挑戦
「ええっ? フェスにっ?」
事務所に集められた私たちは、大木社長、佐々木マネージャーに先日のテレビの反響の大きさを褒められた。そして新たな仕事が多数舞い込んでいることを聞かされる。
「ふぇす?」
また知らない単語が出てきたため、つい、聞き返してしまう。
「ああ、音楽フェスティバルのことよ。色んなアーティストが出る、夢の祭典!」
恵が説明する。
「ミュープラ見てた関係者が、是非って言ってきたんだよ」
大木社長は嬉しそうに目を細めた。
「それに出演するENDと、かえでのコラボも決定した」
「ENDとっ?」
かえでが声を荒げる。
「すごい! やったじゃない、かえで!」
「めぐたん! これ、夢じゃないよねっ?」
「夢じゃない!」
「きゃぁぁ!」
どうやらENDというのは、今人気のダンスグループであり、かえではそのグループの大ファンらしい。
「まだあるぞ。杏里は雑誌のモデル……まぁ、特集みたいな単発モノなんだけど」
「えっ? ほんとにっ?」
「えええ、乃亜ちゃんの宣言通りだぁぁ。……ってことは私も?」
「めぐの話は……まだだな」
その場にいた皆がどっと笑った。
「ちょっとぉ、私も欲しいぃ!」
ぷぅ、と膨れてみせる。
「ミュープラ、やっぱりすごいね!」
アンが興奮気味に言う。
「ほんと、乃亜ちゃんの頑張りが実を結んだよ!」
かえでが私をバンバン叩く。
「そう……なのかな?」
「んもぅ、自信持ちなさいって!」
杏里が笑った。
「で、だ。折角だからフェスまでに新曲を出そうと思う」
「きゃぁぁ!」
「やった!」
「すごいっ」
三人が飛び上がる。
「乃亜、歌詞を書いてみないか?」
「へっ?」
私、突然そう言われ、思わず声が裏返ってしまう。
「いいじゃんいいじゃん!」
「書きなよ、乃亜!」
「乃亜たんの歌詞、いい!」
「マーメイドテイルらしい元気な曲にしようと思ってる。どう?」
私が、歌詞を?
……きっと、昔の自分なら頭を振って断っていただろう。そんなこと、私には出来ない、と。でも、今は……、
「私……やってみます!」
今なら、出来そうな気がするのだ。ううん、私、やってみたいって思ってるんだ!
「よし。じゃ、叩き上げみたいなのを持って来てくれ」
「わかりましたっ」
こうして、私は生まれて初めて、自らの意思で『仕事を引き受けた』のだ。
*****
「とは言ったものの……」
会議室を借りて、一人、紙とペンを前に頭を抱えていた。
「どうしよう……何も思い浮かびませんわ」
マーメイドテイルらしい、明るい曲。
人生のほとんどを、引き籠って過ごしてきた。この数カ月が、私の人生のすべてなのだ。こんなに浅い人生経験しかないのに、一体何を語ればいいのか。
『受けた仕事はこなすのが当然』
いつか佐々木マネージャーが言っていた言葉を思い出す。そうだ。自分で決めたことなのだから、きちんと最後まで……。
私はペンを握り、書き始めた。
書いては消し。
消しては書く。
私の中にある思いを、ひたすら綴る。
……でも、うまくはいかない。
はぁ、と溜息をついているところに、佐々木マネージャーが顔を出す。
「乃亜、どう?」
「あ……えっと、それが、」
私は俯いた。何かを察した佐々木マネージャーが、私の肩を叩く。
「そう難しく考えないでいいのよ? 乃亜は乃亜。今のあなたの言葉で、今の気持ちを素直に伝えればいい。変に着飾ったりよく見せようなんて思わなくていいの。そのままの乃亜でいいのよ。みんな、そう思ってくれてるじゃない。違う?」
ハッとする。
そうだ。
私が私であることを、誰一人として責めたり、諦めたりなんてしてない。母も、メンバーも、みんな私を受け入れて、今の私に出来ることをすればいいと言ってくれてる。
だからこそ、私はみんなの役に立ちたいと、出来ることはなんでもしようと思ったのだ。
「そう……ですね」
ぎゅ、っと、ペンを握る手に力が入る。
「……私ね」
佐々木マネージャーが私の隣に座り、私を見た。
「私、昔、アイドルやってたのよ?」
「ええっ?」
知らなかった。
「ふふ、ずっと昔の話だけどね」
「なんで……やめてしまったんですか?」
なんて、聞いてもいいのだろうか。
「ああ、よくある話なんだけど、心が折れちゃったの」
「え?」
「アイドルって、ずっと輝いていなきゃいけないじゃない? いつでもキラキラして、みんなの憧れでい続けなきゃいけない。なんだかそれに疲れちゃったのよ」
「……そうなんですか」
「あ、でも後悔はしてないの。今の仕事、結構好きだし」
「それなら、よかったです」
「乃亜は、これからだものね。今はがむしゃらに、突き進めばいいわ」
「はいっ」
変わってゆくもの。
変わらないもの……。
私の中に芽生えた、情熱。
「私、頑張って書いてみますね!」
「そうね。応援してるわ」
そう言って微笑むと、佐々木マネージャーは部屋を出ていく。
私は、目を閉じる。
乃亜。
どうか私に、力を貸してください。
みんなを笑顔にできるだけの力を、私に!
そっと目を開ける。
私は、ペンを走らせた。