08:涙を奪う者と、揺れる信頼
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忘却の森での出会いから、数日が経った。
あの“人形少女”レミとの記憶を辿るように、俺とティアは次なる目的地、〈シエルレーヌの街〉へと向かっていた。
霧の森を抜けたあと、旅路は徐々にひらけた。草の緑が目に染みる、穏やかな丘陵地帯。空は澄み渡り、どこか懐かしい匂いのする風が吹く。
「……ねえ、ナッキー。あれ、見て!」
ティアの声が風に混ざって弾けた。
小高い丘の向こう、石造りの街並みが見えた。塔がいくつもそびえ、淡い灰色の煙が家々の煙突から昇っている。
「……ここが、シエルレーヌか」
街の入り口で待っていたのは、神殿からの使者だった。
「“涙の勇者”ナキマクリン殿ですね。お待ちしておりました。大聖堂にて、“涙にまつわる異常”をご報告申し上げます」
「異常……?」
「はい。街の中で、“偽りの涙”による魔力吸収事件が起きています。数名の子どもが、原因不明の昏睡状態に」
ティアが眉をひそめた。「それって……涙の力を、誰かが“悪用してる”ってこと?」
案内されて着いた大聖堂は、巨大なステンドグラスが夕日に染まる、美しい建物だった。
だが、その美しさとは裏腹に、奥に進むほど空気が重たくなる。
「……こちらです」
奥の祈祷室。小さなベッドに横たわる子どもたち。その顔は穏やかだが、どこか“生気”が薄い。
「……涙を吸われた、というのは?」
神官が頷いた。「はい。この子たち、目に“涙痕”が残っていたんです。何者かが、意図的に“泣かせた後”、その涙を魔力変換して……」
「まるで、“泣かせ屋”だね」
ティアが、どこか冷たい声で言った。
「……え?」
「ナッキー、知らないの? 昔、涙の力を金に変える“泣かせ屋”って、闇の職業があったの。感情の演出、演技、強引な刺激……なんでもありで、感情を“商品”にする人たち」
「……最低だな」
俺は、ベッドの子どもたちの小さな手を見つめた。
その手は、なにかを必死に握りしめたまま、今にも涙がまた落ちそうな……そんなか細さだった。
「やめられないんだよね、人の感情って。ちょっと見せられると、心が動いちゃう。止められなくなる。……私も、ちょっと、分かる気がする」
「……ティア?」
「ううん、なんでもない」
街ではすでに、噂になっていた。
“涙を奪う男”が現れたと。
人々の記憶を盗み、心を揺らし、涙を引き出し、その“魔力の源”を換金する謎の詐欺師。
「……行こう。そいつを止める」
俺の声に、ティアがすぐ頷いた。
---
夜の街。
石畳が静かに冷たさを孕み、明かりの少ない路地は深く息を潜めている。
「……いた」
影のように路地に立つひとりの男。
顔を隠し、フードの下から覗く瞳だけがやけに“感情的”だった。
「よう、“涙の勇者”さんよ」
その声は……若く、どこか軽薄にすら聞こえた。
「……なんで、俺のことを」
「そりゃ有名だからな。“泣き顔一発で奇跡起こす男”……だっけ?」
「……お前が、子どもたちを?」
「“泣かせて、助けて、ヒーローぶる”。お前と俺、やってること……紙一重じゃないか?」
男は、ゆっくりと手を差し出した。
そこには、小さな涙の入った瓶。
「“感情”って、価値がある。誰かが金にして、誰かが信じて、誰かが救われる。……じゃあ、お前の涙だって、商品なんだよ」
「……違う。俺は、そんなつもりで泣いてるんじゃ——」
「じゃあ、証明してみろよ」
男が放ったのは、魔力のこもった“記憶操作の呪符”。
ティアがそれを弾きながら叫ぶ。「ナッキー、気をつけて! そいつ……人の“過去”を操る!」
世界が揺れた。
気づけば俺は、過去の記憶の中に閉じ込められていた——
そして、そこには“まだ涙を流すことができなかった自分”がいた。
「……誰かを救えるなんて、嘘だ」
「お前に救えるものなんて、何もない」
「涙なんて、結局は自己満足だ」
呪いのような声が、俺の中の“過去の俺”から響く。
「……やめろ」
「お前はただ、泣いてるだけの、無力な人間だ」
「……やめろって、言ってるだろ……!!」
感情が爆発した。
同時に、過去の記憶が砕け、空間が光に包まれた。
「《エモ・シャイニー・リフレクト》!!」
俺の涙が、呪符を跳ね返した。
現実に戻ると、男は片膝をついていた。
「……くっ……お前の涙、マジで……心えぐるな……」
「お前が何者で、どんな理由があるか知らない。でも……人の涙を、“奪って”いい理由にはならない」
ティアが、静かに男を見下ろした。
「涙は、“誰かのため”に流すものよ」
そのとき、男のポケットから、一枚の古びた写真が落ちた。
そこに映っていたのは——
笑顔の姉妹だった。
「……俺は……妹を助けたかっただけなんだ……。でも……泣けなくなっちまって……」
「……だからって、他人を傷つけていいわけない」
ティアの言葉に、男は何も返さなかった。
彼の頬に、一筋の涙が流れた。
「……あ」
ティアが、それを見つめていた。
その涙は、確かに……誰かを思う心から流れたものだった。
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翌朝。
街の空は澄んでいて、昨日までの騒がしさが嘘のようだった。
「ナッキー……ねえ」
ティアが、珍しく言い淀む。
「……どうした?」
「もし……わたしも、誰かの涙を“奪って”生きてたとしたら……」
「……それでも、お前が“今、ここで誰かのために泣きたい”って思えるなら、俺は信じる」
ティアが、ゆっくり笑った。
「……ありがと、ナッキー」
「そろそろ、王国に戻ろうか」
そして、俺たちは歩き出す。
涙の価値が問われる世界で、
それでも“誰かのため”に流す涙が、
この世界を変えていくと信じて——
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