13:再会の王都、微妙な距離感
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王都が、見えた。
白亜の塔がいくつもそびえ立ち、空を削るように陽の光を弾いていた。
遠くからでも分かる、壮麗な城壁と整然と並ぶ衛兵の姿。
あの重厚で静かな門が、今、少しずつ近づいてくる。
「……ただいま、かな?」
俺がぽつりとつぶやくと、隣で歩いていたティアが笑った。
「うん。ただいまだね、ナッキー」
その言葉が、胸の奥にじんわり染み込む。
数週間ぶりの王都は、変わらず忙しなく、人々の声と馬車の音、商人の掛け声があふれていた。
けれど——なぜだろう。
その中に“懐かしさ”よりも、“少しの緊張”が混ざっている気がした。
「ねぇナッキー、今日って……ナケ姉に会うんだよね?」
ティアの声が、不思議と真っ直ぐに胸を刺してくる。
「……ああ。帰ったら王宮に行くって、約束してる」
「そっか……」
ティアは小さく笑ってみせたけど、その瞳の奥は読みきれなかった。
王宮の正門は変わらず、重厚な静けさを湛えていた。
門が開き、迎えに現れたのは……あの日と同じ、ナケネーナの侍女——カミリア。
「お帰りなさいませ、“涙使い様”……それと、ルイ・ティアノーン様」
カミリアの声は穏やかで、けれどどこか張りつめていた。
ティアがぺこりと頭を下げた。
「ただいま戻りました、王都は変わりありませんか?」
「ええ、変わらぬ日々が続いております。……ただ、ナケネーナ様は最近、特にお忙しくて」
「……そうなんだ」
案内されたのは、王宮の西翼、ナケネーナの私室の前。
扉を前に、俺の手が一瞬だけ止まる。
けれど、ノックするより先に——
扉が、すっと開いた。
「……おかえりなさい、ナキマクリン」
その声に、時が止まる。
ナケネーナは、椅子に腰かけ、膝の上に手を揃えていた。
薄い水色のドレスが、陽の光をやさしく受けて揺れていた。
「……ただいま」
俺は、一歩、部屋に足を踏み入れた。
ティアが後ろで少しだけ立ち止まり、視線だけをこちらに投げる。
ナケネーナと目が合った瞬間——
心のどこかが、静かに震えた。
変わらないはずの瞳。けれど、確かに何かが“違って”見えた。
「旅は……どうだった?」
その問いはまっすぐだった。けれど、どこか“探って”いるような響きがあった。
「……うまく言えないけど、ひとつだけ分かった」
「何を?」
「涙は……“出ない”ことが、悲しいとは限らない。出ることが、“救い”になるとも限らない」
ナケネーナの目が、ふっと細められる。
「……ミア、に会ったのね」
「知ってたのか?」
「ええ。あの渓谷に住む“守り人”の存在は、王家の書に記されている」
「……彼女の妹の話も、聞いた」
ナケネーナは微かに顔を伏せた。
「“感情に触れる”というのは、時に、心を壊すことにも繋がる。だから、私は……涙を封じたの」
その声に、ほんの少しだけ、震えがあった。
「でも……私は、それでも」
ナケネーナが、こちらをまっすぐ見た。
「あなたが戻ってくることを……信じていたわ」
ティアが少しだけ視線をそらした。
けれど、何も言わなかった。
——この空間に流れる空気が、少しだけ重くなる。
でも、それは“冷たさ”ではなかった。
たぶん、“想い”が交錯したときに生まれる、“あたたかい緊張”。
「ティア。あなたも、おかえりなさい」
ナケネーナが、静かに微笑む。
ティアもまた、ゆっくりと頭を下げる。
「ただいま、ナケ姉」
目と目が、ほんの数秒交差する。
けれど——ふたりは、それ以上何も言葉を交わさなかった。
そして俺は、ふたりのあいだにある、目に見えない“境界線”を感じていた。
部屋に流れる空気は、透明で、けれど刺すように澄んでいた。
再会の抱擁も、涙も、ここにはなかった。
あるのは——“再び始まった、微妙な距離感”だけ。
でも、それでいい。
きっと、ここからもう一度、歩いていけばいい。
王宮の午後は、静かだった。
庭の噴水の音が、かすかに聞こえる。
遠くで鳥の鳴き声がする以外、まるで時間が止まってしまったように思えた。
ナケネーナの私室を出た俺たちは、王宮の中庭に向かって歩いていた。
「……やっぱり、ナケ姉ってすごいよね」
隣を歩くティアが、ぽつりと呟く。
「何が?」
「言葉、全部ちゃんと選んでる。声のトーンも、表情も……すごく丁寧。でも……」
そこで、ティアは言葉を止めた。
「……でも、なんか……ね」
俺は横目でティアの横顔を見る。
表情は柔らかいけれど、目の奥にはわずかな陰りがあった。
「伝わらないってこと、あるよな。丁寧すぎるほど、逆に遠く感じる時もある」
「……うん。優しさって、時々、壁にもなるよね」
その言葉に、少し胸が痛んだ。
「でも、ナケネーナはそれでも……伝えようとしてるよ。言葉よりも、ちゃんと心で」
「……ナッキーは、やっぱりナケ姉のこと、特別なんだね」
ティアの声が、少しだけ小さくなる。
思わず足を止めて、彼女の方を見た。
「ティア」
「ん……?」
「……“特別”って言い方、ちょっと違う気がする」
「……どういう意味?」
「俺にとって、ナケネーナは“忘れられない誰か”じゃなくて、“いま”を一緒に進んでる誰かなんだ」
ティアの瞳が、ふっと揺れた。
「……そっか。それって、嬉しいようで……ちょっとずるいな」
「……ごめん」
「ううん。謝らないで。でも……なんか、心のどこかがちくっとしただけ」
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