09:王都に咲く涙と、再びの約束
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シエルレーヌの街を後にし、俺とティアは再びナケナイザー王国を目指した。
王都までの道のりは、草原と丘陵の混ざり合う穏やかな景色が続いていた。
でも、心の中は……決して穏やかとは言えなかった。
「……ナッキー」
ふいに、ティアが声をかけてくる。
「王都、戻ったら……ナケ姉にも会うんだよね」
「……ああ」
短く答えたつもりだった。でも、それだけじゃ足りなかったのか。
ティアは、視線を前に向けたまま、ぽつりと言った。
「……私、たぶん……あの人に、ちょっとだけ嫉妬してるのかも」
「え?」
「ナッキーが、ナケ姉の話をするとき……すっごく、やさしい顔するから」
風が吹く。
その一瞬、言葉がどこかに飛んでいきそうになった。
「……そっか」
「うん。だから、今日だけは……ほんの少し、勇気出す」
彼女はそう言って、ふわっと笑った。
けれどその笑顔の奥に、わずかな“泣けなさ”が見えた。
それを俺は、もう見逃さなかった。
──王都の門が、見えてきた。
あの、最初に出会った場所。涙を奇跡に変えた、あの国。
門番たちが俺たちを見て、驚いたように敬礼した。
「ナキマクリン様、ティアノーン様……おかえりなさいませ!」
街は以前よりも、少しだけ活気が戻っているように見えた。
涙の勇者としての“伝説”は、すでに王都にも届いていた。
城に到着すると、迎えてくれたのは──
「おかえりなさい、ナキマクリンさん」
静かな声。
振り返ると、そこにはルイ・ナケネーナがいた。
淡い光に包まれたような存在感。少し伸びた髪に、繊細な飾りが揺れている。
でも、何よりも……彼女の“目”が違っていた。
「……感情、戻ってきたんだな」
「ええ。ほんの少しだけ。でも……あなたと別れた日から、ずっと心の中があたたかくて。少しずつ、感覚が戻ってきたの」
俺は、思わず胸を撫で下ろした。
「……よかった」
「でも……また、戻ってきてくれて、うれしい」
ルイは、はにかむように微笑んだ。
ティアが、そっと一歩だけ後ろに下がる気配がする。
気づいていないふりをした。
その夜、城の中庭で小さな歓迎の晩餐が開かれた。
夜風に揺れる灯火の中、王国の重臣たちが俺に話しかけてくる。
「次なる神涙石の場所について、報告がありまして……」
「“涙の渓谷”という地に、“感情の結晶”が眠るという伝承が……」
でも、俺の意識はどこか、遠くにあった。
視線の先では、ルイとティアが並んで座っていた。
言葉を交わすふたり。穏やかで、でも……微妙な距離。
「ナケ姉、あの……旅の間、ナッキーはすごくがんばってました」
「ふふ……そうなんですね。ティアさんと一緒だったから、ですね」
「えっ、あ……い、いえ……その……」
「ありがとう。あなたがいてくれたこと、私は……とても、感謝しています」
「……っ」
ティアが、視線を逸らした。
そして、そっと中庭の端へと歩き出す。
「……ちょっと、風にあたりたいだけだから。ナッキーは戻ってて」
そう言い残して、彼女は月明かりの下へと歩いていった。
「……ティア」
後を追った俺は、彼女の後ろ姿にそっと声をかけた。
「……ナッキー」
振り向いたその顔には、笑顔はなかった。
「私、たぶん……ナケ姉のこと、嫌いになんてなれない」
「……うん」
「でも、同じくらい……ナッキーと話すナケ姉を見るの、ちょっとだけ苦しい」
「……そっか」
風が、ふたりの間を吹き抜ける。
「……いいんだ。わかってる。ナッキーにとって、ナケ姉は……特別な人だから」
「でも、ティアだって……」
「ううん。私は、涙を流せないから。だから、あの人みたいにはなれない」
「それは違う」
俺は、強く言った。
「涙を流せるかどうかなんて、関係ない。俺が信じてるのは、お前の“気持ち”だよ」
ティアが、ゆっくりこちらを振り返る。
その目に、涙はなかった。
けれど、そこには……たしかに“揺れている心”があった。
「……ありがとう、ナッキー」
ふたりの距離が、ほんの少しだけ近づいた。
けれどまだ、どちらにも“決定的な言葉”はなかった。
それが、今の俺たちのバランスなのかもしれない。
*****
翌朝、城の見送りを受けながら、俺たちは旅を再開した。
門の前で、ルイが最後に声をかけてきた。
「……ナキマクリンさん」
「うん」
「次に会うとき……もし私が、ちゃんと“泣けるようになっていたら”」
彼女は、ほんの少しだけ微笑んだ。
「そのときは……ちゃんと、私の涙を受け止めてくださいね」
俺は、静かに頷いた。
「……約束する」
背を向けて、歩き出す。
その背中に、二つの視線が注がれているのを感じながら。
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