第1話「囚われの王女」
石造りの牢獄は冷え切っていた。
湿った空気が肌を刺し、かすかな月明かりが粗末な寝台と鉄格子を照らしている。
ルシェリア・アストリアは壁にもたれながら、小さく息をついた。
かつて誇り高き王女と呼ばれた彼女の姿は、今や見る影もない。
豪奢だったドレスは血と埃にまみれ、銀糸の刺繍も剥げ落ちていた。
「……死ぬの?」
思わず、震える声が漏れる。
王族の身でありながら反逆罪に問われた彼女に、明日の朝日を見る未来はない。
今頃、兄王は処刑の準備を進めていることだろう。
「……違う」
ルシェリアはゆっくりと目を閉じ、指先に力を込めた。
死ぬわけにはいかない。
彼女はアストリア王国の王女であり、亡き母が遺した王家の誇りを背負う者。
そして——
(私を陥れた者を、ただで終わらせるつもりはない)
冷たい牢の中で、かすかに目が光る。
その瞬間——
カチャリ、と微かな音が響いた。
鉄格子の向こう、闇の中から二つの影が現れる。
漆黒の外套を纏い、顔の半分を隠した男たち。
「……ルシェリア王女だな?」
低く響く声に、ルシェリアは身をこわばらせた。
「……あなたたちは?」
一人は黒髪の青年。精悍な顔立ちと鋭い眼差しを持つ男だ。
もう一人は金髪混じりの茶髪で、やや軽やかな雰囲気を漂わせている。
「革命派の者だ」
黒髪の男が短く答える。
「……革命派?」
ルシェリアの中に警戒が走る。
革命派とは、王国の腐敗に抗い影で活動する反体制派の集団。
だが、彼らが王族である自分を助けに来る理由が分からない。
「王女様を迎えに参りましたよ」
もう一人の男——ジークが、軽く微笑む。
「お前はこのままでは処刑される。生きたいなら、俺たちと来い」
レオンが冷静に言い放つ。
ルシェリアは彼の手元に目をやる。
鍵が光を反射しながら、錆びついた鉄格子の鍵穴へと差し込まれた。
「選べ、ルシェリア・アストリア」
乾いた音を立てて、牢の扉が開く。
彼女の運命が、大きく動き出そうとしていた——。
——第2話へ続く。