表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファーストキスは違うけど  作者: Mee Cook
9/39

七月十二日 火曜日

 下校時刻に直撃した雨は本降りだった。傘に当たる雨音はかなり大きい。アスファルトに当たった雨粒が弾けて足元を濡らす。降ったり止んだり、はっきりしない天気だ。担任との二者面談は特に何もなく終わったが、あれが無ければ本降りになる前に帰れただろうと思った。

道路を通る車からの水飛沫に注意しながら公園の前を通り、何となく目を移した。東屋にはエメラルドグリーンのTシャツを着た誰かがいた。その後ろ姿を柊人は知っている。

足はまっすぐ東屋に向かった。東屋に近づくにつれて、心拍数が上昇する。もし、人違いだったらどうしようか、という不安は無かった。

「千冬」

声をかけても、体はピクリとも動かなかった。彼女の死亡日は十七日だと分かっていても、もしかしたら、という恐怖が胸の中を支配した。

傘を閉じて、両手で彼女の肩を揺らした。掴んだ彼女の肩は薄くて、弱々しかった。

「んん」

千冬がゆっくりと瞼を開けた。きれいな瞳が現れ、その瞳には柊人が写っている。

「柊人。どうしたの?」

彼女の左の頬には、くっきりと東屋のテーブルの木の模様がついていた。それに、少し赤い。唇の右端には、絆創膏が貼られている。この傷が、噂で流れた、血のことだろう。

「どうしたの、じゃなくて。こんなところで寝てたら風邪ひく」

「私は、ずっと柊人を待ってたんだよ。遺書の続きを書かなくちゃだから」

座って、と千冬は向かい側のベンチを指さした。柊人は黙って座った。バッグの中から出されたのは、ファイルとボールペンだった。

「未来予想はできたの?」

千冬は静かに首を横に振った。

「私、柊人がいないと書けないみたい」

苦笑して千冬は右頬を人差し指で掻いた。

「俺は何もしてないよ」

「柊人が、私の話を聞いてくれるだけでいいの」

そんな簡単なことなら、と柊人は水筒の水を一口飲んだ。喉の中に一気に冷たい水が流れ込んだ。

「学校ではね、私が死んでみんな驚くし、悲しむ。でも、一人だけ驚かない人がいるの。それが柊人。柊人は、演技とか下手そうだから、みんなから薄情者って言われちゃうかもしれない。けど、柊人は自分のスタイルを貫き通す。そのうち、みんな柊人みたいに普通の日常に戻るから、誰も柊人に何も言えなくなるの」

どう? と千冬は自信満々に訊いた。

「俺以外にも名前を出すべき人はいるだろ。例えば、友達とか」

柊人の指摘に、千冬は眉間に皺を寄せた。

「みんな変わらないよ。私と仲が良かろうが悪かろうが、みんな驚いて悲しむ。そうしなきゃいけない、みたいな空気になっちゃうの。嫌だよねー」

その口調は、まるで本当に未来を知っているかのようだった。そして、説得力があった。

「他には?」

「当たり前だけど、私が死んでも、社会は何も変わらないの。私が死んだことは、ニュースにもならないで、生きている間の私を知っている人しか知らないの。いつか、科学技術が進歩して、死亡日回避が可能になって、みんな満足する人生が送れるの。柊人も、そのうちの一人。二十歳になって、嫌でも死亡日を知ることになって、残り少ないと分かっても、きっとその頃には回避が可能になってる」

自分が死んだ後の世界なのに、彼女は目を輝かせていた。そんな様子の彼女に、口は勝手に動いていた。

「千冬。俺は、死亡日を知ることは嫌じゃない。俺が今、自分の死亡日を知らないのは、知れなかったから」

柊人の言葉に千冬は目を見張った。どうして、彼女にこのことを伝えようと思ったのかは分からない。でも、勝手に口が動いていた。

「お姉ちゃんが死亡日開示の仕事をしてるから、それで聞きたくないって」

「それは、嘘。本当は、俺も死亡日を知るはずだった」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ