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15:この街で、君と、そして

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「はい、ナッキー!こっちこっち!」


朝の王都は、まるで祝福されたように澄んでいた。

陽光が白い石畳を照らし、風はほのかに花の香りを運んでくる。

そんな中でティアノーンは、まるで子犬のように駆け回っていた。


「……元気すぎだろ、朝から」


「だって!今日だけはナケ姉の許可付きの自由時間なんだから!満喫しなきゃもったいないでしょ!」


ティアはくるりと振り返り、スカートの裾をひらめかせた。

その無邪気な笑顔に、なんだか胸が温かくなる。


「よし、まずはどこ行く?」


「決まってるでしょ、防具屋!旅の準備はばっちりしておきたいし、可愛い装備だってあるかもしれないし……!」


「見た目優先かよ」


「もちろんだよ?旅の中だって、女の子らしくいなきゃ!」


防具屋は王都の中でも有名な店で、冒険者向けの実用品から貴族向けの装飾品までそろっていた。

ティアは目を輝かせて並ぶ商品を見て回る。


「うわ、この肩当て……花の刺繍が入ってる!可愛い!」


「強度はどうなんだ、それ……」


「ナッキー、強さだけが装備じゃないの!可愛さも“気合い”になるの!」


「……理屈がわかるような、わからんような」


そんなやりとりの中、俺も何か記念になるものを探していた。

そこで目に留まったのが、小さな銀細工のブローチだった。

旅の途中で役に立つわけじゃない。

でも、形がどこか……涙のしずくに似ていた。


「……これ、買うか」


「え、ナッキー、それ……?」


「ティア」


「ん、なに?」


「これ、やるよ。旅の仲間としての、記念」


ティアの動きが、ぴたりと止まる。

目が見開かれ、次の瞬間、頬がふわっと染まった。


「……え? ほんとに……? 私に?」


「他に誰がいるんだよ」


「だ、だって……」


彼女は、指先でブローチをそっと受け取りながら、ぎゅっと胸元に握りしめた。


「……一生……大切に……あ、いや、なんでもないっ!!!」


慌てて言葉をのみ込み、ティアはくるりと背を向ける。

それでも、その背中がほんの少し震えていた。


「な、なんか変なこと言っちゃったかも!ごめんね!?わ、私ちょっと別のも見てくるから!」


「……逃げたな」


「うるさいっ!」


だけど——その声は、どこか嬉しそうで。

そして俺も、なんだか照れくさくて、笑うしかなかった。


少しして、ティアが戻ってくる。

手には、小さな布袋を持っていた。


「……これ、あげる」


「え?」


「お返し……ってわけじゃないけど。旅のお守り。

自分用に作ってたけど、ナッキーに持っててほしいなって」


布袋には草花の模様が丁寧に刺繍されていて、柔らかな香りがした。


「ありがとな」


「……うん」


手と手が一瞬だけ触れ合い、それからすぐに離れる。

その一瞬に、なぜか鼓動が跳ねた。


朝の光が差し込む防具屋の窓越しに、二人の姿が重なって映る。

まるで、それが一枚の絵のようで——


“この時間だけは、誰にも渡したくない”


……そんな風に、思ってしまった。





夕日が王都の屋根を黄金に染める頃。

俺は、王宮の中庭にある小さな離れの食堂にいた。


そこは王族専用の私的な空間で、騎士や侍女の気配もほとんどなく、まるで“ふたりだけの静寂”が守られているようだった。


ナケネーナは、すでにテーブルについていた。

薄桃色のドレスに身を包み、カトラリーの音ひとつ立てることなく、静かにお茶を口に運んでいる。


「……お待たせ」


俺が声をかけると、彼女はふと顔を上げた。


「ううん。ちょうど……空が一番綺麗な時間だったから」


ナケネーナの横顔が、夕日に照らされて琥珀色に染まっている。

その静けさが、なんだか少し寂しげで、胸がチクリとした。


「……昼間はティアと?」


「うん。王都をぶらついて、防具屋行って……お守り、もらった」


「ふふ。あの子、そういうの器用だから」


ナケネーナは笑ってみせたが、その笑みにはどこかぎこちなさがあった。


「……よかったわ。ちゃんと、そうやって、思い出を作ってくれて」


「ナケネーナ……」


「私、あなたの旅がどれだけ危険かもわかってる。でも、それでも……」


彼女は、テーブルの上でそっと手を組んだ。


「……だからせめて、今日くらいは、あなたと普通に話せたらって思ったの」


「……ありがとう」


皿に盛られた料理にはほとんど手を付けられていなかった。

でも、テーブルの向かいに座る彼女と、ゆっくりと交わす言葉が、この夜の“主菜”なのだと感じていた。


「ナケネーナ。明日、旅立つよ」


「ええ。知ってる」


「次に会うとき、どこで会えるかは分からないけど……」


「でも、私は待つわ」


彼女の目は、微かに揺れた。

涙は流れない。けれどその瞳の奥では、何かが確かに滲んでいる。


「……もし、あなたがまた誰かの涙に触れて、傷つくときが来たら」


ナケネーナは、手をそっと自分の胸元に添えた。


「そのときは、私の名を思い出して」


静かに、けれど確かな祈りのように放たれた言葉だった。


「……分かった」


俺の胸が、ほんの少しだけ熱くなる。

まるでその言葉が、優しく包むように、そこに灯を灯したようだった。


カップの中の紅茶が、ほんのり冷めていた。

でも、ふたりの間には、確かに“温度”があった。



夜がすっかり更け、王宮の回廊には静寂が満ちていた。

月明かりが大理石の床を照らし、風が庭の木々をそっと揺らしている。


俺は、ひとりで屋上庭園にいた。

ナケネーナとの夕食を終えたあと、不思議と眠れずに外へ出てきたのだ。


王都の灯りは遠くに瞬いている。

まるで、街全体が“見送ってくれている”ようだった。


「……ナキマクリン」


その声は、背後からだった。


振り返ると、そこにいたのはナケネーナだった。

もう寝支度を終えたのか、シンプルなローブ姿だったが、その静けさがどこか神聖に見えた。


「……眠れないの?」


「ナケネーナこそ」


ふたりで顔を見合わせ、少しだけ笑う。


ナケネーナは、俺の隣に立ち、夜の空を見上げた。


「……明日、旅立つのね」


「うん。今度は“涙の街”と呼ばれる場所へ。ティアと一緒に」


「ティア……あの子はね、あなたのこと、すごく大切に思ってる」


「……分かってる。俺も、あいつと一緒にいると、救われる気がするよ」


「ふふ……そうね」


ナケネーナは、そっと両手を胸の前で組んだ。


「でも……私だって、あなたを大切に思ってる」


静かな声だった。

夜風に紛れて消えそうなほど、か細くて、それでも真っすぐだった。


「……あの時、あなたが初めて涙を見せてくれた日。あれは、今でも……私の光なの」


「ナケネーナ……」


「だからね、お願いがあるの」


彼女は、そっとポケットから小さな瓶を取り出した。

中には、淡く輝く液体が揺れていた。


「これは“涙の雫”じゃない。……私が、あなたと別れるときに込めた“願い”」


「願い……?」


「もし、あなたの旅の途中で、どうしようもなく迷って、苦しくなったとき——」


彼女は瓶を俺の手にそっと渡した。


「この光を、空にかざして。……それだけでいい」


瓶の中の光が、夜空の月と重なる。

まるで、祈りが封じられた“心の灯火”のようだった。


「……これは、涙じゃないんだな」


「ええ。これは“涙を超えるもの”。

言葉にも、表情にも、触れなくても……届くもの」


ナケネーナは、俺の前に立ち、少しだけ顔を近づけた。


「さよならじゃないわ。……“あなたの涙が、誰かの笑顔になるまで”」


「……分かった」


「そして、いつか……その涙が、私の名前を呼ぶ日が来たら」


そこで、ナケネーナは微笑んだ。

それは、どこまでも静かで、どこまでも強い笑顔だった。


「そのとき、きっと——私も泣ける気がする」


夜の風が、ふたりの髪を揺らした。


そして、俺は静かに、彼女の手を握った。


言葉はいらなかった。

涙も流れなかった。

でも、確かにそこには、“誓い”があった。

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