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2/2

本編


 ****


 ――あいつらみんな、死ねばいいのに。


 小学校でクラスメイトからひどいイジメを受けていた透は、本気でそう願っていた。

 毎日何度も何度も神様に願った。しかし、当然ながら願いが叶うことはなく、イジメは徐々にエスカレートしていった。


 そんなある日、透は学校帰りに近所の林の奥に廃神社を見つけた。

 境内は草が生い茂り、拝殿はほとんど崩れかけていた。不気味なはずなのに、なぜか懐かしいような感じがして、透は学校の帰りにいつもその廃神社に寄るようになった。


(辛いことがあっても、ここにくると落ち着く……)


 町の住民からは薄気味が悪いと誰も寄りつかないその廃神社は、いつの間にか透にとって大事な居場所となっていた。



 しかし廃神社がどんなに居心地が良くとも、学校での時間は悲惨なものだった。

 いつものように学校帰りに廃神社に寄り、拝殿の前の石段に腰を下ろすと透は堰を切ったように大声で泣き出した。

 その日、廊下にずっと飾られていた、透が絵のコンクールで金賞を獲った作品がビリビリに破られ、トイレに捨てられていたのだ。

 そして自分の作品が飾られていた掲示板には、イジメの主犯格である高田の「いじめ防止標語コンテスト」に入賞した作品が並べられていた。


(なんでっ、なんで、俺ばっかり……! なのにあいつは入賞して、みんなに褒められて……ッ)


 悲しさ以上に悔しさが湧き上がって奥歯をギリ……と噛みしめた。


(おかしいじゃないか! あいつは俺をいじめる悪い奴なのに、ちっとも罰なんて下されない……ッ。やっぱりこの世に神様なんていな――)


 ――カラァン……


 いない、と言い切ろうとした時、鈴の音が微かに背中を撫でた。

 驚いて振り返ると、賽銭箱の真上に何とかまだぶら下がっているという状態の鈴が小さく揺れていた。風でも吹いたのだろうか。

 驚きと共に涙の勢いが弱まり、透は目元をごしごしと服の袖で拭った。

 そして、ふと思いつく。


(そうだ……、神様がいないなら、俺が作ればいい。絶対に俺の願いを叶えてくれる最強の神様を――)


 透はすぐさまランドセルから紙とえんぴつを取り出した。そして頭に思い浮かんだ神様のイメージを一心不乱に描き始めた。

 そして、


「できた……!」


 渾身の出来だった。さっそくその絵を廃神社の壁に飾った。そしてこの日からその神様に毎日拝み始めた。


「どうかアイツらが俺と同じくらいの苦しみを……、いや、それ以上の苦しみを味わいますように……」


 もちろんそんな物騒な願いが叶うとは思っていなかった。ただの現実逃避だ。



 しかし、それから数日後、透をいじめていた子達が次々と不幸に見舞われていく。

 交通事故、火事、病気……、理由は違えどみんな学校に来られなくなった。

 そんなある日、突然、主犯格の高田が不登校になった。原因は分からないが、何かに怯え部屋に引きこもったままだそうだ。

 そんなある日、高田の母親から電話がかかる。息子があなたに会いたいと言っているので家に来てくれないか、と。

 藁にも縋るような必死さで懇願する高田の母に圧倒され、透は学校の帰りに彼の家に寄った。

 久しぶりに会った高田の姿に、透は愕然とした。髪はボサボサで、目の下の隈は濃く、その瞳は虚ろ。

 部屋の隅で何かに怯えるように膝を抱えて震える彼は、とても自分をいじめていた人物と同一人物とは思えなかった。

 いい気味だと思うより、反射的に同情心の方が湧き上がってくる。


「た、高田くん、だ、大丈夫……?」


 恐る恐る声を掛けると、俯いて何やらブツブツと呟いていた高田がハッと顔を上げた。

 そして透の顔を認めると、すぐさまその場で土下座をして謝りだした。


「いじめてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ッ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ッ」


 狂ったように謝罪の言葉を繰り返す高田に、透は困惑した。高田の母親が怪訝そうに透を見る。これではまるで自分が高田をいじめているみたいで居心地が悪くなった透は、慌てて未だ謝り続ける高田に声を掛けた。


「た、高田君、もう、いいから、許すから……、だから顔を上げて……っ」


 透の言葉にホッとした表情で高田が顔を上げた。しかしその顔は透の顔を見た途端、恐怖一色に染まった。

 そして、


「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 突然、高田が叫び声をあげた。

 乱心状態になった高田に、母親が血相を変えて間に入り「今日はもう帰って」と透に言った。

 透が部屋のドアを閉めかけた時「ごめんなさい、ごめんなさい……かみさま――」と譫言のような彼の言葉が耳に入った。

 そこで、自分の願いと自分が作り出した神様のことを思い出し、全身に鳥肌が立った。


 ――どうかアイツらが俺と同じくらいの苦しみを……、いや、それ以上の苦しみを味わいますように……。


 高田の家からの帰り道、透は頭の中に浮かび上がる嫌な考えを何度も何度も首を振っては追い払おうとした。

 彼らの不幸は自分の暗い祈りとは全く無縁で、単なる偶然だ。

 しかしそう思いつつも怖くなり、それ以降その廃神社には近寄らなくなった。


 ****


 それから月日は流れ、親の仕事の都合で県内ではあるが廃神社とは離れた場所に透は引っ越した。

 転校先ではいじめられることはなかったが、過去のいじめのせいでうまく人と関われなかった。

 しかしそんな透にも地元の大学に入学して、聖司という初めて親友と呼べる存在ができた。

 聖司は明るく人気者で一見、透とは正反対に見えるが、二人は不思議と仲が良かった。


「お前って本当に変なのに寄りつかれるよな」


 街で変な占い師に絡まれていた透を助けた聖司が、肩をすくめて言った。

 いつも変な人に絡まれて助けてもらっているので、透は苦笑して謝った。


「ごめん、いつも助けてもらって」

「別にそれはいいけどさ。でも俺がいない時にそういうのに絡まれたら厄介だから、……なるべく俺から離れるなよ」


 やや頬を赤らめて言う聖司の言葉に、透は目を見張ったが、次には盛大に吹き出した。


「なにそれ、彼氏じゃん」

「うるせぇな。人がせっかく心配してやってんのに」


 恥ずかしさを誤魔化すようにして、ぶっきらぼうに言って聖司が顔を背ける。

 そんな聖司にまた笑う透だったが、こんなにも自分を思ってくれる親友ができたことが嬉しくてたまらなかった。


 ****


 そんな聖司がある日、交通事故で意識不明の重体となった。

 人生で初めて見つけた大事な親友が死んでしまうかもしれない……、そう思うと恐ろしくて仕方がなかった。

 不安で眠れずにいた透だが、明け方に浅い眠りの中で夢を見る。

 昔、よく行っていた廃神社が目の前にあり、そこに誰かが立っている。霧がよくかかってその顔は見えない。

 その顔を見ようと廃神社の方へと近づいていく。

 ようやく、その人物の口元が笑っていることがわかるくらいの距離に来た時、目が覚めた。


 そこで、昔自分で作り出した神様のことを思い出した。そして明け方に見た夢。


(もしかするとこれはあの廃神社の……──)


 半信半疑だったが、もしかするとまた神様が願いを叶えてくれるのでは……という思いに駆られて、朝一番の電車に乗って廃神社へと向かった。




 辿り着いた廃神社は、以前にも増して荒れ果てていた。朝露に濡れる草を踏み分けながら境内へ入っていく。

 そして昔、自分で貼った神様の絵を探す。しかし月日が経ち、紙は跡形もなく消えていた。


「はは……っ、やっぱり、そんな、漫画みてぇな話、あるわけ……」

「──やっと来たな。待ちくたびれたぞ」


 背後から突如、声がかけられた。

 振り返ると、そこには同じ人間とは思えないほど美しく、どこか作り物めいた男が立っていた。

 男の纏う人ならざる神々しくも冷たい雰囲気に、鼓動がドクドクと速まる。


「あ、あなたは……」

「まさか、誰? などと聞くわけあるまいな。お主が私を創造したというのに冷たい奴だ」

「え?」


 思いも寄らない答えに戸惑っていると、男は一枚の紙を突き出した。

 それは昔、自分が書いた神様のイラストだった。


「ふふ、その顔、思い出したようだな」


 男が嬉しそうに微笑む。

 透は何度も紙と目の前の男を交互に何度も見る。


「ま、まさか、俺が考えた神様、とでもいうんですか?」

「まさしく。私はお主が生み出した神だ」


 ふふん、と得意げに胸を張る男。

 疑わしいが、しかし普通の人間にも見えない。


「お主がここに来た理由は分かっておる。──大事な友人を助けたいのだろう?」

「……っ」


 心の中の願いを読まれて驚くが、しかし神と名乗るくらいだ。不思議なことではない。

 男の問いに頷き返す。


「そ、そうです。友達を、助けて欲しくて、ここまで来ました。だ、だから、お願いしますっ! あいつを助けてください……っ!」


 汚い床に土下座して頭を下げる。まさに神にも縋る思い、というやつだ。

 しかし、


「ふむ……、どうするかのう。どうも気が乗らん」

「え?」


 期待を裏切る返答に、驚いて顔を上げると男はニヤリと口の端を吊り上げた。


「私は神だ。しかし人に創られた神は人と同じく無償では人のために動かぬ。それ相応の贄と褒美を要する。しかしお主は、前に私が願いを叶えた時、贄や褒美どころか礼すら言わずに私の前から去っていった……。あの時の私の気持ちがお主に分かるか?」


 責めるように冷たい目で見下ろされ、背筋に冷たいものが走った。


「すっ、すみませんでした……! あの時は、俺の願いのせいで人が怪我したとか思いたくなくて……ッ」


 ひたすら頭を下げ謝り続けると、男は目元を和らげフッと笑った。


「ふふふ、すまない。思った以上に怖がらせてしまったようだな。そんなに謝らずとも大丈夫だ、分かっておるよ」


 男は腰をかがめ、よしよし、と頭を優しく撫でてきた。

 しかしその優しい手つきにほっとしたのも束の間、


「では、前回の願いと今回の願い、まとめて贄と褒美を貰うぞ」

「ええっ!」


 にこりと美しい笑みで寄越された要求に思わず声を上げる。


「贄と褒美って、た、たとえば何ですか……?」

「願いによって変わってくるが、人の生き死にとなればそれ相応のものになるな」

「そ、それって、まさか、心臓とか魂とか……?」


 恐る恐る聞くと、男は快活な声で笑い飛ばした。


「はははっ! そんなわけなかろう。それでは本末転倒だ。安心せい。お主の命を奪おうなどとは思っておらぬよ」

「よ、よかった……」


 ホッと肩で息を吐く。

 男はその様子にくすりと笑った。


「ふふ、お主は本当に昔から変わらず可愛いのう……」

「え?」


 うっとりと呟くやいなや、男はぎゅっと抱きしめてきた。

 突然のことに頭がフリーズする。


「え? え? あの、えっと、これはどういう……」

「分からぬか? 前回と今回の願いの贄と褒美、それはお主自身だ。──一生私の傍にいて私を崇め奉れ。それが私を生み出したお主の責務でもある」

「……え? え? ええっ!?」


 思いも寄らない要求に動揺する。


「い、一生傍にいて奉れというのは、つまり毎日ここにお参りに来いということですか?」


 電車賃とか大丈夫かな……? と不安になっていると、


「なにを言っておる。一生傍にと言っただろう。お主は今日からここに住むのだ」

「ま、まさかの同居!?」

「当たり前だ。一時も離れることは許さぬ」


 思いのほか厳しい条件に怯む。

 しかし、


「おや? 悩んでおるのか? それは残念だ。……まぁ、友くらいまた新しいのを見つければよいからなぁ」


 男の言葉にカッと血が上った。


「……っ、ふざけるな! あいつの替わりなんかいない!」


 怒鳴ると、男はにやりと目を細めた。


「では、どうする? お主の一生と引き換えに、私に願うか?」


 躊躇いがなかったわけではない。

 しかしあいつが助かるなら……と、ついに頷いた。

 男は満面の笑みを浮かべた。


「ふふ、賢明な判断だ。よかろう、お主の願いを叶えてやろう。……だが、その前に確認したいことがある」

「な、なんですか?」


 また妙な条件をつけられるのではないかと身構えていると、


「お主はその友人を大層大事に思っているようだが……、そやつに抱かれたいなどと思ったことはあるか」

「……は?」


 予想外の問いに開いた口がしばらく塞がらなかった。


「……いや、えっと、俺の友達は男で、俺も男ですけど……?」

「友情もいきすぎれば性欲も伴うものだ。で? お主はどうなのだ?」


 からかっているのかと思ったが、その目は真剣そのものだった。

 むしろ答えを誤れば、とんでもないことになりそうな緊張感さえあった。

 慌てて首を横に振った。


「ないないない! ありえないです! 俺とアイツは死ぬまで純粋な友達です! それに俺の恋愛対象は女の子ですし!」

「ふむ……、最後の言葉は聞き捨てならんがまぁよかろう。そこは追い追い躾けるとしよう」

「い、今、なんかとんでもなく不穏な言葉が聞こえたんですけど……」

「安心せい。痛いことはせんよ。痛いことは」

「全然安心できないんですけど……。でもとりあえずは聖司を助けてくれるんですよね?」

「ああ、もちろんだ。お主に友人に対して特別な感情がないと分かったことだし、助けてやろう」


 そう言うと、額に手をかざし何か呪文のようなものを唱え始めた男──いや、神様。

 次の瞬間、光が放たれ視界が真っ白になった。

 あまりの眩さに意識が一瞬飛んだが、突然鳴り響いたスマホの着信音にハッと意識を取り戻す。

 電話は聖司の母親からで、聖司が目を覚ましたとの連絡だった。

 驚きのあまり呆然となっていると、目の前で男が得意げに鼻を鳴らした。


「どうだ、これが神の力だ」

「……ッ、神様!」


 感極まってぎゅっと男の手を取った。


「あ、ありがとうございます……っ! 本当に、本当になんてお礼を言っていいか……っ」

「ふふ、礼については先ほど言ったであろう。──一生傍で私を崇め奉れと……」

「あ……」


 男の言葉に、願いを叶える条件を思い出した。

 一生傍で崇め奉る──、そう言うとひどく重い感じがするが、相手は神様だ。

 要は普通の神社のようにこの神様を丁重に祀ればいいのだろう。

 恐らく自分はこの神社の管理人のようなものに任命されたのだ。


「──分かりました。願いを叶えてもらったんです、約束は守ります! とりあえずは、この神社の草むしりから始めましょうか。あと掃除をして……。あ、建物の修繕とかはお金を貯めてからでいいですか?」


 まずは自分でできることからと思って提案したのだが、男は目をパチパチと瞬かせるばかりで返事がない。

 何かまずいことを言っただろうかと心の中で慌てていると、不意に男が吹き出して笑った。


「ふはははっ! 草むしりに掃除とは面白い。まさか私がそんなことのためにお主の願いを叶えたとでも思っておるのか?」

「い、いや、でも、金ないし、今の俺じゃそのくらいしかできないですよ……?」

「なに、金など必要ない。お主の体ひとつあればすむことだ」


 そう言って男が突然床に押し倒しその上に覆い被さってきた。


「え? え? あの、これは一体……?」

「言っただろう? お主の体がひとつあればすむことだと」

「えっ、ちょ、ちょっと、ま、待って、え、ちょ、ちょっと! どこ触ってんですか! ――ッ、か、神様ぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇぇ!」

「おや、私という神が目の前にいるのに他の神に助けを求めるとは……、これはお仕置きが必要なようだな」


 嗜虐心たっぷりにニヤリと笑う男はまるで悪魔のようで……──。

 果たして自分が生み出したものは本当に神様だったのか……?

 ただひとつ分かることはこの貞操の危機から救い出してくれる神はいないということだけだ……。


 ─了─

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