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エゴサ

 考えていたことがある。


 本物の水城乃亜のことだ。

 私がこの体に入り込んでしまったせいで、本物の乃亜はどこかに行ってしまった。

 それはマーメイドテイルにとって、いや、この世界において、多大なる損失であるに違いなかった。


 どうして私が?

 私なんかが?


 乃亜はみんなに愛されていた。

 才能もあり、私なんかとは正反対の人間だった。


 そんな乃亜をどこかに追いやってしまったのは、私なのではないか。私のせいで、乃亜は……。


 求められているのは私ではない。


 わかっている。

 けれど……、


 ほんの数カ月。

 ほんの数カ月、水城乃亜であることを経験した私は、願ってしまう。


 ここにいたい、と。


 私は、水城乃亜であり続けることを、望んでしまう。


 許されるの?

 そんなことが……。


 お母さんのぬくもり。メンバーの優しさ。仕事をする、という喜び。どれも、今まで感じたこともないほど、この心を満たしてくれる。私は、なんて我儘なのだろう。


『ここにいる乃亜たんは昔の乃亜たんと違っても、気持ちは一緒なんだねぇ』


 恵の言葉が、嬉しかった。


 私は乃亜ではないけれど、乃亜が大好きだ。

 私は……マーメイドテイルが……大好きだ。


 いつか乃亜の魂がここに戻ってきたら。その時、彼女に顔向けできないような水城乃亜ではいたくない。


『よくぞ頑張ってくれた!』


 そう、言ってもらえるように、私は全力で、水城乃亜であることを、ここに誓う。


*****


「見たわよ、乃亜!」

 家に帰ると、母からの熱い抱擁が待っていた。リアルタイムでテレビを見ていた母は、大興奮だった。


「記憶障害が嘘みたいだった」

 少し寂しそうに。けれど、とても誇らしげに、そう言う。


 母には、私が本物の乃亜ではないとわかっているし、わかった上で受け入れてくれている。どんなに乃亜を演じようと、きっと彼女だけは、騙されてくれやしないだろう。

「嫌じゃ……なかった?」

 ここにいない乃亜を演じ、見せつけられ、悲しい思いをしているのは明白。けれど、彼女は豪快に笑って、言うのだ。

「あなたには役者の才能がある、って思ったら嬉しかった!」

「お母さん……」

 私はまた、べそべそとしてしまう。そんな私を抱きしめて、

「まったく、泣き虫ね」

 と、優しく背中を撫でてくれた。


 それから二人で、録画していた番組をチェックする。


「ああ、乃亜がいる……」

 私が画面を見て言うと、母が笑う。

「ほんと、昔の乃亜そのものよ!」

「あ、でもここ」

 停止ボタンを押し、画面を指す。

「乃亜ならもっと、口を開けて笑う」

「確かに!」


 こうして二人で番組の反省会をしているのも、なんだか不思議だった。


 番組を見終わるころ、私の携帯がブブブ、と振動する。見ると、メンバーからのグループメッセージ。


かえ:ちょっと! 見たっ?

めぐ:なにを??

かえ:SNSすごいことになってた!

アン:は? エゴサしたの?

めぐ:エゴサ禁止なのに~!

かえ:それどころじゃないって!

アン:なにが?

かえ:マーメイドテイル、トレンド入りしちゃってるんだから!!

アン:ええっ?

めぐ:ほんと?

かえ:すんごい反響!!

アン:見ちゃおっと

めぐ:めぐたんも~!


 すごいスピードでメッセージが流れ、私は入り込む暇もなく、ただみんなのメッセージを読んだ。


アン:……まじか

めぐ:きゃ~ん!

かえ:ね?!

アン:すごいね、これ

めぐ:しかも、いいことばっかりだし!

かえ:でしょ!!!

めぐ:お~い、乃亜たん読んでる~?

アン:私たちの歌、届いたね!

かえ:一気にのし上がっていこう!


 私はそのメッセージを読みながら、嬉しくて、また泣いてしまう。泣きながら、メッセージを返す。


のあ:うん


かえ:あはは、乃亜ちゃんのメッセージ、短っ!

アン:ウケる。てか、また泣いてるんじゃない?

かえ:それな!

めぐ:乃亜たん、今日はゆっくり寝てね~!


 私はそこまで読んで、携帯を置いた。そして、くるりと振り返り、母を見た。


「お母さん、エゴサってどうやるのですかっ?」

 そこからはもう、二人でエゴサをしまくったのである。



『マーメイドテイル、知らなかったけどめちゃくちゃよかった!』

『俺はずっとシートルでいるぜ!』

『めぐたん最高!』


『杏里って子、かっこよくない!?』

『ダンス可愛かった~!』

『あの歌、今度カラオケで歌ってみようっと』


『ライブ行ってみたい』

『推し、決定!』

『シートルって、sea turtle(ウミガメ)って意味なんだって!』


『なんか、元気出たよ!』

『センターの子、可愛い!』

『水城乃亜ちゃん、めっちゃ好き!』

『乃亜の勢い、マジありえん』


『よくあの事件から立ち直ったよねぇ』

『怪我、良くなったんだね!』

『ゲット、ウォ~タ~だぜぃ!』


『お帰り、乃亜!!』


 溢れる言葉を前に、私は心が震える。


 マーメイドテイルの歌が、その存在が、こんな風に心を動かすなんて……。


「すごいね! よかったね、乃亜!」

 母も、感動しているようで、目頭を押さえている。

「うん、すごいね。ほんとに、すごいっ」


 その日は、眠れなくなるほどに、夜の間ずっとエゴサを楽しんだのだった。




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