七月十二日 火曜日
下校時刻に直撃した雨は本降りだった。傘に当たる雨音はかなり大きい。アスファルトに当たった雨粒が弾けて足元を濡らす。降ったり止んだり、はっきりしない天気だ。担任との二者面談は特に何もなく終わったが、あれが無ければ本降りになる前に帰れただろうと思った。
道路を通る車からの水飛沫に注意しながら公園の前を通り、何となく目を移した。東屋にはエメラルドグリーンのTシャツを着た誰かがいた。その後ろ姿を柊人は知っている。
足はまっすぐ東屋に向かった。東屋に近づくにつれて、心拍数が上昇する。もし、人違いだったらどうしようか、という不安は無かった。
「千冬」
声をかけても、体はピクリとも動かなかった。彼女の死亡日は十七日だと分かっていても、もしかしたら、という恐怖が胸の中を支配した。
傘を閉じて、両手で彼女の肩を揺らした。掴んだ彼女の肩は薄くて、弱々しかった。
「んん」
千冬がゆっくりと瞼を開けた。きれいな瞳が現れ、その瞳には柊人が写っている。
「柊人。どうしたの?」
彼女の左の頬には、くっきりと東屋のテーブルの木の模様がついていた。それに、少し赤い。唇の右端には、絆創膏が貼られている。この傷が、噂で流れた、血のことだろう。
「どうしたの、じゃなくて。こんなところで寝てたら風邪ひく」
「私は、ずっと柊人を待ってたんだよ。遺書の続きを書かなくちゃだから」
座って、と千冬は向かい側のベンチを指さした。柊人は黙って座った。バッグの中から出されたのは、ファイルとボールペンだった。
「未来予想はできたの?」
千冬は静かに首を横に振った。
「私、柊人がいないと書けないみたい」
苦笑して千冬は右頬を人差し指で掻いた。
「俺は何もしてないよ」
「柊人が、私の話を聞いてくれるだけでいいの」
そんな簡単なことなら、と柊人は水筒の水を一口飲んだ。喉の中に一気に冷たい水が流れ込んだ。
「学校ではね、私が死んでみんな驚くし、悲しむ。でも、一人だけ驚かない人がいるの。それが柊人。柊人は、演技とか下手そうだから、みんなから薄情者って言われちゃうかもしれない。けど、柊人は自分のスタイルを貫き通す。そのうち、みんな柊人みたいに普通の日常に戻るから、誰も柊人に何も言えなくなるの」
どう? と千冬は自信満々に訊いた。
「俺以外にも名前を出すべき人はいるだろ。例えば、友達とか」
柊人の指摘に、千冬は眉間に皺を寄せた。
「みんな変わらないよ。私と仲が良かろうが悪かろうが、みんな驚いて悲しむ。そうしなきゃいけない、みたいな空気になっちゃうの。嫌だよねー」
その口調は、まるで本当に未来を知っているかのようだった。そして、説得力があった。
「他には?」
「当たり前だけど、私が死んでも、社会は何も変わらないの。私が死んだことは、ニュースにもならないで、生きている間の私を知っている人しか知らないの。いつか、科学技術が進歩して、死亡日回避が可能になって、みんな満足する人生が送れるの。柊人も、そのうちの一人。二十歳になって、嫌でも死亡日を知ることになって、残り少ないと分かっても、きっとその頃には回避が可能になってる」
自分が死んだ後の世界なのに、彼女は目を輝かせていた。そんな様子の彼女に、口は勝手に動いていた。
「千冬。俺は、死亡日を知ることは嫌じゃない。俺が今、自分の死亡日を知らないのは、知れなかったから」
柊人の言葉に千冬は目を見張った。どうして、彼女にこのことを伝えようと思ったのかは分からない。でも、勝手に口が動いていた。
「お姉ちゃんが死亡日開示の仕事をしてるから、それで聞きたくないって」
「それは、嘘。本当は、俺も死亡日を知るはずだった」