11:涙を映す瞳
♦️ストックあるので、毎日20時に更新していきますね♦️
♦️☺️ブクマとか反応、多いほど日々の更新加速します✍️♦️
朝、霧がまだ渓谷の底に留まっている時間だった。
木々の隙間から差し込む薄明かりが、神涙石をやわらかく照らす。
ティアは、石を包むように両手を合わせていた。
胸元に抱きしめるようにして、何度も目を閉じては、そっと息を吐いていた。
「……眠れなかった?」
声をかけると、ティアは小さく首を振った。
「眠れたよ。でも……夢を見たの。ナケ姉のこと」
俺は黙って、隣に腰を下ろす。
まだ眠たげな焚き火の残り火が、パチ……と音を立てて木を割った。
「昔……ほんの少しだけ、ナケ姉が涙を流したことがあったの。幼いころ……私が高熱で倒れたとき」
「……王女様が?」
「うん。誰にも見られないように、カーテンの裏で……一粒だけ、泣いてくれた」
ティアの瞳が、かすかに潤む。
「その涙を、今でも覚えてるの。すっごく……あったかかった」
彼女は指先で神涙石の表面をなぞる。
「でも、それが最後だった。あの人……それからずっと、涙を閉じ込めて生きてる」
言葉にできない時間が、二人の間に流れる。
朝の光が、静かに、ティアの輪郭をなぞっていった。
「……あのときの涙が、ナケネーナにとって最後の“自由”だったのかもしれないな」
俺の言葉に、ティアは目を伏せた。
「うん。だから、今度は——私が、あの人の涙を取り戻したい」
その決意が、神涙石を優しく包み込む手に宿っていた。
焚き火の残り火に新しい薪をくべ、炎がぱっと広がる。
今日という一日に灯りがともった瞬間だった。
──まだ始まったばかりだ。けれどこの旅は、
俺たちの“涙”を少しずつ、確かに変えていく。
焚き火を片付けた頃、谷の奥から足音が近づいてきた。
「……出発の支度、できたみたいね」
声の主は、フードを外したミアだった。
陽に透ける栗色の髪が、肩先で揺れる。
淡い光に照らされた彼女の表情は、前夜よりも少しだけやわらかく見えた。
「ありがとう、いろいろ……」
ティアがそっと頭を下げた。
ミアは小さく頷くと、ティアの胸元に目をやる。
「神涙石……その石は、きっと誰かの扉を開く鍵になる」
「扉……?」
「心のね」
ミアは小さな木箱を取り出し、ティアの手にそっと渡した。
「これ、私の妹が……触れてしまった結晶の欠片。もう役には立たないけど、形見として持っててほしい」
ティアは驚いたようにその箱を受け取る。
中には、ほんの指先ほどの透明な結晶が、静かに横たわっていた。
「ありがとう……でも、いいの?」
「うん。きっと、あなたになら託せるって思えたから」
ミアの瞳に、一瞬、涙が浮かんだ気がした。
けれどそれはすぐに光にかき消される。
「……この渓谷にはね、もう一つ伝承があるの」
ミアがぽつりと呟いた。
「“感情の結晶が咲いた夜、空から涙が降る”……って」
俺とティアは、思わず空を見上げた。雲ひとつない蒼。
「それって……何かの兆し?」
「さあ、どうだろうね。でも、何かが始まるときって、空気が静かになりすぎるものなの」
ミアの言葉は、不思議と胸の奥に残った。
「……気をつけてね、ティア。それと……ナキマクリン」
「ん?」
「“涙が全てを救うとは限らない”ってこと、忘れないで」
それだけ言うと、ミアはくるりと背を向け、谷の奥へと歩き出す。
その背中は、どこか凛としていて、痛みすら受け入れてきたような強さを感じさせた。
──何かを背負い続ける人の、優しい背中だった。
ティアが小さく呟いた。
「……あの人、きっと、自分の感情もどこかに封じてるんだろうね」
「……俺たちと、似てるのかもな」
「うん。でも……そういう人の涙こそ、一番綺麗だって、思う」
俺はその言葉に、何も返せなかった。
けれど、心の奥で何かが小さく灯った気がした。
それは、優しさとも、祈りともつかない——
まだ名前のない感情だった。
「……ナッキー。さっきの、ミアの言葉……」
ティアが、揺れる馬車の中でつぶやいた。
「“涙がすべてを救うとは限らない”……って、どう思う?」
午前の光が揺れる帷幕の隙間から差し込み、ティアの横顔に微かな影を落とす。
「……正直、まだわからない。俺も……この世界で、涙に何ができるのか、何ができないのか、ちゃんと掴めてるわけじゃないし」
「でも……ナッキーってさ、泣けるじゃん?」
「まぁ……そうだな。気づいたら泣いてる時あるしな……パンの耳とかで」
「それなっ!思い出しただけで笑うってば~!」
笑いながら、ティアの肩が震えた。
「でも、羨ましいって……やっぱ思うよ」
「……涙を流せることが?」
「うん。なんか……私って、どこかで“感情に失礼”な生き方してる気がしてさ」
「感情に……失礼?」
「だって、痛いとか悲しいとか、ちゃんと“感じてる”のに、それが“涙”になって出てきてくれないのってさ……」
彼女は手を胸に当てて、ゆっくりと息を吸った。
「まるで……心のどっかに“出口”が無いみたいで、感情が渋滞してる感じ」
馬車の車輪がコツン、と石を踏む音。
「たぶんね……涙って“心の呼吸”みたいなもんなんじゃないかな」
「……呼吸?」
「うん。笑うのが“吸う”だとしたら、泣くのは“吐く”」
ティアはそう言って、自分の指を見つめる。
「……わたし、きっとずっと、息を吐けてなかったんだと思う」
その言葉が、じんわりと胸に沁みた。
「でも……だから今、こうして旅してるのかもね」
「え?」
「ナッキーって、“泣く”ことで、誰かの呼吸を手伝える人じゃん」
ティアの声は、穏やかなのに、どこか“真ん中”を突いてくる。
「私のぶんの“吐く”も……ナッキーが手伝ってくれる気がするんだ」
「……おい、そんなこと言ってると、また泣くぞ?」
「それはズルいってば!」
二人で顔を見合わせて、笑い合う。
でも——その笑顔の奥に、
それぞれが“誰にも見せられなかった涙”を、少しだけ感じ取っていた。
馬車の窓から、遠くに広がる地平線。
その向こうにあるのは、まだ知らない感情か、それとも誰かの記憶か。
──この旅が終わるころ、
ティアは泣けるようになっているんだろうか。
そして俺は——
誰の涙を、一番に受け止めたいって、思うんだろうか。
♦️ストックあるので、毎日20時に更新していきますね♦️
♦️☺️ブクマとか反応、多いほど日々の更新加速します✍️♦️




