これがっ、噂のアオハル!
本日は2話投稿です(昼にもう1話アップされます)
教室に入るとざわついていた室内が一気に静まり返った。居心地の悪さを覚えながらルーナは黙って席に着く。
〈皆の熱視線凄いわねぇ……アツアツの石焼ビビンバが焼けちゃいそうよぉ〉
ルーナは王太子妃候補ということもあり、特定の良い友人はいない。仲良くなろうにも私的なお茶会をする時間すらないのだ。だから今までクラスメイトが髪型を変えた時きゃあきゃあ騒いでいるのを、教室の隅で静かに見ているだけだった。
やはり明日から元の髪型に戻そう。そう思って溜息をついてルーナがリボンを外そうとすると、誰かにその手を掴まれた。
「……すまない、無礼は承知だが、その、勿体無いと思って」
自分と違い、剣だこのある大きな手。それが他の男子生徒の手だと数秒遅れて知覚したルーナは顔を真っ赤にした。
「へ、変な意味ではないんだ! すまない!レディの手を、不躾に触るなんて不愉快だったと思う! すまない!」
その手の主はブレイク・オーガスタ。炎のように燃える赤毛を持つ長身の少年だ。髪に劣らず顔を真っ赤にした彼はそれでもまだルーナの手を握ったままだった。だがそれをルーナが叱責することは出来なかった。何故なら。
〈きゃあああぁ!! 来たわ! 来たわよ! ブレイク・オーガスタ! 子兎ちゃん、こいつは信用できるまともな男よ! 性格よし! 筋肉よし! 家柄よし! 体も多分よし! なにより! 子兎ちゃんのことが好き! キープよ!キープ!〉
ブレイクが何を言っているのかが分からないほど脳内でサンが騒ぎ立てている。耳を塞ぎたいが、脳内に直接響いているので意味が無い上に、腕を掴まれているから動かせないというのもある。
拍手喝采のオネエに固まるルーナに更にやってしまった、と誤解をしたのか、ブレイクの目も次第にぐるぐるしていくのが分かる。
「で、殿下に! 見せようと思ってその髪型にしたのに勿体ないじゃないか! それに! いつももかわいいが今日は特にかわいい! いや、今のは忘れろ!?」
〈はぁぁぁん!! これがっ、噂のアオハル! アタシはお呼びじゃなかったあれ! うっすいオネエの胸がキュンキュンするわぁ!!〉
静まり返っていた教室も二人の妙な空気に気まずくなってきたらしい。先程の視線が少しずつ生温かいそれに変わりつつある。
〈それにしてもブレイクは最高ね! ちゃんと褒める! まだ青臭いところもトキメキポイントよ!シャンパン入れちゃおうかしらっ!〉
それにしてもサンのテンションが高い。今までで一番高いかもしれない。キュポンと栓を抜く音まで聞こえてきた。その音に徐々にルーナは冷静さを取り戻していく。周りがトーンアップしていると逆に落ち着くというあれである。
「……リボンは外さないので、手を離してくれませんこと? 強く握りすぎですわ」
それに普通に掴まれている腕が痛くなってきた。淡々と告げると見る見るうちにブレイクの顔が赤から青へと変わっていく。パッと手を離すがその袖口は少しだけ赤くなっていた。
「あ、跡が……」
「あら、色が……けれど見た目ほどは痛くなかったので気にしないでくださいませ」
制服の袖で隠れる範囲だし、とルーナが思っているとドアがガラリと開く。そこに立っていたのはアレクサンダーだった。
「おはよう……何があった?」
異様な空気にアレクサンダーが眉を顰める。自分のことを心配しているという様子では無い。震えるルーナを庇うようにブレイクが前に出た。
「殿下、おはようございます。ルーナ嬢が新しい髪型にしていたので近くで見させていただいておりました」
「……新しい髪型? そんなことか? まったく、昨日体調不良で午後の授業を休んだというのに悠長なことだ」
その言葉を聞いて、ルーナの周りから音や色が消えた。
やはり、自分はアレクサンダーの婚約者に相応しくない。いくら政略結婚だとしても、一切の愛が通うことのない結婚なんて虚しくて、何より自分が壊れてしまうに違いない。国や民のために我慢しろと言われても無理だ。未来の自分はきっとその運命から逃れたくて、もしくはそれしか生きる価値がないと絶望した結果悪事を働いたのではないだろうか。
肺が呼吸を忘れたように動かない。視界がチカチカする。
〈ふー、おいしいわぁ……って、子兎ちゃん!? 大丈夫!? 息をして! ゆっくり、息をするのっ! あぁ、もうなんで声しか届けられないのかしらっ!〉
ぐらりと、体が揺れるのがわかった。酸欠になっているのだ。
だれか、たすけて。
言葉にならない声。ルーナの肺から最後の酸素が溢れ出していく。
次の瞬間。
「殿下! いい加減にしてください!」
怒気を隠さない少女の鋭い声がした。




