬼に陥る時ではない。どうやってあの都賢秀を捕らえ、排除するかを考えるべきだ……」
レオニール局長の言葉に、全員が深く頷いた。
「ここまで事態が進んだ以上、治安局だけに任せるわけにはいかん……全連盟を非常待機体制に移行する!!」
都賢秀を捕えるために連盟の全力を注ぐというレオニール局長の宣言に、各局長は「今度こそ」と決意を新たにして、一斉に動き出した。
*****
レトムの助けなしで初めて次元移動を試みた都賢秀は、緊張しながら足を踏み出す。幸いにも地面を感じることができた。
「今度はちゃんとした場所に門を開けたみたいだな。」
初めてきちんと門を開けられたことに喜ぶ都賢秀に、レトムは……
〈目の前の景色を見てそんなことが言えますか?〉
「な、なんだって?……うわっ!」
都賢秀は次元の門を絶壁のすぐ目の前に開けてしまい、少しでもミスをすれば崖から落ちかねなかった。
〈無理やり自殺したいなら、水皿に顔を突っ込めばいいでしょうに。〉「お前、本当に死にたいのか?!」
〈いいですから!今回は……〉
レトムは周囲をスキャンしながら何かを調べている。
〈正確に671番地球に来られましたね……これで次元移動のコツが少しは掴めたようです。〉
「へっ!俺は本来、やるときはやる男だからな!」
〈言葉だけならいくらでも……〉
レトムはため息をつき、空中で何か作業を続けた。
「何をしているんだ?」
〈我々が通ってきた痕跡を消しています。連盟の追跡をできるだけ避けるために。〉
「え?そんなこともできるのか?俺にもできるのか?」
〈都賢秀様も次元の接続者ですから、可能ではありますが……〉
都賢秀をじっと見つめながら、レトムはため息をついて答えた。
〈ですが、都賢秀様の頭で理解させるには時間がかかりすぎるので、私がやります。〉
「このクソが!なんで俺のことばかりバカにするんだ?俺はこれでも陸軍士官学校の首席卒業生だぞ!」
〈都賢秀様が首席だって?〉
レトムが本気で驚くのを見て、都賢秀の鼻が天を突いた。
「これでちょっとは俺の見る目が変わっただろう……」
〈それは韓国という国の未来が心配ですな。〉
「このクソ野郎が……」
レトムは都賢秀が次元の門を開ける旅に同行するというので喜び、それ以上文句は言わなかったが、数分後にはいつもの態度に戻っていた。
都賢秀は横でぶつぶつ文句を言っていたが、レトムは気にせず痕跡消去の作業を続けた。
〈すべて終わりました。〉
「じゃあ、もう連盟は俺たちを追わないのか?」
〈痕跡は消して時間を稼ぎましたが、連盟本部のマザーの演算能力なら1298個の地球すべてをスキャンして私たちを見つけるのにわずか15日しかかからないでしょう。〉
この広大な地球でも一人の人間を探すのに膨大な情報力と計算能力が必要なのに、その地球が1298個もある次元群で15日しかかからないとは……都賢秀は非現実的な数字に口を閉じられなかった。
「……さすが連盟を監督するAIだけあって性能が違うな……あの誰某とは違って……」
〈……その誰某というのは私のことですか?〉
「自分の悪口は早く聞き取れ。」
レトムはメインCPU内で都賢秀を数十片に引き裂いて殺す妄想をしたが、今はこんなことで時間を浪費する余裕はなかった。
〈ともかく、マザーが私たちを見つけるまで最長15日です。だから私たちも一つの地球に15日以上滞在できません……そう覚えておいてください。〉
「そうか……でも、次元を繋げるって言ったけど、どうやって門を開けるんだ?」
〈ああ!重要な説明を忘れていましたね。〉
〈次元の接続者によって次元が閉じられると強力な高エネルギー体が形を成しますが、それをキューブと呼びます。私たちはそのキューブを探して破壊すると次元が再び繋がるのです。〉
「思ったより簡単だな……」
超次元的な現象が起こって門を開けるのかと想像していた都賢秀は、あまりにあっさりした方法に少し拍子抜けしたほどだった。
「でも簡単なようで……難しいな。」
〈そうです。まるで『砂漠で針を探す』ように、この広い地球で15日以内にキューブを見つけて破壊しなければなりません。〉
多少の差はあるが、それぞれの地球は都賢秀が住んでいた798番地球とほとんど同じ大きさだという。
そんな場所で直方体の物体を見つけて破壊するのは決して簡単なことではなかった。
「途方に暮れるな……どこから始めればいいんだ?」
〈お気持ちはわかりますが、そんなに悲観的になることはありません。〉「え?なぜ?」
〈私がキューブに近づくと、そのエネルギーに反応して位置を教えてくれます。〉
「本当?まるでチートスキルじゃん。」
途方に暮れていたキューブ探索に一筋の希望が見えたようだった。
〈はい。キューブの半径50メートル以内に入ると私のレーダーに捕捉されます……〉
「50メートル!!ふざけんなよ?!俺たちの地球の最新レーダーでも数百キロは探知できるぞ!」
都賢秀は「レトムを信用したのが間違いだったな」とつぶやき、レトムは悔しいが反論できず口を閉ざした。
〈そんなこと言わないで……それにもう一つ良い知らせがあります。〉
「また何か役に立たないものを出す気か?」
〈都賢秀様のような『次元の接続者』が現れたら、すぐに作業をしに行けるように、私は既にいくつかのキューブを見つけてあります。そしてこの地球のキューブも私が見つけてあります。〉
この地球のキューブはすでに発見済みだというレトムの言葉に、都賢秀は歓声を上げ、やっとレトムの肩に力を入れられた。
「何してるんだ?早く案内しろよ!」
〈急がないでください。リンに盗まれて説明できなかった装備から紹介します。〉
「装備?そういえば武器以外に詳しい説明は聞いてなかったな。」
レトムは都賢秀が準備した装備を説明するためにバッグを取り出し、ひとつひとつ物を出し始めた。
都賢秀は腕のないレトムがどうやって物を掴んで取り出すのか不思議に思った。
「お前、どうやって物を掴んでいるんだ?」
〈私にそんな質問をするのは珍しいですね。もちろん私は実体がないので物理的な力で持つことはできません。静電気を利用して持ち上げています。〉
「静電気?」
〈そうです。地球には磁場が存在し、すべての物は極性を持っています。同極は反発し、異極は引き合う性質を利用して……〉
「つまりこれが俺が持ち歩く装備ってことか?」
すでに理解不能になった都賢秀は別のことに気を取られていた。
〈……それなら最初から説明を求めないでください。〉
「いいや。もう装備の説明だけでいい。」
〈はあ……私の身にもなってくださいよ……分かりました。まず衣類から説明しますね。〉
レトムは小さなパウチ2つのうち1つを取り出し、隣のボタンを押した。
すると「ポン」という音とともに収納箱が出現した。
「な、なんだこれ?」
〈1番地球の収納箱です。物をミリ単位で圧縮してパウチに保管できる技術です。〉
「すごいな……」
都賢秀は感嘆しながら収納箱を開け、中を見ると黒いタイトスーツのような下着が4着、黒のスーツと白シャツが4セットずつ、さらに下着と靴下が入っていた。
「……これは何だ?」
〈何だと言われれば、衣類です。まずこの防弾服を着用してください。〉
レトムは防弾服だと言いながら、タイトスーツを差し出した。
「タイトスーツを着ろだと?お前、変態か?」
〈何を想像しているのですか?これは1番地球の防弾服で、鈍器による打撃をある程度防ぎ、剣などの鋭利な武器に刺されたり切られたりせず、拳銃程度の銃弾も防ぐことができるものです。〉
都賢秀はこんな薄いタイトスーツがそんな機能を持つことが信じられなかった。
「薄くて破れそうな服がどうしてそんな防御力を……」
〈ナノファイバーを緻密に織り込んだ衣類なので丈夫で破れにくいです。さらに内蔵されたAIチップとセンサーが打撃が来る箇所だけ硬くして身体を守ります。そして映像では35度までの暑さ、氷点下10度までの寒さも防ぎ、防水も可能です。〉
攻撃から身体を守り、暑さ寒さも防ぎ、防水機能もある――そんな夢のような防弾服を見て軍人出身の都賢秀は興奮した。
「うわ……まるで万能だな。」
〈気に入っていただけて何よりですが万能ではありません。銃弾は防げますが、高火力やプラズマ銃には防御できず、刃物も普通のものは防ぎますが高振動ナイフには防げません。あまり信用しすぎないでください。〉
「……心得た。」
軍人出身らしく、実用的な防弾服に感心しながら着用していた。
防弾用のインナーを身に着けた 都賢秀は、次に上着であるスーツを着込み、スマートウォッチも装着した。
「でも…なんでわざわざスーツなんだ?旅に出るならもっと楽な服装があるだろうに」
<私がキューブを探すために全地球をさまよって感じたことですが、男性が最も一般的に着ている服装がこのスーツでした。どの地球に行っても違和感なく溶け込めるので、スーツを選びました。>
都賢秀の故郷、798番地球でもスーツは世界中どこでも着られている服装だったので、レトムの判断が間違っているとは思わなかった。
ただ、単純に着心地が悪いだけである。
「じゃあ続けて説明してくれ。次はテントの話かな?」
<申し訳ありませんが、ここではすでにキューブの位置がわかっているので、長居する必要はありません。キューブを探して、次の地球でテントを設置してみるのはどうでしょうか?>
確かに追われている身としては、一か所に長く留まるのは良くない選択だった。
「そうか?じゃあ早く案内してくれ」
<わかりました。>
レトムは森が深く茂る場所へ都賢秀を案内した。
「…本当にここにキューブがあるのか?」
<そうです。深い森の中ではありますが、見つけやすい場所にあるのであまり心配しなくて大丈夫です。>
「なんでまた森なんだよ…毒虫や危険な野生動物もいるだろうに…」
<私の事前調査では、この森にはそういった危険な生物はいません。仮にいても事前にお知らせしますので心配しないでください。>
「そうか…」
都賢秀はぶつぶつ言いながらも、草むらをかき分けて目的地へ歩いた。
<特殊部隊に所属していた方がそんなに怖がるとは何事ですか?早く行きましょう。>
「わかったよ。行けばいいんだろ…行けば…」
仕方なく足を進めたが、都賢秀の愚痴は止まらなかった。
「ところでお前、前にキューブをいくつか見つけてるって言ったよな。何個見つけたんだ?」
<今までに…39個ほど見つけてあります。>
「たったそれだけ?」
<それだけ苦労して見つけたのに“たった”とは何ですか!>
「まったく役立たずだな」
レトムが思わず一発殴ってやろうか迷ったその時、目的地に到着した。
<ちょうど到着しましたね。あそこの木の根元の腐った空洞にキューブがあります。>
「ええ!?なんでまたこんな所に…服が汚れるじゃないか」
都賢秀は這って入らなければならないような場所にキューブがあると聞いて不満そうだった。
しかし、ここで戻るはずのレトムの小言がなく、振り返ってみると…
<??????>
なぜかレトムは誰が見ても明らかに慌てていた。
<あ、あれ…?>
「どうした?なんでそんな顔してるんだ?」
<キューブの…キューブの波動が感じられません。>
「波動って何だよ…それは…」
都賢秀は意味が分からず戸惑っていたが、出発前にレトムが「キューブに近づけば検知できる」と言っていたことを思い出した。
「ちょっと待てよ!木まで10メートルもないのに感じられないって…まさか…」
都賢秀とレトムは慌てて木の根元の空洞に這い入ってみた。
しかし中には…落ち葉が積もっているだけで何もなかった。
<こ、これは…あり得ません…>
「おい!どうなってんだよ。本当にここで合ってるのか?」
<そうです…ご覧の通り環境も独特で覚えやすいので放置していましたが…>
「ちょっと聞くけど…お前それいつ見つけたんだ?」
いつ見つけたのかを問う都賢秀に、レトムが動揺を隠せなかった。
<ああ…そ、それは…>
妙に答えに詰まっているレトムを見て、都賢秀は不安を感じた。
「不安そうにしないでくれよ。いったい何年前なんだ?」
<おそらく一……百年前でしょう…>
百年前という言葉に都賢秀は言葉を失った。
「やいやい!!百年もあれば山河は十回も変わるだろうが!!よく今まで残ってると思ったな!」
<で、でも定期的に訪れて無事を確認していました…最後に来た時も無事を確認してから帰りましたが…>
「それっていつなんだ?」
<五年前でしょう。>
「こいつ!それだってかなり前だろ!!」
<そうですが誰もこの森に入らないので大丈夫だと思っていました…>
最初の探索がこんなに早く終わると思ったのに、事態がこうもこじれてしまい、都賢秀とレトムはがっくりと腰を下ろし、誰も何も言えなかった。
長く気まずい沈黙が流れた後…
「これ、どうするんだ?キューブは確かにこの地球のどこかにあるはずだし…」
<でしょうね…>
レトムは少し考え込み、口を開いた。
<どうやら村に降りてみるしかなさそうです。>
「村?ここに村なんてあるのか?」
<はい、近くにかなり繁栄した村があります。>
「そうか…でもなんで村に行くんだ?」
<キューブには自律移動機能がないので、きっと近くの村の人が持ち去ったのでしょう。情報を得るためにも降りてみましょう。>
確かに他に方法がないので、都賢秀も村へ降りることにした。
「で、どれくらいかかるんだ?」
<徒歩で約2時間かかります。>
「遠いな…あいつのせいで苦労ばかりだよ」
都賢秀は距離の遠さにぶつぶつ言っていたが、今回は自分のミスが明らかだったのでレトムは何も言えなかった。
山道を下ると広大な平野が見え始め、その光景に都賢秀は思わず感嘆した。
「わあ~」
3万、4万人は住んでいそうな村が広がっていた。
むしろ規模的には村ではなく都市と呼ぶのが適切に見えた。
「でも村が妙だな…あれ城壁じゃないか?」
村は中世の都市のように巨大で高い城壁に囲まれていた。
「今時あんな城壁に囲まれた町なんてあるのか…」
火器の発明で城壁の防衛力が落ち、多くの城壁が取り払われた798番地球とは違い、今も城壁のある村を見て驚いたが…
直接降りてみると理由がわかった。
「ここは何だ…まるで中国映画を見ているようだ」
中世中国のような建物が並び、城壁に沿って旗がはためき、中国伝統衣装に似た服を着た人々が忙しく行き交っていた。
<中国とは798番地球の韓国北西部に位置する国です。確かにこの雰囲気はその国の古代国家に似ています。しかしここは中国ではなく、チャンワングクのイェという村です。>
「そうか、別の国なのか…」
<ここは文明の進度が798番地球に比べて3~4世紀ほど遅れています。>
都賢秀は観光客の気分でレトムの説明を聞きながら村を見て回り、市場と思しき場所に入った。
文明は遅れていて多少未開に見えるが、商業は活発で人々は活気に満ちていて、155番地球とは明らかに違った。
文明が遅れているために次元の存在も知らず、次元閉鎖による被害もさほど大きくないようだった。
その時…
「嘿,小伙子!苹果怎么样?今天刚进的,新鲜的水果!」
商人の一人が何か分からない言葉を叫びながら、都賢秀に見たこともない果物を差し出した。
「こ、こいつ何言ってるんだ?」
<長安国の言語は普通語と文法も体系も似ているので、マンダリン語で話せば問題ありません。>
「マ、普通語?中国語ってことか?」
<そうです。>
「俺が中国語できるわけないだろ、なんで中国語で話せっていうんだよ!」
<…隣接する国の言語を学ばずに何してたんですか?>
レトムが呆れた顔で見ているので、都賢秀は理不尽さを感じた。
「隣国だからって必ずしもその国の言葉を学べなんて決まりはねぇよ!とにかくあの奴何言ってんだよ?」
<はあ~仕方ないですね…翻訳機を使うので会話してみてください。>
「翻訳機?」
レトムが翻訳機を使うと言うと突然…
「おい、若者!買うのか、買わないのか?!商売の邪魔すんな、どっか行け!」
商人の言葉が理解できた。
「なんで急にわかるようになったんだ?俺って外国語の才能あるのか?」
<そんなことはありません!私が都賢秀様の脳波に介入してリアルタイムで翻訳した言語を送っているのです。>
「そ、そうなの?そんな便利な機能あるなら早く言えよ…」
<私にとって負担が大きい機能なので今後はご自身でなんとかしてください。>
「まったく、意地悪だな…」
都賢秀とレトムがただ会話して何も買う気配がないので、商人の忍耐は限界に達した。
「買うのか、買わないのか!!リンゴ買わないならどっか行け!!」
商人の怒声に都賢秀は驚いて慌てて逃げ出した。
「でもあいつ…今何て言ってたんだ?」
<何がですか?>
「あれ…桃じゃないのか?桃持ってるのにリンゴって言ってたぞ?」
ピンク色がかった果物をリンゴと呼ぶ商人に都賢秀は戸惑い質問したら、レトムが納得したように答えた。
<確かに798番地球のリンゴは赤いですね…ここではリンゴはピンク色です。>
「うわ~ピンクのリンゴなんて初めて見たよ…味が気になるけど買えないのか?」
<残念ながらこの地球の通貨を持っていないので、とりあえず目的地に向かいましょう。>
「目的地?どこか行くのか?」
<協力者がいます。>
レトムは協力者がいると言って先導し、どこかへ向かった。
そして店らしき建物の前で止まった。
「白须鲸」と書かれた看板があり、何の店かわからないが、文字も漢字なので都賢秀は読めなかった。
「なんて書いてあるんだ?ここは何の店なんだ?」
尋ねた都賢秀にレトムは…
<………>
口をぽかんと開けたまま何も言わなかった。
「どうした?」
<こ、ここはもう潰れてしまった店のようです…一体何が…>
レトムの言う通り、店らしき場所は廃業して久しく、ほこりが積もり誰もいなかった。
「まさかここも5年前に来たのか?」
<…そうです。>
「5年もあれば潰れてもおかしくないだろ、このバカ野郎!」
レトムは都賢秀にバカ呼ばわりされて悔しくて震えていると…
ガシャーン!!!
後ろから大きな物音がして、都賢秀とレトムは驚いて振り返った。
「おい!ババ!場所代いつ払うんだ?もう3か月も滞納してるぞ!」
「お願い!少し待ってください、私の老骨を売ってでもお金を作りますから!」
武器を持った悪党たちが靴を売る老婆を脅し、場所代を要求していた。
「はあ…どこにでもそんな悪党はいるもんだな…俺たちは…」
<俺たち?>
老婆を助けるのかと都賢秀が期待したが…
「巻き込まれる前にさっさと逃げようぜ」
<やっぱりこいつはそうだよな…>
都賢秀は155番地球で「もう誰も助けを求める者を見捨てない」と決めたばかりだったが、またもや助けを拒みその場を去ろうとしていた。
「言っただろ、俺は喧嘩が嫌いだって。無駄な争いはしない派なんだ」
<誰もそんなことは言ってませんよ。そしてあいつらと戦わずに避けるのが得策です。>
「なぜ?」
<あいつらは…>
レトムが彼らの正体について説明しようとした時…
「うちの婆ちゃんをいじめるな!!」
7、8歳くらいの男の子の声が聞こえた。
男の子は婆ちゃんを守ろうと悪党の前に立ちはだかり、その腕を噛みついた。
「くそっ、このガキが!!」
悪党は噛まれた腕を刺そうとナイフを振り上げた。
「ダメだ!!」
老婆の叫びが終わらぬうちに…
都賢秀の拳が先に飛び出し、悪党を吹き飛ばしてしまった。
突然起こった都賢秀の襲撃に、レトムはあまりの驚きに呆然としていた。
しかし、彼が言葉を最後まで発する前に、都賢秀が不良どもを一瞬で圧倒した様子を目の当たりにして、ただ驚いていたわけではなかった。
「ど、ど、到底、いったい何をなさったのですか?!」
レトムは慌てて駆け寄り、一体何をしてるんだと都賢秀を叱責したが、彼は全く臆することなくその場に立っていた。
「何が?」
〈そ、それを――彼らに手を出してはいけません。私が話している最中にこんなことを…〉
「哎哟,小伙子!快跑啊!再不跑就没命啦!」
レトムが都賢秀を責める間にも、靴屋のおばあさんが何か叫びながら彼の背中を押していた。
「な、なんだ?どうして聞こえないんだ?」
〈…あまりに焦って翻訳機を忘れてましたね。少し待ってください。〉
レトムは、都賢秀の奇妙な行動に動揺しすぎて、翻訳機の操作すら忘れてしまっていた。
再び翻訳機を作動させると、おばあさんの言葉が翻訳されて聞こえてきた。
「なにしてんの、若いもの!ぼーっと突っ立ってないで、とっとと逃げなさいってんだ!」
「逃げろ」という切迫した言葉だった。
都賢秀は、心配してくれる気持ちには感謝しつつも、ああいう連中に逃げろと言われるのが何となくプライドが許さなかった。
「私は、ああいう奴らに負けたりしませんから、ご心配なく。」
「君があの連中に屈するとでも思って――うちのばあさんをどこに送りつけようってんだ、このクソババアが!!」
おばあさんは背中を押しながら逃げろと迫る一方、不良の一人が声を荒げ、会話が途切れた。
「おばあさん、お前も反乱軍の疑いで捕まりたいのか?!」
「いやあ…この仕事、どうしたものか…」
不良どもが勝手に「反軍容疑」などと大げさに騒ぎ立てている。
その上、おばあさんは過剰に彼らを恐れており、慧眼のレトムでさえ不安を覚えるほどの怯えを見せた。
「雰囲気が変だな…こいつら、一体何者なんだ?」
〈だから言ったじゃないですか? あれらは…官軍です!〉
レトムが言った「官軍」という言葉に、都賢秀は驚きのあまり目を白黒させた。
「官軍って……警察のことだろう?警察が何で市民にあんなことをするのか?」
〈それは私にも分かりません。でも、官軍に逆らえば…〉
「我々に反抗する者はすべて反乱軍である!お前も反軍参加の疑いで逮捕してやる!!」
〈…そうなるでしょうね。〉
「はあ、本当に…面倒くせえな。さっさと逃げ――」
“面倒なことから逃げる”が、軍を除隊して以降の人生モットーとなった都賢秀は、すぐにでも逃げ出そうとしていたが。
「どこに逃げるってんだ!!」
官軍の兵士の一人が撃った――まるでプラズマピストルのように見えるレーザー光線が、都賢秀の耳元をかすって通り過ぎた。
「こ、これなんだ?あいつらにもプラズマ…なんとかっていう銃があるのか?」
〈あれはプラズマではなく、“聖獣”と呼ばれるものです!〉
「聖獣?」
〈この地球にだけ存在する特殊な存在で、人が生まれた時に憑依し、亡くなるまで守護すると言われる守護神です。〉
「聖獣だって?聞くだけだとわけがわからんが……これは、ここが確かに中国ではないな、と思わされるな。」
「ははは!この私の上級聖獣を見て、震え上がったか?だが遅い、喰らえ、この野郎!ゆっくり苦しめてやるぞ!」
官軍の一番号が再びレーザーと思しき攻撃を何発も放ってきた。
しかし射撃の腕前がひどく、至近距離でさえ一発も命中しなかったものの、その威力は十分に脅威だった。
「……今ここで後ろ向きに逃げたら、もっと危ないかもしれない。先にこいつらを倒してから逃げる。」
〈はぁ〜…方法がないようですね。〉
戦うという選択に、レトムも同意し、ついに官軍1、2、3と都賢秀の戦いが始まった。
この場所では電気が使えず、プラズマピストルを充電できなかった。
そのため射撃戦は不可能と判断した都賢秀は、格闘で制圧するべく素早く接近しようとしたところ。
「この私に自ら近づいてくるとは!度胸があるな!!」
官軍2が巨大な偃月刀を振り下ろしたが。
「うわっ?!」
人間の振るいとは思えない速度で振り下ろされ、都賢秀は必死で横に体を滑らせて避けた。
次の瞬間――
ゴワァンッ!!
その偃月刀が地面に深く突き刺さった。
「な、な、なんだこの力は……」
〈どうやらあの人物に憑依した聖獣は、中級の白鳥のようです。その聖獣は筋力と反射神経を高めるんですよ。〉
「それってやりすぎじゃないか……え?」
官軍たちは聖獣の力のおかげで驚異的な力と能力を誇っていたが…腕前は結局お粗末だった。
近距離で射撃をまったく当てられず、官軍2は不器用にも剣を地面に突き刺したまま抜けずに苦しんでいる。
「や、やるな……。」
自分の武器を抜けずにもがく官軍2を見て、都賢秀は小さく不敵に笑った。
「お、良い子だ……そのままじっとしていろ。」
汗だくになっている官軍2の顎に拳を突き込もうとしたその時――
「ぐッ!!」
突然、見えない縄のようなもので身体が締め付けられ、動けなくなった。
「な、なんだ、これは?!」
〈あの人物です!〉
レトムの声と共に、存在感を放っていなかった官軍3の姿が見えた。
〈中級の黄鳥の場合、仮想の縄によって相手を拘束できるんです。〉
「それって何だ?!ずるいだろう!!」
他の官軍とは違い、この官軍3が最も厄介で、最も威圧的な存在だった。
「ククク…。今までよくも調子こいていたな。さて、どうしてくれようか?」
都賢秀が捕縛されたのを見て、官軍1と2が嘲笑しながら距離を詰めてきた。
非常にまずい状況になり――とにかくどうにか抜け出そうと身体をよじったものの、一切解ける気配がなかった。
「くそっ!これ、どうすれば……」
都賢秀がパニック状態で次を考えていると、官軍3の姿が視界に入った。
無言で、眉ひとつ動かさず、じっと都賢秀だけを見つめている。
【まさか…あいつを見つめていなければ拘束が発動しないのか?】
自分の推測が正しいかどうか分からなかったが――そんなことを考えている暇もなかった。
「おい!レトム!!あいつの視線を遮れ!」
〈え?なぜ…それよりどうやって?〉
「そんなの、自分で考えろ!!」
都賢秀に叱責されたレトムは、慌てて官軍3の前に飛び出し、自分の身体でその顔をふさいでしまった。
「え?!な、これは何だ?!」
官軍3の視線が遮られた途端、都賢秀は動きが自由になった。
「さすがだ!!」
身体が解放されると、まず官軍2のみぞおちに拳を打ち込み、腰を曲げさせたまま首の後ろを叩いて気絶させた。
「この野郎!!」
官軍1は、都賢秀が仲間を倒したのを見て、隣にいる赤い狼に命じてレーザーを撃たせたものの。
相変わらず腕前が悪く、的をまったく捉えられず、都賢秀は低い体勢から突進して顎を打ち抜いて気絶させた。
ふたりの官軍を倒した後、残るは官軍3だけとなった。
「こいつ、いったい誰の聖獣なんだ?!!早く――ぐッ!!」
官軍3は、レトムを面倒くさい蝿のように扱いながら腕を振り回していたが、都賢秀が投げた石に正面から命中し、そのまま気絶した。
三人の異能力者たちを瞬く間に制圧した都賢秀を見て、レトムは再び感嘆したが――余裕を見せている暇などなかった。
というのも、異変を報告され官軍が増援を呼んでいるからである。
〈追加兵力が来ています!すぐ撤退を……!!〉
レトムは兵力が多いから早く逃げようと言おうと振り返ったが――都賢秀はすでにひとりで遠くへ逃げていた。
〈あああ…このクソ野郎…〉
自分を置き去りにしてひとりで逃げてしまった都賢秀を見て、思わずレトムの口から本音の罵りが飛び出した。
〈人がどうしてそうも冷たいんですか?!!私を置いて先に行かれるなんて!!〉
慌てて追いかけて抗議するレトムに対しても、都賢秀は厚顔無恥なほどに堂々としていた。
「お前は空を飛べるんだから、自分で逃げられるだろう!まずは俺が生き延びなきゃ!!」
〈そうですか?!では私は飛んで自力で脱出しておきますので、都賢秀様はご自由になさってください!〉
「言った通りに飛んでったらどうしよう、この冷酷な野郎!!」
〈冷酷なのはどっちですかね…〉
レトムは呆れ顔でため息をついたが――ともかく、このクソ野郎にすべてを託した身としては、安全に逃がさねばならなかった。
〈まずはあの路地に入ってください!この村は裏通りが入り組んでいるので、官軍でも簡単には追って来られないはずです。〉
「道が複雑なら俺も移動しづらいじゃねぇか!」
〈私が上から道案内をしますから――黙って早く行ってください!〉
「言葉くらい綺麗にしろ!」
都賢秀は不満を言いつつも、焦って進路を変えて路地へ入った。
レトムの言う通り、その裏路地は狭く、曲がりくねっていて、土地勘がないとすぐ迷いそうだった。
都賢秀はレトムの導きのお陰で迷うことなく道を進めたが、官軍たちは同じ所をぐるぐる回って道に迷ってしまった。
幸いにも無事脱出した都賢秀は、路地の隅で息を整え、しゃがみ込んでいた。
「はぁ…はぁ…一体この場所は何なんだ?警察が市民を弾圧するなんて…ああいう腐敗した警察どもを見て見ぬふりするほど、この地は腐ってるのか?」
〈私が5年前に来たときは、そうではなかったのですが…理由が分かりません…〉
「はあ〜…お前、知ってることって何なの?無駄に賢そうなAIくん。」
レトムは内心怒りで煮えくり返っていたが、情報不足を認めざるを得ず、言い返すこともできなかった。
「…これからどうしようか?」
〈…まずは森に戻りましょう。数日間森に滞在して情勢を見つつ、偵察を再開しましょう。〉
「…そうしたほうがいいな。」
村にとどまるのは危険だと判断した都賢秀は、まず森へ戻ることに決めて路地を出たところで…
「さっきの、官軍と戦った男じゃないか?」
「関わるとこっちも反軍として捕まるぞ!みんな逃げろ!!」
大通りの人々は都賢秀を見つけるやいなや、一斉に逃げ出した。
「な、なんだよ?!どうして人が俺の顔を覚えてるんだ?」
〈たった今の騒動を見て、都賢秀様の顔を記憶したのかもしれませんね?〉
最初に路地から入ってきた入口へ戻ったので、人々が顔を覚えるのは確かに納得がいく。
だが、人々がどんな路地を抜けてもすぐ俺を認識して逃げ出すのには違和感があった。
「これ、おかしいぞ?村で騒動があったって噂は立つかもしれないが…俺の顔を即、覚えるのは妙じゃないか?」
〈確かにおかしいです…都賢秀様の顔は個性的にブサイクですけど、それだけでこれほど覚えられるとは思えませんし…〉
「この野郎、ほんとに…」
都賢秀を罵倒する側をも完全に無視して、レトムはどういう事態なのか考え込んでいた。
その時…
〈あ!〉
レトムが何かを閃いたように、声を上げた。
この続きが気になる方は、8月8日発売の第2巻をお楽しみに!
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