14:涙のない約束
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中庭に着くと、ナケネーナが一人でベンチに座っていた。
その背中は、まるで“儀式の後”のように静かだった。
俺たちに気づいて、ゆっくりと立ち上がる。
「散歩のつもりだったけど……気づけば、ずいぶん長く座っていたわ」
「……大丈夫?」
「ええ。少し、いろいろと思い出していただけ」
ナケネーナは、遠くの空を見上げた。
「この空の下には、まだ“涙”を知らない人たちがいる。私たちがこうして再び出会えたことも……その奇跡のひとつかもしれない」
「……ナケネーナ」
「でもね、ナキマクリン……」
ふいに、彼女の目が真っ直ぐ俺を捉えた。
「あなたがいない間、私の心は……何度も、“凍って”いたの」
「……それは」
「誤解しないで。怒ってるわけじゃない。むしろ、あなたが外で何を見て、何を感じて、誰と笑ってきたのか……それを、聞きたかった」
「……そっか」
ナケネーナが、静かに笑った。
「でも、もうすぐ……王国全体に、新たな動きがある。私たちは、再び選ばれるかもしれない」
「選ばれる?」
「“涙の守護者”として、神涙石の共鳴者が増えている。あなたの涙が、それに呼応しているの」
「……!」
「だからこそ、あなたには……ちゃんと向き合ってほしい。自分の心と、そして——“誰のために涙を流すか”ってことに」
その言葉は、重く、けれどやさしく、俺の胸に落ちてきた。
「……そろそろ行こうか、ティア」
俺が振り返ると、ティアは少し離れた場所で立っていた。
その表情は、読み取れなかった。
けれど——その背中に、わずかな“寂しさ”が滲んでいた。
夜が、王都を包んでいた。
窓の外では月が冴え冴えと浮かび、庭の木々がその光を受けて銀に染まっている。
部屋の中は静かで、灯されたキャンドルの炎が、壁にゆらゆらと揺れる影を落としていた。
俺は、王宮の客間のソファに腰を下ろしていた。
その隣に、ナケネーナが座っている。
距離は近いのに、まるでどこか遠い場所にいるような——そんな感覚だった。
「……ナキマクリン」
「ん?」
「ねえ、もしも……」
ナケネーナは言葉を探すように、ふと目を伏せた。
「もしも……あなたが、誰かのために涙を流すとしたら」
「……?」
「その“誰か”が、私じゃなかったとしても……私は、それでも、あなたを応援できると思う」
「……ナケネーナ」
その言葉の奥に、どれだけの想いが詰まっているのか。
俺には、まだ全てを理解することはできなかった。
でも、痛いほど、伝わってきた。
「でも——」
ナケネーナが、俺の方をまっすぐ見た。
「でも、できれば……私はその“誰か”でありたいの。ずるいって、分かってるけど」
その瞳に、涙はなかった。
けれど、それは“感情がない”のではなく、
涙になる寸前の、ぎりぎりの想いが、そこに閉じ込められているだけだった。
俺は、そっと息を吐いた。
「……ナケネーナ。俺は、まだ答えを出せない」
「うん、知ってる」
「ティアと旅して、たくさんの景色を見て、人と出会って、心を揺らされて……まだ、自分の心の輪郭すら、掴みきれてない」
「……それでいいわ」
「でも、ひとつだけ言える。今、この瞬間は……ここにいてよかったって、思ってる」
ナケネーナの口元が、ふっとゆるむ。
「それが聞けて……少し、安心した」
沈黙が落ちる。
でも、それは気まずさじゃなくて、
“お互いが、そっと相手の心を感じ取っている時間”だった。
俺は、彼女の手に、手を重ねようとして——けれど、指先がほんの数センチ、空を掴んだまま止まった。
「……泣かないの?」
ナケネーナが、微笑みながら訊いた。
「泣くほど、強くないよ。今は、まだ」
「私も。……ずっと、そうだった」
ふたりの間に、風が吹き抜けるような静けさが生まれる。
それは、涙が流れる前の、静かな予感だった。
ナケネーナが、立ち上がる。
「明日、また会いましょう。……その時、きっと、もう少しだけ強くなった私でいるわ」
「俺も。……たぶん、ちょっとだけ泣けるようになってるかも」
「ふふ、それは楽しみね」
そう言って彼女は、扉の方へ向かう。
けれど、部屋を出る直前、ふと立ち止まって——背中越しに言った。
「ナキマクリン。もしも……“涙が、心を壊す”って誰かが言ったら」
「……?」
「その時は、あなたの涙で……その人の心を、包んであげて」
「……わかった」
ナケネーナは、振り返らずに出ていった。
残されたのは、静かなキャンドルの灯りと、胸に残る余韻だけ。
俺は、ぽつりと呟いた。
「……それが、俺の“涙の意味”になるなら……きっと、悪くない」
外では、夜風がそっと月を揺らしていた。
そして——
明日がまた、新しい感情を連れてくることを、俺は確かに予感していた。
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