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12:壊れかけた心

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午後の陽が少し傾き始めたころ。


馬車を降り、歩きで進まなければならない山道に差し掛かった。


地図によれば、この先に“スレイダの谷”という小さな峡谷があり、そこを超えるには古びた吊り橋を渡る必要がある。


「……おいおい、これ……マジで渡るの?」


俺たちの目の前にあったのは、朽ちかけた木と錆びた鎖で組まれた吊り橋だった。


風が吹くたびに、ギィ……ギィ……と不気味な音を立てる。


「うわぁ~……アレ、絶対 本の世界だと中盤で落ちるやつだよね」


「言うな。なんか現実味出てくるだろ」


「……でも、引き返しても道ないし。行くしかないかぁ……」


ティアはそう言いながらも、指先はわずかに震えていた。


「先、俺が行く。ロープの具合を確かめる」


「……気をつけてね」


吊り橋に足を踏み入れた瞬間、ぎしっ、と木が軋む。


慎重に進んでいくが、途中で板が1枚、真下に落ちていった。


「っ……うおっ、やっぱアレじゃん!」


「こ、怖いから黙って!!」


後ろからティアの声が飛ぶ。


ようやく半分ほど渡ったところで、俺は振り返った。


「ゆっくりでいい。板の間隔、広いとこあるから注意して!」


「了解っ……って、わっ……!!」


バキィンッ!


突然、ティアの足元の板が砕けた。


「ティア!!」


「きゃああっっ!!」


彼女の身体が宙に浮いた。


咄嗟に手を伸ばす。俺の手が、ティアの手首をぎりぎり掴む。


「落ちるなよ……絶対、離すな!」


「っ……ナッキー!!」


風が強く吹き抜け、橋全体が大きく揺れる。


ティアの足は宙に浮いたまま、彼女は必死に俺の腕を掴んでいた。


「こわい……っ!!いや……!」


ティアの瞳が、ぎゅっと閉じられている。


その瞬間——俺の胸の奥が、ぐらりと揺れた。


「ティア!目を開けろ!!」


「いや、無理……怖いっ……!!」


「……泣けなくていい。けど、叫べよ!心の底から、今の“本音”を出せ!!」


ティアの眉が、わずかに震えた。


「……っ……わたしは!!」


「うん、言え!」


「……泣きたいよ!!ほんとは……ずっと泣きたかったんだよっっ!!!」


その叫びが、空気を揺らした。


次の瞬間——


橋の下、谷から風が巻き上がり、どこかから音が鳴り響く。


まるで、谷全体が共鳴したような、不思議な“震え”。


そして——ティアの胸元の神涙石が、淡く光り出す。


「これ……!」


光はティアを包み、橋の揺れがふっとおさまった。


まるで、“感情”が風をなだめたかのように。


俺は全力でティアを引き上げる。


「っ……重かったぞ……!」


「失礼な!!女の子に……!」


「無事でよかった」


ふたりして、崩れかけた吊り橋の中央で座り込む。


ティアは、胸元の神涙石を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「今……確かに、涙じゃないのに……“溢れた”気がした」


俺はその横顔を見つめながら、小さく頷いた。


「それが……お前の“今の涙”だったんじゃねぇの」


ティアの目が、ふわりと細められた。


「……泣いてないけど、なんか、胸がスーってした」


「それで、十分じゃん」


彼女は笑った。


涙の代わりに——空が、かすかに光を降らせた。





吊り橋を越えた後、俺たちはしばらく黙って歩いた。


誰も何も言わなかった。けど、それでよかった。


さっきの出来事は、言葉にするにはまだ、心の奥で波紋を描いている途中だったから。


道端の石に腰掛け、ひと息ついたとき、ティアがぽつりと呟く。


「……ナッキー、さっきさ」


「ん?」


「私、あのまま落ちてたら……どうなってたと思う?」


「そんなの、助けたに決まってんだろ」


「……だよね。でも、もしも“あの叫び”がなかったら、ナッキーの手、届かなかったかもって思ったんだ」


彼女の指が、神涙石をそっと撫でる。


「“涙を流す”ことだけが救いじゃないって……少し、わかった気がするよ」


「……ミアの言葉の意味、今ならちょっと分かるかもな」


「うん。きっと、感情をちゃんと“出す”ことが大事なんだね」


風がそっと、二人の間を吹き抜ける。


その風は冷たかったけど、なんだか心の内を洗い流してくれるようだった。


ふと、ティアが言った。


「ナッキー」


「ん?」


「……ナケ姉にも、今の話……してあげたいなって、思った」


俺は少しだけ目を細める。


ティアの声には、やさしさと、それから……ほんの少しだけ、迷いがあった。


「ナケネーナなら、きっと……今でも誰かの涙を“背負おう”としてる気がする」


「……そうかもな」


「だから、せめて私だけでも……って、思ってたけど……」


「でも?」


「でも……ナッキーが、隣にいるなら……ふたりで背負える気がするんだ」


その言葉は、まるで揺れる火のように、俺の胸にともった。


「そっか」


「うん。……変だよね」


「変じゃねぇよ。嬉しい」


ティアが笑った。


その笑顔は、今まで見たどの笑顔とも違った。


少し照れてて、少し迷ってて、それでも真っすぐで。


「さ、歩こっか。久々に王都に帰ろう」


「うん、そうだな」


「ふふ、またパンの耳で泣かないでよね?」


「お前、まだそれ引っ張るか……!」


笑い合いながら、俺たちはまた歩き出す。


でも、心のどこかで俺は思っていた。


——“ナケネーナ”に会ったとき、

俺の涙は、どんな形で彼女に届くんだろうか、と。


──きっとまた、心が揺れる日が来る。


それでもいい。

それすらも、この旅の意味だから。


風が、俺たちの背中をそっと押していた。

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