10話 会話
商工所はレンガでできていて、出窓が複数あり解放感と景観が素晴らしい建物なんだが、俺の心はレンガのようにざらついている。
職員に手紙を渡し、アルフレッドさんに届けてもらった。それ以来反応がなくとても不安なのだ。
待つこと数時間昼になり、職員達が休憩へと向かう中、アルフレッドさんを見つけた。初めて見るが黒髪碧眼の好青年だ。写真のまんまだな。
こちらに早歩きで向かってきてる。
「君達がなんでもアラン屋かい?」
表情を見るが、怒ってるのかはたまた焦ってるのか、どちらもわからない。
「はい、そうです。この度は突然手紙を渡すなど、失礼な真似を……」
「い、いやそれはいいんだよ。びっくりしたけどね、午後から有給を取ったからよければ食事しながらでもどうだい?」
驚いた、向こうから誘われるとは思っていなかった。
「ありがとうございます。是非ともお願いします」
頭を下げながら言うと、爽やかな笑顔を浮かべながら気にしないで、と。
アルフレッドさんおすすめの、食事処に連れて行ってもらった。
「なんでも頼んでいいよ、話しは長くなりそうだしね」
かと言って、食事が喉を通る気がしない。だから軽食と飲み物を頼むか。
「お嬢さんはどうする?」
話しを振られたクーは俺の方をちらっと見て、アランと同じにする。いつもよりはっきりとした声で言ってきた。
「なら、プリン2つと紅茶とソーダを頼もうかな」
「お昼なのに、それだけでいいのかい?」
「ええ、喉を通りそうにないので」
なるほど、確かにねと呟きながらアルフレッドさんも、サンドイッチセットを頼んでいた。
「では、早速お聴きしたいのですが浮気はされてますか?」
俺がそう切り出すと、苦笑いしながら返された。
「自称愛妻家の僕が浮気なんてしないよ、しかも依頼出したのはエマだろう?」
なんでわかるんだ。それを表情に出してはいけない。平坦を装いながら答える。
「匿名依頼ですので、私共には分かりかねます」
「浮気を疑われる原因で思い付くのが、毎週届く通販の手紙と手紙の香りしか考えられないんだ。」
「通販の……手紙ですか?」
「あぁ、妻にサプライズで香水をプレゼントしようと思っててね。手紙に1番目を、中には2番目に欲しい香水を振りかけて貰ってるんだ」
後は手紙の香りについてか。
「手紙の香りについては?」
「こう見えて、仕事が忙しくてね。多分だけど、モーラン商会の女性店主と会議をした時に、丁度同じ香水を付けられてたんだ。それで話しが盛り上がってね。その時に匂いが移ったんだと思う。」
「依頼分に手紙と同じ香りが僕からして、とか多分あっただろ? 浮気なんて言われるのはそれしかないんだ」
なるほど...それなら辻褄が合う。
「……浮気を疑われるくらいなら、サプライズせずに、素直にエマさんへ言って2人で買えば良かった」
今まで話しを聴いてたクーが突然言ってきた。
「その通りだよ。バレないよう色々やったのが全て裏目に出て、いらない心配と不安をかけてしまった」
碧眼を伏し目にして後悔してるアルフレッドさん。
「だから、今日手紙を貰った時に悟ったよ。私はなんてことをしてしまったんだ、とね。妻に心配をかけるなんて旦那失格だ、そう思うだろう?」
なんて言おうか……反応に困ってるとクーが先に言ってくれた。
「そうやって反省してるならいいと思う。帰って頭を下げて素直に謝ればきっと分かってくれるはず」
それを聴いたアルフレッドさんは、付していた瞳をパッと見開き笑顔になる。
「そうだね、頑張って誤解を解いていくよ」
「そして、君達に迷惑をかけたことも謝る」
「私達は依頼でやっただけ、謝る事じゃない」
「……でも、君達は……そうか。なら大丈夫だよ」
アルフレッドさんはなにかに気づいたのか、それ以上言及しなかった。
「それなら、私達の仲を取り持ったお礼に金貨3枚を渡したい」
金貨3枚!? 浮気調査で貰って良い金額じゃないぞ。中級モンスターや都市間の護衛任務じゃなきゃ貰えない額だ。
「アルフレッドさん、流石に受け取れません。依頼金は前払いで既に貰ってあります、それに金貨三枚はかなりの大金では……」
アルフレッドさんは、手をひらひらと動かしながら言う。
「いいんだよ、このままサプライズで渡しても、ずっと疑われたままだった。それに気づかず生活していただろう。私は嫌だよ、妻に心労をかけ続けるのは」
「そうならずに済んだのは、君達が依頼を受けてくれたからだ。感謝の気持ちだと思うと金額としては妥当だろう?」
説明を聴くと、確かに妥当だと思う。だが受け取っていいのか? クーの方に視線を向けると、彼女もこちらを見ていた。
机の下で手を触られて、びっくりしていると掌に"いいよ"と指で書いているのに気づいた。クーがそう言うなら考えがあるのだろう。
「……分かりました。ありがたく頂きます」
「妻との話しが終わり次第、郵送するからよろしく頼むね」
話しが一段落付いたあたりで、三人共食事をし終わった。
「それでは私は妻と早く話し合いたいから、お先に失礼するね」
「会計はしておくから」
そう言ってアルフレッドさんは行ってしまった。
残った飲み物を飲み干したし、私達も家に帰ろうか。
後日、アルフレッドさんとエマさんの連名で封筒が届き、感謝とお礼の手紙、金貨三枚とジプソの花が添えられてあった――。