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正義のヒロインは揺るがない

 その少女の名をミア・ベネットという。

 幼ささえ感じるあどけない顔立ちに貴族令嬢にしては珍しい栗色のショートボブ。辺境の男爵領の生まれの彼女は入学当時からルーナとは別の意味で色々と目立っていた。


「殿下はあまりに婚約者に対しての態度がなってないのではないでしょうか! 可愛くなりたいという乙女心を踏み躙る! 明らかに体調が良くない乙女に鞭打つようなことを言うどころか心配すらしない! 婚約者は殿下の隣に宛てがうためのお人形じゃありません!」


〈出たわね、ミア・ベネット……そう、未来じゃアレクサンダーを寝とったみたいに言われてるけど悪い子じゃあないのよ……というかむしろ公明正大、正義感強すぎの跳ねっ返り娘よ……〉


 そう、彼女は気が強い。礼儀は守る。頭も悪くない。空気は読む。だがしかし、譲れないと思ったことには一歩も引かない。入学式早々に茜色の瞳を爛々と輝かせながら、難癖をつけてくる高位貴族の令息から新入生を守ったという武勇伝を持つ。


「それよりブレイク様! 後ろを! ルーナ様が心労で過呼吸を起こしてます! 早く座らせて念の為、袋をあげてください! 私が背中を撫でますので!」

「わ、分かった!」


 ルーナの体調不良の方が大事だと言わんばかりにアレクサンダーに背を向ける。アレクサンダーは呆気に取られた様子だったが、すぐに不思議そうに首を傾げた。


「ただの過呼吸で何故そんなに慌てている?」

「……ただの? は? 今、ただの、過呼吸と、仰りましたか?」


 ゴンッ、と机が思い切り殴られる音がした。静かに瞳に怒りを点したミアの仕業だ。


「ええ、確かに過呼吸自体は死ぬようなものではありません。でも、もし乗馬中に起きたら? 昏倒して落馬した時に当たりどころが悪かったら死にます。それになんで過呼吸になったか分からないんですか? ろくに話したことがない私でも何となく察しましたけど」


 そして。


「殿下、ルーナ様は貴方には勿体無いお人です。失礼します」


 正面から喧嘩を売った。不敬罪と言われてもおかしくないというのに。誰もが言葉を失う。


〈流石ねぇ……正義のヒロインは揺るがない〉


 本当にシャンパン開けてる場合じゃなかったわ、というサンの言葉を聞いているものは誰もいなかった。


◇ ◇ ◇


 いつの間にか気絶していたらしい。

 再び医務室で目覚めたルーナは自己嫌悪に頭を抱えようとする。


「ルーナ様、目が覚めましたか!」

「よかった……気分はいかがですか?」


 だが昨日と違い、ミアとブレイクがすぐ側で看病していた。だからこそルーナは思考が追いつかず固まった。


「あの……私は、一体……」


 正直アレクサンダーが入ってきて辛辣なことを言った後の記憶が無い。元々白くなっていた顔からますます血の気が引いていくのを見て、ブレイクが慌てて頭を下げる。


「重度の過呼吸で意識を失ったので医務室に運んだ。念の為手首の方も手当した。あの、無理せず、横になったままで大丈夫だから」

「そう、ですか……ではお言葉に甘えて」


 今までも時々目眩がすることはあった。緊張した時や辛いと思った時。ただ、気絶することは無かった。どうしてだろう、と思っているとミアが真っ直ぐにルーナを見つめていることに気付く。


「あの……どうかなさいましたか?」

「眼球運動もパッと見問題なし……あっ、失礼しました! ベネットは医師の家系なので、つい」


 なるほど、とルーナが思っていると、ミアは何を思ったのか静かに立ち上がりルーナに向けて綺麗な礼をする。


「同じクラスでしたがこうして話すのは初めてですね。私はミア・ベネットです。田舎育ち故無作法なところがございますが、何卒よろしくお願いいたします」


 普通なら主従関係にない身分の低い者から高位の者に声をかけるのはマナー違反だ。しかしこの学園においては同じ学び舎に集う者、何よりあくまで勉強の場ということで基本的には身分を気にせず振る舞うこと、と定められている。ブレイクがルーナに対し敬語を使わないのもその所以だ。とはいえ流石に王太子へは敬意を持って接するなど暗黙の了解はあるわけだが、ミアの態度は無礼ではあるが相手への精一杯の誠実さと丁寧さが滲み出ていたので、ルーナからすれば不愉快には感じられなかった。


「存じておりますわ。こちらこそご迷惑をかけたようで申し訳ありません」

「いえっ、全然迷惑じゃありません! こんな素敵な婚約者をぞんざいに扱うあのお邪魔ピーマン殿下がぜーんぶ悪いんです!」


 お邪魔ピーマン殿下。そういえばサンもアレクサンダーのことをピーマンピーマン呼んでいた気がする。ピーマンといえば緑の野菜だがアレクサンダーの目は青いので全然結びつかない。


「あの、何故、殿下がピーマン」

「中身が空っぽで苦いからですよー。ほら、殿下ってなんか人間味を感じないので」


 可憐な少女からとんでもない暴言が飛び出た。呆気に取られて瞬きを繰り返すだけのルーナにミアがくすりと笑う。


「本当にお可愛らしいです、ルーナ様。ブレイク様もそう思うでしょう?」

「えっ、あっ、そ、そうだな!」


 突然話を振られると思っていなかったのかブレイクは挙動不審気味だ。それにしてもサンは眠っているのだろうか。あの騒がしい声が聞こえない。だが普段なら心細い気持ちになるはずなのに、今は二人が目の前にいるせいか、自然とならなかった。

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