2話 準備と講座
「マキオ君、行ったかな」俺は窓の外を見ながら呟く。
「親子なんて嘘をついて悪かったな、クー」
「別に大丈夫、私達の関係を言っても信じられないし、めんどくさいだけ」
クーはそう言いながら、細剣を手に取り、アランに差し出した。
「貴方が左手を使えないなら、私が左手になる。それだけの関係、でもあの時助けてくれて感謝してる。」
彼女は瓶から魔力を帯びた花を1つ取り出し、指で潰した。甘い香りが部屋の中に広がる。薬品を入れ煎じ、液を容器に注ぐと、蓋をしてアランのポーチに入れる。
「この薬を飲んだら、5分だけ麻痺は取れるはず。でも身体が悪くなるから飲まないで」
「了解、スライムがでないといいんだがな、アイツらは嫌だよ」
「さて、俺の準備は終わった。クー?」
ジャケットを脱ぎ、ベストの上から胸当てを付けて細剣を佩く。簡素な変化なのに、今までとは意識が変わり、冒険者時代の記憶を呼び戻す。
「私も着替えたらおしまい」
「なら先に外で待ってるぞ」
俺はそう言い残し、部屋を出た。
春の陽光が当たる市街地の中。建物の影に身体を預け、暫く外で待っていた俺はガチャリと扉を開ける音で、視線を向ける。
そこには黒のズボンに、ストールを巻いているクーがいる、髪型もハーフアップに変えていた。
「よく似合ってるぞ」
クーは無表情のまま先に行く。
「もう春なのね、一年ってすぐ過ぎる。」
笑いながら後を追いかける。
「お前の年で言う台詞じゃないよ、クー。俺みたいなおじさんが言うことだ」
「確かに、アランはもうおじさんだもんね」
「自分で言うのはいいが、他人に言われると心に来るなぁ」
傷ついた表情を浮かべ歩く、その横を付いてくるクー。
爽やかな空、気持ち良い天気、花が綺麗に咲いてるな。
――そんなことを思いながら歩くと、本当の親子にでもなった気分だ。
リュルム王国の市街地を抜け、郊外に出る2人。
「あの子供は待たなくていいの?」
首を傾げながら言う。
「まだ待ち合わせまで時間があるからな、先に現地調査と言うやつだよ」
軽く準備運動もしないとだしな、そう呟きながら使える花を採取していくのだった。
クーは体力を使いたくないのか、こまごまと動いてるアランを見ている。本人もなにが楽しいのかよくわからない。これを父性と言うのかわからない、が、嬉しげにアランを見つめている。
「どうしたー、そんな俺の事を眺めて。ゴミでもついてる?」
「そんなことない、作業に集中して。私もやるから」
クーはそろそろ動かないと思ったのか。アランとは別方向の花を集めていくのだった。
暫く花を集めてるとアランから声がかかる。
「さて、そろそろ待ち合わせの時間だ、正門前に行くとしよう」歩きながらククッと笑いながらからかわれる。
「良い運動になったな、クー。お前は普段身体を動かさないから、良い機会だ」
少し拗ねたような声色で余計なお世話と言うが、アランには聞こえていなかったようだ。
10分くらい遅れて正門前に着くと、マキオ君がいた。
落ち着かない様子で周りを見ては俯き。ため息をつき、憂鬱な表情を浮かべてる。周囲の人も心配そうに遠目から見ている。慌てて駆け寄り声をかける。
「すまない、マキオ君。郊外に出て調査していてな」
長身を窮屈そうに折り曲げながら、軽く頭を下げる。
「遅れてごめん」
「え、えっと……お2人は先に行ってくれたんですね。ありがとうございます」ぺこりとお礼をし、嬉しそうな顔でこちらを見ている。
「とりあえず、行く前に依頼の再確認とマキオ君に講座をしようか。立ちながらになるが申し訳ない」
「依頼内容は薬草25本の採取。これ事態はとても簡単だ、マキオ君メインでやってもらう」
「ア、アランさんがやってくれたりとかは……」
こちらを窺いながら言ってくるが、俺はそんな事をするつもりはない。
「それは無理だ。サッチャーさんが、君に経験を積んで欲しいともある。 できる限りのサポートはするが、見つけて実際に採取する。これはマキオ君の役割」
厳しい表情で見つめた後、ふっと笑い。
「まぁ、子供でもできることだ。そう気負う必要はないよ、肩の力を抜いてやるといい」
マキオ君はクーと目が合う。優しく落ち着かせるように言う。
「私達2人がしっかり、対処するから安心して」
それらを聴くと、マキオ君の表情は落ち着き、やる気に満ち溢れた顔付きだ。それを見て満足気に頷き言葉を続ける。
「マキオ君も良い表情になってきたな、次は万が一モンスターが出た時の講座だ。これはとても簡単、次の3つを覚えてくれ」そう言って、俺は大きい手を広げ、指を3本立て、1つずつ説明していく。
「1、すぐ逃げろ」
「2、俺かクー、どちらか近くの方に行け」
「3、マキオ君の場合、大丈夫そうだが。決して戦おうとするんじゃない」
「わかったか?これらを守れないと命を落とすぞ」
ごくり、マキオ君が喉を鳴らした後。深呼吸をして返事をする。
「わかりました、それら3つを守ります」
マキオ君の頭を豪快に撫で、くすぐったいのか少し身体が強張っている。
「そう、ガチガチになるな。頭は警戒、身体はリラックスってな」
「綺麗な花も咲いている、それを見るのいいかも」
クーがマキオ君に声をかける。
「おっ、どうしたクー、珍しく他人を気遣うじゃないか」
「この子に取って、嫌な思い出になって欲しくない。ただそれだけ」
言ってることは優しいが、変わらず表情は無機質だ。
「長いこと話しちまったな、よっしそろそろ行くか!日没までには帰ってくるぞ」
俺達は郊外に向けて歩きだした――。