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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

適当ホラーっぽいシリーズ

家に帰るまでが肝試しですか?

作者: 陽田城寺

 帰り道に関する怖い話があるかって?

 そりゃあ、俺はオカルトサークルの四回生だぞ。こないだ宮田が行方不明になったのだって帰り道が原因だったって感じだったろ。不謹慎なやつだな、お前。

 あぁ、体験談以外にもいろいろあるよ。意味怖だったら電車の話とか、幽霊の話ならタクシー系の話なんかも帰り道の怖い話になるんじゃね?

 でも、そうさな。俺がぱっと思い出すのは二回生の時に行った肝試しのことだ。お前が大学に入る前の話になるな。話しておくか。


 二年前、あの頃はこのサークルが今よりも少し人が多くてな。オカルトブーム自体は去ったと言っても、まあ文系の多いうちの大学じゃそういう話が好きなやつも多いもんだ。と言っても、大手にもならない程度の、全学年の幽霊部員も合わせて三十人くらいだったか。

 その中でも、小泉八雲だの鳥山石燕だの? オゴポゴだのモケーレムベンベだの?

 歴史での考察だの、未確認生物だの、そういうオカルト、ホラー、非科学まで一緒くたにされていた感じだ。

 実際に、肝試しに行こうとか幽霊を見ようだとかって奴は、俺を含めて一桁人くらいだった。

 それでも面子はかなり濃かった。

 まず当時四回生の宮寺(みやじ)先輩。通称は宮さんで、遠くても車を用意してくれたり新幹線なんかでも肝試しに行ってみる筋金入りで、オカルトサークル肝試し派閥のリーダー的存在だ。

 あと三回生の宇陀(うだ)先輩と二回生の小鷹(こだか)と俺の四人で……。

 そういや一つ言い忘れていたが、これ最後に人が死ぬ話だけど気にしないよな?

 ……、そんな不機嫌そうな顔をすんなよ。もう俺はリアルで人が死ぬくらいのことが起きないと『怖い話』って言えなくてな。ただ怖いだけの話ならオカルト板でも見て満足してくれ。

 ま、先にネタバレしておくとリーダーの宮寺先輩が後で死ぬ。

 それで小鷹もサークル辞めるけど、宇陀先輩は無事卒業した。

 小鷹も平気な顔して生きてるよ。確かお前顔合わせたことあるだろ。

 あれだよあれ、「まだそんな危険なことやってるの?」って睨んできた女。あれが小鷹汐音(しおね)。思い出したか。

 二人とも先輩が死んで丸くなったが、当時は俺と変わらない幽霊を見たい、危険なんて知らない、ってくらい気合が入っていたもんだよ。

 まあ、三人揃って宮寺の後輩だった、って言ってもいいがな。


 登場人物の話はこれくらいにして本題だ。

 宮寺先輩とかのオカルト派閥は、頻繁に連絡網で肝試しの場所と日程を送ってくる。下級生でも上級生でも、行きたい心霊スポットがあったら連絡して、同じく行きたいと思った人が参加表明をして集まっていく。

 みんな都合があるから大人数が集まることはない。上級生がレンタカーなんか借りて、まあ廃墟に侵入する時のグッズとかみんなで揃えて、夕飯を食って、現場に行って、どっかの駅とかレンタカーショップで解散する。

 言ってしまえば、ちょっとした娯楽だな。他の学生がラウンドワンだのカラオケだの、サークル活動を勤しむように、俺達は心霊スポットにちょっと遠出してみんなで飯食って駄弁って、みたいな。

 あ~なんだっけ。CSかBSのホラー番組なんかでも、心霊スポットの近場にある美味しいラーメン屋を紹介するコーナーなんかもあるし小旅行気分ってわけだ。

 もっとも、この時の俺達四人は、そんな気軽な感じじゃなかったが。

 全員、本気で幽霊を見てやるとか、写真を撮るだとか、そういう気持ちでやってた。

 まあ本気だったのがマズかったんだろうけど。


 確か、八月の暑い頃だった。テストも程近いわりに、四人も集まったのは珍しかったな。

 ○○県△△市の、ほとんど使われていない、とあるトンネル。

 情報提供元の宮寺先輩が言うには、地元民でもほとんど使わない廃墟同然のトンネルで、車で通ると外からバンバンと叩かれるとか、バックミラーに知らない女の目がついているとか。

 よくある感じの情報で嘘臭いと思ったが、それが嘘か本当かを確かめるために行くわけだ。

 四人乗りの軽のレンタカーで、助手席に宇陀先輩が座って、後部座席の左に俺、右に小鷹。

 行く途中の車の中は、旅行気分そのものだった。

 この時はみんな結構肝試しに参加していたし、それで心霊現象なんてほとんど見なかった。死んだとか行方不明になったなんてことも当然なかったから、期待以上にどうせ何も起きないだろうな、って諦めの方が強かったんだろう。

 もっぱら、車内じゃテストの内容の予想だとか、他にめぼしい心霊スポットがあるかとか、一人暮らしの節約術だとか、たわいもない会話が心地よく弾んでいた。

 例のトンネルは、それほど遠くもなく、車でトンネルを通り過ぎながら写真を撮るだけ。日帰りで済む程度のことだ。

 ただ、トンネルを通るにしても一応は曰くのある場所だ。

 宮寺先輩は運転、宇陀先輩はカメラを構えて窓の外を撮る、俺は録音、小鷹はバックミラーを録画。

 役割分担を決めて、そのトンネルに入ることにした。

 トンネルは、特に言うこともない印象だった。あまり使われていない、という通り辺鄙な場所にあるが、それなりに長くて五分くらいは通行しないとダメだった。

 つっても、何もない場所のトンネルだから五分は長いが、ここを目当てに小旅行してきたのに五分、帰りに通って合計十分程度じゃ味気ないもんだ。

 だから録画、録音、写真をそれぞれきちんとして、後でどっか落ち着ける場所でみんなで確認するってわけだ。

「じゃあ行くぞ」

 って宮寺先輩がトンネルを前にしてアクセルを踏む。

 俺達もそれに返事をしてからは、軽口を叩かず真剣に機器を取り扱う。

 録音されている以上、無駄口を叩くのは興覚めだからな。

 薄暗い、橙色の照明。壁面や天井に至るまで黒いカビが広がっていて、中央線はところどころ剥げて消えかかっている。

 廃トンネル然とした見た目の通りで、俺は耳を澄ませながら録音機器が稼働していることを見つつ、フロントガラスの向こうを見つめていた。

 ゴウ、ゴウ、トンネルの中を通る時特有の、風が響く音っていうのか、タイヤで車体が揺れる音っていうのか、等間隔に響くそれに異音が紛れていないか、集中して聞いていた。

 その瞬間ってのがたまらなく楽しいんだよな。

 心霊体験を目指すっていう、非日常。非現実。いるはずのない幽霊、あるはずのない音、もしそれがあった時に、俺達はどうなってしまうのか。

 宇陀先輩のシャッターも、小鷹の録画も、宮寺先輩の運転する車もそうだ。

 奇妙な写真が取れていたら、女の目が睨んでいたら、急にアクセルもブレーキも効かなくなったら。

 心霊に突っ込んでいる時だけ、それを、ありえないとわかりながらも、もしかしたらって思いながら待ち構える。

 ゴウ、ゴウ。

 ゴウ、ゴウ。

 けれど、誰も、何も言わないまま、トンネルをあっさりと抜けて車体は陽光の下に躍り出た。

「なんか異変あったか?」

 って宮寺先輩の問いにも、俺達は首を横に振るだけだ。

 この時に異変があればいうだろうに、何も言わない以上誰も異変は感じなかった。

「でもまあ、もっかいあるだろ。テープ大丈夫か?」

 そう言いながら既に車はなんとかUターンして、再びトンネルに向かって行く。

 全員、機器に問題はない。

 もう一度、幽霊を発見すべく準備を整えてトンネルに入る。

 直後、バァン! とボンネットに人が落ちたみたいな音がした。

 全員が目を見張ったと思う。でもフロントガラスの向こうのボンネットは平然としている。


「今の聞こえましたか!?」

「聞こえた! デカい音が!」

「飛ばすぞ! 宇陀! カメラ!」 


 こんな状況でも宮寺先輩は冷静で、宇陀先輩も急いでカメラを用意してシャッターを切り始める。

 車は、人がいないからって時速100kmは出していたんじゃないかと思う。

 揺さぶられる録音機器を抑えつつ、震える小鷹の手を握って落ち着かせながら、俺は言った。

「先輩! ガードレールとか壁に突っ込まないでくださいよ!」

「わかってる! ちゃんと録音しとけ!」

 舌を噛みそうな暴走状態で、早口で話し合う。こんな状況でも全員、目的は幽霊の確認だった。

 だが、先輩がスピード違反をして爆走した結果、トンネルからは五分と経たずに出た。

 変わった異変は結局、帰りのトンネルに入った直後の音だけで、他に変わった異音というものはない。

 異なるラップ音なんかは聞こえなかった。それでも俺の心臓もバクバク音を立てていて、先輩も興奮冷めやらぬ様子でハンドルを握りながらハキハキと喋る。

「なあ、撮れたか? やったぞ、ここは本物だったんだ」

「音、今確認しますか?」

「いや明日でいい。部室に持ち寄って他の奴らにも見せつけてやろう!」

 先輩は意気揚々と、歌でも歌いそうなほど陽気になって車を運転していた。

 その間、ずっと小鷹の手は震えていた。なにか尋常じゃないものを見てしまったかのようで、先輩と対極にあるような反応だった。

 そのことを伝えるべきか、考えたがそれは気分が良い先輩に水を差すだけだと思って、俺は特に何も言わなかった。

 すると、先輩は明日が待ち遠しいから、とすぐに解散することになった。

 結局、その時に宇陀先輩の写真も、小鷹の録画映像を見ることもできず仕舞いになったわけだ。

 俺は家に帰ってから、録音を聴いた。一度目、『行きしな』の方はただゴウゴウとトンネルの音が響くだけで何もなく。

 二度目、『帰り道』の方は豪快な音が響いて、俺達がちょっと喋った声が入っているだけで、後は同じようにゴウ、ゴウと言っているだけだった。

 帰り道の異音を、何度も何度も聞いてみたが、これ自体に何か秘密があるってわけじゃなかった。

 逆再生とか暗号とか、そういうのはない。ただの落下音で、音だけを聴いていると本当に心霊なのかどうかも疑わしいくらいだった。

 俺は、これだけでサークルのみんなを説得できるのかと改めて不安になっていた。作り物、と言われればそれまでだ。

 だが、その心配は無用だった。

 ま、ネタバレしていた通りだ。

 宮寺先輩が来なかったから、その肝試しの話はサークルでできなかったから。



『自分を料理したみたいだった。』

 ……警察から、その自殺の方法を聞いて思った俺の感想だよ。

 宮寺先輩は借りているアパートで、包丁で自分を切り刻み、熱したフライパンで自分を殴って、沸騰した鍋に頭を突っ込んで包丁を深々と自分のお腹に突き刺していたらしい。

 異常すぎて、複数人の犯行の可能性がある、ってことで、宇陀先輩と俺と小鷹はこれと同じ説明を受けたと思う。

 そう言われると、俺だって自殺とは思わない。誰かが包丁で先輩を殺して、その後でフライパンで殴って鍋で煮た、って考えるだろうか。

 でも、一応は密室だったし、侵入者の痕跡もない。ひどく暴れたような形跡はあるが、それらの痕跡は宮寺先輩の体に残っている。

 荒れた畳は、足に藺草が刺さっていたり、壁に入ったヒビは、折れた腕の跡が一致していたり。

 複数人が乱闘したような痕跡は、たった一人が派手に暴れまわって自殺したという証拠にしかならなかったそうだ。



 ……いや、まだ話は終わりじゃない。

 宇陀先輩はかなりビビッてサークルに顔も出さなくなった。

 だが、小鷹はサークルを辞める前に例の録画映像を見せてくれたんだ。

「なんで二人きりで?」

「……宇陀先輩は怖くて見たくないって。無関係の人に見せるものでもないから」

 その映像を見て、ようやく俺は小鷹がずっと震えていた理由がわかった。

 帰りのトンネルで、豪快な音が鳴った瞬間。

 バックミラーを映していた小鷹の映像には、ボンネットに髪の長い女が四つん這いに乗っている姿が映っていた。

 こんなもの、当然誰も見ていない。その時にはいなかったはずの存在だ。

 小刻みに震えているカメラ映像の中で、その女は、時速100kmで動く車の上を平気で這って、フロントガラスをすり抜けて、宮寺先輩に絡みついた。

 マフラーのように、いやロープのように、長い髪も、骨が透けて見えそうな、枝のような手足を、関節などないかのようにぐるぐる、丹念に巻き付いていく。

 そして、映像からその女は消える。

 いや見えなくなっただけだろう、先輩の体にびっしりと巻き付いた女は、先輩の体に浸透したのだろうか。

 あとは、俺が見ていた現実と変わらない。

 陽気な先輩は、自分に何が起きたかもわからないまま、一人で帰っていく。

 そして、そのまま一人で死んだんだ。

「……これ、すっげえな。宇陀先輩にも見せよう」

「あんた……バカなの?」

 小鷹は俺をさげすむような目で見た後に、自分で用意していただろう金槌でその録画カメラを叩き潰した。

「お前っ! なんでそんなっ……」

「これはこのままお寺とか神社に持っていく。それは宇陀先輩にも相談したから」

「映像は見せてないんじゃ……」

「見なくても、すぐに言われたから。お焚き上げとかした方が良い。俺は知らない、怖いから見ないって」

「なんだそれ、しょーもな」

「サークル辞めるから」

「そうかよ。好きにしろ」

 人が死んで不謹慎だとか、そういう気持ちなんだろうが、俺は全く反対のことを考えていた。

 これこそが宮寺先輩が死んだ理由なら、宮寺先輩が死んでも、あの心霊スポットが本物だったって証明したんだ。それをちゃんと、なるべく多くの人に知ってもらった方が先輩も報われるだろう。

「……ありえない死に方をして、あんな危険な場所に行って、なんでそんな態度が取れるの? 先輩が死んだのに、トンネルの幽霊に殺されたのに!」

「……殺したのはトンネルの幽霊なのか?」

「決まっているでしょ! さっきの映像見てなかったの!?」

「見てたけど即座に死んだわけじゃないだろ。帰り道までは平気だった」

「何そのくだらない揚げ足取り? あんたと話をしている時間が無駄だわ」

「先輩、事故物件に住んでたよな。節約だの一人暮らしの話で」

 宮寺先輩はガチで幽霊を見たがっていた。それで、人が死んだとか幽霊が出るとかって事故物件に住んでいた。そんな節約だの胡散臭い話は、みんな話半分で聞いていた。

「幽霊に憑りつかれて、あんな陽気になっていた先輩が即座に死ぬ。まあそういうこともあると思うけど。包丁とフライパンと鍋で、暴れ回って、自殺とは思えないような死に方をしていたってさ。

 連れて帰ったトンネルの幽霊と家の幽霊で喧嘩して、それで巻き込まれて死んだって方が筋が通るんじゃないか?」

 しばらく閉口していた小鷹は見開いた眼をそのままに、絞り出すような声を出した。

「……サークル、辞めるから」

「おう」


 それで、結局俺の手元には『推定幽霊がボンネットに落ちた音』が入っているだけの音声データが残ったってわけだ。

 ……その音声データか?

 一応まだ残してあるよ。家にあるけど、聞いたところで仕方ないぞ。

 あの後、そのトンネルに何度か行ってみたんだが、音とか映像とか、異変は何もとれてないからな。

 当然と言えば当然だけど。

 だって、あそこにいた幽霊は宮寺先輩が持って帰ったんだから。

 今でも宮寺先輩が住んでいたアパートにいるか。

 もしくは。

 その事故物件の幽霊と相打ちになったんじゃないか?

 で宮寺先輩と一緒に天国か地獄かにいったんじゃないかな。

 俺はそうあってほしいと思うよ。

 いやだって、あんだけ幽霊に会いたがっていた先輩が、二人の幽霊と死んでからも一緒だなんてロマンチックだろ。

 ……そんな不機嫌そうな顔すんなよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前半は冗長に感じたものの、そのお陰で、後半の語り手の異常さが浮き立っていて、なるほどと納得してしまいました。 こういう人間はお化けの方が怖がって寄って来ないかも。
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